5. 悪徳商人
~前回までのあらすじ~
転移後、結婚した皇帝を暗殺しようとした宰相を遂に処断。
まずは財政改革から……と意気込んだ改革であったが。
帝国の財政基盤は非常に脆いものであった。
先々帝の改革も空しく、今はある商人に借金漬けになっている状況だという。
「その商人とは誰だ」
訊いた相手は宰相付き補佐官となった陳準である。
函谷関で紹介を受けた『陳氏商店』の息子らしい。
「呂直という豪商で、複数の郡にまたがって商業を行い、莫大な利益を上げています」
使われた金の使途を見ていると、何だか引っ掛かる所がある。
「今年の予算に何が使われたか、一覧にしてくれるか」
「明日までにやっておきます」
朝廷は朝に始まるから、昼頃には終わってしまう。
さて、どうしようか。
取り敢えず宮殿に向かおう。
そこには、皇帝こと趙梅丹が寝転がっていた。
「何してるのっ!?」
「疲れたのじゃ……甘えて良い?」
突然こんな事を言われても、全く心の準備は出来ていない。
「甘えるだけなら……良いよね?」
彼女はそう言うと背後から抱き締めてくる。
「ちょっと、困りますよ……」
「何が困るのじゃ?」
「あと、お主とわらわは夫婦なのじゃから、2人きりの時は敬語無しで良いぞ」
「もし誰かに見られたら……」
「そういう事も考えて、人払いは済ませてあるのじゃよ」
「何があっても、他に露見する事はないのじゃよ」
「ねぇ、ちょっと」
人払いを済ませたんじゃないんかい。
それに、聞き覚えのある声。
振り返ってみるとそこには雪子が。
「私に内緒で、2人でコソコソと、何やってんのよ」
目つきが怖い。2人して謝ろうとしたその瞬間。
「どうして私を混ぜてくれなかったの?」
「混ぜてくれて宜しいんでございましょうか?」
突然の事に理解できず、変な日本語になってしまった。
「私とだって夫婦なんだから、幸せにしなかったら許さないんだからねっ!」
まだプロポーズなんてしてませんが。
「じゃなくて……」
「私も貴方の事が好きですっ、末永く宜しくお願いしますっ!」
まだ受け入れてませんが。
陛下と雪子がアイコンタンクトをしたような気がした。
これ以降、私は2人の間を交互に訪れる事となった。
こんな結婚生活が始まった次の日の事。
陳準が報告書を持ってきた。
「予算の使途を一覧にしてみましたが、使途不明金が多いですね……」
「それは君が調べきれなかったんじゃないのか?」
「そう言われればそれまでですが……流出先は分かっているのです」
「何と、呂直の懐でした」
今の帝国政府は、呂直から金を借りて、その金で呂直に支払っているようなもの。
あるあるな話ではあるが、あまりに看過できない規模のものであった。
帝国の予算の4分の3が呂直の懐に入っていたのだ。
どうやら前宰相張高と贈収賄で深く繋がっていたらしく、その時代には露見せぬよう包み隠されてきたようだ。
「陳準、今から呂直の所へ行くぞ」
「武器も持たずにですか?」
「商人相手だから、武器は……いや、持って行こう。非常に不安だ」
呂直邸。
「宮殿よりも豪華じゃないか」
「はい、豪華絢爛の限りを尽くした邸宅ですね」
「全く、私は宰相なのに家はないぞ」
「えっ、どこで寝てるんですか?」
「2人の妻の家に交互に泊まってる」
「じゃあ、家って興楽宮の中ですか? 羨ましい限りです」
「でも、私的空間がないんだぞ」
「美人妻じゃないですか」
2人とも中々の曲者なのだが、これを言うとまた面倒事になりそうだからやめておこう。
「呂直殿はおられるかー?」
「御主人様は中におられます、どうぞ」
「ほぉ……これはまた豪勢な」
商店の息子である陳準がこう言うのも仕方がない。
1つ1つの部屋部屋が、ヴェルサイユ宮殿鏡の間のような豪華さであるからだ。
宝石や剥製が壁に埋め込まれているのだが、それを1つ取って呂直は、「どうぞ」と差し出してくる。
それほどの富があると顕示したいのか。これは威圧なのか。
「そなたらが来られたのは……朝廷の借金の件ですかな?」
「いつ返せとも催促はしておらぬ筈ですが、一体?」
「単刀直入に訊こう、朝廷に貸しを作ってどうしたいんだ?」
「貸し? それは一商売相手として金を貸しているだけですよ」
という事は、政権奪取が目的ではないのか。
確かに、政府に金を貸し続けられれば、永遠に金を得られる。それに、破産しても利権回収に動けば良い訳であるから、政府は超優良物件といえる。
「金と国、どちらが欲しい?」
呂直は迷わずこう言った。
「カネだ。国なんぞ要らん」
「分かった。それなら話が合いそうだ」
「貴殿には民部卿になって貰おうと思う」
こう言い出すと、やはりとても驚いた顔をしている。
民部卿というのは、今でいう所の大蔵大臣のようなものである。
「国政に影響が出ない程度の賄賂はお目こぼしという条件で、だ」
「その口約束を信じろと?」
賄賂の許容という形に不信感があるのなら、どうすれば。
「代わりとして1つ提案なのだが」
「帝国の一部で良いから、徴税権が欲しい」
徴税権。少し悩んだが、世襲のものではなく官職として、それも皇帝に服属する官僚に与えられる職として、徴税権を認めるという形にした。
というのも、過去の歴史を紐解くと、徴税権を認めるとやがて世襲化し、貴族層が形成されてしまう事が分かるからである。
「提案を受け入れて頂きありがとうございます」
(こやつとはいずれ干戈を交える事になるだろう……厄介だな)
(呂直という男、帝国のためにはいずれは排除せねばならない存在……侮れない)
こうして、帝国最大の豪商・呂直が民部卿として朝廷に加わった。
謁見の間。
「呂直よ、よくぞこの任を引き受けてくれたのじゃ」
「早速じゃが、何から手を付けるべきじゃ?」
「まずは帝都の改革からですな」
こうして帝都改造が始まった。




