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第12話 旅立ちに向けて

 第12話 旅立ちに向けて




 アンナが生活魔法を始めて発動させてからさらに1か月が経過した。


 私達は魔法の訓練もせず、泉の傍に集まっていた。


「マリア、話って?」

「うん、ルナもアシュリー達も聞いて欲しいんだけどそろそろ旅を再開しようと思うんだ」


 理由としては2つある。


 1つは私が何とか生活魔法を使えるレベルに到達したという事。

 例を挙げると、アンナも使った生活魔法である水生成を使おうとちょっと力んだら、泉の水が溢れて辺り一面水浸しにしてしまったし、とにかく魔法の規模が自然災害並みに大きくなる事が問題だった。


 魔力が多いという事は、魔力を制御するのが滅茶苦茶難しいという事でもある、もし火種生成の魔法を制御を誤って行使してしまったらあっという間に森が焼け野原と化してしまう。


 そんなこんなで私は針の穴に一発で糸を通すような魔力の制御を身につけなければならなかった。これが本当に気の滅入る訓練で、水生成の魔法を水滴1つ分生み出すだけの魔力で行使し続ける、という新手の拷問かと思うような訓練を繰り返したのだ。


「あの時の私はほんとうにどうかしてたよ」

「マリアが無表情のまま急に笑い出した時、本当に怖かったよ」

「しかも魔法は維持したまま、ですものね。ぴちょん、ぽちゃんと規則正しく聞こえてくる水音にご主人様の笑い声が重なって一種の恐怖体験でした」


 未だに恐怖が拭い去れないのか、アンナもルナも顔が引きつっている。

 あの時の事は本当に申し訳なかったと思っている。


 アンナはすでに属性魔法の習得に向けて訓練しているから問題なかったんだけど、さすがにアンナやルナに頼りっぱなしの旅は私のプライドが許さなかった。というか元社畜として何か貢献しなければ精神が持ちそうになかったのが大きかった。


 でもお陰でかなり繊細な魔力制御が出来るようになったと思う。

 今の私であれば、それぞれの指から同時に水を生み出す事も出来るし身体から離れたところから魔法を行使する事も出来るようになった。


 これで立ち寄った村で魔法使い向けの依頼を受ける事が出来る。

 魔法をバンバン使える魔法使い自体がかなり希少な存在だと聞いたことがあるので、アンナも私もこれで荒稼ぎさせていただこうと思っている。


 2つ目は季節の関係だ。


 今は夏の5月で、暑さのピークである6月の前である事、夏の4月から降り続いていた降雨の季節が終わり移動しやすくなった事が挙げられる。


「ようやくジメジメしなくなったからね」

「毎年この季節は毛並みを維持するのが大変なのです」


 寒さが訪れる秋の秋の7月からはだんだんと移動に適さない気象になる事もあってそうなる前に村にたどり着いておきたいのと、冬を越せるだけの装備と蓄えを用意しなければいけないからだ。


 南に移動すれば多少は寒さも和らぐとは思うけど、このまま野宿を繰り返す生活ではどこまで耐えられるかは分からない。


 いくら劣悪な環境を生き抜いてきた私達と言えど、まだ10歳にも満たない子供なのだ。


 しかも最近まで栄養失調&欠食児童のダブルコンボだった事もあって、前世の5歳児と比べると発育が非常に悪い。


 未だにあばら骨が浮いてるもんね。

 少し前までは理科室に置いてある骨格標本に皮が付いてたレベルだったんだよ。割とまじで。


「最近はアシュリー達も角ウサギをいっぱい狩って来てくれるから、私もアンナもお腹いっぱい食べられてるよ」

「ありがとうね、皆」


 私とアンナは感謝の気持ちを込めてアシュリー達に頭を下げる。


『べ、べつにけいやくしゃにしなれたらこまるからやってるだけなのよ!』

『いえいえ〜』

『……いえ〜』


 最近さらにツンデレ度が増してきたアシュリーを始め、それぞれ返事を返してくれる。


「んんっ、それでねアシュリー達のお陰で私達も移動に耐えられるくらいには体力が付いてきたと思うんだ。それでも暑い夏の日差しの下を移動するからどうしてもリスクはあるんだけどね」


 私達が今1番気を付けないといけないのは魔物でも追手でもない。私達の身体から水分を奪っていく夏の暑さ、それによって引き起こされる熱中症だ。


 水中で泳いでいても熱中症になるくらい熱中症は恐ろしい。日本でもかなり

 猛威を振るっていた印象がある。


 森の中は直接太陽の光が届くことは少ないけど、それでも水分補給と塩分補給を怠るとあっという間に動けなくなってしまうのだ。


「ご主人様、水や塩分は私のインベントリに確保してあります。インベントリ内に仕舞った物は時が止まってますから、暑さで傷んだりという事もありませんね」

「ありがとうルナ。移動中は何かと気を使わせることになりそうだけどよろしくお願いね」


 ルナは笑顔で頷いてくれる。お願いした本人が言う事ではないのだけどルナの笑顔を見て非常に申し訳ない気持ちが心を支配しようとする。


 ルナには私達を背中に乗せてもらって日中の移動から魔物の警戒、物資の管理までお願いするから多大な負荷が掛かる。私もインベントリは使えるんだけど、まだまだルナのように大量に物を仕舞うことが難しい。


 ルナは私の役に立てて嬉しい、と尻尾をぶんぶん振っているけど本当に大丈夫なのか、ルナの負担になっていないか心配になる。旅を始めてからも私は度々ルナの事を考えてしまうだろう。


 そうして移動に必要な細々とした物の確認をしていると、属性魔法を練習していたアンナが苦笑いをしながら話しかけて来た。魔法の練習はもうおしまいなのだろうか、どうしたんだろう。


「旅って本当は色んな準備が必要だったんだね……」

「うん、冬場よりは荷物が少なくて済むんだけどやっぱり目指している都市がかなり遠いからね」


 私達の目指すハルツィアスまでは乗り合い馬車で2か月は掛かる。

 正確な地図を見たことがないから、どの程度離れているのかは分からないけど、直線距離にして200キロは離れている事だろう。


 道は曲がりくねっているだろうし遠くには山が見えたから上り下りもあるだろう。


 5歳児が自分の体重の倍以上の荷物を背負って1日7、8時間歩き続ける……どう考えても無謀だよね。


 でも魔法があれば水は好きな時に用意できるし、亜空間に重たい荷物を仕舞う事も出来るからつくづく魔法って反則だなぁ、と思う。


「こうして色々と考える余裕が出来たから分かった事だよね」

「あの時、ルナと出会わなかったら今頃どこかで死んでたかもしれないもんね……」


 泉に反射する夕暮れをぼーっと眺めながら、穏やかな時間が流れる。

 スラムで生活していた時はこんな日が来るなんて思ってなかった。


 アシュリー達にじゃれつかれながらご飯の用意をしてくれているルナの後ろ姿を眺めながらアンナは口を開く。


「ところで、マリアはいつの間にこんな知識を身に着けたの?」

「…………っ!!」


 私の内側を見透かすような視線と共に投げかけられた質問に、心臓がバクンと跳ねた。


 そうだ、この世界にはまだ熱中症なんて概念はないしその対策も存在しないんだ。それを自信たっぷりにアンナに披露したら怪しまれて当然だよね。


「そ、それは、昔お母さんが言ってたのを思い出したの……」


 苦しいか……?

 アンナが言葉を発するまでの沈黙がやけに長く感じる。


「へぇー! マリアのお母さんって物知りだったんだねぇ!」


 アンナが純粋に感心する。

 その陰でホッとしたように息を吐きだした。


 するとアンナが私の顔が青ざめているの理由を勘違いしたからか、申し訳なさそうに背中をさすってくる。


「あ、マリアごめんね。お母さんの事思い出させちゃったね……」

「ううん……いいの」


 どうやら私の様子がおかしいのは、死んだお母さんの事を思い出したからだと誤解してくれたようだ。



 ◇◇◇



 私は泉の傍でアンナと向かい合っていた。辺りを見渡すとルナやアシュリー達も私を取り囲むようにしていた。


 そうして何故か嫌な予感を感じながら私は身をすくませる。


「ねえマリア、気になってたんだけどこんな知識をどこで身に着けたの?」


 アンナが他の皆を代表するように話を切り出した。


「こんな知識って、何の事……?」

「熱中症、なんてジェイお爺ちゃんの所で聞いたこともない、マリアは一体どこでそんな知識を手に入れたの?」


 いつから怪しまれていた!?

 いや、今はそんな事よりもなんてアンナに言おう。


 実は私って前世の記憶があるんだよねって正直に白状する?

 いや、そんな突拍子もない話信じてもらえるかどうか……。


 あんな事があったからだろうか、その日見た夢は最悪だった。


「あなたは、誰? 本当にマリアなの?」

「ご主人様、私達は嘘を吐かれていたのですか?」

『まりあ、どうなの?』


 思わずうずくまってしまった私を責め立てるように頭上から次々に声が降ってくる。


「どうなの?」

「どうなのですか?」

『ちゃんとこたえてよ』


 唇が震える。

 足元が覚束なく、視界がガクガクと揺れている。心臓が今にも破裂しそうなほどドクドクと脈打っている。


「わ、わた、しは……」


 私はマリア――そう言おうとしたけど、何故だか途中で声が出なくなった。


 私は私の事をマリアだと思っているけど、アンナからしたらどうだろか。


 いきなり地球とかいう異世界で生きていた記憶を思い出して、でもそれがアンナの知っているマリアなのかなんて私には分からない。


 そんな猜疑心が次々に生まれてきて真実を告げるのを躊躇させる。


 私はその場から逃げるように、背中を向けて駆け出した。すると耳元で見知った声私の事を問い詰める。


「マリア」

「ご主人様……」

『まりあ』


 ◇◇◇

「――りあ、まりあ!」


 誰だろう、私を呼ぶ声が聞こえる……。

 遠のいていた身体の感覚が戻ってくる。


 うっすらと目を開けた私は目の前に広がる光景を、夢の続きだと勘違いして悲鳴をあげてしまった。


 暗がりから浮かび上がるようにアンナ、ルナ、アシュリー達までもが私の事を見つめていた。脳裏に蘇るのは、私を責め立てるようにする彼女らの視線。


「っいやあああああっ!!」


 アンナを始め、皆が私を心配そうに覗き込んでいた光景に恐怖を感じて、反射的に身体を起こしてしまった。


 ゴチン、と鈍い音が響くと共に瞼の裏に飛び散る光。


「「い、痛ぁ~~~!」」


 かなりの勢いでおでこをぶつけてしまい、痛みにうめく私。アンナも私の傍でおでこを抑えて痛そうに地面を転がっている。


 痛みを逃すように身体を揺すっていると、同じくおでこが痛そうに顔を顰めたアンナが話しかけて来た。


「おーい、マリア。なんかうなされてたけど大丈夫?」

「あぁ……ちょっと夢見が悪くって……心配してくれてありがとう」


 そうして少し落ち着いた私がチラリと辺りを確認すると、暗闇に浮かぶ光の玉が1つ。これは生活魔法の1つ、光生成の魔法だ。


 どうやらまだ夜中らしい。私のうなされようがひどかったから起こしてしまったようで申し訳ない。


「ご主人様、大丈夫ですか?」

「ルナごめんね、皆も心配させちゃったけどもう大丈夫だよ。ありがとう」


 おずおずと声を掛けて来たルナに、そう返事をする。


「明日も早いし、もう寝よう。起こしちゃってごめんね」

「おやすみ~」


 皆が寝静まる気配を感じてからもしばらく眠る事が出来なかったので、翌日はかなりの頻度で睡魔に襲われた。

明日の投稿から1話ずつとなります!

よろしくお願いします。

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