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プロローグ マリアと貧民

投稿始めました。

よろしくお願いします!!

 プロローグ マリアと貧民


 人々が行き交う賑やかな市場の一角から、大きな物音と共に勢いよく路上に飛び出す小さな影が1つ2つ。


「スラムのガキだ!! 誰か捕まえてくれ!!」


 商品を両手に抱えた私達を追いかけるように、店主の男の怒鳴り声が市場に響き渡る。買い物にいそしむ人々が何事かと路上を振り返り、恐ろしい物を見たような悲鳴を上げる。


「やばいよマリア! 巡回中の衛兵だ!」


 隣を走る茶髪の少女、アンナがチラリと後ろを確認して叫ぶ。

 衛兵だって!? 思わずアンナ


「なんでここに衛兵がいるのっ!?」

「王国の犬も必死なんじゃないのっ!?」


 前までの巡回ルートを考えるとこの時間帯は市場にはいないはずなのに……。

 私達が度々盗みを働いて逃げおおせているからついにしびれを切らしたのか、衛兵が巡回ルートを変更してきたようだ。


 大人の足元をすり抜けるように走って衛兵から逃れようとする私達だけど、如何せん大人と子供の身体能力の差は絶望的なまでに開いており、衛兵たちの足音がかなりの勢いで近付いて来ている。


「アンナ、こっち!」

「了解!!」


 脚を必死に動かして市場を抜け、ボロ布を纏った身体を前へ前へと進めながら私とアンナは脇道へと逃げ込む。そうして何度か細道の角を曲がると人の気配が薄くジメジメとした陰鬱な空気が漂い始める。活気あふれていた市場の雰囲気とは真逆の印象を植え付ける。


 アルマニア王国の中でも人としての権利を認められないカースト最底辺の人々が暮らす貧民の巣窟。何らかの事情がある平民が住み家を追われ、その多くが貧民として違法に住み着いている街の一角、スラム街。


「おら待て貧民!!」

「この貧民が! 捕まえてぶっ殺してやる!!」


 だけど私達だって日々を生きるために必死だからそう簡単に捕まってやる訳にもいかない。スラムに流れ着き、貧民と差別される私達が捕まったら良くて奴隷、最悪は衛兵のストレス発散になぶり殺しだ。


「おいおい今度は衛兵サマに目を付けられちまったのかァー?」

「いいザマァだなぁ!? ギャハハハハッ……ギャアアアア!!」


 ほら見たことか。

 ただでさえ苛立っている衛兵を刺激したから、その代償を己の命で払う事になる。


 背後から男が争う音が聞こえる中、通路が複雑に交差しているスラムを駆け抜ける。家とは言えないようなボロ小屋や崩れてしまった家の物陰に身を隠す空間を見つけた私達は、身体をねじ込むようにしてそこに飛び込んだ。


 年々再開発を求める貴族の声が大きくなっていると噂の私達の住み家、スラム街に逃げ込んでしまえば、スラムに不慣れな市民は私達を追いかけるのを断念せざるを得ない。


「スラムに逃げ込んでしまえば、身体の大きな大人はチビですばしっこい俺たちをそう簡単に見つける事は出来ない」


 もうこの世にはいないけれど、盗みを教えてくれた1つ年上の男の子は自慢げにそう話していた。


 だけど今回は相手がスラムに不慣れな市民ではなく衛兵。

 もし彼らがスラムに詳しかったらどうしよう、バクバクと鳴り止まない心臓の音を聞きながら、彼らが諦めて踵を返す瞬間を息をひそめてジッと待つ。


 周囲の様子を確認しようかと思った瞬間、一度引き離したと思った衛兵の声がガチャガチャという鎧の音と共に近付いてくる。


 そうして物陰から衛兵の大きな影と槍の石突が見えたと思ったら、衛兵の足音がピタリと止まった。


(もしかして見つかった!?)


 落ち着いたと思った心臓が、早鐘を打つようにドクドクとやけにうるさい。

 隣で息をひそめるアンナも、いつもは元気いっぱいな表情が不安に染まり身体の震えが伝わってくる。


「おい、メルバ。これだけ探して見つからないんだ。そろそろ巡回に戻るぞ」

「……チッ。逃げ足だけは速い貧民め」


 どうやら幸運の女神は私達に微笑んだようで、衛兵の足音はブツブツ文句を言いながら遠ざかって行った。


「はぁー、今回は死んだかと思ったよー」


 逃げ切ったという安心感に頬を緩めながら物陰から這い出し、私達の根城へ歩き始める。


「そうだねぇ、でもマリアも1年前に比べたら随分手馴れて来たんじゃない?」

「うーーーん。今日は衛兵を引掛けちゃったし、どうなんだろうねぇ……」



 そう呟いた私の脳裏に浮かんだのは1年ほど前、私がごく普通の村娘であった3歳の時の記憶。


 当時私が住んでいた村はアルマニア王国の山間部に位置する所謂「名もなき」辺境の村であった。村に正式な名前は無く、村人たちも自分の住んでいる村の名前について一切頓着しない、というかなり緩い雰囲気の漂う長閑な村だった。


 男は日々畑を耕し森では狩りを、女は家事を分担して熟すといった役割分担でそれぞれが日々の暮らしの糧を得ていた。


 私、マリアはそんな名もなき辺境の村にわざわざ移住してきた両親が抱えていた子供であった。


 スラムで生きていく事に必死で、村での生活はあまり覚えていないけど、1つだけ私が覚えている事件がある。


 その事件こそが私の人生最大の不運であり、後に幸運へと転じる事になろうとは当時の私に言っても絶対に理解はされないだろう。


 あれはそう、両親と昼食を取り終えて午後から畑仕事だ、と気合を入れていた時だったと思う。


『グルゥゥゥゥ……』


 今でもふとした瞬間に思い出す。地面が揺れたかのような錯覚に陥るほどの恐ろしい獣のうなり声が村中に響き渡ったのだ。

 その声を聞いた私を始めとした多くの村人は本能的に身の危険を感じてパニック状態に陥った。


 当時、得体の知れない声の主に対して冷静に行動出来ていたのはかなり年齢を重ねていたシワシワ村長と、向かいの家に住んでいた自警団のツルピカ団長くらいだったんじゃないだろうか。


 私はというと感じたことの無い威圧感と、頭からつま先までを貫くようにスッと冷えるような悪寒に、泣き叫ぶ事もせずただただ震える事しかできなかった。


 父は「森の獣だ」と呟いたと思えば、いつの間にか狩りで使う弓矢と薪割り用の斧を手に持っていた。


 母は自分自身が震えながらも私を庇うように抱き締め、父と短く言葉を交わすと家の中でも特に野菜の保管庫として使っている床下の狭い暗室に私を押し込めてしまう。


『大丈夫、お母さんが良いと言うまでここから出て来てはいけませんよ』


 父と母はそう言うと、どこか覚悟を決めたような瞳で私の頭を撫で、おでこにキスをして暗室の蓋を被せると家の外へ走って行った。


 時間さえあればいつも仲良く愛を囁いていた父と母の事だ、どうせ死ぬならばと森の獣とやらへ走って行ったのだろう。


 真っ暗闇に包まれる中、目に涙をにじませて母が帰って来てくれるのを待った。途中、幾度となく恐ろしい獣のうなり声が聞こえて何度悲鳴をあげそうになった事か。


 あの時、少しでも悲鳴を上げていればそこで私の人生は終了していたであろう。当時3歳だった私が手足を折り畳んで丸くならねばいけない程に暗室は狭かった。


 私は途中何度も暗室の床板を上げてしまいたい衝動に駆られながら、母の言いつけを守り驚く程に暗室で大人しく過ごしていた。


『グルゥォォォォォッ!!』

『く、来るなっ! た、助け―――』


 時折暗室まで響く獣のうなり声と村人の悲鳴、それが不意に途切れたと思えば柔らかい何かを引き裂く音が聞こえた。


 私は必死に息を潜めて両親の無事を祈った。

 私の人生でこれほどまで1秒1分を長く感じた日は無かったと思う。私は極限状態でありながら、暴走しそうになる本能と恐怖を押さえつけて耐え続けた。


 あの獣のうなり声が消えてから何分経っただろう。

 まだ何秒と経っていないのではないか、いやそろそろ床板を開けて辺りの確認をした方が良いんじゃないだろうか。


 何度もそんな誘惑に負けそうになった。


 朧気ながら村で何が起きたのかを理解していた私であったが、ふと脳裏に響いた母の言いつけを守って暗室で一夜を過ごす事にした。


 幸いにも今朝方、母と共に収穫した野菜が仕舞ってあったため母を待つ間飢えを感じる事は無かった。これは私の1つ目の幸運だ。


 季節も冬が始まる前であったため寒さに凍えてその命を散らしてしまう事もなく、一夜を過ごす事が出来た。


 そうして両親が暗室に迎えに来ないまま翌日の朝を迎えた私は、母の言いつけを破ってしまう申し訳なさと、おかしな体勢で長時間過ごしたからか固まった身体を解してとうとう床板を慎重に持ち上げた。


 眩い光に目を細めながらも、ゆっくりと周囲を見渡した。

 見た感じおかしな所は無いと判断した私は音を立てないようにぷるぷる震えながら、床板をそっと置いて暗室から身を乗り出した。


『へんなニオイ……』


 そうして家の中を歩き始めて初めに気付いたのは家の中にまで漂っていた異臭。

 そうして木窓を開けると、昨日まで何とも無かった家、窓から見える村の建物が無惨にも破壊されている事に気付いた。


『お母さん……どこ……』


 いつもなら太陽が昇っているこの時間は村人の話し声や笑い声が聞こえるのに痛いほどにシン、とした村の様子に得体の知れない切迫感は増していくばかり。


 そうして鼻が曲がりそうな異臭に嗅覚が狂ってしまった頃、私は家を出る決心をした。


『…………え』


 建付けが悪くなり、重くなったドアを全身を使って押し開けて転がり出た私の視界に飛び込んできたのは赤黒い何かだった。


『ぃゃ……お母、さん』


 滲む涙と弾けてしまいそうなほどうるさい心臓の鼓動も気にならない程、気が同点していた私は両親を探して赤黒く染まってしまった村を歩き回った。


 昨日まで一緒に遊んでいた子が何か恐ろしい物を見てしまった表情で冷たくなっているのを発見してしまった時から、私の中の何かがプツリと音を立てて切れてしまった。


 度重なるストレスに限界を迎えてしまったのだと思う。今でも私は上手く笑う事が出来ないのだから、心に負ってしまった傷は深いと思う。


 私は母が付けていた髪飾り片手に茫然と立ち尽くしていた所を、王都と村を往復していた行商人に保護されていた。


 そうして着の身着のまま、行商人の馬車に乗せられて私は王都に向かう事になったのだった。

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