【短編】幸せな男
「簡単な仕事だよ」
私が旅の途中、丘の上で出会った男は、シャベルを土に突き刺してそう言った。
「ここに穴がある。この穴は毎日ちょっとずつ深くなるから、そこに周りから土を持ってきてかぶせる。それを、必要がなくなるまで続ける」
「なぜ穴が深くなるのか」
「さあ? 聞いた話じゃ、この大地の底には穴が空いていて、この真下にその穴があるんだと。だからちょっとずつ、土のかさが減る」
「つらい仕事じゃないのか」
「いいや、毎日ほんの少しの仕事だから全然つらくない。むしろ、やらないと落ちつかないくらいだ。たったこれだけでご主人様から1日分のお給料がもらえるんだからありがたいよ」
「退屈な仕事じゃないのか」
「意外とそうでもないんだ。春には色とりどりの花が周りに咲いて、小鳥の美しい歌声が聞こえるし、夏にはすぐそばの小川で水浴びが気持ちいいし、爽やかな風が吹き抜ける。秋には近くの森で美味しい木の実がたくさんとれるうえ、冬にはこの世のものとは思えない美しい雪景色が見れるんだぜ」
「友人と語らい、人を愛することはできるか」
「もちろんさ。俺にはたくさんの素晴らしい友だちがいるし、愛する人だっている」
「いつからこの仕事を続けているのか」
「物心ついたときにはやっていたなあ。毎日これをしているよ」
「ほかにやりたいことはないのか」
「旅行に行きたいな。見たことや聞いたこともないものをたくさん、見て、聞いたりしてみたい」
「いつそれをやるのか」
「この仕事が終わったらだよ」
「いつ終わるのか」
「この仕事が終わるときだよ。きっとそのうちさ、きっと明日だ…………」
私は男に礼を言い、丘の上から立ち去った。最後にまた振り返ってみると、遠方に小さく、またシャベルを手にする男の影が見えた。
おわり