第16話 出発!
第16話 出発!
女神歴1008年、春の3月に入った頃私達は聖域の結界の境界を越えようとしていた。
「それじゃあ出発しよっか!」
私が皆をぐるっと眺めながら音頭を取ると、口々に反応を返してくれる旅の仲間達。
「おーーー!」
右手を高々と突き上げるのは元気がまぶしいアンナ。
「はい、ご主人様」
ニコリと爽やかな笑顔で答えてくれるのがフェンリルで私のメイドのルナ。
『行くわよ!』と元気に吠えるアシュリー。
『わくわくしてきました』と外の世界に興味を隠し切れないのが好奇心旺盛なミーナ。
『……コクリ』相変わらずしゃべっている姿をほとんど見たことがないノヴァはいつも通りマイペースを貫いている。
端から見れば少女2人、メイド1人、中型犬3匹というかなり異色のメンバーとなっている。だけど本当は全く異なる。
実際は魔法使いの少女2人にフェンリルが4匹。
ルナが言うには、1人1人が冒険者ランクで言えば銀石はあるんじゃないかとの事。
私達は冒険者ギルドに所属した事もないし、他にどんなランクがあるのかも知らないけど銀って結構高位なのでは……と思ってしまう。他の8歳の女の子がどのくらい魔法が使えるのかとか知らないけど、こんな少女が他にもゴロゴロ居たら少し自信を無くしてしまいそう。
「食料はルナが良く行く村で調達する分も含めて問題ないし、服の着替えは浄化で綺麗にするから必要ない……ルナの方はもう大丈夫?」
聖域に作った家は壊してしまった。
家具は各自のインベントリに仕舞ったので問題はない。
「聖域の結界も問題ありませんし、以前も申しましたが魔王が全力で攻撃してもはじき返すレベルで強化されていますので安心してください」
「教えてくれてありがとう。それじゃあ皆、せーので出ようね?」
私はアンナと手をつなぐと頷き合って息を吸い込んだ。
「「せーの!!」」
王都を逃げ出してから3年が経ったこの日、成長した私達はフェンリルという家族と共に旅を再開した。
◇◇◇
相変わらず鬱蒼と生い茂る木々の間を縫って歩く。
3年前とは何もかもが違うと感じた。
それは私達の身体が大きくなった事然り旅の準備が出来ている事然り、何よりも大きいのはルナ達の存在だ。
ルナは相変わらずメイド姿で私達の側で一緒に歩いているんだけど、私達を導くように先行するアシュリー達が歩きやすい道を示してくれる。それにフェンリルであるルナの魔力量を感じるのか魔物の気配を一切感じない。
「あはは! 次はこれ拾っておいでー!!」
「わうーーーー!」
アンナはアシュリー達と時折遊びながら私達の少し先を歩いている。
いかにフェンリルと言えど本能には抗えないようで、アンナが投げた木の棒に目が釘付けとなっている3匹の姿があった。ルナは生まれてかなり時間が経過いているため本能が薄れているのだとか。
私が密かに使えるようになった時空魔法【空間把握】を半径100メートルの範囲で展開しているのだけど全く生き物の気配を感じない。アシュリー達程度の魔力量であれば魔物も襲い掛かってくるんだろうけど、ルナレベルであればそもそも襲おうとも思わないんだろうね。魔物除けルナさんは1家に1人欲しいね。
あ、私達はいくら魔力量で威圧しても人間って種族が舐められているのか絶対に襲われる。これはエルフでもドワーフでも同じなのだそう。もはや魔物の本能というレベルで見かけたら見境なくなるみたい。
それに、愛し子である私の魔力は魔物にとっても魅力的に映るらしくて魔力を抑えず不用意に聖域を出るとすぐに魔物やら獣やらが寄って来てしまう。それを避けるためには魔力を抑える必要があったんだけど、私がその技術を習得するまでアンナ達に狩りを任せていたから必死で覚えたよね。
まあ森では色々あったけど魔物って本当に迷惑極まりないよね。どこから生まれたのかは分からないけど駆逐出来ないんだろうか。
と歩きながら色々と思考を巡らせてふと上に視線を向けた。そんなに時間が経った感覚はなかったけど気付けば太陽が真上に上りかけていた。
知らず知らずのうちにかなりの距離を休憩なしで歩き続けていたようだ。
森歩きは人の感覚を狂わせるから恐ろしいよね。
「皆、そろそろお昼だし少し休憩しない?」
私の問いかけにアンナが素早く反応する。
「さんせー!! お昼ご飯食べようよ!」
「そうですね、すぐ先に開けた場所があるようですし昼食にしましょう」
ルナがそう言うと、お腹が空いていたのかアンナが大げさに喜びを爆発させた。
「やった! お昼ご飯が少し豪華だってしってるんだからね~!」
どうやら私とルナが協力して今日のお昼ご飯を少し豪華にしたと知っていたらしい。なぜバレた、恐るべし元欠食児童。
ルナの言った通り少し先に開けたスペースがあったのでそこで腰を落ち着ける事にした。去年から何度も狩りを熟した事でそこそこ体力がついたと思っていたけど、私もアンナも想像以上に疲れていた事が分かった。
魔物の毛皮をシート替わりに地面に敷いて、インベントリ内からお昼ご飯をいそいそと用意するルナ。私もアンナも腰を下ろしたは良いものの、お尻に根が生えてしまったかのように動けなくなっていた。
「アンナ、何だか疲れちゃったね?」
「もー動きたくなーい!」
アンナはごろんと私の方に倒れ込んで来る。
「はぁー、マリアの膝枕は極楽じゃぁ~」
「アンナが何を言ってるのかさっぱり分からないよ……って、くすぐったいんだけど!!」
アンナが鼻息荒くすりすりと私の足を触って気持ち悪かったので、おでこにデコピンをお見舞いしてやったら思いのほか痛かったのかそれ以降は大人しくなった。
アシュリー達は私達が腰を落ち着けたのを見ると、『遊んでくるわ!』と3匹で森に飛び出して行った。アシュリー達にとってはかなり退屈な時間を過ごさせてしまったようだ。
「ご主人様、アンナ様。お昼の用意が出来ましたよ」
「「はーい」」
木漏れ日がポカポカとして気持ち良かったからなのか、少し目を瞑っていっただけのつもりだったのだけどルナに声を掛けられるまで軽く眠ってしまっていたようだ。アンナも少しぼーっとした様子で返事をしている。
「「いただきまーす」」
「はい、召し上がれ」
うん、よく出来てるね。
寝ぼけた様子でお昼ご飯を口に運んだアンナがピシッと固まった。
「んまっ! なんでか分からないけどこのご飯うまっ!!」
そう一言叫ぶと、次々にご飯をかき込み始めた。
そうだろうそうだろう。
「ねえマリア、さっきのご飯美味しすぎて気付いたらなくなってた……」
私はルナにお願いしてフィッシュサンドもどきを作ってもらった。
パンはカチカチで、タルタルソースもないけどそれでも試食したときは、美味しすぎて全身に雷が駆け抜け時が止まったように感じた。
食べ終わりフラフラと彷徨っていたアンナの視線が、未だにお昼ご飯を持っている私の手元で固定される。
「アンナ、これは私のだからあげないからね?」
アンナのガチな目に危機を感じた私は身体の向きを変えてアンナの視界からお昼ご飯を守る事にした。まさかこんなアンナが気に入るなんて……スラムでもご飯の取り合いはしたことなかったから少し驚いた。
フィッシュサンドもどきを作った本人であるルナも呆然としていた。王城での食事も経験した事があるのにこの反応というのは、いわゆるお料理チートが出来そうだなぁ、と思ったけど前世の私はなんちゃって料理しか経験が無かったから
これぞ味の暴力。人を狂わせる魔性の力だ。
料理は化学反応、料理は掛け算だと、前世の誰かが言っていた意味を理解した。私は今世では食に貪欲に生きようと固く心に誓った。
◇◇◇
「んあー、もう歩きたくないよぉぉぉ……」
昼食後、ずっしりと重たく感じるようになった身体を動かして森の中を突き進む。
「ルナー、村ってあとどのくらい歩いたら到着するの?」
何か話していないと身体がますます重たく感じてしまう。
お昼休憩後は、私達を先導するように歩き始めたルナの背中に声を掛ける。
「そうですね……この距離だとあと2日も歩けば到着すると思います」
「2日か。ルナだけだと1日で村までたどり着ける?」
今の速度で歩いても2日か。
私とルナで事前に用意した食料が足りるか少し不安だったけど、問題ないようで一安心。もし食料が切れてもルナのインベントリに入っている魚を食べれば問題ないんだけど少し味気ないからね。
「そうですね、人化を解除したら3時間もあれば到着出来ると思います」
「「おぉ~」」
やっぱりフェンリルって私達よりも遥かに強い存在なんだってさを感じてしまう。そのフェンリルと家族になれたのは私のこの体質のお陰。
少し魔法が使える程度じゃあ角ウサギ以外の相手に出会った時、油断したらいけないね。
村に着いたらやりたい事が沢山ある。まず干し肉とか他の保存料を食べてみたい。思えば異世界の料理ってほとんど食べた事がないんだよね。村で暮らしていた頃は、肉なんて高級品で食卓に並ぶのは野菜中心だったしスラムでは食事らしい食事はしたことがなかった。
前世でも今世でも干し肉って食べた事無かったから少し興味あるんだよね。
私達が森を歩き始めてから2日が経過しようとしていた。
「おー! 見てみてマリアー!」
今日も少し先を歩いていたアンナの興奮した声が聞こえて来た。
歩くペースを上げてアンナに追いつくと、急に目の前の視界が開けた。
3年間私達が暮らしていた森を抜けて明らかに人が通った痕跡のある道に出たのだ。
「道だ……」
「とうとう村に到着するんだねマリア!」
アンナも期待が隠し切れない表情でぴょんぴょんと跳ねるように歩き始めた。
アシュリー達も初めての人間の住む村が楽しみなのか、尻尾をピンと立ててご機嫌そうについて行っている。
「おーい早くー!」
「あ、ごめーん。すぐ行くよー!」
アンナの楽しそうな姿を眺めていたら、コチラを振り返ったアンナが待ちきれないといった様子で叫ぶ。私は傍で待っていてくれたルナと一緒にアンナを追いかけて始めた。
◇◇◇
そうして歩くこと10分と少し。遠目ではあるものの、人が生活しているであろう村が見えて来た。
私の心臓がドクンと跳ねた。
3年ぶりの人間社会に知らず知らずのうちに緊張していたみたいだ。
「ここから始めるのよ、頑張れ私」
さあ、どんな出会いが待っているだろう。




