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短編まとめ

神とお社

作者: 山下真響

 あのお社が建ったのはかれこれ数百年前になるが、妾は元よりそれほど気に入ってはおらんなんだ。当時は若宮様と呼ばれて、賽銭に供え物などよぉさんあったが、ここ数十年は廃屋も同然。本来妾はこんな所に居て良いお方ではないというのに、下々の者は何をしておるのか。けしからん者共には直接教えてやらねばならないと思うて肩を揺すると、存外簡単に社の礎である御神体の石から抜け出すことが出来たので、これ幸いと人の住まう街に繰り出したのであった。


「ほら、そこの」


 ちょっと百年ほど昼寝して起きてみれば、人々の衣装はさらに面妖な進化をしておって、身につけている物の名さえ分かりゃしない。


「あぁ、その真っ黒い男」


 せっかく良さげなものを着ているというのに背中を丸めてこの男はどこへ向かおうというのか。しかし、黒に身を包むとは何やら大事があったにはちがいない。もしや弔いの後であろうかと思案するも、それらしき気配は憑いておらんなんだ。それではこうも肩を落として昼間から田んぼの畦道を行く意味が分からぬ。


「へっ」

「返事にも艶がないのお。そんなことでは運も人生も開けんぞ」

「新手の詐欺師かコスプレですか」


 男は如何にも胡散臭いという目でこちらを見てくるが、明らかに怪しいのはあちらだ。妾は社に宿る昔より定められている正装、眩いばかりの白装束を纏っているのだからな。さてはこの者、神の姿を見ても跪かんとすれば、相当に学が無い哀れな乞食と見る。きっとこの黒い服も誰かから借りたものなのだろう。妾は数百年ぶりに身体というものを手にして大変機嫌が良い。良い事ついでに、この者にちょっとばかし世話を焼いてやるのも吝かではないと思ったのは、それこそちょっとばかしの出来心だったのだ。




 さて、それから一年が経った。

 男は年の頃二十歳と少しといったところで、普通ならば誰かにお仕えするか商売するか、はたまた米や野菜を作るかして毎日せっせと働くのが筋。それなのにこの男ときたらとんだ()()()()で、何をするにも妖術のようなものを使いよる。最近は慣れてきたが、硬い箱の中に物を入れて『チン』とするものなどは未だに不思議だ。遠くで起こる物事も、なぜかよく見知っているので、凡庸に見えてこの男、予見の才があるのやもしれん。そこで、正式にこの男を妾の庇護に置いてやることに決めたのだ。いずれ失われた神事を行ってもらい、あの社を盛り立てて、あわよくばもっと住み良い社を建て直さねばならぬのだからな。


 だというのにこの男ときたら、妾を敬わないばかりか、昼まで寝るなとか、料理の味付けに文句を言うなとか、煩いことばかり言う。全くもって、妾に仕え妾を祀る者としての心構えがなっていない。


 当初は世の者共の気構えを改革してやろうと社からでてきたわけだが、こんなひょろっとした男一人改心させられないとは、妾も落ちたものだ。まずは一日三回布団の前に供えられる飯を食って古の力を呼び戻さねばなるまい。





 さらに一年が経過した。いつの間にか、男は出会った頃よりも顔つきが精悍になり、これならば神輿などを担がせても様になるかもしれぬと思えるようになってきた。しかし、朝は早く夜も帰りが遅いのはいただけぬ。きちんと妾を信仰するということは、毎日手を合わせるということだ。これだけは欠かしてはならないのだ。欠かすようなことがあっては、妾は。



 そしてある日、男はついに夜になっても、翌朝になっても帰ってこなかった。その次の朝になってもだ。妾は、本当に誰からも見放されてしまったのか。もちろん、またちょっと百年ばかしうたた寝して、また信仰の厚い者を探し直して鍛えるというのも手だ。しかし、あの男の飯は格別故に、離れがたくなってしまったのは仕方がない。そう、飯が美味いのが悪いのだ。


 と憤っていても埒はあかぬ。帰らぬ者を待ち続けるのは不毛だ。こうなったら、一度社に戻って仕切りなおすしかない。作戦会議だ。妾は白装束を引き摺って畦道を抜け、社を目指した。







 無かった。



 社は、無くなっていた。





 元々人の背丈ほども伸び盛っていた雑草も全て引き抜かれ、細かな砂利だけが敷き詰められていた。鳥居も無かった。猫の額程しかなかった境内へ続く急な坂道、灯篭さえ跡形もない。


 たまたま腰の曲がった老女が近づいてきたので、尋ねてみた。老女は、一瞬はっとした顔をした後、すっと目を細めて何度も瞬きをする。


「あぁ、ここはねぇ、そうやねぇ、確か一年ぐらい前に壊されてしもたんよぉ」


 老女はしばらく興味深そうにこちらを見つめたままだった。



 遠くで電車と呼ばれる鉄の箱の中に人が詰め込まれたものが、風のように走り去る音が聞こえる。


 夕暮れの田舎。烏が鳴く。



 帰る所を無くしてしまった。

 神は社が無いと、祀る人々がいないと、存在が消えてしまう。死ぬのとは違う。元々生きたものではなく、そんなちっぽけなものを超越した存在なのだから。



 立ち尽くしていると、誰かの気配を感じた。


「どうしたの」


 あの男が立っていた。やたらと大きな荷物を引き摺っていた。


「あぁ、そこ? 君の社は引っ越したんだ」


 男は鞄の中からスマホと呼ばれるものを取り出すと、その中にあまりに精密な絵巻物のような図柄を映し出した。


「ここ。ここから少し西なんだけど」


 それは地図らしかった。絵が少ないので分かりづらいではないか。しかし、引越すとなると、妾はもうこの男とは会えなくなるのであろうか。


「腹減ったの?」


 男は肉まんを取り出した。コンビニという所で購えるらしい。妾の大好物だ。毎日供えてくれてもいい。


「新しい社は見たのか?」

「うん。今は1LDKだけど、次は2LDKだから広くなるよ。若宮様も自分の部屋が欲しいでしょ」


 そこで初めて気がついた。


「新しい社はどこにある」

「僕の新しい家の中にある」


 それならば、引っ越そう。


 男と私は歩き始めた。道すがら話をした。新しい社でも肉まんを食べれるのかと尋ねた。肉まんの他にも、たくさん美味いものが食えるらしい。



先日、近所の神社が突然無くなっていたことに気づきました。何だかショックだったので、何となくそれらしい物語を捏造してみました。



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― 新着の感想 ―
[良い点] ツイッターから知り、拝見しました。童話風の話で〈語り〉と内容が一致していますね。 ほっこりとした気分になりました [一言] 応援しています
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