第14話 旅、何の事ですかね?
第14話 旅、何の事ですかね?
気付いたら、女神歴1007年冬の11月。
あれから3年が経過しようとしていた。
冬の寒さは厳しく、成長した私達の腰辺りまで雪が積もる事もあった。
私は魔法で雪を取り除きながら泉までの道を作っていた。
この前狩った魔物の毛皮をコート代わりに身に着けているから身体は暖かい。
それに靴も手袋もあるから、こんな大雪の中でも凍傷に怯えず生活が出来ている。
これは聖域で腰を落ち着ける事が決まった冬、ルナがどこかへフラリと飛び出して用意してくれた物だ。他にも色々と用意してくれたから、私達の生活はかなりまともなものになっている。
問い詰めたところ近くの村に買いに行ったと白状してくれた。それ以来私とアンナはアシュリー達と一緒に聖域の境界にいる魔物を狩っては、ルナに村で売って来てもらっている。
お陰で無一文だった私達も今では金貨1枚、10万リタもの貯金が出来ている。
ただし、もう2年近く経って私達もかなり成長しているから継ぎ接ぎだらけではある。旅に出る時は、近くの村に寄って服を整えないといけないね。
「針も糸も買ってきてくれたから成長期の私達にしてみれば助かったよねぇ」
はぁ、と白い吐息を吐き出しながら見事に一面が氷に覆われた泉を眺めていると、シャリシャリと雪と氷を踏む音を立てながらアンナが私の隣まで歩いて来た。
「わぁ、今年も見事に凍ったねぇ~」
「そうだねマリア! これで思いっきり泉の上を滑れるね!」
私達は現在、聖域の泉を訪れている。
というか、旅を再開しよう……とか話し合いをしていたのに、実は旅は再会していなかった。
こうなった原因、というか経緯について説明するには3年前の、旅の再開についてアンナやルナと相談していた時まで思い出をさかのぼる必要があるだろう。
あれは夏の6月くらいの話だっただろう。
◇◇◇
「――という事で、今後1、2か月ほどは雨は滅多には降る事はありませんね」
何らかの魔法を使ったのか、ルナが言うには今後の雨の心配はないという事だった。
その報告を聞いた私は傍で不安そうにしていたアンナと視線を合わせる。
「よし、雨の気配も当分無さそうだね」
「ってことはマリア……」
「うん、そろそろ旅を再開しよう」
雨の心配がなくなった時点で、出発の日付を決めようとは皆と相談していたのだけれどそこに待ったが掛かったのだ。
「ご主人様お待ちください」
「ルナ……?」
ルナが何やら思案顔で私を見ている。
「ご主人様、旅を再開する事についてですが少し焦っておられるのではないでしょうか?」
「「…………?」」
突然の言葉に、私もアンナも何を言っているのか分からない、といった顔をしていただろう。
そんな私達を見ながらルナは言った。
「ご主人様の旅の目的である『市民権』と『洗礼式』についてはすでに達成したも同然です。それに、聖域内はご主人様と私の力で安全が保障されております」
もちろん、とルナは続ける。
「ご主人様の旅を否定するつもりはありませんし、喜んで同行させていただきますが……」
そう言われて私は今一度旅の目的、最終目標について考える事になった。
私達の旅の最終目標はずばり、幸せになる事。
かなり抽象的な目標だけどコレを第一に考えている。
そして、そのためには人、金、物が必要だと感じた私達は一種の「力」である魔法を使って生きて行こうと思った訳だ。
魔法を使うためには大きな都市で行われる『洗礼式』に参加しなければならず、私達のような身寄りの無い人間が『洗礼式』の行われる都市に入場するためには身元を保証してくれる『市民権』が必要となる。
『市民権』を得るためには60万リタを稼ぐ必要があったのだ。
現在の私達はというと――
隣で私の計画を聞いていたアンナがボソッとつぶやいた。
「あ、そっか。魔法もう使えてるんだ……」
「……あっ」
私はすっかり失念していたのだけど当面の目標であった魔法を使う事に関しては、ルナのお陰で問題はない。
というよりもこんなに早く魔法が使えるようになるとは思っていなかった事もあって、私の意識からすっかり抜け落ちてしまっていた。
「と言うことは、今すぐ聖域を出発する必要もない、ということ……?」
思わず口から漏れ出る私の言葉に、アンナが頷いた。
事を急ぎすぎていた私は、思わず額に手を当て天を仰ぎ見た。
「あああぁぁぁぁ……」
「マリア、そんなに落ち込まなくてもいいじゃない」
「でもぉ……」
アンナが背中をさすって慰めてくれるけど、私の心の中のモヤモヤを解消するためにもうめき声をあげずにはいられない。
「ルナ……私達がある程度成長するまで、聖域で暮らしても良い?」
「はい、もちろんです」
ルナはニッコリと頷いてくれた。
閑話休題。
ちなみに長期にわたって聖域で暮らす事が決定したタイミングで、ルナが土魔法を使って家を作ってくれた。
「それでは、家を作ってしまいましょうか」
「え?」
ぽかんとした表情の私達を横目に、魔力を集めた手をルナが地面に置くと、泉の傍の草に覆われていない部分から土がまばゆい光を発した。
ニョキニョキ、ではなくゴゴゴゴゴと効果音が聞こえて来そうな勢いで土壁が四方を囲み、最後に天井部分が土で覆われた。
「これが豆腐ハウス……」
「とーふ、って?」
正方形に盛り上がった土壁を眺めながらポロリと口にした感想をアンナに聞かれてしまっていたようで、不思議な顔で首を傾げている。
「ん? あぁ、何でもないよ。気にしないで!」
「……?」
内心焦りながら何とか誤魔化す。
その間にルナは壁の一面に手を当てると、再度魔法を使用した。
ピカッ、と光ると入口だと思われる縦長の穴が開いた。これで雨風を防ぐための家が出来た。
私達からしてみれば風を通さない壁があるというだけでかなり嬉しい。
スラム街に住んでいた頃住み家にしていたテントは頼りなかったのだ。何の変哲もない布だったから、特に雨と風には弱かった。
雨が降ればぐっしょりと湿って中にポタポタと雨水が滴ってくるし、風が吹けば簡単にテントがめくれあがって飛んでいきそうになる。私達は滴ってくる雨水に震えたり、朝になって周りを遮る物がない状況に慌てて飛び起きてどこかへ飛んで行ってしまったテントを探しに行ったりしたものだ。
アンナも同じように考えていたのだろう。
ルナに近寄っても良いか許可を貰うと、土で出来た壁をペタペタと触ったり水魔法をぶつけたりしていた。
「うわぁ、カチカチだ!」
「そうだねぇ、これで寝るときは何も心配しなくても良いね!」
その後私達はそこら辺に生えていた木を切り倒して扉や窓、椅子等を作ったりした。
天井付近に魔法で光の球を出して中に入ると、家はかなり大きく感じた。
アンナやアシュリー達が全員中に入って来たのを確認して、壁の真ん中に付けた木製のドアを閉める。ルナがフェンリルの姿に戻って寝そべっても全然狭く感じないと思う。
家に入って左側にはさっき皆で作った長机と椅子が3つ程置いてある。
右側は私達が寝るためのスペースになっている。ただ……
「寝るところをどうしよっか?」
ルナを始め、皆が不思議そうな顔をしている。
見て欲しい。家が出来たのは良いのだけど、今のところは地肌が露出している状態なのだ。そんなところで寝るなんてさすがに考えられない。
スラムでもボロ布とか落ち葉を使ってクッションにしていた。このままじゃ、身体がバキバキになってしまう。
「うーん……前みたいに落ち葉を使うとか?」
「それも良いんだけど……。ルナ、何か柔らかくて寝るときに使えそうな物知らない?」
「柔らかい物ですか……あ! これとかいかがでしょうか?」
そう言ってルナがインベントリから取り出して来たのは羊……のような巨大な毛皮。目を奪われるくらいに真っ白で、これに寝転んでも良いのかと思うくらい綺麗な毛並み。
「これは……?」
「以前討伐した魔物の毛皮です。インベントリに入れていたのをすっかり失念しておりました。これをもう少し早く出せていればご主人様方に寒い思いをさせずに済んだかもしれないのに……」
ルナは大きな耳をペタンと寝かせて暗い顔をしている。
「ルナ、そんな顔しないでよ」
「ご主人様……」
私やアンナはルナを責めようなんて思わない。
「私達が寝る時、元の姿で包んでくれてたから全く寒くなんてなかったんだから。ね、アンナ?」
「うん、そうだよルナさん! もふもふフカフカで毎日快眠だよぉ~」
メイド服のエプロンに縋り付きながら上目遣いでルナを見つめる。
アンナも私に習ってアンナにしがみついてウルウルとした目でルナを見上げる。
(ふふ、ルナはコレに弱いって分かってるんだから)
「うぅっ……ご主人様、アンナ様。ありがとうございます……」
◇◇◇
こういった経緯で私達は聖域にとどまって暮らしている。
今年の冬も、ルナが取り出してくれた魔物の毛皮と、アシュリー達の体温のお陰でぬくぬくと夜を過ごせる。
中型犬サイズに成長したアシュリーが、急かすようにアンナの腰の辺りをグイグイ押している。
尻尾もブルンブルンと動いており、どうやら泉で遊びたくて仕方ないみたい。
アンナと顔を見合わせると私達は泉に突撃して、ルナに呼ばれる頃には雪と泥で全身を汚していた。
アシュリー達は綺麗な銀の毛並みを泥でぐちゃぐちゃにしたまま家に入ってしまったから、ルナに怒られていたのも冬のいい思い出になった。




