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また、乗せられてんな……。

「なんでそんな大事なこと言わんと逃げとんねん! おのれはー!!」

「むぐぐー! むぐー!」

「この口か? この口やな? そんな可愛らしい顔をしても許さへんで!」


そう言いながら私の可愛い顔に何か恨みでもあるのか、むにむにとほっぺたを触り弄くり回す織部さん。


昨日の柚子さんに諭されたその翌日、逃げるのではなくちゃんと向き合おうと、ぼるべるの皆んなを談話室に集めたらこの始末。


織部さんほどではないにしろ、他の全員も私に対して責めるような目線を向けていた。何人かの目は、赤く腫れてたけど。



「取り敢えず、あんたが何を考えて家出なんてしでかしたかわかったけどさ」


その目を赤くしていたうちの一人、来海ちゃんが小さな身体でずずい、と詰め寄ってくる。


「こっちも言わせてもらうけど、あれはあんたを気づかっての発言だったわけ。そこんとこは、ちゃんと理解してよね」

「私を気づかって……?」

「その、筒路さん。昨日の午後からの練習で、鬼気迫る勢いでしたじゃないですか。それで、ここに帰ってきてからそんな話を聞かされたもんだからてっきり」

「てっきり、そのなんとかフェスタのために頑張ってると思った。筒路が一番、アイドルに対して熱意があるから」



そう言われて思い出す。昨日は勘解由小路さんと織部さんに対する不満もあって、それを発散するように練習時間中妙に気合が入ってしまっていた。


つまりーー、私の盛大な勘違いってこと?


それで怒って、完全に言いがかりじゃんか。

昨日言われた、めんどくさいタイプの女って言葉が胸にズキズキと突き刺さってくる。



「ま、私たちのことはどうでも良いよ」

「良いの……? あんなに嫌な感じを出したのに?」

「しつこい。で、問題は織部との確執でしょ。そもそもの原因はそのなんだから」


そう言うと来海ちゃんは、私ではなく織部さんの方へと厳しい目を向けた。


「あんたがそもそも、そんな馬鹿げた口約束をしなきゃ、こんなことにはならなかったんでしょ。ねー」

「そこは、ほんますんません。独断であんなこと言って、ちょっと調子に乗りすぎました」


ペコリと頭を下げる織部さん。

むしろ、謝るべきはこっちだとその流れで私も謝ろうとすると、織部さん本人に止められてしまう。


「これに関しては、こっちが100%悪いから。せやけど、意見自体は変えるつもりはないで。つつじー、改めて言うけど、ぼるべるの持ってるポテンシャルは無限大や。バレーボーラーの寄せ集めなんかやない。紗雪はんの人を見る目は確かやで」



そうこんこんと言い聞かされても、あまりピンとこない。

だからスプリングフェスタでも結果を残せるはずだっで主張したいのかもしれないけど、だからって失敗したら引退なんて賭けに平然と乗れる心境がわからない。


「……逆につつじーは、なんでぼるべるの解散をそんなに恐れとんねや?」

「……皆んなと、アイドルを続けたいから」


その言葉に驚いたような表情を見せる織部さん。ここまではっきりと自分の意思を伝えたのは、私としても初めてのことで。

だから、織部さんが驚くのも無理はない。


視界の端で、新橋さんが倒れたような気がしたけど、そちらには目もくれず、織部さんの目をじっと見ていた。


「……せやな。でもなつつじー。そのためにも、この話は受けるべきやと思うねん」

「なんで!」

「私たちの価値をわかりやすく、わからせるためや」

「……世間の人たちに?」

「紗雪はんにや」


どうしてそこで、勘解由小路さんの名前が出てくるのか。そんな私の当然な疑問をよそに、織部さんは話を続ける。




「ええか? あの人にとって私らはただの『Starlight』を盛り上げるための駒でしかない。それが使えもんにならんようやったらどうする? 捨てるやろ? 紗雪はんはまだ、私らを捨てれる位置におるねん」

「捨てるなんて、そんなこと……」

「はっきり言って、『Starlight』に懸ける思いは私らよりも何十倍も上や。その紗雪はんが曲がりなりにも、こんな馬鹿げた話に賛同するような態度を取ったんやで。これはつまり、私らの解散も視野に入れてるってことやろ」


否定したい……否定したいけど。あの日の、『Starlight』を語っていた勘解由小路さんの、あの見せた激情を思うと、その言葉に頷かざるを得ない。


「つまり……私たちとの契約を……」

「いや、そこまではせんやろうな。あまりに風聞が悪すぎる……せやけど、アイドル路線はやめて、私らでバレーボールチーム結成……くらいはやるかもしれんな。それぐらいは見越しとってもおかしくない」


それは全て憶測に過ぎない話だ。けれど、織部さんが言うと妙に説得力が出てきてしまう。織部さんが話し上手なのか、私が聞き上手なのか。

それを判断できないくらいにはその憶測を、真剣に聞き入ってしまっていた。


「動画サイトに、私らの新曲のMVを投稿するってのも、俄には信じ難い話や。当然、私らが撮り終わったら映像のチェックが入るやろ? あの人なら、そのタイミングで好きにボツにできる。『Starlight』が抱えとる秘蔵の曲やで? そう簡単に、世に出すような選択はせんやろ」

「要するに……元々のプランだと、私たちは切り捨てられる可能性があるってこと?」

「理解が早くて助かるわ。私らが評価されるなら、審査が必然厳しくなる紗雪はんより、ただノリたいだけの観客の方がまだやりようがあるとは思わへんか?」


そう問いかけられ、思わずコクコクと頷いてしまう。



気づけば、そんな冗長ともとれる憶測だらけの説明で納得している自分がいた。我ながら、チョロすぎるとは思うけど。


ただその可能性は、否めない。引退という言葉に気を取られ、頑なに否定していたら、自ら引退までの道を早めていた……かもしれない。


ならやっぱり、織部さんがあの場にいてくれて助かった、ということになる。私じゃ、すぐにはそんな判断なんてできなかっただろうから。



だから私はーー、



「ありがとう、織部さん!」


ぼるべるのことを、その進退を、こんな真剣に考えてくれたことが嬉しくて。思わず織部さんの、艶やかな手を取ってしまう。


「ええんやで、つつじー。わかってくれたらな」

「うん……その、ほんとにごめーー、」

「言ったやろ、謝罪はいらへんって。ただここに、サインしてくれるだけでええ」

「うん! わかった!」


心が動かされるままに、言われた場所にサインする。それはご丁寧に用意されていた、『スプリングフェスタ』への参加不参加に対するアンケートの紙で。

そこには既に、私以外の全員の名前が書かれていた。



「なにこの茶番……何見せられてんの」

「あわわわ……あんな口車に乗せられて、あんな怪しい紙にサインさせられるなんて……。筒路さん、もっと人を疑うことを覚えた方が……」

「私たちもサインしてるけどねー」


外野の声も聞こえてないのか、私がサインをしたことに気前を良くした織部さんは、そそくさと設置されていた冷蔵庫に赴きジュースを何缶か持ってきた。


「よっしゃ、乾杯や! 今日はめでたいしな! 唐沢はんも、タバコを解禁してもええで!」

「ざけんな、もう吸ってへんわ」

「電子でも、身体に悪影響はあるしね!」

「何そのノンアルビール理論みたいなの。喫煙者の間では有名なの?」



そんなツッコミを入れつつも、宴は続いていく……はずもなく。

談話室がガチャリと開いて、そんな悪ノリを制する鋭く冷たい声が響いた。


「あの、そういうのは家に帰ってからお願いします。まだ午前中ですし……」


勘解由小路さんのその発言は、最もなものだった。


十日後に迫る『スプリングフェスタ』に出演すると決まった今、一分一秒も無駄にすることはできない。

その勘解由小路さんのキリリとした視線に背中を蹴られるように、私たちは急いで談話室を出る。


「あ、すまんけど、先行っといてや。私は、ちょっと紗雪はんと話すことがあんねん」

「あ、うん。早く来てね」


それだけ言い残して、さっさとその場を去る。なんとも居づらい空気が、一瞬にして出来上がってたし。



……話したいことって、なんだろ?


◇◇◇


「すんまへんな、紗雪はん。咄嗟のことは言え、悪者に仕立て上げてもうて」

「いえ、あの場ではあれが正解でしょう。筒路さんとの仲も、丸く収まったようですし」

「やっぱ聞き耳立て取ったんかい」

「当たり前です。でなければ、あんなタイミングよく出てこれませんよ」

「それはすんませんって。悪ノリが過ぎました」

「途中、冷や冷やしましたよ。まるで、私の心のうちが読まれているようで」

「……それはどっちですか?」

「さあ……、どちらでしょうか?」

「ほんま、食えん人やな。心のうちを読んどるのは、紗雪はんの方でしょ」

「はい、よく言われます。……ところで、織部さん。これは純粋な疑問なんですが。……なぜ、向こうの提案にあそこまで乗り気だったんですか? 織部さんは一体、何を見ているんですか?」

「見るも何もあらへんよ。ただつつじーを色々言われてムカついたから……そんなしょうもない理由やって」


◇◇◇


「はい、はい……はい。そうですか。それはこちらとしても嬉しい限りです。はい……はい。それでは、また」

「……ん? お嬢? なんか嬉しそうじゃん。さっきの誰からよ」

「流れでわかるでしょーが、このバカ。アヴォルさんたちからに決まってるでしょ」

「ん? てことは、何? 快諾だった? いやー、中々に挑戦的じゃん」

「快諾というには、一日かかったみたいだけど」

「それで、どうすんの? 投票で一位とったら。本当に『chronicle』に掛け合うつもり? 絶対嫌な顔されるよ。ねー」

「………こっちを見ないで。暑苦しい」

「んだよ、暑苦しい視線って」

「やっと喋ったじゃん、葵。この前は嘘みたいに黙りこくってたのにさ」

「あんなことは、初めてじゃなかったかしら?」

「いつもは誰に対しても、尊大なのに」

「勝手に私を語らないで……そういう日もあるでしょ」

「ああ、そういう日ねー。あの、重いやつ」

「死ね」


◇◇◇


「聞いてる? 紗理奈」

「ん……。ごめん、聞いてなかった」

「だから興味のない振りはやめなって。あんたが一番気にしてたでしょ」

「別に。あんな、バレーから逃げた奴らのことなんて興味ないから」

「なくはないでしょ。勧誘が失敗したからって、筒路さんたちを恨まないでも」

「…………」

「痛い痛いって! もう! それ禁止! 言っとくけど、先輩たちからも感じ悪いと思われてるから」

「別にいい、あんな雑魚ども」

「もうもう! だから、禁止ね! そういうのも!」

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