僕がハーフリングだからって、ちっちゃくて可愛いっていうのやめろ
***冒険者ギルドが配布するサバイバルガイドより***
ハーフリングは、光の勢力に属する人間に極めて友好的な小人の種族だ。
耳はエルフほどではないが、とんがりで、髪は茶色がほとんど。身長は90~120センチほどの人懐っこく調子のいい陽気な連中だ。
外の世界への好奇心で冒険者になったもの以外、生息域の丘か森からは出ない。冒険の道中に彼らを見かけたら、親しげに挨拶しよう。ほかの光の勢力である気難しいエルフや頭でっかちなドワーフに比べ、ここまで身近な種族は彼らだけだろう。貴方がよほどの悪党でなければ、道案内も快く引き受けてくれるし、一晩の宿も貸してくれるに違いない。
また、もしもシーフの職を探していたら彼らを率先して雇おう。夜盗崩れや盗賊ギルドに入っていない人間と違い、俊敏で手先が器用でリアリストだ。モンスターやダンジョンの知識も豊富で、トラップや宝箱の罠もすぐに解除してくれる頼もしい種族だ。
・第14稿より追記:リンゴ族には気をつけよ。彼らはひねくれ者で、いつも威張り散らす連中だ。エリートだと自称しているが、小さな共同体しか形成しない彼らは、人間で例えるとせいぜい村長レベルでたかがしれている。著者も以前山道で彼らと偶然遭遇したとき挨拶したら…(以下酷い誹謗中傷が書かれている)
P24「亜人種の項目 ハーフリングについて」
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人間の身長は僕らハーフリングと比べたら、かなりでかい。
二人のハーフリングが肩車をして、ようやく普通の人間と同じくらいの高さになる。というか、ハーフリングの方が世の中に対して、小さいのかもしれない。
建物も、山も、海も、エルフも、モンスターたちも、皆全て人間サイズだ。
だから世間一般で考えると、彼ら人間を基準に考えるべきなのだろう。
そして人間基準で考えた場合でも、僕の相方のエッタの身長は、異様に高い。
身長180㎝以上の大女で、運動神経もよく、その体を活かした戦士の職業だ。
田舎町出身の農民の出で、ブラウンの瞳と、健康的な小麦色の肌。ゆるふわ系のホワホワしている性格のくせに実は頑固なやつ。
赤茶色の髪は背中くらいまで長くて、戦闘の邪魔になるから切っとけと言ったのに、まったく髪を切ろうともしない。
色々と問題を抱えるコンビだが、髪の長さはそこまで問題ではない。
戦闘はほかの人間に比べてすこぶる強いし、現状困ってるわけでもない。僕も最初にパーティを組んで以来、その事を注意していない。
可愛いもの好きな性格なのに、男物の服や鎧ばかり着ている彼女のことだ。まぁ、サイズが合わなくて着れないんだろうな、というのはそこそこ接していれば誰だって気付くし、髪の毛の長さは彼女なりのせいいっぱいのオシャレなのは分かっている。
重ねて言うがそっちは、問題ではないのだ。
問題は彼女が僕に「ヤナ君はちっちゃくって、可愛いね!」といって抱きついてくることだ。
軽くマスコット扱いだ。僕は男だぞ。少し悲しい。
…多少は僕もそういう扱いを気にしている。たとえ名門リンゴ一族の家系で、天才シーフの僕でも、そういうことで悩んだりする。
だいたい、僕は身長のことなんか気にかけてもいなかったんだ。この世界にはたくさん種族が共存しているし、一々悩むほうがばかばかしい。
それもこれも、全部彼女のせいなのである。
エッタとパーティを組むようになって、こんなくだらんことで悩むようになってしまったのだ。
全くいい迷惑である。
◇
獅子の月、風曜日のこと。
『乾杯!!』
僕とエッタは宿屋で麦酒が入ったグラスをぶつけ合い、今日のダンジョン攻略の労をねぎらっていた。
身長差のありすぎる僕らは、テーブル越しだと、手と手の伸ばし方がまるで山から谷に下るように傾斜になる。悲しいことだが。
「ほら、さめないうちに食べな」
見計らったかのように、のそっとこの店の女将さんは目の前のテーブルに料理を出してくる。
なんともうまそうな魚の甘酢煮定食だった。ここは漁村だからか、とれる魚はこの世の物とは思えないほど新鮮でうまいし、絶品の代物だ。エッタも「毎日食べても飽きないよー」とかこないだ言っていた。
「ん~本当に匂いがそそるね」
エッタは目の前の魚の甘酢煮定食を見て、今にもかぶりつきそうな表情をしている。
赤茶色の髪の毛をかき分けて、料理につかないようにしていた。
こいつは美味しいものに目がない。それに戦士職だからか必要以上に腹が減るのだろう。僕にとってはいつもの光景だ。
……そう、いつもの光景なのだ。
「………なぁ、エッタ。昨日食べたのものは?」
「魚の甘酢煮定食だね」
「一昨日食べたものは?」
「魚の甘酢煮定食だね」
「先週の月曜日に食べたものは?」
「魚の甘酢煮定食だね」
「……じゃあ、今日食べるものは?」
「魚の甘酢煮定食だね」
僕は一つ咳払いをした。
「ああ、そうなんだよ!僕はハーフリングだからドワーフと違って肉が主食じゃないし、毎日肉ばっか食べたいなんて思わない。だけどな、さすがにこう毎日魚を食べてると、いい加減肉が食いたくなる」
僕達は今、内陸の田舎町から海側に向かって数日歩いたさきの、閑古鳥が鳴く海上漁村の宿屋に泊まっている。
海上漁村とは、海に浮かぶ船をつなげ、その上で村人が生活を送る珍しい生活様式の村のことだ。昔陸のモンスターに襲われ、船で逃げられるこの生活に自然となった、との旨の話を村長から何時間も聞かされる羽目になり。好奇心でたずねたことを流石にあの時は後悔した。
僕とエッタはある目的があって、いままでこの村で1月も宿をとっている。
「それもこれも、この店に魚の甘酢煮しかないのが原因なんだよ!」
「そうかなぁ、これで宿泊代込みだし、コラーゲンもいっぱい入ってるし、お魚料理好きだから毎日食べても飽きないよー」
目の前のエッタは、この小さなテーブルの上で大きな上半身を器用に動かし、のんきに白身魚をほおばり始める。ただ、やはり窮屈そうに体を屈めて食べている。イスに乗っている僕なんか、足が床につかなくてイス脚の間をプラプラさせているというのに。
「んー、おいしいよー。ヤナ君も食べよ」
「はい頂きます!!でもな、ものには限度ってものがあるんだよ。なんで1ヶ月毎日毎日毎日、魚の甘酢煮なんだよ、そのうち上半身が魚の魚人になるぞ!」
「えーそれを言うなら、ヤナ君が一日も早く宝がまだあるダンジョンを見つけてくれないからでしょー」
「それは面目次第もございません!!」
まぁ、僕達冒険者の旅の目的なんてダンジョン探し以外ないのだが。
数ヶ月前、大都市の中央府の冒険者ギルドでこの辺りにお宝があることを僕達は耳にした。
はるばる遠征し、シーフである僕が主導でくる日もくる日もあたりのダンジョンを探し周っているのだが、その結果がこの魚の甘酢煮生活だ。宝がまだあるダンジョンは一つとして見つからない。どうやら、中央府でつかまされた情報はガセだったみたいなのだ。あるいは情報が古すぎたのかもしれない。掘りつくされたダンジョンなんて、よくある話だが…
ヒーラーのいない僕たちは安全を見計らって昼間の攻略だけしていたら一月もかかってしまった。
「軍資金もそこそこ尽きてきたし、一旦中央府にもどろっか」
「それもいいかもしれないな、他の冒険者達が宝を見つけたって話も、攻略したって話も聞かないしな…」
僕はすぐに、エッタの提案に乗ることにした。
ダンジョンが見つかるまでここにいようと、かっこつけるのは簡単だが懐事情はそう答えてはくれない。それに以前僕達はパーティを組むときにお互いに条件を出し合った。その第一条は「お互い見栄は張らない。嘘はつかない」だ。
「あら、あんたたちここを出て行くのかい?さびしくなるね」
これまで黙って新聞を読んでいた女将さんは、新聞の間から顔を覗かせ会話に入ってきた。
「そうだ。餞別代りじゃないけど、こないだ村長が一匹の大猪の討伐クエストを発注していたんだ、景気付けにやってみるかい?話は付けとくよ」
「ありがとうおばちゃん!ぜひお願いします!いつになるかはわからないけど、また戻ってくるよ、そしたら絶対にここにまた泊まるね」
パァと、エッタの顔は明るくなって、女将さんの手を握り出した。そしてブンブン降り始める。こんな感じで彼女は色んな人と距離感が絶妙で、協調性が高く世渡りがうまいところがある。今回のクエストにありつけたのも、ありがたいことに彼女の人徳がなせる業だろう。
おかげで帰り賃のことで困ることはなさそうだった。
「ええ、すみませんねぇ。女将さん」
「いいよいいよ、気にしないで。あとヤナ、アンタのご飯と宿代だけ一割り増しだよ。魚の甘酢煮しかないって言った罰だ」
……え。
「すんません、女将さん。さっきのは冗談なんです。でもたまにはほかの食べ物も食べてみたいって言うか、ちょっとした出来心で…いや、この店本当に最高ですよ。上手い、安い、宿も貸してくれる最高の店ですからねぇ。しかも女将さんの美貌は本当に美しいですから……え、本気なの?」
◇
あくる日の昼ごろに、僕らは大猪が出没するという森の中を歩いていた。
女将さんの話では大猪の被害は甚大なものだという。とはいえ、それは僕らが留まっている漁村の話ではなく、ふた山越えたさきにある農村でのことだ。僕たちがこの漁村に滞在していることをどこからか知った隣村の村長が、村長づてに依頼してきたらしい。凄いな田舎ネットワークは。
森の中は昔僕が住んでいた穴倉と同じような草木の匂いがし、鬱蒼とした森林の中でもじりじりとした照りつける日差しは遮られることはなかった。まるで、熱帯のなかにいるみたいで、一足進むたびに汗と一緒に疲労感と徒労感とがにじみ出てきそうだ。
というのも、数時間この森の中を探索しているのだが、猪は一向に見つからなかった。
僕のシーフの勘はそろそろだといっているのだが。
夜になれば、猪やモンスターの活動時間だ。
それまでにけりをつけなくては、クエストは明日に持ち越しである。出来ればそれは避けたい。
収入がなければ、今日もまた魚の甘酢煮定食ということになってしまう。
「ねぇ、ヤナ君、肩車してあげよーか?そうすれば、すぐ猪見つけられるかも」
この暑さにうなだれている僕とは違い、目の前を鼻歌交じりに闊歩するエッタは、ピクニックに行く女の子のように楽しげだ。とはいえ、探索の最中はいつもこんな感じなので、そろそろ僕もなれてきていた。
「何回も言ってるけどな、僕を子ども扱いするのはやめてくれ」
「えーだってヤナ君、ちっちゃくて可愛いし」
それが君に男扱いされてないみたいで、いやなんだよ。
「あのなエッタ。こう見えても僕は君よりも倍以上生きてるハーフリングなんだからな。王様に言うみたいに、もっと敬意を持って接してくれ」
「そっか、おっけーおっけー」
「たく、ほんとにわかってるのか……鼻歌を止めろ。かなり先に猪の寝息が聞こえる」
僕は猪の声が聞こえた気がして、屈んで地面に横たわる。耳を地面につけると、十数メートル先に雑音混じりにかすかな猪の寝息が聞こえる。
「…わかった」
エッタも僕の掛け声にあわせ、腰元のホルダーからブロードソードを引き抜く。
僕が先行し、あたりを確認する。すると猪はすぐに見つかった。
全身が筋肉の塊のような、大きなまん丸の巨体。
女将さんの言っていた特徴とも一致している。
それが地面に横たわり、寝そべっていた。見た感じの寸法は大体5メートルほど。横向きに寝ているというのに、身長180センチのエッタくらい高かった。
フガフガ大いびきをたて、寝息がこぼれるたびに黒い毛並みが左右にひらめく。茂みの中に隠れるというには、無理がありすぎて、あっさりとその巨体をはみ出させた。
僕達は目標を見つけ、すばやく武器を手に持ち直した。
「行くぞ」
「うん」
………さぁ、戦闘の幕開けだ。
◇
その20分後。
大猪の討伐はすぐに終わりを迎えた。
…戦ったといっても、正面からは攻撃したりしない。
すやすやと寝息を立てている猪をロープで縛り、寝ているところを撲殺したのだ。タコ殴りである。
猪には申し訳ないが、残念ながら魔法職もいない、特別な力もない、そんな僕たちのモンスター狩りはこれが主流なのだ、まるで猟師みたいだがしょうがないじゃないか。
無駄な戦闘で怪我をする必要なんてないし、僕ら人族の命は一つだけだ。そんなものは戦闘狂のオーガやオークあたりに任せておけばいい。失敗したときは、エッタの出番だし、僕自身も戦闘に加わることがあれば大抵逃げ戦の時だから、今回のは一番いい結果だった。
今、僕達は他の猪が現れないうちに森の中を抜け、川岸まで移動した。
討伐した猪の血抜きを行うためだ。
「皮剥いでおいたよー」
僕が死霊除けと獣除け用にオレンジとホワイトセージを詰めた匂い袋を辺りにばらまき終えて川岸に戻ると、エッタも自身の仕事を終えていた。
あわれ猪は毛皮を引き剥がされ、すでに枝肉になっている。
エッタは手際よく猪を解体し、花柄の可愛らしい前掛けには血がところどころにかかっていた。ニコニコ微笑む血に滴るエッタは、なかなかに凄まじい光景だが、これが僕らの日常茶飯事だ。
あとはこの肉を送り届ければクエストは完了する。
何故僕らがこんなことまでやっているかというと、死体のまま持って行くよりも、ばらして持って帰ると追加報酬が入るからだ。これはギルドの取り決めでもある。
僕らは手分けして枝肉と毛皮を保存用の魔法のクーラーボックスに収納する。
内部は冷却魔法のルーンのおかげで長期保存が可能。我がパーティで最も高価な代物で、大枚叩いただけはあり、クエストの作業効率はぐっと上がった。ちなみに、エッタはこの冷却装置のことをクーラー君と呼んでいる。
「これでクエストは終わったし、血の匂いに誘われて獣たちが来る前に帰ろう」
僕は猪の血のついた手を冷たい流水で洗いながら、いまだクーラー君と格闘中のエッタに提案した。
彼女もすぐに頷く。
猪の肉を流水につけたり、匂い袋などでごまかしたりはいるが、それにだって限界はある。一通りの処理をしていたら、時間はもう夕暮れ時になっていた。いつ魔物たちが起きてもおかしくないのだが。
そのとき。
どちらからともなくお腹の虫がぐぅーっと低い音を発した。
すでに僕らの視線は、猪の枝肉に釘付けになっている。
「少し味見してみない?」
「味見はだめだろう……そう、毒見だ。毒見ならいいんじゃないか?」
「よし、それでいこう」
悲しいかな、クエストの依頼任務をちょろまかすことも冒険者の間ではよくあることなのだ。僕らはせっせと落ちてる流木や小さな枝や松ぼっくりを集め、火を起こし始める。
あまった猪肉の切れ端をかき集め竹串に刺す。
これが今日の夕飯だ。
「わー良く燃えるね」
そうこうしているうちに火はぱちぱちと燃え上がり、ゆらゆらと火の子が揺れる。
「「いただきまーす」」
僕らは両手を合わせ、あぶった豚の串焼きにかぶりつく。
漁村でもらった塩を振っておいたし、火加減も丁度いい。串焼きに一口噛み付くと、重厚な肉汁が出て、口の中に広がった。まず弾力が全然違う。山育ちで筋肉があるせいか猪の肉は歯ごたえがあり、全然噛み千切れないかと思っていたら、口の中に納まるとすぐに溶けるように味が広がった。
まさに味の宝石箱だ。
それに最近魚料理しか食べていないせいか、涙が出てくるほど上手かった。
「……やっぱり嫌だった?」
「何が?」
「可愛いって言われるの」
僕が一人で串焼きの品評会をしていると、隣に座るエッタは怪訝な表情になっていた。
どうもエッタは昼ごろにした会話をまだ気にしているようだ。
「まぁな、せめて可愛いじゃなくてカッコイイって言ってくれよ」
「うん、わかった。次からそうする」
「やけにあっさりだな」
「ふふ」
「なんだよ」
「こういうやりとり、最初にパーティ組んだ時のこと思い出すなーって」
「………ああ、そうだったな」
エッタは笑うと、すぐ僕みたいに串焼きにかぶりつく。
口をリスみたいに膨らませ、すぐに飲み込んだ。
最初の出会いか……
僕は、澄んだ水面に浮かぶなにかの葉っぱを眺めながら、エッタとの出会いを思い返していた。
僕の家である、リンゴ家はそこそこ悪名がついている。
もともと地元のハーフリング達からも避けられてはいたが、決定的に悪名が囁かれるようになったのは冒険者ギルドが配布しているサバイバルガイドブックのせいだ。
なんでもハーフリングの癖に、ひねくれもので、高慢ちきで、挙句に不遜だと。
それを知った僕は、あの日、書いた人間に直談判しに屋敷のある里を下り、ギルド本部にまで足を運んだのだ。ギルドにいた編集者と大喧嘩したはいいが、路銀を使い果たし、しょうがなくその足で冒険者になった。その時、エッタに声をかけた。
彼女はギルドの壁際に立ち、目立たないようにしていた。身長が高いせいで、どう考えても目立つだろうと思ったのだが。
「そういえば、なんであの日、私をパーティ誘ってくれたの?」
「君の身長がでかくて目立ったからに決まってるだろ。結果的によかったな、君もいい奴だったし」
こちらを見すえるエッタに、僕はすぐさま答える。
サバイバルガイドブックの冒険者トラブルランキングによると、自分以上の実力者と戦って殺されるのが一位、なんの知識もなくダンジョンに入って死ぬのが二位、仲間割れで冒険が出来なくなるのが三位と、パーティの相性はかなり深刻な問題だ。一位と二位は技量を見誤まなければ何とかなるが、三位はどんな人間にだって起こりうる。
そういう意味では相性のいい彼女とパーティを組めて、本当によかった。
「…ヤナ君が思っているほど私はいい人じゃないよ。村に嫌気が差して冒険者になっただけだから」
ぱちぱちと照らす焚き木を見つめ、彼女は人一倍大きな体を体育座りをして縮めていた。まるで癖みたいに。今の様子で、ふるさとでどんな生活をしていたのかは、想像がつきそうだ。
でも聞かない。
一度も僕から理由を聞いたことはない。
パーティ契約条項の第二条は「お互いの過去を詮索しない。ただし当人が話し出した場合は別である」だからだ。だから、いまでも彼女が言い出すまで待ってる。
「そうかよ。じゃあ逆に聞くけど、なんで君は僕の誘いに乗ったんだよ」
「それはね君が最初にパーティに誘った時、私のこと可愛いって言ってくれたからだよ」
「…え、それだけ?いつもエッタ自身が僕に言ってることを言っただけで?」
「うん」
「ふーん。女心はよく分からないな」
「そぉ?私はヤナ君に出逢ったのは偶然じゃないと思ってるよ。こう、ピンと来たんだもん」
「よくわからないなぁ。偶然じゃなかったら何なんだよ」
「運命とかかなぁ」
僕は今の会話で、エッタの倫理観念が一気に不安になった。大丈夫か?チョロすぎやしないか?ほかの男の後ろをついていかないか本当に心配だ。危なっかしくてある日コロっと騙されそうなんだよ。
「そういうところがほかの男に騙されたりしないか心配なんだよ。まぁ、こんなホワワンとしたやつ、僕みたいな天才がそばで見てやらないと危なっかしくてしょうがないな」
オレンジ色の明かりに照らされて、彼女は笑う。
「なんだよ、僕はおかしなこと言ったか?」
「ううん、なんでもないよ。これからもよろしくお願いします」
「あ、ああ」
「食べ終わったら村に戻ろうね。クエストの報告をして中央府に帰ろっか」
僕は彼女の言葉に頷きながら、また串焼きにかぶりついた。結構な量を食べてしまい、そろそろ食べるのをやめないと追加報酬はなくなりそうだ。
…そういえば、僕にも彼女同様言えないことがある。
言うつもりもないけどな。
ギルドに初めて行った時、君がとても可愛らしくて声をかけたなんていえるわけがない。僕がリンゴ族であることを知ってなお、君が二つ返事でパーティに参加してくれたことが、どれだけ嬉しかったかなんていえるわけがない。身長云々の話が実はただの方便だったなんて、言えるわけがない。
だってそれを言ってしまったら、僕はただの軟派ヤローということではないか。
それだけは、絶対嫌なのだ。
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これは勇者も魔王もいない。普通の冒険者たちの、普通の恋の物語。
ゴブリンの群れに追われようとも、ダンジョンに秘宝はなかろうとも。
例え、モンスターにかっこ悪い勝ち方をしたとしても。
それでも、世界は続いている。続いていく。
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おい、そこの壁際に立っている女。お前パーティは?
あ、えっと。
下だ下。目線を下げろ。
ごめんなさい。もしかしてハーフリングの人?
うむ、そうだ。しかしただのハーフリングではない、超エリート一族リンゴ家のものだ。それで、君、パーティは?そうか君は一人なのか。
まだ、何も言ってないけど。
提案なのだが、もしよければ僕とパーティ組まないか?
……どうして私なの?私背が高い以外にとりえとかないよ。
何を言っている。むしろその背の高さがいいのだ。くわえて先ほどの話を聞いたぞ、パーティを組んでモンスターと戦ったのに、君以外は皆逃げ出したらしいな、それなのに戦い続けたと。しかも報酬は後から山分けさせられたと。
……うん。
君のようなバカなお人よしは天才である僕がうまく使ってやる。安心しろ報酬は均等、不要な戦闘は極力避け、無理はさせん。そして冒険の知識がつまったこの優秀な頭脳を貴様に貸してやろう。ちなみにひとつ忠告しておくが、このギルドにいるあまり者は、夜盗くずれや職にあぶれ戦ったこともない者ばかりだぞ。僕と君以外ろくな奴はいない。どうだ組まんか?
えっと。
そ、それにほら、君はそこそこ可愛いしな。
……私、可愛いかな?
あん?なぜそこに食いつく。今のは人間基準で言ったのだ!もちろんハーフリング基準では色々変わってくる。だから僕の意見の総意といういうわけではない。
そっか。
で、どうなのだ。
ふふ。
なんだ?
いいよ、一緒にパーティ組もうよ。
う、うむ!!では、改めて、僕はヤナ=ナ=リンゴ。君は?
私?私は――