ツガイを見つけたとある竜人の話
「……ごめんなさい。結婚はどうしても出来ません」
とある小さな村の少女は、ぶるぶると震えながらそう言った。
目前の美丈夫は愕然とした表情で、お付きの者たちも愕然としている。
それには理由があった。
美丈夫はこの国の王であり、竜人である。
竜人は長命種で、腕力にも魔力にも優れるが、獣人の一種であるからしてツガイを求める。
一般的な獣人と違うのは、同じ竜人がツガイとは限らないところ。
ヒトがツガイな事もあるし、獣人であることもある。エルフやドワーフという前例さえある。
そして他の獣人よりもツガイが精神安定のためにも必要で、たとい正気を失ったとてツガイが宥めれば問題ないとさえされている。
その竜人の王。彼のツガイは、目前の少女である。
兎の獣人である彼女は小柄な体躯を震わせ、顔色も真っ青だ。
遠巻きに見ている、同じ村の村人らしき者たちも皆兎の獣人らしいが、彼らも怯えているのが見て取れる。
「な、なぜ……?きみがか弱い兎の獣人であることは見て分かる。
だから、慎重に扱うように心がける。信じてはもらえないのか?」
「私たち兎獣人は、ありとあらゆる変化に弱いんです。
だからこの辺りに多く住まっていて、基本的に同じ村の中でだけ結婚をしてきました。
それに……」
ぎゅう、と自分の体の前で組んだ手に力が入る。
「今、ここに陛下がたがいるだけで死にそうなのです」
「え」
「強者が近くにいるということはとてもストレスなのです。
そのストレスで、心臓がひどく痛いのです。
他の皆もそうだと思います。もしかすると死者も出ているかもしれません」
「そ、そんなに!?」
「ひっ」
大声を出してしまった美丈夫。
それに目の前のツガイだけでなく、遠くにいるはずの村人たちも更に怯える。
だけでなく、集団の中には倒れた者までいた。
「だから、あの、ごめんなさい、一緒にはいけません。それに、今、いられるだけで、本当に、つらくて」
は、は、とどんどん呼吸が荒くなっていくのに心配で手を伸ばそうとしても、バックステップで避けられる。
胸を抑えて蒼白の顔色のツガイに、本当に自分ではダメなのだと感じた美丈夫の王は、絶望した表情で手を下す。
そうしてその場で踵を返し、村を遠く離れたところで竜の姿となって出ていった。
しかし、兎獣人たちは「圧倒的強者が近くにいた」ストレスによって四割ほどが死亡した。
更にそれだけの死者が出たという事実にさえストレスを感じて二割が死に、その地方に住まう兎獣人はたった数時間で相当な人数が死亡した。
その中には王のツガイだった少女とその家族も含まれた。
王のツガイである以上、居所を知られた以上、今後も客人があるのではないか?
王が無理矢理さらいにくるのではないか?
王を脅す材料としてさらわれるのではないか?
そういったストレスが速やかに彼女の命を奪い、また親愛なる家族であった彼女を失ったストレスで兄姉妹弟も半分以上が死んだのである。
兎獣人たちは安定した気候で食べるのに困らないこの地方を住処としていたが、その日を境に森の中に移り住んだ。
村は打ち捨てられ、残ったのは今更森で暮らすことが出来ない数少ない老人のみで、彼らは細々と畑を管理しているのみ。
というのを聞いた王は、己のツガイだけでなく、その家族や、関係のなかった兎獣人を大量に死なせてしまった己を悔いた。
そうしてツガイを感じ取り、依存するとされる部分の封印を施し、弟に王位を譲った。
弟は幸いにも同じ竜人をツガイとして見出しており、その関係も良好であったし、王としての才覚も問題なく備えていたので、国は混乱しなかった。
獣人は、ヒトに近い形をしているが、完全なヒトではない。
ケモノとしての性質を強く受け継ぎ、外見的にも元となる種族としての特徴を持つ。
例外は竜人くらいで、大抵のものたちは基本的な性格や思考、果ては食事の好悪まで決まっている。
草食動物の獣人はほぼ肉を食べないし、そもそもほぼ必要としない。逆もまた然りだ。
結婚に関しても、発情期に合わせてパートナーを選ぶ動物が元となっている場合は、実際にそのようになる。ツガイはその時々、近くにいる異性から相性がいいものたちがひっつくのみで、子を生した後は一族で育てていく。
元々の種族として一生同じツガイとのみ番うケースはある。
ヒトとしての色が強くなってきている近年では、ヒトと同じように恋愛をして結婚して一生を添い遂げる者たちもいなくはない。
しかし、竜王のツガイは違ったのだ。
否。
あの地方に住む兎獣人たちは違った。
王は弟にすべての獣人の性質と特徴、取り扱いの注意を徹底して調べ上げ、彼らの生活が不自由ないように統治すべきだとだけ言い残した。
弟は、兄のツガイに関する話は知っている。
そのため、了承を伝え、離宮に去る兄を見送った。
結局、先代王となった元竜王は離宮にて自害をした。
本能を封じても、ツガイを追い詰めて殺したという罪悪感からは逃れようもなく、思い出すのは己を見て魂の奥底から怯えた様子を見せた姿だけ。
竜のツガイは生涯に一人だけ。
そのツガイを悲劇的に失った彼は、生きるよすがを持たなかった。
自害を選ぶ間際までに彼が考えたことは定かではない。
ただ、ヒト社会の一部で信じられている「輪廻転生」に纏わる書籍を読み耽っていたという事実が残るのみであった。
兎ってめっちゃ可愛いけどマンボウみたいにすぐ死ぬよってエッセイ読んだなって思ったらこんなん出来ました