8. 新関改革
~前回までのあらすじ~
中華風異世界に転移し、幼馴染と皇帝の2人と結婚した主人公。
皇帝暗殺未遂の黒幕を処刑し、宰相となり、財政改革と帝都改造を始めた。
帝都長安の改造の一環として洛陽を整備していた所であったが……。
遡る事数日前。
「朝廷に密かに伝えねばならない事が」
「一介の官僚ですが、陛下に口添えする程度ならば」
「そなたならば良いか。単刀直入に言うと、近々反乱が起こるやもしれぬ」
「その根拠は?」
「無い。が、陛下に『あの道士が言った』と言えば伝わるだろう」
(はて……どういう意味か?)
これを聞いたのは一介の官僚などではなく、私の補佐官である陳準であった。
陳準はこの事を宰相である私に伝えた。
『洛陽八関』もこの報告があって反乱に備えた、洛陽の軍事要塞化計画であった。
それから少しして、この事を陛下に話した所。
「どうしてそれを早く言わなかったのじゃ! 早く陳準を呼ぶのじゃ!」
陛下がそう言うものだから連れてくると、すぐに陳準への直接質問が始まった。
「陳準よ、その道士の姿は分かるか?」
「何だか妙な、しかしながら記憶には残らないような、そんなものでした」
「やはりそうなのじゃ」
陛下がこう口にしたという事は、何か心当たりがあるのだろう。
「妙ちきりんな道士が、わらわに封禅を勧めてきたのじゃ」
「つまり、お主らの転移に関わりがある者かもしれないのじゃ」
転移の黒幕かもしれない人物が、今後起こる反乱を示唆した。
理由は分からないが、ここは素直に備えるべきという事だろう。
『洛陽八関』は商都洛陽の惣構である。洛陽が落ちれば帝都長安も危うくなる。
つまり、八関が帝都防衛の第1防衛線となる訳である。
建設中の城壁をより堅牢なものにするよう、急遽新函谷関へ向かう事となった。
今度は、駄々をこねる陛下も一緒に。
「あれが新函谷関……」
「高いのじゃ……」
新函谷関の高さは、2基の望楼を含めておよそ120m。
箱根の山は天下の険、函谷関も物ならず。
いや、これなら少しは物になっていそうな巨大さである。
「民部卿、民部卿はおられるかー」
「天幕小屋の中におられます」
「宰相も皇帝も民部卿よりは上なのだから、向こうから赴いてくるべきなのじゃ」
「そう文句を言わず行きますよ」
「わらわは文句を言っているのではないのじゃ」
「ここで権威を示さねば皇帝の名が廃るからじゃ」
仕方がないので天幕小屋から民部卿呂直を引きずり出した。
「皇帝陛下? ここに来る訳がないだろ、戯言をっ……」
「へ、陛下!?」
「大変失礼致しました!!!」
「分かれば良いのじゃ」
「お主に相談がある」
「反乱が起きた時に原資にされるのを防ぎたい」
「というと?」
「地方の蔵を悉く破壊して、全ての富を帝都に集めたい」
「これは可能か?」
一呼吸置いた後、民部卿は次のように答えた。
「可能です」
続いて皇帝陛下は質問を投げかける。
「地主どもに土地を分け与えさせる事は可能か?」
「それは……難しいですね」
同じ話題を聞いた事がある。前漢武帝の時代、推恩令というものがあった。
複数の子孫に領地や財産を相続させる事で力を削ぐものだ。
「推恩令、はどうでしょう?」
私がこう言うと、2人は目を丸くしている。この世界にはまだ存在しないらしい。
「財産移転の際に複数の者に受け継がせる事で力を削ぐ政策です」
「あくまで、奨励するだけなのですが」
「宰相様の案が宜しいかと」
推恩令は、諸侯に加えて地主などに向けて、史実よりも広く実施される事になった。
一方で地方の郡の蔵の破壊と中身の帝都移転は、不正蓄財に勤しんでいた一部の郡太守たちの財産没収を意味した。他にも、中間団体が大きく傷付いた。
また地主層にはその所有する土地の大きさに応じて武具自弁を定め、馬などを飼わせた。
地主層では急遽馬を飼う必要が出たものが続出したため、洛陽の馬市場は高騰した。
まさしく洛陽の馬価を高める、といった訳であった。
地主層は大きく衰弱し始めた。
これについて呂直は「計画通り、但し反発さえ抑え込められれば」とした。
これらは全て新函谷関で行われたので、『新関改革』と後に呼ばれるようになった。
雪子を1人、帝都に残したまま陛下と共にやって来た新函谷関。
陛下は私にこう言ってくる。
「この前雪子とは何をしたのじゃ?」
キスをした、というかキスをずっとしていたとは恥ずかしくて言えない。
「何の進展も無かったですよ」
と嘘をついておく。
「帰って来てから雪子の様子が変なのじゃ、何かあったに違いないのじゃ」
雪子……もうちょっと隠すの上手になってくれ。
「あれ以降、お主も挙動不審なのじゃ」
私も他人の事言える立場ではなかったのか。
仕方ない。嘘で塗り固めよう。
「2人で洛陽市街に買い物に出かけて一泊したのよね」
幌馬車で布団がないからと抱き着き合ったとは言ってないからセーフ。
「ほぉ、楽しそうなのじゃ、連れて行け」
「分かりましたよ」
「いつもなら文句垂れる所、今日はやけに素直じゃの」
もしや、感付かれたか。
「いや、別に辛い事じゃないからですかね」
こんな会話を交わしながら、洛陽市街に至る。
着いたのは夕方。既に店じまいをしている店も多い。
「この猫ちゃん可愛い!!!」
陛下はいつの間にか料理屋の看板猫「に」懐いている。
猫が、ではなく陛下が。
「猫ちゃんうちに欲しいなぁ……」
そんな羨望の眼差しでこちらを眺められても、買ってあげられないのですが。
おカネもないし、そもそも売り物の猫じゃない。
「あら、この前お世話になったお嬢さんじゃないの」
店先に出てきた店主がそう言うのを聞いて思い出した。
ここは、陛下が圧倒的集客能力で客引きに成功してしまった店だ。
「あれ以来、うちは大繁盛なんだよ」
「その猫、連れてっても構わないよ」
陛下の目が輝く。
「さて、新しいおうちに行きましょうかねー」
「名前も考えねば」
あの、多分既に店の人が名前付けてると思いますけど……。
こうして興楽宮の寝殿には新メンバー・猫が現れたのであった。
一方この頃、『新関改革』に対する反動が動き始めていた。
「帝都を攻略するには……」
「今上帝の正統性から考えると……」




