第228話 麒麟、岐阜城を訪ねる
「そうか、左衛門督殿のご嫡男、阿君丸が亡くなられたか……」
そう言って手にした筆を硯の上に置いたのは越前国安養寺に滞在しながら上洛の機会を窺う足利義昭。そして、朝倉左衛門督義景の嫡男・阿君丸が数え八ツで急死したことを告げたのは側近である細川与一郎藤孝であった。
「はい。寵愛しておられた小宰相なる側室の遺児でありましたから、左衛門督殿の落胆ぶりは言葉では言い表せぬほどで」
「左衛門督殿はああ見えて家族想いな方ゆえ致し方あるまい。されど、上洛に後れを生じさせてはならぬ。そのこと、左衛門督殿へ伝えねばならぬぞ」
「はっ、某からも義昭様の仰せであると伝えておきまする」
足利義昭からの命を受け、上洛戦を滞りなく行う旨を細川与一郎が通達するも、朝倉左衛門督の返事は鈍かった。
「左衛門督殿、此度のご不幸、何と申し上げてよいやら」
「うむ……。阿君丸の魂が未だこの館に留まっているような心地がしてならぬ」
「さ、左様にございまするか。義昭様は遅滞なく上洛なされることをご所望にございますゆえ、何卒上洛へのご支援は先日よりお願い申し上げている通り、何卒よろしくお願いいたしまする」
「うむ、阿君丸の法要が終わりし後、気が向いたら取りかかるとする……」
昨年、足利義昭を迎え入れた時とは打って変わり、生気を失った朝倉左衛門督の声に細川与一郎は強い危機感を抱いた。
これが足利義昭を大和より脱出するのに助力し、近江の六角氏に裏切られて行き場を失った義昭様を今日まで庇護し、二ヵ月前には管領代として加冠役まで務めた越前の大名であろうか、と。
細川与一郎がその後、再三再四念押しするも空返事が返ってくるのみ。細川与一郎が嘆息して朝倉左衛門督のいる広間から退出し、足利義昭のもとへと戻ろうと歩き出した矢先、どんと誰かにぶつかった。
「これは与一郎殿、大丈夫にございますか」
失意に暮れる細川与一郎が差し出された手の先に見た顔は近ごろよく見る顔であった。齢は細川与一郎よりも六ツ年上で、齢四十一ともなる壮年男性であった。
そう、東美濃の出身で諸学に通じ、和歌・茶の湯を好んだ文化人として細川与一郎とも大いに気の合う朝倉家に寄食している明智十兵衛光秀であった。
「左衛門督殿はもはや上洛戦を起こす気概はございますまいかと」
「はい。そのことは某もたった今理解できたところにございますれば」
「どうでしょう、ここは一つ朝倉家ではなく、織田家を頼ってみるというのは」
「織田弾正忠殿か。近ごろは尾張、美濃、北伊勢を支配下に置く大大名となられたとは耳にしておりますが……」
動員できる兵力は朝倉家をはるかに上回る織田家を頼るという選択肢。細川与一郎もそれを考えていなかったわけではないが、朝倉家がそれを容認するかが懸念されることでもあった。
「もし、義昭様がお許しくださるならば、この十兵衛が美濃への使者となりましょうぞ」
「なんと!近江におる自分は和田伊賀守殿が尾張との伝達を担ってくれていたのですが、越前では尾張に伝手のある者がおらず、困り果てておったのです」
「ははは、某も伝手があるわけではございませぬ。されど、某は越前へ参る前は今は亡き斎藤道三公に仕えておりました。道三公は弾正忠殿にとって舅。弾正忠殿ご正室の濃姫様とは城にて幾度か言葉を交わしたこともございますれば」
「おお、それは頼もしき事。弾正忠殿の縁者と伝手がある者すらおらぬのです。ここは某からも義昭様へ推薦いたしますので、ぜひとも使者となっていただきたい」
かくして明智十兵衛は細川与一郎を介して足利義昭へ謁見。岐阜城の織田弾正忠信長への使者を務めることを願い出たのである。
「なにっ、そちが岐阜城へ向かうと申すか!」
「義昭様、かの者は諸学に通じ、和歌・茶の湯を好んだ文化人でもございます。ここはかの者を奉公衆に取り立て、義昭様からの正式な使者として岐阜城へ派遣されるがよろしいかと」
「まあ、与一郎がそうまで申す者ならば許そう」
元斎藤家臣で、今は越前朝倉家に寄食しているという男を起用することを渋る義昭であったが、細川与一郎のとりなしもあり明智十兵衛なる男を使者に立てることを決断したのであった。
「然らば、早い方がよろしゅうございましょう。左衛門督殿へは某からも伝えておきますゆえ、それが済み次第、ただちに美濃へ向かいまする」
義昭から岐阜城への使者を任された明智十兵衛はすぐにも動いた。朝倉左衛門督がまどろんでいる昼過ぎに拝謁し、強引に許しを得ると手際よく支度を整え、越前を出発。北近江の浅井領を通過し、六月下旬には美濃の織田領へ入ったのである。
濃尾平野を一望できる岐阜城へ足利義昭の使者として足を踏み入れた明智十兵衛は城そのものからあふれ出る覇気にあてられながら、城の奥に位置する広間へと通された。
上座に座しているのが尾張、美濃、北伊勢を領する大大名にして岐阜城主・織田弾正忠信長。その隣に座しているのが正室の濃姫と見えた。
「お初にお目にかかります。足利義昭様の奉公衆、明智十兵衛光秀にございます」
凛とした声で高らかに名乗りを上げ、いかにも宮中の礼儀を心得る者である、といった風な振る舞いで一礼すると、信長も濃姫も珍しいものを見たと言わんばかりに瞳を丸くする。
「明智と申せば、東美濃の明智荘と何ぞ関わりのある者か」
よく通る信長の声に驚かされながらも、明智十兵衛は凛とした声音で応答する。
「はっ!代々斎藤家に仕えており、某も斎藤道三公にお仕えしておりました」
「まあ、父に仕えておられた明智と申せば、あの折の……?」
「覚えておいででしたか」
「ええ、妾が輿入れする前ですから、二十年近く前となりましょうか」
明智十兵衛は濃姫の言葉に深く頷き、言葉を重ねていく。
「十二年前の長良川の戦いでは斎藤道三公にお味方しましたが、結果は御二方も存じておるように勝利を得られず、斎藤義龍勢に城を攻められ、一族は離散。某は越前へ逃れ、今日に至りまする」
「で、あるか。さしづめ、美濃の出身であるから美濃への使いには適当であると見込まれ、おれのもとへ参ったというところであろう」
「ご推察の通りにございまする。そして、その使者を申し出たのは某にございますれば」
包み隠さず、本心を暴露していく明智十兵衛の実直さに、信長は声高らかに笑った。
「ははは!よし、気に入った!越前におられる義昭様へは申し出有り難き事、すぐにも上洛軍を編成いたしますゆえ、なるべく早く美濃へお入りくださるようにと」
「ははっ!その返答をお聞きすれば、義昭様もさぞかしお喜びになられましょう」
「うむ。仔細は村井貞勝、不破光治、島田秀満の三名を派遣して伝えさせるとしよう。加えて、和田伊賀守殿もこれへ参っておるゆえ、ともに越前へ戻られるがよかろう」
明智十兵衛は織田信長から上洛戦への協力を取り付けると、ただちに帰路についた、偶然にも足利義昭の上洛援助を求めて来ていた近江の和田伊賀守惟政と別室にて再会すると、織田家臣である村井貞勝、不破光治、島田秀満の三名を伴って越前へと帰国することとなった。
そうして数日のうちに越前へととんぼ返りした明智十兵衛は七月上旬。信長からの返答を義昭へ奏上すると、和田伊賀守とともに岐阜城の繁栄ぶりを口々に語っていく。
さらに、信長より派遣された家臣――村井貞勝、不破光治、島田秀満らは、主君・信長が上洛に向けて、同盟国である三河の徳川三河守家康、浅井備前守長政と連絡を取り、援軍の確約を得ていることを申し伝える。
続けて村井貞勝らは、足利義昭の上洛に賛意を示す武田信玄と新たに婚姻同盟を締結する約定を取り交わしたこと、それを同じく足利義昭帰洛に賛同する上杉弾正少弼輝虎へも説明し、両者へ私怨を捨てて義昭帰洛のために手を取り合うよう要請していること、大和国にて三好三人衆と交戦中の松永弾正久秀からも上洛の折には呼応する旨を確約されていることなどを告げていく。
「そうか、弾正忠殿はそこまで入念に上洛のために支度を進めておられたか……!」
自分が越前で朝倉家を動かそうと必死になっている間に、織田信長という男は四方へ手を尽くし、計略を巡らせていたのだと知り、足利義昭はほろりと涙をこぼす。
「よし、予は美濃へ移ることといたす!弾正忠殿を頼ることとしようぞ!こうなれば、じっとしておられぬ!十兵衛は左衛門督殿のもとへ向かい、予が美濃へ動座する旨を伝え、応じぬ場合は説き伏せて参れ!伊賀守は与一郎とともに弾正忠殿に動座にあたっての具体的な内容を詰めておいてくれ」
これまで見たこともないほど喜びに満ちた表情であれやこれやと指示を出す足利義昭に命じられるままに、明智十兵衛、細川与一郎、和田伊賀守らは忙しなく方々を駆け回り、関係各所との折衝・伝達を行っていく。
そうして瞬く間に支度は進められ、七月十二日夜、足利義昭は動座に難色を示す朝倉左衛門督に滞在中の礼を厚く謝する御内書を書き残し、越後の上杉弾正少弼へは織田信長とともに入洛するべく美濃に拠点を移したことを伝え、今後の協力を依頼する旨の御内書を送付したのであった。
明けて十三日。朝霧に包まれる中、義昭を乗せた籠が静かに動き出す。これに同行するは細川与一郎や明智十兵衛のほか、越前に集っていた幕臣たち。
このまま一路美濃を目指さんとしていると、前方に三つ盛木瓜の旗の下、わずかな騎馬武者と槍先を揃えて待つ屈強な軍勢二千ばかりが道を塞ぐように整列していた。
「さては左衛門督殿、予を越前から出さぬつもりか!」
「義昭様、与一郎が問いただして参りまする!」
籠の中で立腹している様子の足利義昭を制したのは奉公衆の細川与一郎。彼は愛馬にまたがると一鞭くれて、街道を塞ぐ朝倉勢へ馬を飛ばした。
「これはいかなる仕儀にござるか!あれなるは足利義昭様がお乗りあそばす籠であるぞ!」
「むっ、これは与一郎殿ではござらぬか」
「き、貴公は……!」
「敦賀郡司を務めております朝倉中務大輔景恒にございます!これへ控えるは年寄衆筆頭、前波藤右衛門尉景当」
その名を聞き、霧の中でよく見えなかった顔を目を細めてみてみれば、なるほど細川与一郎にも面識のある朝倉一門の朝倉中務大輔、そしてその隣に控える老将は義昭が二ヵ月前に朝倉館へ訪問した折に年寄衆の筆頭として挨拶・接待した前波藤右衛門尉に違いなかった。
「ご両名は何故、このような物々しい軍勢を引き連れられて、このようなところへ?」
「実は我が主より密命がございました。義昭様御一行は明日にも一乗谷を発たれるとのことゆえ、近江国まで警護するように、と」
「なんと……!」
「道中の敦賀郡は某にとって庭も同然。ご安心くださるよう、義昭様へもお伝えくだされ」
細川与一郎は礼儀正しい若武者・朝倉中務大輔の申したままを足利義昭に報告すると、足利義昭は大層喜んだ。
「ははは、我らを警護する軍勢であったか!それも二千も寄越してくれるとは左衛門督殿も気前が良い。しかも、かの有名な朝倉宗滴公の孫を大将に添えてくれようとは」
「義昭様、中務大輔殿の父が朝倉宗滴公の養子となっておるため、血の繋がりはございませぬ」
「そうであったか。じゃが、その系統の当主であることに代わりなかろう。ともあれ、朝倉勢二千が道中を護衛してくれるのじゃ。安心して近江までは迎えようぞ」
嬉々として朝倉家の忠義に感じ入る義昭は朝倉勢に警護されながら一乗谷を進発し、越前・近江国境を目指した。
近江に入れば朝倉家の警護の軍勢は手出しできなくなる。近江からは奉公衆ら少数精鋭で美濃へ向かうのかと足利義昭だけでなく、明智十兵衛や細川与一郎らも緊張から表情を強張らせていると、近江側の国境に鎧甲冑に身を固めた軍勢が確認できた。
「むっ、あの軍勢は……!」
「義昭様!三つ盛亀甲に唐花菱の旗、あれは浅井勢にございます!」
「なんと!」
義昭が細川与一郎の指さす方向に翻る旗を目を凝らしてみれば、なるほど確かに浅井勢の旗であった。
「義昭様、我が主がいち早く北近江の小谷城へ早馬を飛ばしておりましたゆえ、その要請にこたえて浅井備前守殿が義昭様をお守りする軍勢を寄こしたのでございましょう」
まさに天運。次から次へと自分を警護する軍勢が駆けつける。まこと幕府への忠義の心に溢れる者たちばかりが味方となった天運に、義昭は大いに感謝した。
そして、一乗谷を出発して三日後の七月十六日。足利義昭は道中の小谷城にて城主・浅井備前守長政より歓待を受けることとなるのである。




