クレイジー エア・ライド
「ああ――――クソッ!!」
戦闘機のコックピットの中、赤髪の青年は苛立ちを込めてそう吐き捨てた。
周りは漆黒の宇宙に包まれ、所々に閃光が煌き、爆発が起きている。青年が乗っているのも正確には宙域戦闘用スペースファイターなるものである。
青年の目の前にある様々な計器類の中に、一際異彩を放つモニタがあり、そこから多数の敵機からロックオンされているという情報が表示されていた。
加えてこちら側には僚機が一機たりともいないのだ。まさに絶体絶命という奴である。
……だが、青年が苛立っているのはそれが原因ではないのだ。
多方向から放たれる実弾兵器、ビーム兵器を迷路を抜けるように避けきり、遂には追尾ミサイルさえも振りきった。
そしてたった一発の弾丸を敵のコックピットに叩きこみ、沈めていく。
この程度、稀代のエースパイロットと呼ばれた彼には造作も無い事だ。
なら、なにが青年を苛立たせているのかと言うと――
『えー!なんであたしが作った光学兵器一掃ジェノサイド君を使わないのよー!!』
――この通信からひっきりなしに流れてくる舌っ足らずな金切り声のせいである。
「じゃかあしい!!あんな自殺武器つかえるかよ!!」
『あー!また自殺武器って言ったー!!自殺武器じゃないもん一掃ジェノサイド君だもん!』
かわんねぇよボケと心の中で呟くが、言った所で無駄なのは分かりきっている事なので言わない。
この金切り声の主は、これまた稀代の天才と呼ばれたメカニックである。
飛び級を重ね、僅か十一歳で全ての教育課程を終えたその少女は、科学技術を百年進めた少女と呼ばれている
机上の学問だけでなく、実際にメカニックとしての技術も併せ持ち、小型の戦闘機なら彼女一人で作れるといっても過言ではない。
……だが、天は二物を与えずというか、彼女には大きな欠点があった。
いや、彼女の年齢なら仕方ない事かもしれないが……。ともかく、彼女の作る戦闘機はどこかおかしいのだ。
何故かカラーリングが赤一色だったり、常人には扱えない同時ロックオン機能や、これまた常人には操れない異常なまでの高機動だったり……つまり、ロボットアニメをそのまま形にしたような戦闘機しか作らないのだ。
青年が乗っている戦闘機にも、自分の周りに特殊な力場を作りだし、その内部にいる機体を一掃するという武装を備えている。
尚、それを使うとコックピット内部の温度が急上昇し、下手をしなくとも焼け死ねる。青年も使って酷い目をあっている。
もっとも、それらを使いこなせなくとも量産機のスペックを軽く凌駕するのだから周りも文句が言えないのだ。
二人が会う予定は本来無かったはずなのだ。二人は元々別の基地に所属し、その基地同士の交流は無かったのである。
だが、青年の戦闘技術を当時の愛機では発揮しきる事が出来なかったため、上官や同僚に相談したのが運の尽き。
誰が作ったかを知らされないまま――青年の下にも悪名だけは届いていたため――今の戦闘機に乗り、使いこなしてしまったために懐かれてしまったのだ。
下手に力を発揮できる場所を作ってしまったが為に、少女の暴走は止まらなくなってしまったのだ。
一晩目を離しただけで得体の知れない武装をつけたされ、エンジンの出力もいつのまにか上がっている。それも指数関数的に。
無論、天才といえど成功ばかりではない。時には実験段階に過ぎない失敗作をつけられ、死にかけた事は一度や二度ではない。
機体だけ貰って異動しようとも考えたが、上のほうがちょうどいいスケープゴートを見つけたといわんばかりに少女の世話までもを押し付けたのである。
故に逃げられず、一度逃げようとしたのだが、少女の得体の知れない技術によって追跡され、捕まえられてしまった。
『ドリルバスターも!スタンピードも!パイルバンカーも!みーんな使わないし変な名前つけちゃうし!』
「当たり前だボケ。人を殺すのにんな大仰な武装なんざ必要ねーよ」
そう青年は切り捨てる。弾数が一発しかない弾頭がドリルの砲は反動だけで軽く気絶できるし、スタンピードと名づけられたバルカン砲は一度に多数の機体をロックオンして撃つ事が出来るが、一つずつ丁寧に移動先を先読みして放たないとまず当たらない。本来同時ロックオン機能は追尾ミサイルのためのものだったのだが……。
パイルバンカーに関しては論外だ。特別製の巨大な釘を連射するため、一回引き金を引いただけで青年の給料は無くなってしまう。
エース級の給料が無くなるのだから、推して知るべし。
少女の強い意向によってそれら全てが青年の戦闘機に装着されてはいるが、文字通り埃をかぶってしまっている。
……ただ、これだけ無茶苦茶な量と重さの武器をつけて、全く動きが鈍らないのだから厄介な話である。
むしろそういった技術をそれぞれの武器が汎用的に使えるようにするために使ってもらいたいものだ。
少女曰く『一度完成したものに興味は無いわ』だそうだが。
未だにぶつぶつと文句を言う少女を無視し、青年は帰還信号を上げる。
青年の任務とは、拮抗している制宙権のラインの奥深くに潜り込み、後方を撹乱するものである。
青年の技術と、いざとなったらリミッターをはずして無茶苦茶なスピードを出して逃げられる少女の機体がなければ、ただの自殺行為の任務だろう
だが青年はやり遂げ、今から帰ろうとしている。漏れ聞く情報では、制宙圏を構成していた主な基地の占領に成功したらしい。
「(……これでボーナスでも出てくれると嬉しいんだがね)」
もし出たとしても彼女に奪われてしまうだろうが。
いやな想像を頭を振って振り払い、機首を基地のほうへ向ける。
「(帰ったら……。まずシャワーをあびよう。そして秘蔵のビールでも――)」
『――そこまでよ!!』
……そんな、青年が描いていたささやかな幸せを、敵方からの通信が容易く切り裂いてしまう
『ふっ。あの程度の弱卒を落とした所でいい気になってもらっては困るわね。我が国の本当の力見せて――』
「……リミッター解除して逃げていいか?」
『駄目よ!敵からの挑戦を受けて逃げるなんてアンタそれでも男なの!?』
速攻でリミッター解除のボタンに指が伸びた青年の最後の良心で少女に通信を送るが、返ってきた返答は予想どおりである。
「……だって絶対イロモノだよあいつ。お前と同じ匂いがするし」
『なによそれ!いかにもオバハンくさい声の奴と一緒にしないでくれる!?』
「そういう意味じゃないんだが……。たしか作戦じゃあ本隊と出くわしたら逃げて良いってあったよな?」
『残念。どちらにせよこちらの操作でリミッター解除は出来なくしておいたわ。簡単なセキュリティだけどあんたにゃ無理よね』
この間ウィルス踏んで半泣きになってたもんね。と秘めたコンプレックスをえぐられた青年は小さくうめく。
「……うっせーよ。未だに夜中トイレに一人行けない奴に言われたか無いな」
『あ!あれは違うのよ……!!そう、幽霊なんて非科学的なものこの世にあるわけが――!!』
「あっれー?俺は幽霊だなんてひとっことも言ってないけどなー?」
『うぐぅ……!!』
『――いい加減話を聞いてもらいたいのだが!!それとまだ私はオバハンではない!!』
醜い言い争いに発展した二人の応酬に苛立ったのか、敵方から再び通信が入る。
『(ちょっと大佐!口調が崩れてますって!大佐は妖艶な第四四天王って設定なんですから)』
『(あ、ああそうだな。すまん、ちょっと取り乱してしまった)』
「……聞こえてるぞ」
最早青年のやる気を削るためにやってるんじゃないだろうなと思えるほど露骨に聞こえる裏方事情に、本気で帰りたくなる。
青年のそんな突っ込みも意に介さず、大佐とやらは急に声を張り上げる。
『オーッホッホッホッホッホ……ゲホッ。今貴方が倒したのは我が軍の中でも下っ端、何故この軍には入れたのかおかしく思えるほどの弱卒なのよッ!!』
いや、確か兵役はほぼ強制だったはずだが……。あと咳き込むのなら初めから声を張り上げるな。
『そんな貴方に総帥直属の四天王の力、見せて差し上げますわッ!!出でよ、機工巨人メサイアァッ!!』
いや、確か向こうの国は総帥ではなく国王だったはずだが……。
そんな突っ込みは無視し、大佐は再び声を張り上げる。無論後で咳き込む。
完璧に甘く見ていた青年だったが、次の瞬間突然空間が歪み出し、機体が大きく揺さぶられたのには肝を冷やしてしまう。
宇宙の絵がかかれた幕が捻られたように空間が歪み、その隙間からあるものが姿を表す。
それは――
『おっほうっ!?ワープ!?人型!?おふっ!わぁっ――!!』
重戦闘機の部類を大きく飛び出るほどの大きさを誇る青年の戦闘機ですら小さく見える。巨大な人型兵器だった。
うん、所謂モ○ルスーツってやつだ。
興奮して変な声を出している少女を無視し、まだ空間の捻れから全身を出しきれていないメサイアに弾丸をぶち込む。
『ば、ばかっ!!登場シーンは攻撃しちゃいけないっていうルールを知らないの!?』
「知るか。こちとら生活と命がかかってんだよ」
とりあえずメインカメラがあるであろう顔面のモニタらしき部分に弾丸をぶち込んだが、簡単に弾かれてしまう。
流石にパイルバンカーほどの威力は無いが、それでも青年が乗るのは重戦闘機である。機銃の威力も少女の手によって必要以上に強化されているはずだが、ダメージは無い。
その後も関節部やコックピットらしき部分を撃ってみるが、効いた様子は無い。
攻めあぐねている隙にメサイアは全身を出しきり……何故かポーズを取る。
『ハッ!?あれは一週間で発禁になった伝説のアニメ『士農工商ハイバマン』の登場シーンじゃない!!』
『ふふふ……!我々のメカニックの中にはロボットデザイン担当と監督がいるのだ!!どうだ、羨ましいだろう!!』
いや、別に。
なにやら良く分からない世界を繰り広げる二人に青年は完璧に置いてけぼりになるが、少女は本気で悔しがっている。もう帰りたい。
『ぐっ……。ここは引くのよ!今の私達じゃ敵わないわ!!』
「よし分かった」
許しを得たとばかりに艦首を反転させる青年に何故か少女は声を張り上げる。
『なにやってんのよ!!ここはアンタが敵に背中を向けられるか〜的な事を言って突っ込む所じゃない!!』
「……俺に死ねと?」
青年としては、敵う気がしない。最早戦略兵器の域までに達しているメサイアとやらに一機の戦闘機で敵うはずが無い。
『ふふはははぁっ!!どうした腰抜けども。来ないのならこちらから行くぞぉっ!!』
大佐がそう叫ぶと、メサイアの両手から大量のミサイルが発射された。無論ポーズつきで。
その量に至るや、向こうのメサイアが殆ど見えなくなるほどである。
「なっ――!?このミサイルの量だけで戦闘機何機量産できると思ってんだっ!!」
一撃で一個師団を作れるほどの金を使ったミサイルの量に青年は様々な意味で驚愕する。
だが、驚いてばかりもいられない。全速力で振りきろうとするが、全然距離を離すことが出来ない。
「おいおい……!これより速い戦闘機を探すほうが難しいってのに――!!」
チャフをばら撒いていくつかのミサイルを叩き落すが、全く数が減ったようには見えない。
『きゃーっ!?数多くのゲーマーにトラウマを刻み込んだシューティング『レッドバグ』のバグ・クラスターじゃない!!』
それもそのはず、一基のミサイルを落としたかと思ったら、その中から小型のミサイルが4個ほどばら撒かれているのだから。
ミサイルを落とせば落とすほどその量は増えていき、どんどん青年を囲んでいく。
「……くそっ!振りきれない!!」
どれほど鋭角に曲がったとしても、何度宙返りしても、ミサイルの追跡から逃れる事が出来ない。
それどころか一度振りきったはずのミサイルが自機を捕捉しなおして追ってくるせいで、四方八方から狙われる事になっているのだ。
『うっふっふっふっふっふっふっふー♪』
「……このやろう。楽しそうに笑ってんじゃねーよ」
だが、青年に絶望は無い。なぜならこの状況を簡単に打破できる武器ならあるのだから。
『スタンピードとかをー♪使ってくれるんならー♪リミッター解除使わせてもー♪良いんだけどなー♪うふふー♪』
そう、リミッター解除をすれば簡単に振りきれるし、スタンピードなら一度に全てのミサイルを叩き落す事も出来るのだ。
さらに、恐らくだがパイルバンカーならばメサイアの装甲を貫けなくも無いだろう。
「楽しそうに笑いやがって……!!」
だが、それをやったのなら少女は更に増長するだろう。下手をすれば、上に掛け合ってこういった特殊武器を使わざるをえない作戦に向かわせかねない。
「だが、それ以外に生き残る道は無いか――!!分かった、使ってやろうじゃないか!!」
『オーケー!そういう悩まないあんたが大好きよっ!!』
「そういう寒気を催すようなこというんじゃない!」
青年はリミッター解除のボタンを押し、一気にエンジンの出力を上げる。
尚、エンジンの修理費だけで青年の給料の半分はなくなるだろう。
そしてミサイルから一気に距離を取り、宙返りをする。
ミサイルは青年を追おうと上に向かうが、性能の関係上追い切れない。
つまり、青年はミサイルの上を完璧に取れたのだ。
「ミサイルは予測が楽でいい――!」
『さあ撃つときは勿論――!』
真っ直ぐしか進まないミサイルなら、予測も容易い。
『「スタンピード!!」』
バララララッ!!
少女と青年は同時に叫び、大量の弾丸を、しかし一発も外すことなくミサイルにぶち込んだ。
尚、この弾丸は特別製で、この一発で青年の給料の五分の一は無くなるだろう
そして、青年が叫んだのはスタンピード等の武器を使う際に声紋判定をしているため、叫ばないと使えないのだ。
だが、安心するにはまだ早い。バグ・クラスターの恐ろしさはこれからである。
一気に四倍までに数を増やした小型ミサイルが進行方向から殺到してきた。
だが青年は慌てることなく、顔の横に設置されているスイッチを押しこむ。
「半径十メートル……これなら死なないですむなっ!?」
『もち!あたしを信じなさーい!!くらえ、必殺のぉ――!!』
バッと機体の装甲のあちこちが開き、チャフのような金属片を撒き散らす。
だが勿論それは、チャフなどではない。
『「――光学兵器一掃ジェノサイド君!!」』
「熱っ――!!」
バリィッ!!
そのチャフの広がった空間に紫の幕が広がり、その中にあったミサイルを全て薙ぎ払ったのだ。
コックピット内の温度も急上昇するが、耐えられないほどではない。
全てのミサイルを落とし終え、艦首をメサイアに向けると、何故かメサイアは特に次弾を放つわけでもなく、腕を組んだまま佇んでいた
青年は嫌な雰囲気を感じながらも、リミッター解除したままのエンジンで肉迫する。
ドリルもパイルバンカーも二度撃てるものではない。絶対に外す事は出来ないのだ。
「……何を考えているんだ?」
明らかに射程内に入ったというのに、メサイアは微動だにしない。流石に今ので終わりという事はないだろう。
立派なのは形だけ、という可能性もあるが。
恐らくなにか罠を張っているのだろうと青年は推測するが、だからといって手をこまねいているわけにはいかない。いつまでもエンジンが最高出力である保証はないのだ。
『そう。虎穴に入らずんば虎子を得ずよ。一気に突っ込みなさーい!!』
「他人事だと思って勝手なこと言いやがって……」
青年は突然艦首を上げ、メサイアに対して平行に上昇する。
そしてメサイアの頭上の辺りで背後の方向に向けて宙返りし、メサイアの真上から突っ込んでいく。
牽制として機銃を放ち、そしてすれ違い様に青年はパイルバンカーの引き金を引く。
「パイルバン――」
……だが、パイルバンカーが放たれることは無い。
「――ミラージュッ!!」
青年がパイルバンカーの引き金を引いた途端、メサイアの姿が掻き消えた。
無論、瞬間移動などではない。ただ単に足裏のバーニアを前方に向けて放ち、後に下がっただけだ。
どちらも常識外のスピードであったため、青年の動体視力でも……いや、人間の動体視力では捉えきれなかったのだ。
そしてなお、いくら彼の戦闘機のスピードが凄まじくとも、頭上から足下までに落ちていくものを捉えられないわけは無い
メサイアは足を振り上げ、その巨大さで進行方向を塞ぎながら蹴り上げてきた。
リミッター解除をしているため、戦闘機の旋回能力は著しく失われてしまっている。このままではどれほど舵を切ってもよけられない。
そうふんだ青年は舵を離してシート脇についているレバーを同時に押しこんだ。
すると最後方についていたエンジンが突然九十度旋回し、真上を向いたのだ。
故に戦闘機の進路も進行方向から真下に下がり、メサイアの足の攻撃範囲から逃れた。
自分の頭上を巨大な質量が通り過ぎて行くというのはなかなかに肝の冷える光景である。
本来、通常の戦闘機がそんな事をした場合最悪でなくとも空中分解の可能性があるのだが、少女の戦闘機なら少し歪む程度で済む。
少し角度を変えるくらいなら問題は無いのだが、流石に九十度はやり過ぎである。
ただ、何度も使えず、その後の戦闘に支障をきたす可能性があるため、少女の処女作と言う事もあって完璧にお蔵入りになっていたのだが……。
『覚えていてくれたんだ……』
「……ふん。俺の記憶力を甘く見るなってことさ」
妙に感動して呆然とする少女はさておき、青年はメサイアの危険度をはかりなおす。
機動力の面ではこちらが上だが、その差は本当に僅かなのである。
そしてそれ以外の面では圧倒的に負けている。幸い、パイルバンカーと叫ばなければ放たれないため、まだパイルバンカーは使えるが……それがどうしたという程度だ。
『ふふふふふふ――!!今のを避けるとは流石じゃあないかぁっ!!滾る、滾るぞぉっ!!』
『(だから大佐……。ああもう駄目だ。こうなったらもうとめらんない)』
だが、向こうで繰り広げられる緊張感の無い会話に、あまり強いとは言えない青年の闘争心がかきたてられる。
「ったく!こんなギャグ要員に負けてたまるかよっ!!……言えっ!!俺は誰だ!?」
『訊くまでも無いでしょー?アンタは稀代の天才パイロット!アタシは稀代の天才メカニック!このコンビに敵う奴なんていやしないわっ!!』
「OK!……だったらそろそろ『こんな事もあろうかと』とかいって秘密兵器でも出しやがれ!!」
『もち!勿論突っ込みはどんな事があると思ってたんだよ……で頼むわよ!!』
少女がそう叫んだ瞬間、ガコン!!という音がコックピット内に響く。
「な、なん……!?」
青年としては何が起きても驚かない自信はあった。……だが。
『一度しか言わないからちゃんと覚えてね?』
レーダー以外のモニタがすべて沈黙し、今まで視界を確保していたシャッターも黒く塗りつぶされてしまう。
そして黒く塗りつぶされたシャッターが四分割され、そこにどこかを映すモニターが表示された。
『そのモニターは今パージされた遠隔操作有線機関銃に搭載されたカメラの映像なの。……んで、本当は専用の操縦桿を用意したかったんだけど……』
秘密兵器の概要はこうだ。右手の操縦桿はそのままに、左側にあるキーボードで操作する遠隔操作有線機関銃である。要は某ロボットアニメのファンネルの劣化版だ。
キーボードで決まった命令をうちこむと、その通りにファンネルを操る事が出来るのだ。例えばキーボードでol○○(one left)と入力すると、番号1のファンネルが○○radだけ右旋回する。
本来なら傾けるだけ、ボタンを押すだけで操れるようにするつもりだったのだが、時間が無くて実装する事は出来なかったのである。
且つ、処理を簡略化させる事が出来ず、操作して放つだけで青年の戦闘機に搭載されたコンピュータのメモリを使い果たしてしまうのだ。
故にレーダー以外の機能は使えず、できるのはファンネルの操作と、少女が必死に確保したメモリでようやく撃つ事の出来るパイルバンカーのみだ。
『未完成のものを使わせるのはすっっっっごくプライドが傷つくんだけどね……。勝てば官軍よっ!!』
レーダーで捕捉出来ない攻撃に関しては全て少女のオペレートか、ファンネルのモニタで何とかするしかない。
「余計事態が悪化しただけなきもするがな……。ま、やるしかないか!」
青年はそう言いながら左手にあるキーボードに目にもとまらぬ速さで命令を入力していく。
『X10.121Y45.416Z47.911よりM!』
『X24.685Y46.879Z88.579よりT!』
そして少女から送られてくる敵の攻撃情報をもとにそちらにファンネルのカメラを向け、そして打ち落とすなり避けるなりをする。
まるで蛸の足のように、普通なら訓練に1年以上かかるであろうファンネルを操り、今まで以上の手際のよさでメサイアの攻撃をいなしていく。
『ふふふふはーっはっはっはははははははははははははははははははははは―――――――――!!面白い!ここまで私と渡り合うとは!!』
慣れてきたのか最早ファンネルだけで全ての攻撃をいなしきった青年に、しかし大佐は喜色を前面にあらわす。
『――だがそれ故に残念だ!!今君の命はここで潰えるのだからな!!』
両腕に開かれていたミサイル発射口を全て閉じ、メサイアは腰からライフルを取り出して構えた。
『メカニックよ!見えているのなら、聞こえているのなら地団太を踏み、歯軋りして悔しがるがいい!!これが我が国宇宙一の技術力の結集体だぁ―――――――――ッ!!』
青年にはよくロボットアニメにありがちな超能力などは無い。……ただ、どんな馬鹿でもあのライフルが危険なものだという予想はつくだろう。
「ミラージュ!!……って使えないんだった!」
ファンネルを使っているが故にミラージュは使えず、ファンネルを使っているが故にライフルの照準の動きをリアルタイムで見る事ができない。
青年は一気に艦首を下げて降下するが、それは大佐の予想の範囲内だった。
『ファイアーブラストォッ!!』
バシュウッ!!!
メサイアが引き金を引いた瞬間、青年の戦闘機を丸ごと包んでしまいそうな太さのビームが宇宙を駆け抜けた。
シャッターを閉じた青年の戦闘機内にまで光は届き、そしてそれゆえに光を感じた青年が咄嗟に操縦桿を切ったおかげで損傷は翼一本ですんだ。
翼に搭載されていた様々な武器も宇宙の塵となるが、幸いパイルバンカーの二門あるうちの一門無事だった。
『イヤアアアアアアアアアアァァァァァァァァァァ―――――――――――!?』
「耳元で叫ぶな!!」
だが、少女にとっては宝物に等しい発明品の数が塵になったことで少女は甲高い悲鳴を上げた。
青年にも多少同情出来なくも無いが、やはり結局は翼壊れたせいでバランスが崩れるな……程度の損傷である。
残響が残るほどの悲鳴を上げた後少女は暫く黙っていたが、突然怨嗟の感情に満ちたどす黒い声を放つ。
『あのババァめぇ……!!アタシの最高傑作、もうすぐで完成するはずだったドリルダイブユニットをぉ……!!』
……詳細はよく分からないが、漏れ聞いた名前だけで壊してくれた大佐に感謝してしまう青年だった。
『よくもよくもよくもよくもよくもよくもよくもよくもよくもよくもよくもよくも―――――!!あの木偶を今すぐ、一瞬のうちにスクラップにしてやんなさーい!!』
「無茶言うな」
未だに何かぶつぶつ言っている少女を無視し、青年はファンネルのカメラをメサイアに向ける。
連射してこない事を見るに、試作段階か元々そういう武器なのだろう。そこにつけこまない道理は無い。
どちらにせよもうバグ・クラスターは怖くないのだ。あの巨大な姿を見るにまだ多くの武装を備えていそうだが、巨体故にまとわりつかれたら攻めにくいだろう。
とりあえずファンネルによって両腕に上から機関銃を連射して両手を跳ね上げ、無防備になったファイアーブラストとやらに弾丸を叩きこもうとする。
だがそれは背面のバーニアを蒸かされる事によって避けられる。
『ふ、ふふ……。君なら!君こそ!!このメサイアの全ての力を発揮させてくれる!!』
青年の乗る戦闘機以上のスピードでメサイアは宇宙を駆け、ファンネルを避けながら青年の背後に回りこむ。
青年も回りこまれないようにファンネルの弾丸をばら撒いてはいたが、所詮装甲を貫けない程度の力しかもたないため、軌道を変えさせる程度にしか役に立たなかった。
『ファイアーブラストを避けるほどの男を殺すのは忍びないと考え直そうとも思ったが……。それは冒涜だ。戦士は散る姿こそ美しい!!』
「……うぜぇよ。良いかよく聞け!俺が一番輝いてんのはなぁっ!つまみと一緒にビールを飲んで、一日の終わりをかみ締めてるときだよ!」
装填が終わったのか、メサイアは再びファイアーブラストを構える。それも避けようの無い近距離で。
ファイアーブラストに距離による威力の減衰があるのかどうかは定かではないが、どちらにせよ火達磨、ファイヤーボールになるのは避けられないだろう。
『さあ、一瞬の煌きを私に見せてくれッ!!』
だが、青年に焦りは無い。何故なら――
『……ハック完了。やっぱりその機動歩兵メサイアは一人で動かせるようなものじゃないみたい。言うならば人型戦艦ね』
――とっても迷惑で頼りになる味方がいるからだ。
エネルギーの充実を見せていたファイアーブラストの銃口は何も発せず、それどころか引き金を引くことすら出来ない。
『さすがね。ちょっとのぞかせてもらったけど、よくもまあこんなの動かせるなって感じよ。全身の神経に繋いで動きをそのままトレースする――ほんと、尋常じゃない動体視力と反射神経ね』
そう、メサイアの動きは大佐が実際にコックピット内でやっている動きをトレースしているだけなのだ。
いくら身体能力が関係無くとも、マッハどころではない戦闘機の動きを目で追い、紙一重でかわす戦闘センスは自前なのだから。
他の乗組員がやっている事は、バーニアや武器の出力といった細かい演算などをするだけであって実際の動きには何ら関係してこない。
『でも残念。針の糸を通すようなシステムほど、一行書きかえるだけで簡単に動かなくなるものなのよ』
少女がやったのは、今かわしている通信を基点にメサイアの行動プログラムまでハッキングし、僅かにクラックしたのだ。
いくら条件が厳しいとはいえ、動かなくする程度にしかクラックできなかったのは、素直に向こうを誉めるべきであろう。
『甘く見るな青二才がァッ――!!その程度、このメサイアを一から作ったこの私が、その程度直せないとでも思ったのか!!』
『そうね、エンジニアとしてはあんたのほうに分があるわ。ま、一日の長って程度だろうけど。……でもね、あたしは一人じゃないの』
その言葉に大佐は気付いた。こんな安い挑発に乗っている暇ではないと。
「ハッハァッ!!あんな糞餓鬼にしてやられるたぁ随分とお粗末だなぁおい!!」
いつのまにか目の前から青年の姿は消えていた。
その代わり、四つのファンネルがメサイアを、いや、メサイアの手にあるファイアーブラストに照準を合わせていた。
『丁度充填率百パーギリで止めさせてもらったわ。……さて、一発で都市一つは焦土に出来るほどのエネルギーが暴発したら、どうなるのかしらねぇ?』
『お、おのれぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっっ――――――――――――!!!』
ゴッ――!!
ファイアーブラストを基点に大爆発が起こり、未だにプログラムの修正を行えていないメサイアはくるくると風に舞う葉のように吹き飛んでいく。
それを追い越すように青年はエンジンの出力を上げる。
「甘く見たのはあんたのほうだったなぁっ!!」
『……ぐっ!!』
青年はファンネルをメサイアの頭と踵に張りつかせるように移動させて頭と踵に何発も銃弾をぶち込み、回転を速めていく。
その事によってメサイアのブリッジを揺らし、かつプログラムの修正が終えた後でもそうそう態勢をもどせないようにしておく。
そして青年はファンネルを格納しなおし、パイルバンカーの引き金に手をかける。
「――死ね。パイルバンカー」
一切の慈悲も無く、青年はパイルバンカーでメサイアを蜂の巣にした。
これほどの技術と戦闘センスを有する大佐を上は欲しがるだろうが、生かしておいたら何が起こるか分からない。
『私は死なんぞ!覚えていろ――――――――――ッ!!』
その言葉を最後に、通信は切れた。
メサイア撃墜後、タイミングをはかったかようにエンジンは力尽きてしまった。
それ故にファンネルのエンジンで航行していたのだが、いかんせん重すぎたせいで全く進めなかった。
哨戒の戦闘機に見つかって落とされかけたが、なんとかファンネルを駆使して乗りきった。青年でなければ死んでいた。
出来れば迎えが欲しかったが、占領してすぐであるためそんな余裕は全く無かったらしい。
何故か少女からの通信も途切れてしまい、かなり暇で孤独な時間を過ごしていた。
なので遠目とはいえ基地が見えてきたとき、ちょっと涙腺が緩んでしまった。孤独は死の恐怖に勝るらしい。
「あー……。帰ったらあの秘蔵のビールだそう。そして風呂入ってとっとと寝よう。あいつが一緒に寝ようとしたら叩き出そう……」
帰還信号を出すと、ゲートが開かれる。青年は情けない所は見せられないと涙腺を締め直してゲートに入る。
コックピットから出るとどこか疲れたような、しかし充実したような笑顔で整備員が迎えに来る。
「……ん。あいつは?」
青年が帰還すると決まって少女が一番に出迎えに来るのだが、辺りを見回してもその姿は無い。
そして青年に声をかけるよりも先に戦闘機の点検とメンテナンスをはじめるのだ。
……それなのに少女の姿は無い。青年は寂しさよりもまず悪寒を感じてしまった。
「まさ、か……!!」
この状況には心当たりがあった。あの時は確か――
飛び降りるようにコックピットから降り、整備員を突き飛ばして駆け出す。
「あ、おかえりー!見て、みんなが手伝ってくれたおかげで――」
――そう、帰ってきたら超近距離戦闘用戦闘機とかいうふざけた戦闘機が完成していたときだ。
「――人型機動歩兵、つくれちゃった!」
なお、何故か顔に傷を負っただけで済んだ大佐に責任を取れと迫られるのだが、それはまた別の話。