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立つ瀬がないけど……。

「………! 皆さん、『推し事』お疲れ様です! 今日の一推しのコーナー!(ぱちぱちぱち)。このコーナーでは、話題沸騰中の人や新進気鋭の人など、様々な今『来ている』人、今後『来るであろう』人を私、佐鳥(さとり)(さち)が張り切って紹介していきます!」


その口上とともに、始まるそのコーナー。もう何百回と続けているせいか、その言葉には一切の澱みもなく、ついでに笑顔も忘れない。


事前対策として過去のそのコーナー映像を何十本と見てきたけど、同じ間、同じトーンと、その対策がしっかりと活かせるほどに、寸分違わず変わらなかった。


まさしくプロの仕事だ。



「今回、紹介する人たちはなんとこのコーナー始まって以来初! デビュー前のアイドルの子たちに来てもらいましたー! それでは紹介していきましょう、『アヴォル・ベイル!!』の皆さんでーす!」


そう佐鳥さんが言った瞬間、カメラがこちらの画角にフォーカスする。いつも通りの番組の演出ではあるものの、事情が事情だけに期せずしてサプライズの形になっていた。


今、この瞬間、私たちの存在は世間に広まることになる。さよちゃんにもメッセージを送ったので、きっとこの光景を見ては驚いていることだろう。



……この光景を見た世間の声が、いやに気になってくる。恥ずかしながら私も含めて、バレー界におけるホープとさえ言われていた身だ。


前も言った通り、女子高校生バレーは世間からの関心も強いため、過信でもなく沢山の反響が寄せられているに違いなく……その中には、ネットでは心無い意見も飛び交っているのかもしれない。



けれど隣を見れば、そんな不安を感じさせもせず堂々たる姿勢を崩さないメンバーの姿があった。


その姿を見ていると、自然と落ち着いてくる。

カメラに映って、その様子がリアルタイムで流れている以上、慌てた様なんて見せるわけにはいかないから、その落ち着き具合は非常に助かった。



そして、台本通りなら私からの自己紹介。


鏡の前で何度も練習した、どこかSっ気のある笑顔(これが正解なのかはわからない。何度説明されても、よくわからなかったし)を浮かべながら、カメラに向けて毅然に応える。


「どうもー! 紹介に預かりました『アヴォル・ベイル!!』、略してぼるべるの、リーダー?を務めてます筒路桜でーす! ……そしてー?」


「どうも、織部四季って言います。まあ知ってる人もおるかもしれんけど、これからはぼるべるの四季ちゃんってことで、一つよろしゅうなー」


「ちょりーっす、新橋穂花でーす! うちは見た目通りギャルアイドルとしてやってくんでー……よろー!」


「わたくし来海ロナ、と申します。えー、改めて自分の名前を口にするのは、少し恥ずかしいですね……」


「唐沢黄金。よろしくとか言うつもりはないけん、勝手に応援しといて」


「えーっと……あ、如月エミリー。好きなものはお菓子類全般で、好きな人はミルキーちゃん」


そこから続く全員分の自己紹介。誰もどもることもなく、中々に順調な滑り出しと言えた。

一応この部分は自由に、とはなっていたけど、全員想定したキャラ通りの自己紹介ができている。


……と言っても、ほとんどの人が素のままだけど。

如月さんとか、カメラの前とか番組とか関係なく、いつもこんな感じだし。



「はい、ありがとうございます。それにしても皆さん、可愛らしいですねー」

「ありがとうございまーす!」

「これからアイドルとしてデビューということですが、皆さんは以前から有名でしたよね?」

「有名ってほどでもないですけど……全員、バレーボールの試合の様子を、取り上げてもらった経験はありますね」

「ですよね! この番組でも、何度か試合の様子をお伝えしたことがあります。その映像でも全員が活躍されていて……そんな皆様方が、なんとアイドルに! この転身には、なにかきっかけがあったんですか?」


来た、最初の質問。リハーサル通り、織部さんと新橋さんの二人が答える。



「転身ってわけでもないですけどね。別にバレーで食ってくつもりはなかったんで。アイドルになったのは単純に、このチビに誘われたからですよ。それが同じグループに所属て、できすぎてますけど」

「もう……やめてくださいよ。織部さん」



わしゃわしゃと髪を掻きむしる手を、静々と払いのける来海ちゃん。

その行為に対して、にっこりと笑みを湛えているものの、その笑顔が引き攣っていることはいやでもわかる。


なにせ、不本意な発言に無作法な行動のコンボを喰らったんだから。

今騒ぎ立てないだけ、立派だと言うしかない。



「えー? 理由ー? それはもち、ロナちゃんがいるからっしょ! ロナちゃんまじ天使!」

「も、もう……新橋さんまで! 二人して、あんまり揶揄わないでください」



続いて投下された爆弾に肝が冷える思いだった。二人して来海ちゃんの理性を試しているのかもしれないが、割とギリギリである。


しかもこれ、何も突発的なものじゃない。来海ちゃんには内緒で二人で打ち合わせている。


織部さんがその光景に笑いを堪えているのを見るに、おそらく提案したのは織部さん。それに新橋さんは乗っかった形か。


そして毒を食らわば皿までの精神なのか、新橋さんは嬉々として来海ちゃんの方へもたれかかっているけど……、後を思うと和やかな気分で見届けられない。南無。



「大変仲がよろしいんですね。それではーー、」

「……ちょっと、質問良いですか?」

「はい? 青山さんからですか?」

「ええ。少し気になりまして」



予定にない流れに、佐鳥さんは困惑の表情を浮かべる。本来ならーー、というかいつもなら、こういうコメンテーターの人が発言するのは、質問コーナーが終わってからのことで。

こんな風に、途中で割り込んで……みたいな展開は、今までに一度もない。


軽い放送事故を起こしているようなものだけど、だからと言ってその発言を拒否するわけにもいかない。


カメラがぐっと寄ると、どこか得意げになったその人は、この世の春とばかりに口撃を開始した。



「君たち、アイドルを舐めてんの?」

「いや……え? 青山さん……?」

「あのね、こういうのは誰かが言わなきゃダメなの。そうなったら、嫌われ者の俺が言うしかないじゃん」


その発言がさも冗談であるかのように、がははと下品に笑いながら言う。

だがそれもわずかのこと。これが生放送であることを忘れたみたいに、しつこく詰めてくる。


「で、聞かせて欲しいんだけど。そこんとこどうよ」

「……質問の意図がわかんないです」

「意図? なに、安易なおバカ売り? アイドルのイメージが前時代過ぎるでしょ。そういうところが、アイドルを舐めてるって言ってんの」


私の返答にすかさず噛みついてくる青山さん。カメラもそれに合わせて、交互に移動させている。


どう考えてもこれは、討論番組のカメラワークでしかない。

にも関わらず、この悪意に満ちた下卑た発言を論破したところで、ぼるべるのプロモーションとしては最悪の一言に尽きる。


つまり、ただ黙ってその口撃を、被害者ぶりながら受け止めるしかないわけだけども……。



そんな状況下で、現場スタッフを含めこの番組を作っている製作陣の人たちは、その暴挙を止めるべきか悩んでいるみたいだ。どこか騒然としている。


ただ、止めないでいてくれるのはありがたかった。

こちらとしても、一秒でも早くこんな現場から抜け出したいんだけど……、ここで終わったらどう考えても禍根が残る。

この人との関係以上に、ぼるべるの今後の活動に支障をきたすほどの大きな負債が。


できるだけ上手く、この場を治めるのが先決だ。このグループのリーダーとして、私はその責任がある。



「舐めてなんていませんよ! もう、そんな意地悪なことを言って……また炎上しても知りませんよ!」

「あ? 初対面で、失礼だろ」

「それはお互い様ですけどねっ! もう!」


一方的に詰められる被害者のような立場ではなく、対等に言い合うプロレス芸の形に持っていくつもりで、挑発するような発言をする。


そんなこちらの行動の意図を読み取ってか、佐鳥さんは笑って、可愛いなんて言ってくれた。


……なんとも優秀な人だ。番組を成立させる上での最適解を瞬時に読み取っている。

そのおかげで、現場も和やかな雰囲気が広がって番組継続の流れが色濃くなっていく。




そしてさっきのは、何年か前、あざとい仕草や言動でよくヘイトを買っていたアイドルの人が、使っていた手法だ。

その役柄、共演者の方々からエッジの効いた番組向けの口撃を向けられることも多かったけど、毎回こんな感じで上手いこと処理していた。


まさか、アイドルを勉強する最中、当然その人にも触れ、人知れず勉強していたのが役に立つなんて……。



「……早く、質問に答えてくれない?」

「? だから舐めてないですよ。むしろリスペクトしてるくらいなんですから」

「他のやつらは? 黙ったままだけど」

「え!? あのーー、!」


「ええから、ここは任しとき」


他の皆んなにはそんな真似させまいと、その悪意に満ちた視線を、身体を張ってブロックしようとするも、それは織部さんに止められる。


なんか……すごく悪どい笑みを浮かべていた。



「勿論私たちも、アイドルの先人の皆様方をリスペクトしてはりますよ」

「ほう……そこまで言うなら、好きなアイドルグループくらい言えるんだろうな」

「当たり前ですやんか。『かもみーる。』、『song Kong』、『アンドロメダ』、あげ出したらキリがないです」

「なっ!!?」



なっ!!?


そうあげ連ねられた名前の数々に、悲鳴に近い叫びをあげそうになる。



前提として、このコメンテーターの人が、一部からの人気を博しているのは、アイドルを引退させるほどの発言力を有しているせいでもある。


そして、今あげられた名前はどれも……、その実績のために、散々な酷評とともに引退させられてきたアイドルグループの名前だった。



その名前をこの人の前で出すなんて、皮肉にしてもエッジが効きすぎている……ラップバトルじゃないんだから。

そりゃ、黙って涙を流すよりはよっぽどアイドルらしいとは思うけどさ! けどこれ、大丈夫!?



「君は馬鹿にしてるのか! 引退した人たちの名前を次々とあげて!」

「引退した? させたの間違いですやろ……あ、今の発言カットでお願いします」



大丈夫じゃなかった。


いきり立つコメンテーターの前で、にこりとした笑顔で手をかにかにとさせる織部さん。もうフルスロットルが過ぎる。

さっきまでどうにか丸く収めようと、散々頭を悩ませていた私が馬鹿みたいだった。



「不愉快だ! 帰らせてもらう!」

「えーー、ちょっと!!」


佐鳥さんの静止も振り切って、即座に席を立つ青山さん。そのままアシスタントスタッフを押しのけて、スタジオを後にする。


これで立派な放送事故だ。今のスムーズさを見るに、向こうも最初からその心算だったに違いない。

まあ要するに、出ていくのに体の良い理由を与えてしまったというわけだけど……、そこは織部さん。


その事態に、面白おかしく対応する。



「ほなら、私が代わりにそっちの席座りますよ。一度やってみたかったんですよね。コメンテーター」

「え、ちょっと……本当にですか?」


困惑した声を出しつつも、強くは止めようとしない佐鳥さん。それにつけ込んでか、用意されていた席へとさっさと座る。


さっきの流れも踏まえて、なんとも面白い絵面だった。ネットの掲示板あたりで、この私たちから距離を開けて織部さんが座っている構図が、出回る光景がありありと見えてくるほどに。



さっきまでの流れを笑い話にしようとしているのか……中々に豪胆だと思う。

けれどそれは、それが突発的なアドリブであったならって話しで。


私は、今までのこの展開、全て織部さんの手の上にあるように思えてならない。

今さっきコメンテーターの人が出て行ったハプニングすら、その織部さんの計画のうちのような、気がしてならない。


織部さんがあげていたアイドルグループ、それらは全て実在するものだった。

なぜそれを把握していたのか……、それは、ただ勉強熱心ってだけじゃない気がする。




……これは仮定の話だけど、織部さんはコメンテーターの人が一筋縄で来ることはないと、前もって予測していたのかもしれない。

ポロッと漏らしていた、『逆に足を掬われそう』という発言は、その仮定をコンクリートの地盤のように固めてくる。



そう考えると、さっきの織部さんの行動の意図も読めてくる。



あの明らかにラインを越えたような言動も、ただムカついたからではなく、無理矢理に帰らせることでコメンテーターの人のそれ以上の追及を避けるためだったとしたら。


他のメンバーに矛先が向けられたとき、それに対するメンバーの返答を危惧してのものだったとしたら。



そう仮定していくと、その見通しの高さや配慮の仕方が同年代と思えず、ぞっとしてしまう。


リーダーだなんて名乗っている自分が恥ずかしくなってくるほど、よっぽどグループのために貢献していた。



「そ、それでは改めて。次の質問なんですけど」

「あ、なんなら私が答えますけど?」

「あなたは黙っててください!!」


その明らかにコントとわかるやり取りに、スタジオの中から笑いが起こる。織部さんは、完璧にこの苦境を乗りこなしていた。



そんな様子を、私はフワフワとした気持ちで見届けていた。

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