4 ぼくの友達
最終話です。
ぼくが食べかけのキュウリを差し出すと、河童はキュウリをポリポリとスナック菓子を食べるように食べながら言った。
ちょっと、河童さん。マヨネーズは吸うものじゃありません。
「ほら、さっきアルバイトをしようとしたって言ったよ?」
「うん」
「スーパーでアルバイトをしようと思ってよ。顔にベージュのドーラン塗って皮膚の緑色のところは隠して、帽子もかぶって皿も隠して、面接受けに行ったのさ。その時の面接官が、あの兄ちゃんだったのよ」
河童は深く溜息を吐いた。
「面接を受けるのに帽子とは何事かって言われたね。気がついたら帽子を取られて、皿を見られて、河童なのがばれて。それから、もう阿鼻叫喚よ」
「アビキョウカン?」
きょとんとしていると、すかさずユウちゃんが解説してくれる。
「地獄絵図ってことよ」
「なるほど。かわいそうだね」
ありがとう、ユウちゃん。助かります。
「そう、そう。けっこう、かわいそうなのよ、ワシ。店長も出てくるわ、ツイッターにアップされるわ、散々でな」
河童がそう言ってふたたび溜息を吐く。
その時、走ってくるような足音がした。河童がぎょっとした顔をした。
「あ!!」
「あ、失礼な人!? 河童さん、逃げて!!」
彼はぼくをぎろりと睨んだ。
「おい、おまえ、河童のこと知ってるじゃねえか!」
「知らないですー」
失礼な大人は舌打ちをして、河童を追いかけまわす。河童が逃げ回る。
時々、失礼な大人は虫取り網をぱさっと振りかざしたりして、河童を捕まえるのに必死になっている。何だかおかしなことになっている。
ねえ、失礼な大人。虫取り網で河童を捕まえられるわけないじゃん。
「おい、待てよ河童!!」
「待てと言われて待つバカは本物のバカよ。てなわけで少年!」
河童は華麗に虫取り網をかわしながら叫んだ。
「君のことは嫌いじゃあないが、人間と関わるとロクなことがないんでね。君とは友達にはなれないんだよ」
「そんな!」
ぼくは頭を抱えた。
「いつか君が河童になった日には、きっと友達になろうじゃあないか。その日まで、君は真っ直ぐな人間でいるんだよ!」
「この子は河童にはならないわよ。なるなら幽霊よ」
ユウちゃんが突っ込みを入れた。
ね、ユウちゃん。去り際のセリフに突っ込みを入れるのは、ヤボというものだよ。
河童は変質者的な見た目とは釣り合わないほど綺麗な笑みをぼくらに向けて、さっと水の中にもぐって行った。
「じゃあ、少年よ。失礼なお嬢ちゃんよ。いつかまた!」
「こら、待て!」
失礼な大人が一生懸命に河童を捕まえようとするが、さすがに河童にはかなわない。河童はあっという間にどこかに消えていった。
失礼な大人は息を切らしていたが、ふと気がついたように言った。
「……なあ、少年。失礼なお嬢ちゃんって、何のことだ?」
「ここにいますよ」
ぼくはユウちゃんの姿を指し示した。とはいえ、失礼な大人には見えるわけない。
だって、ユウちゃんは幽霊だからね。
「かわいいでしょ、ユウちゃん」
「え」
「心が汚い人には見えないんですよ」
失礼な大人は目を白黒とさせた。
「……冗談だろ」
「いや、本当ですよ。ぼく、うそは嫌いなんです」
「いや、でも、うそだ」
失礼な大人は真っ青になって、後ずさりをした。そして、そのままどこかへ走って行ってしまった。
まったく、失礼な大人だな。ぼくはあんな大人にはなりたくないね。
「今日は何の収穫もなかったね、ユウちゃん」
ちょっと残念に思いながら言うと、ユウちゃんは慰めるように言った。
「まあ、いいじゃない。河童を見たことがある人なんて少ないわよ」
「とはいえねえ」
ぼくは溜息を吐いた。
「幽霊の友達がいる人間なんてのも、めずらしいじゃない。誇りに思うと良いわよ」
ユウちゃんはぼくのとなりでにっこりと笑う。
その笑顔を見ていると、ぼくは力が抜けてきた。
――ぼくは河童を釣った。その事実だけで、充分じゃあないかってさ。
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