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クズが………っすぞ。

「なんか……緊張しますね」


当日、とあるテレビ局にて。


打ち合わせも終わり、後は番組が始まるのを楽屋で待つだけという時間に、不安そうな面持ちで新橋さんが話しかけてくる。


リハーサルを何度も行っていただけに、失敗することを不安がっているんだろうか。この6人の中で、一番根が真面目なのは間違いないし。



『そうやろか』



……織部さんが言ってたのは、このことなのかな。

新橋さんの性格的に、練習してなかったらしてなかったでその不安からボロボロになりそうだけど。


なんとも難儀なメンタルをしている。

『有頂天』なんて呼ばれていたけど、ここ数日接してきて、エンジンのかかる前の冴えないプレイの理由がありありとわかってきた。



「自分のチームメイトはさぞ大変やったんやろうな。ほんと、同情してまう」

「2年のときも、それで負けてたでしょ」

「……すみません、筒路さん。今日は出れそうにないって伝えておいてください……」

「ちょ、ちょっと。新橋さんをいじめないであげてよ。3年のときは、大活躍してたし」

「ああ……それで、シンプルに力負けしたんやったか」

「旅に出ます……探さないでください」

「き、気にしないで! 冗談、冗談だから!」


そう言って必死に引き止めていると、ガチャっと楽屋のドアが開けられる。いつもより気持ち多めの汗をかいている猪狩さんは、その光景を見て数瞬固まった。


「思ったほど、緊張はしてないみたいですね」

「これを見て、最初に出る言葉はそれですか」

「差し入れですかー?」

「ああ、いえ。コメンテーターの方が到着されたので、楽屋挨拶をお願いしますと伝えにきただけです」


その言葉に、私たちは顔を見合わせる。そのコメンテーターというのは、今日番組で一緒になるアイドル評論家なる人で。

ネットの評判を見る限り、そのズバッとした口調や歯に衣着せぬ発言が特定の層に受けているだけで、あまり人気はないみたいだった。


「言うても一般人やろ。挨拶とか必要なんですか?」

「その、確かに芸能人というわけではありませんが、界隈では大御所とも呼ばれている人なので……挨拶をしないわけにもいかないでしょう」

「でもうちら、手土産とか持ってないっすよ?」

「それはこちらで用意しておきました。社長の自腹です」

「わー! 差し入れ?」

「こいつ……、話聞いとったか?」


それはたい焼きだった。

中々にいい袋に入れられており、一目で高級品だとわかってしまう。如月さんではないけど……正直、自分たちで消費したいという衝動に駆られてしまう。


「これを持っていけば、ご機嫌を取れるっちゅうわけか」

「あの、織部さん。キャラとしては適した発言ですが、あまりそのようなことを大きな声で言わないように……織部さんには、改めて言うことでもないですね」

「なんや、わかってますやん」


猪狩さんがそう言うように、織部さんはこの中で一番空気が読めるし、自分の立ち位置というものを自覚している。

その上で、そういうハラハラとさせる発言をするのは、まるでチキンレースを楽しんでるみたいだった。



「それじゃ、先頭は頼むで。リーダー」

「ああ、はい」


リーダーとして、言われるがまま先陣を切って、そのコメンテーターさんの楽屋へと向かう。

その道中、キャラも忘れずにお願いします、というアドバイスも賜ってしまった。


「えっと、必要でしょうか……?」

「そりゃあな。機嫌を損なわれて、キャラ作ってることを世間にバラされたらたまらんやろ」

「嫌な前提」


6人で並んで、テレビ局の中をズラズラと歩いていく。

そこで働いている人たちは皆一様に忙しそうに動き回っていて、テレビ離れが顕著になる昨今でも、その影響力は根強いと実感させられた。



「ここじゃない?」

「大層なことに、楽屋まで用意されてるんか」

「大御所って話やしな。プライドもぶくぶくと大きくなっとるんちゃう?」

「言いたい放題じゃない?」


こそこそとした会話が繰り広げられる中で、そのドアをコンコンとノックする。すると、中からどうぞ、という不機嫌そうな声が聞こえてきた。


「失礼しまーす。私たち、『アヴォル・ベイル!!』ですけどー、今日はよろしくお願いします!」


ペコリと頭を下げて第一声。顔を上げると、不機嫌そうな顔に幾つかの髭を生やした丸顔の男性が、じっとこちらを見ていた。

うーん……? あまり、好感は持たれていないみたい。やっぱり、このキャラって第一印象とか最悪だよね。


「……おい、最近の奴らは挨拶の仕方もしらんのか」


いきなりの先制ジャブ! よもや、豆腐みたいなメンタルに大ダメージを受けてしまうところだった。

そこでたまらず選手交代! 私に変わって織部さんが前に躍り出た。


「ほんま、すんません。まだ新人なもんで、礼儀も何も知らへんのです。一応これ、手土産ですけど」

「はん、ご機嫌とりか。ご苦労なことだな」

「はいご機嫌とりです。こんなもんで機嫌を取れるなら、なんぼでも贈らせてもらいますよ」


圧に臆することもなく、涼しい顔で対応する織部さん。生まれつきなのか度胸というか、色々と凄い。

こんなに心強い味方もいないだろう。


「挨拶すらできんやつらに、ご機嫌を取られてもな」

「すんません、その挨拶とやらがどうにも私らの思ってるものと違うようで……よければ、ご教授願いますか?」

「……ああ、いいよ。それじゃそこのお前、こっちこいよ。ご教授してやるから」


そう言って、赤ちゃんのようにぷくぷくの指で私の方を指さしてくるその人。


途端に、ぞわりと感じる悪寒。

なぜだか知らない寒気に囚われ、その人の顔が途端に醜悪なものに歪んだような錯覚を覚える。



「だから、来いよこっちに。正しい挨拶を教わりたいんだろ? 俺の言うことが聞けないのか?」


なぜだかすぐ近くまで寄ることを強要されていた。


その値踏みするような視線はさっきと意味合いを変えていて、まるで私自身を上から下まで舐め回すようにーー、うっ


「そういうことなら、ここでお暇させてもらいます。あ、土産はここに置いてきますね。また、本番ではよろしくお願いします。それでは」


矢継ぎ早にそう告げると、バタンと勢いよく閉められる扉。

その音で、体内を虫に這いまわられるような不快感は消えーー、現実に引き戻される。



「……あかんで、つつじー。あんなのに引っ掛かったら。なんかあったら、まず私らに相談してな」

「なんか、似たようなこと言われた気がする……」

「つ、筒路さん。大丈夫でしたか?」

「何なん今の。なんなんな」

「ちょい、今はやめときなって」

「あー……たい焼き…….」


全員、私のことを心配して……違った、一人だけあの楽屋に置いていった手土産のことを悔しがっている。


ただ、口ではそう言ってても、如月さんも私を心配するような、気遣うような視線を向けていた。

なんだかんだ言っても全員優しくて、その優しさが胸に沁みてくる。



新たな一面、というわけでもないけど、ライバル関係のままだったら絶対に知ることもなかった。


もしかしたら、私たちはもう友だちなのかもしれない。もしそうだったら……、笑っちゃいそうになるくらい、嬉しいけど。



「……さっきの、よかったの?」

「ん? そう聞くってことは、つつじーに毒牙にかかって欲しかったってことか?」

「そんなわけないじゃん。……でも、これでより面倒くさくなったことは確かでしょ。あんたの危惧してた通りになるんじゃないの?」

「どっちにしろやろ。媚びたとして、相手に気に入られるほどの要領が、つつじーにあるとは思えんし」

「うわ……酷い言いよう」


◇◇◇


楽屋挨拶でのあれこれがあって、本番前から既にブルーな気持ちで一杯になってたけど、それでも時間は過ぎていくわけで。


あっという間に本番の時間になり、スタジオに面したカメラ等が沢山設置されている場所で待機する運びとなった。

何度目かのCMの際、用意されたセットに座って、CM明けのワンコーナーに備える段取りになっている。


衣装は身に覚えのないもので統一されていた。似たような、黒を基調としたゴシック風のドレスデザインである。


グループであることを強調するためだろうけど、聞くところによると、これはかつて『STARter』の頃に所属していたアイドルグループのステージ衣装らしい。


つまり、お古を渡されたということで……。

その全ての意図は読めないけど、あのアイドルグループの再来、みたいな演出を勘解由小路さんはしたいのかもしれない。


わかる人にはわかる、憎い演出ってやつか。それがきっかけに私たちがバズりでもしたら、こっちの会社の方に注目する人も増えるかもしれない。


そう思うと、途端に着ているこの黒の衣装が、鉛のように重くのしかかってくるように感じてしまう。


私たち、ぼるべるの目的は『Starlight』の再建。私個人としては、勘解由小路さんの無念を晴らすという思いが強い。



そこでふー、と一つ息を吐く。

スタジオでアナウンサーが原稿を読み上げる声や、中継中のリポーターの、現地からの興奮を聞き流しながら、その場で二度屈伸した。


「お、試合前のいつものじゃーん」

「中学に入ってから、ずっと続けてますよね」

「ルーティンってやつ?」

「ルーティンか。それで言うと、一番有名なやつは白木はんのやつちゃう? あの、走り回るやつ」

「ああ。『第六感』の、度々注意されてたあれか」


出番が近づいているにも関わらず、彼女たちの調子が変わることはない。いや、むしろ良くなっている……?


どこか元気そうな新橋さんを見て、疑問を感じる。さっきまで緊張していたのはどこへ?



「私もルーティンみたいなのをしてきましたからね」

「そんなのあったんだ」

「この錠剤を飲み込めば、気分がスッとしてストレスも軽減して、集中力も上がるんですよ!」

「いや……それ、危ない薬ちゃうの……?」

「んー? ただのラムネだけど?」


なんてやり取りをしていると、準備お願いしますと声をかけられる。

CM中は一分そこらしかないため、スタッフの方たちに押し込まれるようにセットへと着席した。



……まあ別に、このセットは基本的に本番中、画角に映らないためわざわざCM中に移動しなくても良かったんだけど。


でも、本番中は音声を拾われてしまうので、そこでの会話は禁止ということらしく。

それでは物悲しいということで、こういう形態を取らせてもらうことにしたという経緯がある。


そのおかげでいい感じに緊張も取れたし、結果的に言って正解だったように思う。



(…………ん?)


セットに座ると、向かいの席から視線を感じる。さっきのアナウンサーの人の隣に座った、コメンテーターの人のもの。

楽屋で感じたあの嫌な感じとは別種の、こっちを嘲笑するような嫌な視線。(もしかしたらこの人は、嫌な視線マスターなのかもしれない)



その意味を問いただす間もなく、本番は開始された。

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