中
あれ?
さっきまで、あんな人いなかったはず。
だって、私が連れて来られた謁見の間には、でっぷりしたおっさんと、ガリガリの神経質そうなおっさんと、何が楽しいのかニヤニヤと笑っているおっさんばかりだった。
若いお兄さん?もちろんいますよ。
でもね、大多数がおっさんで、その中に若いお兄さんが数人となれば、自然と若いお兄さんの方に視線が行ってしまうわけで。若いお兄さんが何処に居るかなんて、謁見の間に入って直ぐに確認済みです。
そして、その中にこんなに顔が整った男性はいなかった。
はっきり言って私の好みど真ん中。こんな男性を私が見逃すはずがない。
はぁ・・・笑い方も素敵。
そんなうっとりとした私の気分を全力でぶち壊す、おっさんの怒鳴り声。
「おのれえええぇぇぇぇ勇者ああああぁぁぁぁぁぁ」
あれ?
赤豚・・・ちがった王様・・・今、勇者って言った??
「どうも!久しぶり!!」
まだ笑いが治らないらしい勇者さんは、涙目で元気よく挨拶してますね。良いのかな?王様真っ赤になって唾を飛ばしながら叫んでるけど。ちょっと、私にかかりそうなんですけど。
「久しぶりではないだろう。おまえぇぇぇ魔王討伐はどうしたああぁぁぁ。」
「え?魔王討伐?するわけないでしょ。魔族は魔王国って言う名の立派な国を作って、周辺国と仲良くやってるのに、何でわざわざその国の王様を討伐するの?」
叫ぶ王様とは対照的に、勇者さん世間話をする様なのんびりした喋り方してますけど、大丈夫ですか?
あんなんでも、一応国王ですよ。大丈夫ですか??
それにしても、やっぱり勇者と魔王はセットですよね!
王道で言えば、聖剣を手にした勇者が、魔王を倒し、世界を平和に・・・・ん?
立派な国を作って、周辺国と仲良く??
「何を言うか、奴らは魔族なのだぞ、魔族は悪だ。」
「何その古臭い考え方。それ、何十年前の話?それに、魔族が一方的に悪かった訳でもないし。って、この国の人達の殆どは、知らないんだっけ?まあ、そんな事はどうでも良いよ。どうせ、あんた達の力じゃ、魔王国に勝てないし。」
勇者さんと王様。
正直 私には、どちらが正しいのかなんて分からない。
私の行動範囲は、お城敷地内。自分の小屋の周辺だけでしたからね。
でも、この国の王族や貴族達が腐っているって話は、耳に入っていた。そもそもそんな話が、行動範囲が狭い、異世界から突然現れただけの私の耳にまで届く時点で、この国の王族や貴族は本当に駄目なんだと思う。
まあ、私への扱いがあんな感じだったので、元々全く信用なんてしてなかったんですけどね。
だから多分、勇者さんの話の方が正しいんだと思う。いや、あんなオッサンを信じるくらいなら、勇者さんを信じたい。勇者さんになら騙されても良い。むしろ、騙し・・・落ち着け私、思考が危険な方向へ行ってます。落ち着け、落ち着け私。
「なっなんだとおおぉぉぉぉ。」
「事実でしょ。国として魔王国に挑んでも、勝てないのが分かっていたから、異世界から勇者なんて者を召喚して、魔王を倒してもらおうとしたんだから。まあそれも、今は良いや。一番の問題は、何故聖女を召喚したかって事だよね?」
え?私??
勇者さんが私の事を気にしている?
これは、もしかして、もしかして・・・
「なっ何を言うか、勇者が役立たずなら、聖女に力を借りるのはごく自然な事だろう。」
「ん?馬鹿なの?」
あぁ、言いたい気持ちはすっごく分かるけど、そんなにはっきり言って大丈夫ですか勇者さん。
ほら、王様さっき以上に真っ赤になって、プルプル震えてますよ。相当怒ってますよ。
「なんだとおおぉぉぉぉ。」
「はいはい、そろそろその雄叫び混じりの喋り方はいいからさぁ。真面目に答えてよ。何で俺があんなに、異世界から人を呼んだら駄目だよって言ったのに、呼んじゃってるのかな?呼ばれるのって、すっごい迷惑だって言ったよね?帰れないのに、勝手な都合で呼ぶなって。」
「何を偉そうに。召喚されただけの異世界人が。お前達の事情などどうでも良い。お前達は、我が国の力で呼ばれたのだ。だから我が国の為に働いていれば良いのだ。」
勇者さんが堂々と、楽しそうに話していたので、ちょっと面白そうだと思って黙っていたけれど、流石に腹が立つ。
好きで召喚されたわけじゃない。それなのに勝手に期待され、勝手に失望され、濡れ衣を着せられ、挙句こんな事を言われ、腹が立たないわけがない。
思わず『ふざけるなああぁぁぁ』って、怒鳴ろうとした瞬間。
勇者さんの緊張感の無い、楽しそうな声が聞こえてきた。
「そうだよね、この国の為に呼ばれたんだから、この国の為に働くべきだよね。だからさぁ、この国を魔王に売っぱらってあげたよ。」
・・・・
「「「「「はぁ????」」」」」
「ちなみに、代金はこの国の人々の安全と、各国との貿易基盤作り、その他、細かな事が色々って感じ、魔王国にとってはこんな国、面倒なだけなんだけど、野放しにも出来ないしって事で、引き取ってくれる事になったんだよ。だから、この国の事は何も心配しなくて良いからね。勿論、今まで好き勝手にやってきた王族や貴族さん達は、今まで好き勝手にやってきた分、これからはしっかりと働いてもらうからね。大丈夫、初めての仕事ばかりだけど、単純作業の肉体労働だから、初めての君達でも安心して始められるよ。」
「何を言っておるんだ?」
うん、今だけは、王様の言葉に賛同します。
何を言っているんですか、この人。
「何って、事実を伝えているだけだよ。君達は気付いてないみたいだけど、この国は他国から随分と恨みを買っていてね。本当は、各国が力を合わせて連合軍で一気に攻め込んで、各国でこの国を分けようって話になってたんだけど、魔王様が『攻め込んだ後の戦後処理をどうする気だ?連合国だと揉める事になる。』と言って、宥め、脅し、金で頰を叩いて、各国に手出ししない約束をさせてくれたんだよ。しかも、『民達は、どうせ王族や貴族達に良い印象を持っていないのなら、民達を傷つけないように、事を進めた方がいいだろう。』と言われて、なら王族や貴族達を捕まえるだけで済まそうって事になったんだよ。優しいよね。」
「そっ、そんな事が許されるわけないだろう。」
「君達に許してもらう必要は無いんだよ。ほらもう。」
バフォと言う音と共に、おっさん達の背後に、魔族の人達が現れた。
頭に角が生えた者や、肌が青色の者、耳があるべき場所にヒレが生えている者など、一目で魔族と呼ばれる者達に、おっさん達は悲鳴を上げ、震え、粗相をしながら失神していく。
「顔を見ただけで失神とか、失礼。」
「こんな軟弱者達が国を動かしていて、よく今まで潰れなかったな。」
「いや、今潰されてるじゃん。」
その言葉に、魔族達は大声で笑いながら、おっさん達を拘束していく。
どう見ても魔族が悪に見えるんだけど、大丈夫??
「グハハハどう料理してやろうか?」
「煮るのと、焼くのどっちが良い?」
「そのまま頭からっていうのも良いよね。」
ニヤニヤと笑いながら、涎をすすっている魔族達。
震え上がり、更に失神していくおっさん達。
えっと、本当に大丈夫??
勇者さん、信じて良いんですよね??
大丈夫なんですよね??ね??
そんな事を思いながらオロオロとしていると、一通りおっさん達が拘束されたのを確認した勇者さんが、突然私の方を向きました。そして、なんという事でしょう、蕩けそうな笑みを浮かべ、私の方へと歩き始めたのです。
のです・・・のです・・・のです・・・はぁ、私の方が蕩けてしまいそう。
「あぁ、俺の愛しい人、怪我は無かったかい?」
え?え?
愛しい人??
私?私の事??私の事なの??
・・・・
私の事・・・では、無かったあああぁぁぁ
私の横を颯爽と通り過ぎて行く勇者さん。
ええ、分かってましたよ。分かってました!!
勇者さんに会ったのは、今日が初めてですもんね、そんな相手に、愛しい人なんて普通言いませんよね!!
でもね、ちょっとだけ思ってしまったんです。もしかしたらって!!
幸い表情には出ていないはず。ただ、嬉しそうに向かって来る勇者さんに、つい腕を広げようと、腕を少し上げてしまいましたよ。
少し、ほんの少しだから、分からないはず。
万が一、私の恥ずかしい勘違いに気付いていたなら、どうかそっとしておいて下さい。
本当にお願いします!!
そして、私の心とは裏腹に、私の背後で繰り広げられる会話。
「もう、心配し過ぎよ。人間の、しかもあんな人達に、私が傷付けられるはずがないじゃない。」
「分かっているよ。それでも君が傷付けられていいないか、確認しないと落ち着かないんだ。」
「まあ、心配性なんだから。」
「君は俺の半身なのだから当然の事だろう。」
他でやってほしいんですけど。砂糖菓子の様な甘い雰囲気が、私の精神をゴリゴリと音を立てながら削っているのですが!
「二人ともそろそろ落ち着け、勝手に勘違いをした聖女が、胃をキリキリさせながら、どうして良いか分からず、立ち尽くしているぞ。」
いやああああぁぁぁぁ
私の状況を解説している、渋い男性の声。
私の勘違いに、気付いている人が・・・・・いや、まてよ。まだ私の恥ずかし過ぎる勘違いに気付いたとは限らない。そうだ、何を勘違いしたのか、まだはっきり言われてない。
大丈夫。大丈夫なはず。落ち着け、私。
「聖女?ああ、そう言えばすっかり忘れていた。」
え?勇者さん、私の事忘れていたんですか?
私が召喚された事、怒ってくれてたんじゃないんですか??
いいですよ、私なんてどうせその程度の存在ですよ。でも、助かったのは事実ですからちゃんとお礼は言いますよ。
一呼吸入れて、荒れ狂う自分の精神をなんとか宥め振り返ると。
そこに居たのは、絶世の美女でした・・・・勘違いしてごめんなさいいいいいぃぃぃぃぃ
勇者の『愛しい人』が、一瞬だけだとしても、自分の事だと勘違いしてしまって、ごめんなさいぃぃぃぃぃ
ああ、本当に溜息が出るほど美しい女性です。
本来耳があるはずの場所から伸びる真っ黒く小さな翼、そして翼とは対照的に真っ白で艶やかな髪、顔立ちは可愛いより、美しい。そして、その体型は女神の如く、豊かな胸にほっそりとしたウエストで、男性ならば・・・いや、女性であるはずの私でさえも、涎を垂らすほどの圧倒的な美!!
「聖女・・・涎が垂れてる。汚いぞ。」
涎??
そんなはずは・・・
と、思いつつ口元を拭うと、本当に涎が垂れていました。でもね、汚いって失礼だと思います。
事実ですけど、汚いまで言わなくても!!
ちなみ、汚いと言ったのは、勇者さんと美女さんの隣に立って・・・立って・・・あれ??誰もいない??
「下だ下。」
下?した下した??
「あれ?重歯目さん?」
そこに居たのは、もっふもふの毛に覆われた、真っ黒くて小さな兎さんこと、重歯目さんでした。
ちなみに、重歯目さんと言うのは私が付けた名前です。兎さんは喋りませんからね。可愛い名前を付けてあげようと一所懸命考えて、考えて、考えて、一周回って面倒になって、重歯目さんになりました。
兎は、重歯目ですからね、名前なんて分かりやすい方が良いに決まってます。
「重歯目さん、今日はこんな所に来てくれたんですか?あれ??今日は珍しく何も持ってないんですね?」
そう言いながら、真っ黒な兎さんこと重歯目さんを抱き上げると、もっふもふのお腹の毛に顔面を押し当てスリスリさせてもらいます。これが私と重歯目さんとの挨拶の仕方です。まあ、私が勝手にやっているのですが、重歯目さんは嫌がるでもなく、毎日来てくれるので、多分嫌がっていないはず。
「あっ・・・あの、聖女さん???えっと、その方とお知り合いなんですか?」
戸惑う美女さんの声が聞こえ、思わず重歯目さんのお腹から顔を上げると、何故だか勇者さんと、美女さんが青い顔をして、戸惑っています。
「その方???重歯目さん・・じゃなくて、この兎さんの事ですか?」
重歯目さんを抱き直して、二人に見える様にすると、二人は青い顔のままコクコクと、力強く頷きました。
「えっと、重歯目さんは、よく自分の身体より大きな袋に、目一杯食料や本や服を入れて、私の家に遊びに来てくれるんですよ。いったい何処から持って来てるのか分からなかったんですが、それが無いと生きていけなかったんで、あまり考えず使わせてもらっていたのですが・・・もしかして、勇者さん達の所から・・・。」
そうだとしたら、謝らなければ!
生きる為に食料を貰い、清潔さを保つ為に服を貰い、この世界の事を知る為に本を貰いました。それらは、私にとっては大切な物で、生きる為に必要な物で、重歯目さんには感謝をしてもしきれません。
ですが、その事で他の人に迷惑をかけていたのなら、全力で謝らなければ!
私は、重歯目さんをポイッと投げ、その場で思いっきり頭を下げました。
「ごめんなさい!」
「投げちゃダメェェェェ。」
「魔王様ああぁぁぁ。」
美女さんと勇者さんの、重なり合う絶叫と言う名のハーモニー
・・・あれ?今魔王様って言いました??何処に??
最終話、今夜投稿・・・したいなぁ。出来るといいなぁ。