4. 悪役宰相
~前回までのあらすじ~
中華風異世界に転移し、そこの皇帝と結婚した主人公。
妻皇帝の暗殺未遂後、帝都長安奪還のため、はるばる旅を始める。
洛陽では盗賊に遭うも、その盗賊を引き入れ、着いた先は国門・函谷関。
函谷関。2つの巨大楼閣が聳え立つ大城壁。
そこに吸い込まれた先発隊が難なく通過すると共に、中間隊も関に近付く。
「珍しいな、一気にこれほど商人が来るとは」
ここであらぬ事をでっち上げるのも良いが、殿隊が違う答えを言えばおじゃんだ。
「我らは西域の方へ行く行商です」
「西域に行くにしては砂対策がなってないような……」
「それらの物品は長安でひと商売してから用意しようと思いまして、良き店を知っておられたら是非お教え頂きたい」
我ながら最高の方便だ。
「ならば、斗城の南の方の『陳氏商店』が良いぞ」
「ご紹介ありがとうございます」
殿隊も怪しまれる事なく、函谷関を無事に通過した。
ところが。70kmほど進んだ桃林塞にて、こんな噂を耳にした。
「宰相様に逆らう者が逃げ回っているらしい」
「見つけ次第、首を打って差し出せば、邑千戸を約束してもらえるらしい」
「このままではまずいのじゃ、一刻も早く辿り着かねば」
洛陽からは馬での移動のため、もうすぐ長安に辿り着く。
長安の城門は開いている。
「興楽宮へ急ぐのじゃ」
興楽宮というのは帝国の全ての政治を司る宮殿にして、皇帝の住居。
ここを奪還すれば我々の勝利であり、奪還しなければ何も始まらない。
しかし流石は皇帝の住居、警備が厳重である。
「隠し通路はあるの?」
「それが……無いのじゃ」
「えぇ……無いの」
「作っておけば良かったのじゃ」
「夜に塀を越えるしか無さそうなのじゃ」
「夜まで待ちますか」
護衛隊長の李林児がこう言うと、各自夜まで自由時間となった。
長安市街。
今私は、2人の妻と一緒に真っ昼間から食べ歩いている。
ロングスカートの美少女2人を連れている姿は、傍から見れば兄妹だろうか。
通行人の衆目を浴びていた事は間違いなかった。
皇帝陛下は、顔を知る者も多いためヴェールで顔を隠している筈なのだが、それでも雰囲気が伝わるのか、視線を集めないようには出来なかった。
「ねぇ、ゆきちゃん、あの食べ物美味しそうね」
「うめちゃんが美味しそうな食べ物屋見つけたんだけど、どう?」
やはり可愛い。これは可愛いが過ぎる。
「良いんじゃない? 行こうか」
そこで売っていたのは炮羊という、羊を丸焼きにして米粉を塗って更にじっくり揚げた料理。
こんなに肉食系だったとは。
食べてみると案外美味しい。羊肉は初めてだったのだが。
こんな調子で散策していると、夕方になっていた。
「もうすぐ日が沈むのじゃ」
作戦決行は戌の刻、つまり夜7時から夜9時あたりと聞いているから、もうすぐである。
「先刻の食事を最後の晩餐とするか否かは、お主らにかかっておるのじゃぞ」
塀を越えて興楽宮に侵入し、宮殿に朝早く出仕する役人が来るまで耐えきればこちらのもの。
興楽宮東塀。
見張りの兵が通り過ぎるとすぐ、梯子を掛けて塀を越える。
この塀を越えるのは、皇帝陛下とその夫の私、その妻・雪子の3人である。
「大丈夫?」
「わらわは皇帝じゃぞ、こんな事に苦労する訳が」
「でも塀から飛び降りる時、よろめいてましたよね?」
「それは……たまたまなのじゃ!」
「臣民の置かれた状況を思えば、こんな事っ」
興楽宮には侵入できた。
しかしここから更に、寝殿に侵入せねばならない。見張りの衛士から隠れつつ。
「寝殿はあの塀の向こうじゃ」
この塀を越えるには。どうやら誰かが支えねばならないようだ。
後は雪子に任せよう。その方が2人は安全だ。
「じゃ、後は頼みましたよ、ちゃんと帝位を奪還して下さいね」
塀を越えていく2人を見届けて、私には庭に隠れる。
成功しますように。
翌朝。
鶏の鳴き声が響き渡ると共に、政務は始まる。ちなみに元世界では、これが「朝廷」の語源である。
「陛下!? 今までどちらに?」
「御前であるぞ、静かにせよ」
中下級の官僚が大騒ぎする中で、宰相が謁見の間にやってくる。
「陛下、お久しぶりでございます。今日は」
「黙れ」
宰相の言を遮って、一呼吸置いた後、皇帝は勅命を下す。
「宰相張高を罷免し、即刻車裂き刑とする」
「車裂き刑だと!? 俺に受けた恩を忘れたか皇帝よ!!」
「先々代の帝が廃止したあの刑罰を!?」
「暗殺未遂であるからこの重刑も仕方があるまい」
臣下に動揺が広がる中で、更に新たな発表を執り行った。
「わらわは結婚した」
「!?」
またもや衝撃が走る。臣下の何人かは既に情報過多で放心状態に陥っている。
「そして、我が夫・趙建をこの度の宰相の空席に充てる事とする」
臣下はてんやわんやの状況に至ってしまった。
こんな事が起こっているとも知らず、私は庭の中に隠れて日が高く上るのを待っていた。
もし成功していれば今頃、決着が着いた頃合いだろう。正門から堂々と入る事が出来る筈だ。
成功してなければ、仲良く3人で牢獄行き。その時は3人で脱獄するまで。
「私は皇帝の夫であるぞ」
現場の衛兵が今朝の宮廷闘争なぞ知る訳もなく、捕まってしまった。
「陛下、皇帝の夫と名乗る人物が正門に現れたのでひっ捕らえました!」
「馬鹿もん、そいつが我が夫だ!」
「ひえっ、急ぎ衛兵に伝えます」
こうして私は解放された。
解放されるや否や、今度は巨大な宮殿に連れていかれた。
「我が夫・趙建よ。そなたを宰相に任ず」
こんな事をいきなり言われても困るのだが。
「その任、しかと受け賜りました」
周囲がザワザワしているのも仕方のない事。
女帝というだけでも神話伝説の存在でしかないのに、その夫だというのだから前代未聞の話だ。
しかし意外と理解は早く、翌日には私の呼び名は侵入者から宰相殿に変化した。
宰相になって最初の仕事。
それは、この大帝国の財政再建であった。




