STORIES 027:ミルクティーと珈琲
STORIES 027
田舎の電車は本数が少ない。
1番多い時間帯でも、1時間に3本。
だから、いつも同じ顔ぶれが同じ時間に集まる。
通学の時間帯には、電車も駅も高校生だらけになった。
人口の少ない、地方の駅であってもね。
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朝の通学風景。
駅舎の出口で、誰かを待つコがいる。
いつも同じ場所で伏し目がちに。
一つ下の学年…
僕はその顔を知っている。
でもそのまま知らないふりをして、友人たちとお喋りをしながら通り過ぎる。
彼女は改札の向こうをボンヤリ眺め続けていた…
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告白しては振られまくった高校時代。
それでもたまには、浮いた話が出ることもあった。
「ウチの部の後輩がね、あなたのこと気になってるらしいよ。カノジョいるかとか、訊かれたよ。」
同じクラスで席の近かった友人が、休み時間に突然言いだした。
え、そんなコいるの? 嬉しいね。
でも顔も名前も全くわからないなぁ。
それに…
当時、僕は別のコに片想い中。
成就する気配はなかったけれど。
「そのうちアプローチがあると思うよ。
とってもいい子だから、よろしくね。」
もちろん悪い気はしない。
真面目でおとなしそうなコ。
友達といる時は快活な感じなのかな。
でも、話してみないと何もわからないよね。
好きとか嫌いとかの前に…
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秋になり、2年生たちは修学旅行に出掛けた。
彼女は僕にお土産を買ってきてくれた。
綺麗なテレホンカードと受験のお守り。
その気持ちはとても嬉しかった。
多分、今でもどこかにしまってあるんじゃないかな。
そのとき、どんな言葉を交わしたのかはもう思い出せないけれど。
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それからも…
駅で毎朝佇む彼女と、言葉を交わすことはなかった。
上りの電車で到着した彼女は、下りの電車の僕らが到着するまで、少しのあいだ待っているのだろう。
おはよう、くらいは声をかけてもいいのかもしれない。
でも、そこまで気軽に話すほどの仲じゃない気もして…
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3年生の僕らは、入試のシーズンを迎えた。
私大目標なら、2月上旬から中旬がピーク。
もう学校には殆ど登校しない。
高校生活は終わろうとしているのだ。
なかなか厳しい状況だったけれど、どこかしら入れそうな気もしていた。なんとなく。
まぁとにかく、試験は頑張った。
僕なりに…
そんなある日、彼女から電話があった。
どこかで会えないか、と。
入試が一通り終わった日曜日、喫茶店で待ち合わせた。
2月も終わろうとしている。
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彼女はミルクティーを飲みながら…
言葉を選ぶようにゆっくり話す。
なんとなく気まずく、ぎこちない時間が流れる。
バレンタインに渡せなかったから、というプレゼントは受け取れなかった。
ひとつ下の彼女は、これから受験生となる。
僕はまだ、彼女のことを殆ど知らない。
中途半端に期待を残したり、振り回したりしてしまうのは気が引ける。
何よりも、なんとか滑り止めの大学に合格した僕は、卒業したら引越してゆく。
これから新しく関係を築いてゆくのは難しい。
「わかりました…残念。
でも、卒業式の後でクラスバッジくださいね。
約束ですよ。」
卒業式で記念にもらうものといえば、学生服の第二ボタンだと思っていた。
バッジなら、女子でも自分の制服に付けられるから、ということらしい。
3年に上がるときはクラス替えがないから、僕が使っていたクラスバッジを使えることはわかっている。
断る理由は特になかった。
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話が落ち着き、緊張がほぐれる。
僕らは少し打ち解けて、和やかな空気になった。
そうだ、気になっていたことを尋ねてみよう。
ね、そういえば、駅に毎朝いたね。
なんとなく、声はかけられなかったけど…
笑顔でティーカップを覗き込みながら話していた彼女が、ふと顔を上げる。
「ああ、下りの電車が来るまで…
仲良しのコと一緒に登校してたから、彼女が
到着するのを待ってたんですよ。
先輩も同じ電車でしたよね?」
そう言ってニコッと笑った。
そっか、男って何でも都合よく解釈してるんだなぁ。
僕を待っていてくれて、でも声をかけられなくて。
…みたいなのを勝手に想像してたなぁ。
自意識過剰。
僕は恥ずかしくなって、カップの底の珈琲に視線を落とした。
もう、冬も終わりだね…
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そして迎えた卒業式。
花束を抱えた僕の首元からは、代わりにクラスバッジが無くなっていた。
それきり、彼女の消息を聞くことはなかった。