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第4話 アンナと目指す場所

 第4話 アンナと目指す場所


 お爺ちゃんのお陰で王都から逃げ出す事の出来た私達は、少し小高い丘から少し前までそこに居た王都を目に焼き付けていた。


「ぐすっ……お爺ちゃん……」

「…………」


 王都は王城を中心として貴族街、平民街の一角がスラム街、とそれぞれ壁によって隔てられている。外から見ると良く分かるけど、先ほどまで私達が寝ていたスラムから砂埃が舞っている。


 第2騎士団とかいう奴らの仕業で、私達が住んでいたあたりは既にボロボロの状態となっているだろう。魔法で音を遮断しているのか、建物の破壊音などは聞こえてこないものの、もうもうと立ち昇る土煙が被害の大きさを示している。


 あの中に、私達のお爺ちゃんもいるかもしれない、と考えると今すぐにでも来た道を引き返してしまいたくなる衝動に駆られる。


 だけど、それはお爺ちゃんの望みではない。

 お爺ちゃんは私達に何としても生き延びて、そして幸せを見つけろと言った。


 ならば私達は尊敬する先生であり大恩あるお爺ちゃんの我儘を叶えるべくこれまで与えられた知識を総動員して何としてでも生きていかなければならない。


 不意に私の右手が温かい何かに包まれた、と思えばアンナが私の手を握って食い入るようにスラム街のあたりを見つめていた。


 そうだよな、私は1年とちょっとの間だけだったけどアンナは生まれてからほぼスラム街で生活していたというし、アンナの心の中で荒ぶっている感情はきっと私の比ではないだろう。


「アンナ、そろそろ行くよ……」

「……うん」


 私は未だに王都の方を見つめるアンナの手をそっと引き、南の交易都市ハルツィアスを目指す事にした。


「喉乾いたね……」

「水どこぉ……」


 私達は貧民狩りから逃れる事が出来たものの、依然として命が危険である状況に変わりない。それに着の身着のまま王都を脱出してしまったため旅の用意が全くと言って良いほど出来ていない。


 空腹感はいつもの事で慣れているから2、3日食べなくても我慢出来るんだけど、水分不足はさすが経験が無い。


 幸い春の2月だから外で寝ても凍死する事はないものの、森には凶悪な魔物を始めとした動物がうろついており、魔物の中でも最弱と言われる角ウサギに見つかった時点で旅はあっけなく終わってしまうだろう。


 もちろん、無抵抗のまま死ぬつもりはないけど、私達はロクに戦闘訓練の経験もない上に貧弱な5歳の女の子なのだ。


 しかも――


「洗礼式、受けられなかったね……」

「あぁぁ……魔法使えると思ってたのになぁ」


 洗礼式を受けられていたら生活魔法で飲水を用意出来たから、こうして水不足に喘がず済んだのにタイミングが悪いとしか言いようが無い。


 アンナもそうやってぼやく事が出来るくらい元気が戻って来ているので、ひとまず安心した。

 私は脱出路のあった丘から街道に沿うように森の中を移動する事を提案した。


「うーん、でも私達の足で森の中って歩けるかなぁ」


 森の中を歩いた経験なんて皆無だし、魔物の心配もあるから不安げな表情でアンナが聞いてくる。


「アンナ、1つ思い出して欲しい事がある」

「うん?」

「私達の身分の事だよ、ジェイさんが前に教えてくれた事があったでしょう?」


 お爺ちゃんの名前を出した事でアンナの表情が悲し気になるが、これは今後の行動を決めるうえでかなり重要な情報なのだ。

 そう、あれは暑さの厳しい夏の8月だった。


『それでは王国の階級制度について教えておこうかと思う』

『階……級?』

『うむ、王様やお貴族様の支配層に対して、平民やワシら貧民は被支配層と呼ばれておる』

『何だか支配層って偉そうな響きだねぇ!』

『フォッフォ、そうかそうか!』


 アンナはそう言って気にしていない様子だったけどこの後お爺ちゃんの言った言葉がやけに印象に残っていた。


『被支配層の中でも貧民と呼ばれるお前達には市民権という物がない』

『市民権、ってなに?』

『要は王国に住んで良い、という権利じゃな。許可を得ずにここに居座っておる者達は言わば犯罪者、じゃのぉ』


 そう、私達は市民権を持っていない。

 辺境の村では市民権は必要なかったし、そもそも市民権が必要になるのは王都や各貴族が治める大きな都市に限られている。


 要は辺境の村出身である私も、スラム育ちのアンナもどちらも市民権を持っていない。


 しかし市民権を持たない民を全員取り締まると王国が成り立たないから市民権についてはアルマニア王国のお役所に届け出をして金貨3枚を納める事で、アルマニア王国市民権を手に入れる事が可能なんだとか。


「――そういう訳で、私達にはお金が必要なんだよねぇ」

「うーーーん……やっぱり冒険者ギルドで依頼を受けるしかないよね?」

「そう、なんだけどね……」


 私が何とも言えない微妙な表情をしていた事でアンナは

 アンナの提案はもっともな物である、あるんだけど……。


「王都で受けてた私達でも出来る仕事は恐らく今から立ち寄る村とか街には少ないはずなんだよ……」

「あ、村には水道なんて無いし、大きな街だと孤児院の子供がそういう依頼を請け負ってるのか」


 そう、王都並みに発展しているような街でないと、ドブさらいみたいな安全かつ私達でも出来る仕事は存在しない。そしてその街には市民権が無いと入る事が出来ないし、それ以外の村となると魔物退治を始めとした危険な依頼しか存在しない。


 非常に歯がゆいけれどそれが現実というもの。


 私達はこれからハルツィアスを目指して行く訳だけど、村の依頼を請け負って600000リタを貯める必要がある。


「はぁ……魔法さえ使えればなぁ……」


 アンナは私達が非常に厳しい状況に立たされている事を理解したのかガックリと肩を落として呟く。本当、アンナの言う通りだ。もし私達のどちらか片方が魔法を使えていれば道中の危険度もグッと下がるし村でも魔法使い向けの高額依頼を熟す事が出来るのに。


「でも私達にはお爺ちゃんが残してくれた知識があるから」

「マリア……うん、うん! そうだよね!」


 先行きが暗いにしても何にしても私達は生き延びねばならない。木の根に齧り付いてでも、2人で生き延びるんだ。


 私達は覚悟を決めると繋いだ手を離さないようにギュッと握り、まるで私達を飲み込んでしまうように錯覚する不気味な森へ足を進めた。



 2人の旅は始まったばかり。

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