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普通にドン引きだけど……。

「はー、きっつ。大将も無茶なこと要求してくるわ」

「大将って……うちの社長のこと? 何その呼び方、自分で言ってて恥ずかしくなったりしないの」

「うっさいわ、ぼけー」


来海ちゃんの噛みつきは勿論、織部さんのツッコミもいつも以上に元気がない。

それもそのはず、二人して私たちの目も気にせず、ステージの上で直に座り込んでいるぐらいだから。


元気が無いとはいえ、まだ会話ができているだけマシなんだけどな……と、虫の息で横たわっている新橋さんを見て思う。

うー、うー、と辛そうな顔でうめいていた。



余程さっきの練習がハードだったのか。全員ぐったりとしていた……その責任の一端は私にある。


なんせ、その様子に気づかずにダンスの練習を敢行してしまったのだから。根っこが体育会系なだけに、ついついやり過ぎてしまう……反省しなきゃな。



「やりすぎてしまうちゃうわ……体力お化けが。自分が中高と、キャプテンをやらんかった理由がよーわかったで」

「ごめんなさい」


返す言葉もありませんと深く反省して、唐沢さんたちの方へと向く。けど、この二人はさっきの練習で堪えている様子はなく。



「如月、今んとこ振り付け間違えとったで」

「うーん? うんうん……あちゃー」

「……で、あんたらもあんたらで流石やね。ほんま」


急遽とった休憩時間の間に、反省会をし始める唐沢さんと如月さんを見て、呆れたような目を向ける織部さん。なんとも、実感のこもった言葉だ。



「合間合間で、体力補給してるからね。私は」

「その飴玉一つで何が回復すんねん」

「倒置法にして暗に意識の高さを示してんのもムカつく。てか、誰にも真似できないし」


如月さんに関しては、積んでるエンジンからして私たちと違うような印象がある。日本人以外の血は、半分しか入ってないはずなんだけどね。


「セッターが一番スタミナいるポジションやろ」

「そこを勘違いされがちやけどな? 確かにコート内を走り回ったりはするけど、体力を余計に消費する分効率的な動き方で抑えてんねん。馬鹿みたいにバカスカとジャンプしまくるスパイカーらと比べたら、流石に分が悪いわ」

「ナチュラルにディスられた……?」

「どこのセッターも、私と同じ感じやと思うで。苗種(なたね)はん、ていう例外もおるけどな」


嫌な顔をしながら唐突にその名前を出す織部さん。


いつもは黄金世代関係の話題でも、あまり興味なさそうにしている唐沢さんも、その名前を聞いて複雑な表情を浮かべていた。


まあ、あのチームにはあの人がいるしね……。



「とは言いつつ。観客の前でいつまでもこんなことしてたらあかんか。ほら新橋はん、休憩時間は終わりやで。つつじーが腕広げて待っとる」

「…………っ!?!?」

「え!? ……えー……?」


その言葉に困惑するも、言われるがまま腕を開くと、慌てた様子の新橋さんに真っ赤な顔して距離を取られてしまう。


なんなのかな?


「でもほんまよかったわ。こんな丁度いい練習場所が取れて。関係者の皆さまには感謝やな」


そんなことを言いながら織部さんは、ギャラリーに立っていた高校の制服を着た少女たちに手を振る。それだけで黄色い歓声があがっていた。


私たち、ぼるべるについたファン1号……というわけではなく。似たようなものだけど、違くて。


その歓声を上げているのは、バレー部に所属している少女たち。言ってしまえば、この熱い視線も過去の栄光によるもの。

それで練習用に、どこかの高校の体育館まで借りれてしまったのだから、複雑な気持ちを抱いしまう。



にしても皆んな、そういう視線には慣れているみたいで。どこか居心地の悪い私とは反対に、新橋さんでさえも気負ったような様子はなかった。


最後の歳の選手権大会後に、小っ恥ずかしい二つ名をつけられた私とは違って、他の皆んなは現役時代からも注目の的となっていた。


つまり、そういう視線に晒されるのは、一回や二回じゃないだろうし……そしてそれを、どこか羨ましくも思えてしまう。


「い、いやいや、そんな良いものじゃないですよ……。できることならそんな注目の集め方、したくなかったですし」

「………………」

「え……、筒路さんに頬をつねられてる……? これ、頑張ったことへのご褒美ですか……? な、ならもっと、激しい方がよかったりするんですが」

「変態趣味を披露するのはそこまでにしときや。つつじーも引いとるから。……いや、その方がむしろ興奮するんやね。ならもう無敵やな」

「素敵にすき焼き」

「雑談できる元気があるなら充分でしょ……だからさっさと立て、変態。練習再開するから」


ポンと新橋さんの肩に手を置いて、笑顔を崩さず辛辣にディスる来海ちゃん。


いつもなら、倒れている新橋さんを足蹴にでもしているところだろうけど、人の目もあってか、律儀にお淑やかキャラに相応しい振る舞いをしている。


ここからじゃ、ギャラリーには声も届かないだろうしね。


来海ちゃんは、意外にもちゃんと役を演じている。その徹底ぶりには、勘解由小路さんも手放しで褒め称えるほどだった。



「てことは、足蹴にするのは桜ちゃんの役目だ」

「え、えーっと……何がですか?」

「役柄の話やろ」

「それを踏まえての質問なんですけど」

「……ほう? 如月はんにしては妙案やな。小悪魔っぽい所作なんて私にはさっぱりやったけど、笑顔で新橋はんを踏みつけるんは、いかにもSっぽくて良いんちゃうか?」

「ただのど畜生じゃない? それ」

「別に? この変態も喜ぶだろうし、そういうプレイだって認識されるんじゃない?」

「わ、私はウェルカムです!!」


散々皆んなから変態と詰られた上で、私に無防備なお腹を晒してステージに寝転がる新橋さん。

その様子に心の底からドン引きしながら、私は一人その変態空間から距離を取る。


『おー、その反応はSっぽい。桜ちゃん小悪魔っぽい』とかいう妄言は聞こえなかったことにする。

温情だからね?


今の一連の流れだけで、あのシェアハウスに帰りたくないという思いが沸々と湧いてきてしまった。


皆んな、欠けることなく立派など変態だよ……。


◇◇◇


「れ、練習お疲れ様です。これ、差し入れです!」


ダンス練習終わりのストレッチを終え、ステージ下の更衣室での着替えも終えて帰り支度を整えていると、ギャラリーにいた女子生徒のうちの数名が下まで降りてきて、そう声をかけてくる。


「ほんま、ありがとな。体育館を開けてくれた上に差し入れまで。感謝してもしきれんわ」

「いえいえ! どうせ今日はどこの部活も休みでしたし、それにこんな薄汚れたところを使ってくださって、その上にお礼だなんて!」

「こら。大切な体育館なんやから、そんな貶したらあかんやろ。ちょっと汚れが目立つ、程度で抑えとき」

「!! ……きゅう」


叱りながらも、頭をポンポンと叩く織部さんのさり気ないイケメンムーブ。それにやられたのか、『その言い換え、あんまり変わってなくない?』という疑問を抱いている様子もなく、ただ顔を真っ赤にしていた。


そのまま、友だちと一緒にギャラリーの上へと逃げるように走っていく。


その様子を微笑ましく思っていると、その場に残った少女が私の前に立ち塞がってくる。

それだけ聞くと高圧的に聞こえるけど、私に対して何か物申したいことがあるってわけじゃないらしい。


手を後ろに組んで足を少し開き、上体をわずかに逸らす。応援団もかくやという格好で、私から視線を外した状態から、一気に最敬礼の体勢を取る。


「じ、自分! 阿笠(アガサ)優子(ゆうこ)っす、一年っす! 筒路さんの試合を見てプレイに憧れ、高校からバレーを始めたバリバリの新参っす! その、筒路さんがバレーをやめたって聞いたときは、超ショックで寝込んだぐらいでしたけど、今日の練習の様子を見てそんな気持ちも吹き飛んだっす!! 筒路さんはアイドルでもカッケーっす! もっともっとカッケーっす!! それだけ伝えたくて、参上仕った次第っす! 時間をお取りして申し訳ないっす! それでは!!」


それだけ言うと、嵐のように去っていく阿笠さん。あまりにも早すぎて、その言葉に応えることもできなかった。

その言葉が嬉しすぎて、ギュッと抱きしめるために開きかけたこの腕は、どうすればいいんだろう……。


「そんなことしたら、ぶっ倒れるであの子。こっちの新橋はんで我慢しとき」

「そんなことをしたらぶっ倒れるでしょ、この変態」

「だからええんやんけ。わざわざ言わせんなや」


その悪ノリに当てられてか、チラチラとこちらを見てくる新橋さん。距離をとってきたのはそっちのくせに。


それにもう、抱きしめようという気はないからさらさらないから安心して欲しい。そう言葉を濁さず伝えると、結局倒れてしまった。


なんなのかな?


「まさに小悪魔やな」

「言ってる場合? どうすんのこれ」

「した本人が責任取らんといけんのんちゃう?」


なんやかんやと言いながら、結局私がおんぶをするという運びになった。重い……無闇なことを言うべきじゃなかったと、絶賛後悔中である。


そのついでに、その様子を写真にも撮られてしまう。これでアフターケアもバッチリやな、とは織部さんの弁だった。



「しかし、本当にええんやろうか。あんなええ歌、私たちが使わせてもろて」


珍しく、本当に珍しく織部さんが弱気なセリフを漏らしたのは、シェアハウスへの帰り道のこと。

いつもはお気楽な態度をとっている織部さんをしても、気圧されるだけの迫力がその歌にあった。


その歌とは勿論、『アヴォル・ベイル!!』のデビュー曲にして、世に産み落とされなかった幻の名曲。


『Starlight』を衰退へと追い込んだ、あのダブルブッキング事件。それで解散へと至ったアイドルユニット『Olympia』の隠し球。

勘解由小路さんが言うには、それ以前から嫌がらせにあっていた苦しい状況を打破する、三曲のうちの一曲だと言う。


次のライブでファンの前で披露するはずだった、まさに起死回生の三曲。

……残念ながら、それも叶わなかったわけだけども。


それを惜しげもなくデビュー曲として起用するあたり、勘解由小路さんのぼるべるに対する本気度が窺えてくる。

話では、残りの二曲もぼるべるの楽曲として、世に売り出す算段もあるらしいし。


せめてそれまでは、解散せずに頑張っていきたい。勘解由小路さんに、かけられた期待に応えるためにも。


「………気負っとるところ悪いけど、一番の懸念点は自分やで? つつじー」

「え?」


その織部さんの言葉に横を向くと、悩ましい顔をした織部さんの奥から、如月さんが捨てられた子犬みたいな表情を私に向けていた。なんで?


「いや、言うか言わんか迷ってんやけど……」

「あんた下手すぎ。料理もそうだけど、マジでバレー以外なんもできないんじゃん」


ズガガガーン! と、それこそ料理のとき以来の衝撃が、私の身体を駆け巡る。

そ、そんな……私の歌が、下手だったなんて……。


「いや……前も思ったけど、なんでそんな自信満々なわけ? バカなの?バカで自信過剰なの?」

「さ、さよちゃんは上手いって言ってくれてたから」

「色々と苦労したんやろうね。偲ばれるわ」

「あんた。アイドルになること、そのさよって子に反対されなかったの」

「ううん。むしろ、その逆だったけど……」

「ビジュで押し切れると思ったんやろ」

「アイドルは歌下手でも問題ないって風潮やな。そしてアイドルを勉強した今では、そんなことは口が裂けても言われへんよな」


皆んなが、そんな空論を交わしている横で、私は一人肩を落とす。料理下手が発覚したときよりも、致命的なダメージを受けていた。


アイドルにとって、歌唱力は何よりも生命線なのに……なのに……。


そんな私を見かねてか、如月さんはその肩に手をポンと置いてくる。


「桜ちゃんは天才だから大丈夫だよ!」

「……それはバレーの話ですよね」

「何その自虐風自慢。ポジティブなのかネガティブなのか、よくわからないんだけど」

「まあそう落ち込まんと。そんな気分を晴らせるくらい、ぱーっと明るく騒げる店を知ってんねん……カラオケっちゅうんやけどな」

「……………織部さん、嫌い」


バタッと倒れる音が再び聞こえたかと思うと、来海ちゃんの深い深いため息がその場の空気に溶けていく。



ぼるべるの前途は、呆れるほどに多難である。

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