side:荒金 紗代子……的な。
「ちょっと邪魔! テレビが見えないじゃない!」
「仕方ないだろ。ここのテレビ小さいんだから」
「押さないでください! ただでさえ一杯いっぱいなんですから!」
「もう! 狭過ぎるのよこの部屋」
「あの! ここ一応私の部屋なんですけど……」
よくある1Kのアパートの一部屋に、5人も集まったらそりゃ狭いだろと思いながら、不満の声に対する不満を張り上げる。
そもそも来たいと言ったのはそっちだったけど?
「もう怒んないでよ荒金。そもそもあんたの部屋に集まるのは当然でしょ? あんたのチームメイトが出るんだから」
「しかし意外だね。まさかあの『主人公』様がアイドルになるなんて」
「バレーボールを続けないのは知っていましたけど……それでも凄い転身ですよね」
「事前情報が一切ないから、マジでワクワクだな。あいつら、おったまげるんじゃないか?」
同じ年に同じ歳で『アンセル広島』へと加入した面々……つまり、中高とライバル関係だったやつらが、次々と発言していく。
本当はここに連れてくるつもりなんてなかった。後、桜がアイドルのメンバーとして、テレビに出るってことも教えるつもりなんてなかった。
そもそも桜に他言無用でと言われているし、それを私が破るはずもない。
ただ、迂闊にも桜とのトーク履歴を見られてしまい……こんな事態に至ってしまっている。
私としては、殴ってでも記憶を消し飛ばしたいところだったんだけど、桜に相談したところ、『さよちゃんの友達なら大丈夫だよ』という、暖かすぎる言葉をかけられてしまった。
友達なんかじゃないよ?
ただ桜に許されたならということで、しつこくせがんで来たこの人たちを家に入れることを受け入れた。
受け入れはしたけど……少しだけ静かにして欲しい。朝早いだけに、苦情とか来て怒られるのは私なんだけど。
「しかもグループだろ? あいつがメンバーにいるくらいだから、他のやつらも凄いんじゃないか?」
「何よ、凄いって」
「だから、他の界隈のトップみたいなやつらが集まってんだよ。きっと」
「何よ、他の界隈って」
「荒金さんは何か聞いてないんですか?」
「……え? うーん、どうだったっけ……?」
メンバーに関して色々と気になっているみたいだけど……言えない。一人だけ心当たりがあるなんて。
あの電話したとき、急に変わった声はあの『魔術師』、織部四季のものだった。
早とちりかもしれないけど、高い確率で、織部もそのアイドルグループの同じメンバーだと踏んでいる。
桜に織部、この2人が並んでるだけでも結構貴重な映像だ。もしかしたら今日の放送は、伝説になるかもしれないな……と、淡い予感を抱いてしまう。
「お、この次みたいだよ? 筒路君が出てくるのは」
「ここでCMに入るのね。焦らしてくるじゃない」
「ーー、ああ、もしもし? いや、テレビ見てるかなって、確認の電話な。こっち? こっちは全員で、荒金の部屋に集まってるよ……何がって? それは見てからのお楽しみだろ」
もうすぐ桜がテレビで取り上げられるということで、他のみんなはソワソワしていたけど、私だって緊張していた。
あの子、意外と抜けてるのにいきなり生放送とか大丈夫なのかな……?
失言とかしないか、心配になってくる。
酷い言い方だけど、ただ黙って座っているだけでも人気は得れるだろうから、緊張してカチコチになっている方がまだ良いな……と、幼馴染相手とは言えあまりにも忌憚のない考えを抱いてしまう。
「お、始まった始まった。見てるよな?」
「ちょっと、うるさいわね! 静かにしなさい!」
「んだよ、随分と熱心じゃねーか。知らなかったぜ、お前があいつのファンだったなんてーー、」
そう言葉が途切れるや否や、彼女が耳に当てていたスマホがゴトリと床に落ちる。いや、落とされる。
だけど、それで床が傷ついたと目鯨を立てる余裕もなかった。そもそも、気づくことすらできなかったし。
ただ、画面に映されたあまりにも異様な光景に呆気にとられ、ただひたすらに呆然としていた。
「えーー、? 嘘でしょ?」
「いやない、これはないって。ドッキリ……?」
「ははっ……『無頼漢』に、『麒麟児』? 何やってんのさ、マジで? ………マジで、何?」
今の感情をその場にいる全員が言語化してくれる。絶叫していないのが奇跡的なほどに、昨年の高校女子バレーに精通している人が見ればあり得ないラインナップが、桜の横の席に並んでいた。
なに……この、僕が考えた最強メンバーは?
見てわかるだけでも、『麒麟児』、『無頼漢』、『風雲急』、『魔術師』、『主人公』と、三年間に渡って大会で実績を残し続けた化け物ばかり。
こ、この人たちと組んでアイドルに? 本当に、悪い冗談にしか思えない。というかスカウトの人、何をどうしてこのメンバーを集めれたの? 賄賂? 金なんかじゃ転びそうにない人、結構いるけど?
そりゃ勿論、全員ビジュは良いさ。
見た目も含めてメディアの格好の餌となった黄金世代の中でも、特に目を引くところを集められている。それでも一番可愛いのは桜だけどね。
だからってそれらを集めてアイドルにしようという魂胆も、それを実行したという事実も、どっちも同じくらいイカれていた。
そんな私の考えの正しさを示すように、ネット上ではその番組名の入れられた投稿が、荒れ狂うように上げられていた。
要するに、全国各地で似たような衝撃を受けた人が大勢いるということで……。
「そりゃ、そうだろ!!!」
「うわっ! ……びびったー」
「あんたが一番近所迷惑じゃないの」
心なしか、私に対する反論の声も弱くなっている。当たり前だけど即座に飲み込めるような話でもないし、困惑が消えてないのは明らかだった。
そんな私たちが動揺している中でも、淡々と自己紹介をしている彼女たち……というか、桜が憎らしい。守秘義務というのがあることは百も承知だけど、こんな爆弾を隠していたなんて。
その自己紹介の中で口に出された一人の名前に、一周回って静まり返っていた辺りの空気が、ざわっと揺れ動く。
「え? 今、新橋って言ったか?」
「え? 同姓同名ですか?」
「いや、この流れでそれはないだろ。にしても……凄い変わりようだとは思うが」
新橋穂花。彼女もまた有名人である以上、奇異の視線を向けられるのは当然のことで。私も知っている限り、彼女があんな明るい髪色をしていた記憶はない。
この現状、取り留めて注目するようなことではないんだろうけど、そのキャピキャピとした振る舞いを見ると、気にせずにはいられなかった。
その新橋さんのアイドルデビューに関して更に話題が広がりそうになったところで、更なる衝撃が私たちのもとに届けられることになる。
「え……今の誰なのよ……?」
「え? 来海さんじゃないんですか?」
「あれ……? あんな感じだったか……?」
あんな感じではない。来海と言えばもっと、小さいながらにパワーを秘めた感じの可愛らしい子だった。
でも今のお淑やかな感じじゃ、ただの可愛いらしい子でしかない。可愛いことには変わりないけど。
これは要するに……キャラ付けってやつか? 思えば、桜の最初の自己紹介もどこか変だったし……緊張して空回っているのかと邪推したけど、あれもキャラ付けだったのか。
正直、彼女のことを知っている身としては違和感が半端ないんだけど、来海も来海でそういう露出は少ない方だった。現にここにも、今の態度に違和感を持っていない人がいるし。
ただ、知っていればいるほど、彼女の様子に違和感を抱くと同時に、正反対すぎて笑いの方が込み上げてきてしまう。
どういう経緯でそうなったかは知らないけど、不憫であることだけは間違いなかった。
「もう残り二人は適当だし……なんなの、この人たち」
「そりゃ、純然たる化け物たちじゃない?」
「まさかそれがアイドルになるなんて……なんとも言えない複雑な気持ちを抱いてしまうな」
その気持ちは痛いほどわかってしまった。桜を除く(この人たちにしてみれば、桜もそうなんだろけど)全員に対してトラウマのようなものを持っているだけに、戦線を降りてくれたことには素直に嬉しい。
けどバレーを愛する身としては、これからのバレー界を牽引していくだろう存在がこぞってアイドルになっているだけに、残念にも思ってしまう。
まあ黄金世代は層が厚いから、二つ名持ちに関してもこの六人を除いてもまだまだいるし、この先のプロバレーが盛り上がらない、なんてことはないんだろうけど。
でもやっぱり、その中でも抜けていた人がアイドルに…….、という衝撃は深いみたいで。
番組はインタビューに移って、雑な百合営業?を繰り広げている中、私たちはその話題で持ちきりだった。
「しかし、如月と黄金がアイドルになるなんてな……。てっきり、国外にでも出て挑戦するんだとばかり思っていたんだがよ」
「本当にね。バレー界の損失すぎるでしょ」
「よく考えたら、半数がU17の選手じゃん」
日本が世界に届いた、と称された伝説のU17。私たちの世代は黄金世代と呼ばれ、その中でも選りすぐりのメンバーが集められただけに、目覚ましい成績を残すのは火を見るより明らかだった。
だとしてもやっぱり、バレーの発祥だけあって強国揃いのヨーロッパ諸国の面々を破りながら、準優勝という栄冠を掲げて見せたのは、流石の一言に尽きる。
過去にも先にも、ここまでの好成績を残すことはないと、はっきりと明言されてさえいた。
その中の3人が、こうしてアイドルとして活動していくと宣言したのだから、多少なりとも世間を揺るがすのは当然のことで。
もう、ぼるべるとやらの名前で、検索すること自体怖くなってくる。
桜のママさんの話では、『Starlight』にはやらかした過去があるって話だけど、そんな過去があるからもはや怖いものは無くなったのか?
難いことに話題性はバッチリなだけに、相当な賭けに出たんだと窺える。
その六人に対して興味がつかない中で、インタビューが続けられるんだと思っていると、なぜか向こうでは不穏な流れになっていた。
いきなりコメンテーターとかいうおっさんが声をあがたかと思うと、意味のわからないことに桜たちをこきおろし始めた。
面と向かって、アイドルを舐めているのかという、問い詰めるような発言。
一緒に見ていたチームメイトたちも、その無理矢理な展開に閉口している様子だった。
演出としても意味がわからないし、センスがない。佐鳥とかいう人の慌てようを見るに、この人の暴走なんだろうけど。
……けど、その後の桜の発言でわからなくなる。なんと、そのおっさんの挑発に対抗するように、桜もそのおっさんへと噛みついた。
幼馴染であるだけに信じられない。あそこまで初対面の相手に言い返せるなんて。
だとしてやっぱり演出……なら、やり過ぎだとしか言えない。挑発の途中で出された、たかがバレーボーラー発言に、ここにいる人全員殺気だってるから。
彼女たちは私らの中でも世間と同様、いやその活躍を生の目で見ていただけに、それ以上にアイドル的存在だった。
だからこそ、到底その発言を許せるはずもない。
見てない間にテレビは、落ちぶれるとこまで落ちぶれたか……、とがっかりとした気持ちを抱きかけるも、やはり流石にそんなことはなく。
このおっさんが桜、及びぼるべるにしつこく食い下がっているところを見るに、その流れは完全に私怨でやっていることが窺えた。
なんだこいつ。うちの桜をいじめやがって。
そうとわかれば即行動と、そのテレビ局がある東京へと向かおうとしたところで、その手を掴まれ引き止められる。
「…………何?」
「良いから座っとけ。面白いことが起きそうだから」
画面を見れば、丁度、織部とそのおっさんが言い合っているところだった。
なぜだかラップバトルの様相を呈し始めたそれは、織部がよほど強烈なパンチを放ったのか、おっさんの方が怒って退出という面白すぎる幕引きで決着となる。
……いや、ダメじゃん。
放送事故としては伝説級かもしれないけど、れっきとした放送事故ではある。初出演の生放送でコーナー一つ潰すとか、なんてアウトローな経歴が生まれてしまったのか。
こうなってしまった以上、気持ちはよくわかるけど、織部の行動は早計だったと判断せざるを得ないけど。ここから、どうすんの?
コーナーの進行上、必要だったっぽい人材がいなくなった以上、積んでるじゃん。と側から見て諦めている私と違って、織部には考えがあったようで。
そのまま、コメンテーターのために用意されてた席へと座るという大立ち回りをして見せる。
いや、面白いけど……これは大丈夫なのか? 初っ端からこんな自由にされると、向こう的にもあんまりキャスティングしづらくなるんじゃない?
そんな不安を感じている間にも、あっという間だったワンコーナーは終わりを迎える。
そんな放送事故を引き起こしながらも、『アヴォル・ベイル!!』の鮮烈すぎる初陣は、トレンド一位という称号とともに、アイドル史における一つの伝説と相なるのであった。




