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……で、どっちが凄いん?

「皆さん、昨日はお疲れ様でした」

「別に、疲れるほどのことはやってませんけど……」

「いいえ、皆さん。よくやってくれました……本当に、よくやってくれましたね」

「あれ? これ怒られとるんか?」

「いえ、冗談です」


なら、よかったー……と、いくら鈍感な私でも、その言葉を素直に受け取ることはできなかった。


なんと言っても、昨日の生放送は賛否両論だったわけだし。

辛うじて賛の方が多かったけれど、主に私たちを思った織部さんの行動に対する否の意見も、目立たないわけじゃなかった。


ただそれらの振る舞い方へのコメントは全て、ぼるべるのメンバー関連のコメントで流されたわけだけども。


勘解由小路さんが言うには、私たちの知名度を舐めていた、ということ。

昨日のうちにそれぞれの名前がトレンドに上がってだけでなく、ネットの記事にまでなっていたみたいだし。



そして、私たち個人に関する賛否だけど……正直、なんとも言えない。


私たち自身、アイドル的な人気を誇っていただけに応援する声も多数寄せられていたものの、否定的な意見も少なくはなかった。

その中にはバレー界の損失がー、だの騒いでる頭おかしいコメントは流石に少なかったけど、昨日の青山さんみたいに、アイドルを舐めてる等のコメントは散見された。


今の時代、未成年から通えるアイドル養成所も珍しくない。そして、そういうところで挫折した、もしくはそれを見てきた人たちにとっては、バレー上がりの私たちが、アイドルを『舐めている』と見られるのも仕方がない。

(それでも面と向かって、しかもそれを生放送のカメラの前で堂々と伝えるのは、おかしいんじゃないかと思うけど)



結局、そういう人たちに対しては結果や実績で、こちらの真摯さを伝えていくしかない。

そのためにも、私たちぼるべるの次の目標は必要と言えた。


「次の目標ですか? 勿論決まってますよ」

「遂にデビュー曲を!?」

「いえ……予定はしていますが、それはあくまでも過程にすぎませんので。目標は一つ、『chronicle』の生配信に出演することです」


なるほど……と、私は心の中で深く頷く。確かに大分高い目標ではあるけど、アイドルとして成功するのを前提とするなら妥当なラインだ。


◇◇◇


アイドル戦国時代と言われるここ現代日本で。アイドルたちが綺羅星のように台頭しては消えていくその中で。

知名度や人気を含めて、巷の人々に覇権と評されているアイドルグループが二つある。


一つは、アイドルを超えたアイドルを売りにして、ライブに握手会といったアイドルとしての活動は勿論のこと、動画や配信業、彼女たちをモデルにした漫画にアニメ。果てには自分たちが出演する映画まで制作してみせ、様々な方面で名を轟かせる『chronicle』。


もう一つは、古き良きアイドルのスタイルを踏襲しつつも、スーパープレミア会員制度やエトワールといった独特のシステムで、従来受け継がれてきたファンとの距離感が近く親しみやすいアイドル像を撤廃し、偶像としてのアイドルのあり方を選んだ『我楽多』。


ファンを見境なく集める『chronicle』に対して、自らのファンを篩にかけ選別する『我楽多』。

下品なくらい多方面に手を広げる『chronicle』に対して、アイドルとしての興行すら満足にしない『我楽多』。

馬鹿な大衆に愛想を振り撒く『chronicle』に対して、特定の資産家に媚びる『我楽多』。


偶然であるか否か、この二つのグループは対照的とも言えるほどに異なっていた。

(これらの、二グループを形容する文言はどこかのアイドルに詳しい人が書いてるサイトから拾ってきたものだけど、どちらも人気なだけあって全体を通して大分辛辣な評価をされていた)


そしてそれは、その活動の方針だけにとどまらない。


それを擁する芸能事務所が百年を越える歴史のある老舗で、その事務所のブランドの影響を大きく受けている『我楽多』に対して、動画投稿サイト上で超がつくほどの大成功を収めることで、今の地位まで成り上がった『chronicle』。


……と、その成り立ちからして、全くの真逆だったりする。もはや、作為的なものまで感じてしまうけど。




そして、今回話題になっているのはその『chronicle』の方で。先述の通り、『chronicle』の躍進は動画投稿サイトで大バズりしたことに起因する。


別にアイドルにとって、先駆者的な存在……というわけではない。『chronicle』のチャンネル開設は今から六年ほど前のことになるけど、その当時から既に、動画投稿サイトではアイドルグループが運営するチャンネルがウヨウヨと漂っていた。


テレビというメディアの影響が弱まったため、自由に自分たちを発信できる媒体に活動の場を移すのは当然のことで。

(そもそも、アングラと言われていた動画投稿サイトが市民権を得たために、テレビは衰退したと言われている)


アイドルがサイト上にグループチャンネルを作る流れの始まりは、十数年も前に及ぶと言われている。


その十数年の中で、リアルのアイドルたちだけでなく、事務所に所属していない自称アイドルたちも雨後の筍のようにぽこぽこと現れたため、この狭いサイトの中ではリアルと同じくらいの数のアイドルグループが鎬を削りあってきた。


単純な流行りの話ではあるものの、その現状は一時期のVtuber文化のようだと、よく例えられる。


そのサイト内で玉石混合入り混じっているだけに、実力を持っていたとしても、それに相応しいだけのファンをつけるのは現実以上に難しかった。


今ではそこから撤退しているアイドルグループもちらほらとある。それでも、その市場価値は毛ほども揺るいでいないので、一攫千金を狙うアイドルたちは日夜そのサイトへと関心を寄せ続けている。



そんな中で、『chronicle』だけが飛び抜けた理由。

その背景には伝説的なアイドル、風音(かざね)風香(ふうか)の存在があった。


引退した今でも話題に上がるほど伝説的ではあるものの、その人をアイドルと認めない人も少なくはない。


運動神経も悪く、歌唱力もメンバー間でも下手より。ビジュアルをとっても、どこまでも芋臭さが抜けないと、アイドル時代は散々な評価を得ていたその人。


しかして、配信者として天賦の才を持っていた。


トークはキレキレで話題の引き出しも豊富。感性も豊かで、ユーモアのセンスもある。発想も非凡であり、それを言語化して説明できるだけの語彙力もある。



とどの詰まり、生まれる時代を間違えていたのだ。



個々用意されていた個人チャンネルでも、唯一登録者数100万人の大台を突破しており、もう少し早く、それこそ配信者天国とも呼ばれたVtuber全盛期に活動していれば、天下さえ夢ではなかったと称されるほどに。


アイドル事務所が運営しているチャンネルの、歌や踊りといったパフォーマンスを動画という形で流すというその主流を、変えかけた……とさえ言われている。


そうなる前にグループから引退したので、それが実現してたかどうかはわからないけど。


引退すると同時に個人チャンネルも閉鎖されるということで、惜しまれながら行われたその卒業ライブはドームを一人で埋め尽くすほどだった。


そのときの映像は『chronicle』のチャンネルに上がってるけど、観客一人一人の熱気さえ感じられる伝説的な卒業ライブだった。



そういう経緯もあって、風音風香、もとい『chronicle』は、動画投稿サイトのみならずリアルでも、覇権と称されるアイドルに成長していく。

そして今では、『chronicle』公式チャンネルのチャンネル登録者数は300万人を優に越えて、動画サイト上では文句なしの業界一のファン数を誇るようにまでなった。




そして、そんな『chronicle』が行なっている名物企画、『Best of the Chronicle』。略して『BotC』。


毎年、五月の初めの週、つまりゴールデンウィークに配信で行われるその企画は、『chronicle』のチャンネルの四大風物詩の一つに上げれるほど。


夏の夏祭り、秋の音楽祭、冬の年越しと並んで、ファンの間では春の運動会と呼ばれていて……。



説明がえらく長くなったけど、多くのファンが注目している企画ってことだ。


『Best of the Chronicle』は、『chronicle』のメンバー8人が大将となり、それぞれが選んだアイドルグループとともに様々な競技で他のメンバーと競い合って、一位を目指すというなんとも面白そうな企画である。


そして肝心なのは、このそれぞれが選んだアイドルグループというところだけど、ここに関しては大体仲のいいグループが選ばれる傾向がある。


ただ毎年、デビューして間もない新人グループを選ぶメンバーがいて、そういう流れがあって。



勘解由小路さんが目指しているのは、そこの位置にぼるべるが滑り込むことだった。


◇◇◇


「……話はわかったけど、そんな簡単に行くの?」

「知らん」


そんな端的な返答が唐沢そんの口から出てきたのは、来海ちゃんたちに『chronicle』についての説明をした後のこと。

上手く説明できたかはわからないけど。


いや、説明に20分もかかってる時点で、上手いも下手もないか。このときばかりは、自分の低スペックさを憎んでしまう。


それでも全員、最後までその拙い説明を聞いていてくれたのは嬉しかった。

比較的友好的な織部さんや新橋さんはともかく、唐沢さんや更には如月さんまで、耳を傾けてくれていた。


如月さんは途中で飽きてお菓子のこととか考えだすんだろうなー、とか浅はかな考えを持っていた私が恥ずかしくなってくる。事実として恥ずべきことだし。



『舐めてる』『舐めてない』論争じゃないけど、彼女たちに持っていた印象よりも、皆んなアイドルに対して真剣に取り組んでくれている。

そのことは、インタビューのリハーサルに文句を言いながらも全員付き合ってた時点で、なんとなく透けていたけど……。


なんていうか……全員、素直じゃないな。



「まあ、簡単には行かへんのちゃう? 一応プランみたいなものは紗雪はんに貰ってきたけど……とんでもないで?」


興味のなさそうな風を装っている何人かに少し呆れていると、そういって織部さんは恐ろしいものを取り出してきた。


ルーズリーフに閉じられたびっしりと文字の書かれた紙。プランというだけあって、日付から時間まで、ぼるべるの行動が事細かく記載されていた。


この通り、実績を積んでいけということなのか。


「ちょ……まじー……?」

「数ページに渡ってるで」

「高校の部活よりきついんだけど」


本番、つまり『BotC』開催まで、あと三週間もない。これだけ予定を詰めるのは、それだけ時間が足りないことを表していた。



「つか、驚いたんだけどー。三週間まるまる猶予があるってことは、あの生配信ってガチだったってことっしょ?」


他の人より、『chronicle』さんについて少しばかり造詣の深かった新橋さんが、幾分かすらすらと言えるようになったギャル言葉で驚きの意を口に出している。


あの生配信というのは、決まって『BotC』の一週間前に行われる恒例のメンバー発表のことだと思う。

視聴者だけでなく出演者の方も、その生配信でメンバーに選ばれたことを知ることができる。


「先んじて伝えておくとかないんやな。選ばれる方も、七日前は迷惑やろ」

「一応スタジオの関係もあって、関東圏で活動しているアイドルしか呼ばれないみたいだし……それに、リーク騒動も起きたし、仕方ないんじゃないかな」


今年で4回目の開催になる『BotC』だけど、こんな粋すぎるサプライズの形が取られるようになったのは、出演者のモラルの欠いた行動が原因だとか。


生配信でメンバーを発表している以上、そしてその配信をファンが楽しみにしている以上、その情報を先んじて公開するのは絶対に許されないことで。


毎年新人枠を入れる関係上、そのリークのリスクを排除するには、そもそもとして伝えないという、なんともシンプルな解決策だった。



「………くー、くー……むにゃむにゃ」

「時間切れみたいやな」

「え、如月はんほんまに寝とるんか? 狸寝入りとかやなく? むにゃむにゃとか口に出すやつ、マジでおるんかいな」


椅子に座りながら夢の世界へと旅立つ如月さん。『chronicle』だの『BotC』だの、一気に情報を詰め込みすぎたからなのかもしれない。

それはつまり、必死に頭に入れようとしたために力尽きたのであって、とても如月さんを責めれない。それと同じくらい今の私たちを責めないで欲しかった。



そして、誰が如月さんをベットに運ぶかで、微妙な空気が流れる。

決して重いとかじゃない。ただ単純に、一番大きいだけに、運ぶのも一苦労だってだけだから。


なんならくじ引きでも作ろうかと考えを巡らせたところで、俄かに立ち上がった唐沢さんは如月さんをお姫様抱っこの形で軽々しく抱き抱えて見せる。


「どいつもこいつも……情け無いわ。ほんと、手間ばかりかけさせる」


そう言って、寝室までスタスタと歩いて行く唐沢さん。その所作の一つ一つが格好良すぎて、その姿を思わず目で追ってしまう。



少しだけ、私もあんな風に運ばれたいと考えてしまったのは……秘密にしとこ。

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