spark of character
目覚めると、小さく切り取られた窓から日がぼんやりさしていた。
機体の後ろからエンジンの一定のリズムが聞こえてくる。
まだはっきりとしていない意識の中で、俺は、スチュワーデスからもらったオレンジジュースを一気に飲み干した。どうやら、音楽を聴いたまま寝てしまったらしい。曲はちょうど、radio head の creep が流れていた。
But I'm a creep だけど僕はつまらない奴なんだ
I'm a weirdo 君とは違うおかしな野郎なんだ
What the hell am I doing here 一体ここで何をしてるんだろう
I don't belong here ここは僕の居場所じゃないのに
この曲を聴くと、俺はいつもあいつのことを思い出してしまう。あいつとはよく喧嘩していたが、謝りながら寄り添ってくる笑顔にいつも救われていた。あいつは一体今頃何をしているんだろう。そんなことばかり考えてしまう。隣の席に座った女性が前を通りたそうにしていたので、体を後ろにずらした。
羽田発、フランクフルト着ルフトハンザ航空LH2419便に今俺は乗っている。日本時間の11時に離陸してそれから11時間経ったので、現地時間に直すと昼の三時くらいか。途中シベリアを通ったのでメッチャ寒かった。シベリアをなめたらだめだな。まあ一応スチュワーデスが毛布を配ってくれたが、あまり役に立つ代物でもなかった。毛布のとげとげしい幾何学的な模様を指でなぞりながら、金の時計を現地の時間に直す。
もちろん、俺だって何の計画性もなくフライブルグに来たわけじゃない。ただ、十年前にフライブルグで謎の爆発が起こり、異世界への扉である ”ゲート” が開いてから、世界は大きく変わってしまった。
ゲートが開いた当初は、人類は何がこの世界で起こっているのかわからなかった。わかったのは、大聖堂やマルティン塔がそびえ、市内にベッヒレが流れるあの美しいフライブルグはもうないということだけだった。その代わりに、もともと市内の中心部だったところには、様々な像が彫られたごつい感じの金色の輪のようなものが現れた。俺は十年前、あの場所にいた。
十年という歳月がたった今でも、俺はあの映像をはっきりと思い出すことができる。空は高く、じっと見ていると痛くなりそうな青色で、ゲートの無粋な金色が異様な雰囲気を醸し出していた。ずっと雨が降り注いでいたおかげですっかり埃が落ちたコンクリートの破片が無残に散らばっていた。風が吹き渡り、クリーム色の砂塵をまき散らしながら抜けていった。風の音以外は何も聞こえなかった。
記憶というものは不思議なもので、俺はそこに身を置いていた時、景色なんかに何の注意も払っていなかった。衝撃的な風景ではあったが、十年たった今でも細部まではっきりと覚えているだなんて想像だにしなかった。実際、そのときは風景なんかをじっくり見ているような状況ではなかったのだ。これからどうすればいいのか、を考え、何を優先してすべきなのかを考え、とにかくいろいろなことを考えてみたが、考えはまとまらなかった。しかし、こんな時こそ冷静にというのは、筋違いというものだ。何もかもが、常軌を逸していた。
結局俺は、OWGの軍隊によって救助されテレビの報道番組を見て初めて、この事件が世間からどう認識されているのか知った。フライブルグの爆発は当初、核ミサイルの爆発だと思われていたが周囲から放射性物質が検出されないことからどうやら違うらしいこと、国連の安全保障理事会が非常事態宣言を出したことなどを、アナウンサーが狂ったように何度も何度も繰り返していた。俺はそれをどこか醒めた気持ちで見ていた。
あの現場にいないものに何が分かるか、結局は部外者だ。どんなにもっともらしいことを言っても、心の底では、自分には関係のないことだと思っているに違いない
批評家が的外れなことを言う。
違う。
そうじゃない!
あの事件について語ることができるのは俺だけだ。
俺だけしかあの場所にはいなかったのだから。
でも、
本当のことを言っても誰も信じないだろう。
あまりにも突飛すぎて自分でもまだ信じられないくらいだ。
あまりにも現実離れしていて
だけどそれがまぎれもない真実
いずれ明らかになる
自分の頼りない白い手を力いっぱい握りしめた。