10. 閑話休題
~前話までのあらすじ~
中華風異世界に転移した所、皇帝と幼馴染の2人と結婚し、乗っ取られた宮廷の奪還、財政改革と帝都改造を成し遂げた。
そんなこんなで2章までを振り返るお話。
帝都の工事も殆ど終わり、新長安には沢山の市民が旧長安から移り住んだ。
「長安には最大で何人が住めるのじゃ?」
「最大で100万人にございます」
「今の帝都の2倍超の人口が収まる訳じゃな」
「左様にございます」
長安は一条から十条までの数km四方に亘る市街と城壁で構成される。
南北を貫く朱雀大路。
大路には唐代長安とは違って、商店が面している。
その殆どが食品であるが、中には薬局なども存在する。
「食べ物屋の隣に薬屋があるのは、お腹壊す奴が目的なのじゃ」
陛下がそう言うのもあながち間違いではないようだ。
二日酔いや食あたりのクスリばかりである。
一方で洛陽では、『洛陽八関』が完成した。
洛陽はさながら城郭都市といった様相で、商人からすれば身の安全を確保できる交易場所という事で評判になったのだ。
「商人が多いのね」
私の優秀補佐官・陳準にこう話しかけると、彼はこう答えた。
「最近は西域の情勢も悪化していると聞きますから」
『洛陽八関』にはいつの間にか関所の守衛兵が付いて、場合によっては独自判断で通行人を通さない事が許されるようになっていた。
初期は勝手に通行料を取る関所があったが、これは流石に越権行為とされた。
また洛陽の防御を固めた事で、また1つ西域の商団が亡命してきた。
原因はやはり西域情勢の悪化。
「亡命を受け入れて頂きたく」
こうした挨拶がかなり見られる。
西域の新しい支配者は、商人を排斥しようとしているのか。
でなければ、商人たちは上手くしたたかに生きていける筈である。
また華帝国のみならず周辺の諸族にも亡命しているらしい。
将来的に西域争奪戦が始まるのは避けられないだろう。
一方その頃、北辺の砂漠地帯にて。
「単于様、どうかお力添えを」
「西域を救って下さい」
単于とは「ぜんう」と呼び、遊牧民の首長の称号である。
この単于が居る国は狗野国という。
最初は辺境の小部族であったが、段々と勢力を伸長しつつある部族である。
狗野国はこうした商人らの要請に一早く応じ、西域を瞬く間に制圧した。
これにより狗野国は西域の商業国家群を傘下に収めた。
周辺諸族も同じように西域制圧を試みたが、狗野国の強大な軍事力に敗れた。
華帝国もその1つで、狗野国との国境地帯を奪われて講和を結ぶ羽目になってしまった。
こうした西域の混乱を逃れてきた商人を我が国は受け入れた。
我が国は現在重農主義国。
これを脱却するため、試しに西方の商人を優遇し、商売を任せた。
しかし、西域の道を狗野国に押さえられた以上、交易による興隆は望めなかった。
そこで西域商人たちは商品作物の栽培を始めた。
茶や桑などが栽培され、加工された絹などが輸出され、その金銀財貨が蓄積された。
典型的な重商主義である。
これが緩やかなインフレの材料となり、経済は成長し始めた。
この頃、呂氏商団は空前の繁栄を遂げていた。
民部卿にその総元締めである呂直が就いた事で、その栄華は最高潮に達したのだ。
この時の呂直は帝国随一の大商人であり、殆どの分野においてシェア1位を誇り、遂には銀行制度まで始めてしまった。呂氏銀行はテンプル騎士団やイタリア商人の銀行の如く、帝国各地に広がった。
ある夜、呂直は言ったという。
「『この世をば』の古歌のようだ」と。
しかし、これが彼の全盛期であったという事を、彼はまだ知らなかった。
一方その頃。
完成した帝都を前に、私は陛下と雪子と3人で一緒に散策する事となった。
「構造は聞いていたが、実際見てみるとそれよりも豪華なのじゃ」
「これが新しい帝都……!!!」
2人とも驚いたようで何より。
街並みとしては、七条大路から洛陽への道が延びており、四条大路沿いには商人らの一大コロニーが作られ、三条から一条は高級住宅街となった。
「宮殿はどうなっておるのじゃ?」
宮殿も新造され、興楽宮と比べればかなり大きなものとなっている。
また初代皇帝が作ったとされる「十二金人」という12個の青銅像も、都の移転に伴って移設された。
「改めて見ると、大きいね……」
奈良大仏サイズの銅像が12個もあるのだから、圧倒されるに決まっている。
宮殿周りはこんな感じ、といった所で日が沈んだ。
新都で最初の夜の事。
私は陛下に呼ばれ、陛下と一緒に寝る事になった。
新都になっても相変わらず私の家はないらしい。
「隣に寝転がるのじゃ」
あー、はいはい。添い寝ってやつですね。
「お主だけよ、分かってくれるのは」
「何をですか?」
いきなりの話すぎて文脈が全く読めない。
「わらわはお主が来るまでずっと、1人だったのじゃ……」
「もうお主なしでは生きていけぬ」
「ずっと1人」。
幼い頃から皇室の娘として育てられ、更に大火事で家族をも喪失した陛下の孤独感。
これは計り知れないものである。
「好きな人と抱擁すると1日の疲れが半減するとか」
「という訳で、どうですか?」
陛下は黙って抱き着いてくる。
「陛下……今だけですからね」
「夫婦なのだから、いつでも良いのじゃ」
「陛下が良くても、国威に関わります故」
「今だけ、特別ですよ……」
この後一晩中抱き締め合っていた。
新都2日目。
雪子と過ごす帝都としては今日が初めてだ。
「ねぇ、転移者って私達2人だけよね」
「そうだね」
「だから、元世界について話せる相手が居ないのよね」
「元世界には友達も居たし、元気かな……」
確かに元世界では死んだ事になってるのか、そもそも居なかった事になってるのか、失踪した事になってるのか、気になる所である。
元世界に戻る事を考えると尚更。
「どうして2人だけ来たんだろうね」
そう言うと雪子はこう言う。
「どうして私がこの世界に来られたんだろうね」
「単なる偶然だと思うけど」
率直な感想を述べると、雪子はこう返事した。
「でも何とかここに来られたのって、奇跡的だと思うのよね」
「別の異世界もある訳だし」
結局真相は謎のまま、雪子とは陛下同様の添い寝で一夜を共にした。
流石に陛下みたく抱き締め合ったりはしなかったが。
3日目。
新都落成を祝いに西域の都市国家・大夏からの使者がやってきた。
「お初にお目にかかります」
「まずは、新帝都落成おめでとうございます」
「手短に本題に入りますと、我が国と通商関係を結んで頂きたく思います」
「貢納の品はこちらにございます」
見ればこの世界に来て以来ご無沙汰だった工芸品の類が並んでいる。
「すごーーーーい、これ全部貰えるの!?」
と雪子は今にも言い出しそうな感じで目を輝かせている。
対して陛下は……使い方を分かってない!!!
水差しはコップじゃなーい!!!
「陛下、これは水差しですよ」
コッソリ耳打ちしてその場は何とかやり過ごした。
夕方。西域の使者に呼び止められた。
「何でしょう?」
「実は私、女なのです」
「えっ?」
「大夏国王の娘で、この国までは男として扮装してやって来ました」
「お嫁にして貰えますか?」
幾ら何でも展開が早すぎる。
「ちょっと待って下さいな」
「一旦それは保留という事で」
「いつでも待ってます」
そんな事を言われると何だか重い。