因果応報以上の罰を
バキ、ドガッ、ゴッ、グシャッ。
惨めったらしく赦しを乞う目の前の男。
「わ、悪かったよルナ、浮気なんかして…もう二度とお前以外を見ないから…ぎゃっ!」
目を潰す。
「本当に愚劣な男。姉様とわたくしの見分けもつかないなんて」
「…ラーラ!?」
「ええ、そうですわ。姉様は貴方の裏切りに心を壊して、未だに幻想の世界に浸っている。復讐になど来れるはずもないでしょう?そもそも、復讐になど手を染めるような姉様ではありません」
「シスコンだとは思ってたが、ここまで…っ」
不快な声をこれ以上聞きたくない。
腹を割いて臓物をぶち抜いた。
「ぁ…あ、あああああ」
「死になさい」
最後に頭を、ぐしゃりと潰した。
「…ああ、姉様。こんな男の何が良かったのですか」
わたくしの片割れ、双子の姉様。
ルナ姉様はまるで月のような人だった。
穏やかな光でみんなを優しく照らす、月のような人。
優しくて、ほんわかしていて、いつも周りに人が集まるような人。
けれどそんな姉様は壊された。
「この男の浮気相手が、姉様を再起不能にした」
ありとあらゆる嫌がらせを受け、心身共にとんでもないダメージを負った姉様。
姉様は今、リゾート型の医療施設で治療を受けている。
それでも姉様が幻想の世界から帰ってくることはない。
全ては、卑劣な嫌がらせ…口にするのも悍ましいことをされたせい。
「せめて…仇はわたくしが」
まず前菜として、この男を。
そしてメインディッシュに、姉様を壊したあの女を。
虫一匹すら殺さない姉様では出来ないような復讐を、わたくしが代わりに。
それが姉様を守れなかったわたくしの、唯一の償い。
グシャッ、ボタッ、ビシャァアアア…
「ぎゃぁあああ?!」
拷問を受け、粗相をして涙を流すのは姉様を壊したあの女。
「姉様の味わった苦しみはこんなものじゃない。もっと苦しめ!泣き叫べ!」
バキッ、ドゴッ、ゴキャッ!
「痛い痛い痛い痛いぃいいいい!」
姉様を傷つけておきながら、のうのうと暮らすなど許さない。
とはいえ丸一日、拷問に使ったのでもういいだろう。
「…さようなら」
「…っ」
最後は呆気なく終わってしまった。
さて、復讐を終えて。
救えない咎人となったわたくし。
治安部隊に自首をした。
裁判を受けたわたくしは、結果的に医療施設に押し込められる形となった。
そう、姉も暮らすリゾート型の医療施設。
極めて異例の判決だが、姉様のあの二人にされたことと姉様の現状を受け情状酌量された、らしい。
わたくしはやったこと自体は後悔していない。
そしてこうなってもまだあの二人を許していない。
けれど、わたくしの背負った罪は自覚している。
どんな事情があれども、命を奪うことは許されない。
自覚した上でやったことだ。
でも。
「姉様、また一緒に暮らせて嬉しいです」
「…」
姉様と同室で、精神的治療を受けられる。
わたくしはとても恵まれている。
だからこそ、あの二人のために今は冥福を祈ることができる。
許せはしないが、せめてもの祈りだ。
「ねえ、姉様。わたくし頑張ったんですの。姉様の仇は討ちましたわ」
「…」
「ここではわたくしと姉様の二人きり、もう何も姉様を脅かすものはない…ですから、そろそろ戻ってきてくださいませ」
「…」
「姉様…わたくし、許されない罪を犯しましたわ…独りぼっちにしないで…一人で罪を抱えるばかりでは寂しいですわ…」
弱音を吐いたところで姉様が戻ることはない。
わたくしの罪が消えることもない。
わたくしは生涯、一人でこの罪と向き合っていくのだ。
「姉様…ねえ、姉様の見る夢は幸せなものかしら」
「…」
「ふふ、その夢の中にわたくしの居場所はありまして?だとしたら嬉しいのですけれど」
「…」
「ねえ、姉様。わたくしはこれから先、幸せになることはあり得ませんわ。あったらいけないんですの。でも姉様は違う。姉様は幸せになるべきですわ」
姉は目を合わせてもくれない。
けれどそれでいい。
それで構わないから。
「わたくしの罪はわたくしが償います。だから姉様は目覚めて、ステキな方とステキな人生を…歩んでくださいまし」
きっと姉なら、わたくしの背負った罪も共に背負ってくれるだろうけれど…そんなものは望まないから。
ただ、姉が幸せになってくれたらそれでいいから。
「姉様、わたくし、たくさんの人の人生を台無しにしましたわ。直接殺した二人の他に、父様と母様にも迷惑をかけましたの。二人は隠居して、目立たないよう生きているそうですわ。使用人たちも、雇ってもらえなくなって困ったでしょうし…わたくしや姉様の療養のための費用を払い続けてくれる従兄にとっても、良い迷惑でしょう」
だから、その人々の幸せを祈るくらいしかできない。
けど。
「だからわたくし、幸せにはなりません。なれません。でも、姉様が目覚めてくれる…そんな幸せだけは、どうしても祈ってしまうの。だめな妹でごめんなさい」
つらつらと懺悔したところで、祈ったところで、奇跡なんて起こらない。
今日もまた、こうして懺悔して、人生を台無しにしてしまった人たちのために祈って、姉様が目覚めるように祈って…一日が終わる。
姉様、姉様、姉様。
いつか目覚めて、不出来な妹を叱ってくださいませ。
姉様、姉様、姉様…
「…ラーラ?」
「…え?」
「あら、わたくし、どうして…それよりラーラ、どうして泣いているの?ああ大変…ハンカチはどこかしら」
…夢を見ているのだろうか。
わたくしも幻想の世界に片足を突っ込んだのだろうか?
それでもいい、なんでもいい、今は…
「姉様…姉様ぁっ」
「あらあら、そんなに泣いてどうしたの。よしよし、いい子いい子」
今は、嘘みたいな奇跡に縋っていたい。
きっとその後が地獄なのだろうけれど。
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