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第弐話 追笛魅でおじゃる

 朝廷より三位の位を(たまわ)りし置餅(おきもち)表明(ひょうめい)殿は町民の間で流行(はや)る春画絵巻をたいそうお好みで、その日は田辺(たなべ)縮緬雑魚(ちりめん)問屋の隠居に扮して京の街の絵草紙屋を訪ねておられたそうな。



「ほほう、流石は吾妻(あづま)由貴(ゆき)先生の新作でおじゃる。女人の着物を透かして見られる眼鏡を手にした堅物(かたぶつ)の侍とは着眼点がよいでおじゃるな」

「そうでしょうそうでしょう、私ども絵巻商人は読み手に喜んで頂いてこそですからね」


 表明殿は女体を整った線で描く絵師を好んでおられ、吾妻由貴という筆名の絵師は特にお気に入りじゃったそうな。



 けしからぬ 絵巻の乳は 世にあらず


    (うつつ)にあらず ()れば読みたし



「ご隠居、実は新たにお勧めしたい絵巻があるのです。こちらは御国誉(みこくのほまれ)という筆名の絵師の新作で、以前より続いている『遊女麻里亜(まりあ)』という一連の絵巻なのです。いかがでしょう?」

「ふむふむ、(うつく)しき容貌(かたち)の遊女が容貌に似合わぬ大胆な仕事をするのでおじゃるか。何はともあれこの乳の(ゑが)き方は気に入ったでおじゃる。今ここで全巻買えるでおじゃるか?」

「もちろん取り揃えておりますよ。ここだけの話なのですが、実はもうすぐ御国誉先生がこの絵草紙屋にお出でになるのです。ご隠居はお得意様ですから、こっそり先生にお会いできるよう(はか)らいますよ」

「それは何よりでおじゃる! 麿(まろ)と同じぐらいの美男子であることを期待するでおじゃる」

「待ちなさい、この絵草紙屋ではまたそのような下劣な書物を売っているのですね!? 今から抜き打ちで点検を行います!!」


 表明殿と絵草紙屋の店主が御国誉という人気の絵師の話に興じていると、後ろから女史の厳しい声が飛んできたのじゃった。


「おっ、お主は御役所の! 麿たちはご法度(はっと)を犯したものなど扱っていないでおじゃる!!」

「またあなたですか、そんなことは私たち女子(おなご)が決めることであって、(をとこ)どもに指図されたいわれはありません! 皆の衆、ここにある書物を全て点検するのです!!」


 町奉行の装束(しょうぞく)を身にまとった女史がそう命じると、女史の後方に控えていた女子の町民たちは一斉に笛を吹き、春画絵巻を手に取って中身を調べ始めたのじゃった。


 女史は名を乙川(おとがわ)たまかといって、女子(おなご)でありながら才覚を認められて町奉行として働いていたが、いつしか追笛魅(ついふえみ)と呼ばれる独り身の女子たちを率いて春画絵巻を弾圧するようになっておったそうな。


 追笛魅というのは少し前から江戸や京の都で跋扈(ばっこ)するようになった独り身の女子たちの通り名で、女人蔑視的と見なされる春画絵巻や男どもの発言を見かけては笛を吹きながら押し寄せ、春画絵巻を燃やしたり男を群れて罵ったりすることからその通り名が付いていたのじゃった。


「何ですかこれは、遊女という仕事は女人の生業(なりわい)として否定されるべきではありませんが、この春画絵巻では遊女が目も当てられぬような行為を強いられているではありませんか! これは紛れもなく女人蔑視です!!」

「そんな、麻里亜は遊女の仕事をよく承知した上で自ら遊女となったのでおじゃる! 行為の最中も心地よさげな面持ちをしているのがその証拠でおじゃる!!」

「面持ちが心地よさげだということは本人が納得しているということを意味しません! その発想こそが女人蔑視的です!!」

「そんなー」


 たまかは表明殿を怒鳴りつけると『遊女麻里亜』の絵巻を全て持ち去ろうとして、せっかく期待の新作を見つけた表明殿は涙目になっておられたそうな。



 いざ見むと ()く読みたしと 思へるに


    ()のあたりにて 奪はれ嘆く



「あの、新作を持ってきたのですけどこの騒ぎは何ですか? 日を改めた方がいいですか?」

「先生、今は来ない方が!!」

「あなた、こんな所でどうされたのですか。今からこの『遊女麻里亜』なるいかがわしい春画絵巻を焼き捨てますから、あなたのような女子には立ち去って頂きとうございます」


 その時、たまかに率いられた追笛魅たちが乱暴狼藉を働いている絵草紙屋に、若く見目麗しい女子が入ってきたそうな。


「えーと、私、御国誉っていう筆名でこの絵巻を描いてるんですけど……」

「何ですって!? このような絵巻を女子が画くはずがありません! あなた本当は男でしょう! 今すぐ点検を行います!!」

「ちょっ、何するんですか!? きゃー助けてー!!」

「乙川殿、それは流石にまずいでおじゃる! 官憲横暴でおじゃる!!」


 一方的に激高すると女人の絵師の着物を剥ぎ取ろうとしたたまかを、表明殿は必死で制止したそうな。



 (おの)がこそ 女人の思ひを 説く者と


    思ふ者こそ 身を(かへり)みず



 (続くでおじゃる)

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