閑話 フィル視点
僕はフィル、優秀な森の魔女の使い魔。
以前の主は生産狂いのひきこもりで、その一生を暗い森の中でひたすら何かを作っては本に書いていた。
僕の仕事は森の中のばかげた材料を、主に運ぶとてもつまらないお仕事。
主は作った物にはもう興味が無くて放り出しては別の物を作る。材料が足りなくなれば森の中でそれを創生する物を創る何て言う本物のアレな人で、弟子を取る素振りなんて微塵も見せずにただひたすら生産に明け暮れた。
僕は誰にも引き継がれなかった、優秀な森の魔女の膨大な創生の一部をその身に宿した使い魔。
前の主を失って、しばらくは僕を呼びだせるような主はいなかった。たまに気まぐれに見習いに呼びだされてはちょっとからかってから断ったりしていたそんな日常。
そんなある日、まるで癇癪を引き起こした子供が道に寝転んで動かなくなるようなそんな呼ばれ方で僕はそこにたどり着いた。
契約書に刺さった針から流れ込む魔力はまるっきり制御する気も感じられない、けれどもなぜか僕にはそれが心地良い物だった。
我儘な魔力に呼ばれてたどり着いたその先には、ラフな格好で長いサラサラの黒髪を持った見ようによってはとても愛らしいおチビさんが、それはそれはお怒りで叫んでいた。魔力は心地良いけれど、その声は僕的にはちょっとNGだなーおチビさん。大体この閃光君から出たものだからね?うーん、もうちょっと大人になってから呼んでもらおうかなー。
「やれやれー、乱暴に突き刺すから力の制御に手間取っちゃったよ。小さな主はずいぶん乱暴なんだねー?いたずらかな?師匠はどこ?君にたっぷりきっちりきつーいお仕置きをしてもらって僕を戻してもらわなくっちゃ。」
これはあれだ、きっとまだ魔力のコントロールも上手く出来ない何処かの魔女の弟子がいたずらで契約の儀式をしちゃったんだなと思った。だからこそ師匠にはよーく話をしておいて、本番の時は是非僕を呼んでもらえるようにちゃんと言っておかないといけない。
そんな軽い感じで話しかけたらおチビちゃんはどうもいまいち状況がわかっていないらしい、まぁいいや今の彼女がわからなくっても師匠ときちんと『お話合い』をしておけばいいんだ。
そう思っていたら彼女はあんなにちまっこいのにもう成人してるなんて言い出した。
僕は今彼女の頭の上に乗っているし、もしかしたら大きさを見間違えたのかもしれない、眼の前にある机に飛び乗って確認しても良いけれどせっかくだから彼女に下ろしてもらおう、なんて思って声を掛けたら腋の下に手を入れられてぬいぐるみを眼の前にぶら下げるように抱きあげられた。彼女の手かから無意識に流れて来る魔力が心地良い、思わず尻尾が揺れる。
なんだかどう考えても事故で僕は呼び出されたみたいだけれど、でもなんだかそんなのどうでもよくなっちゃった。見習いでも何でも魔女相手ならどうにでもなるさ、もう無理矢理話を進めて名前の交換をしちゃえ。
一気に言葉を捲し立てて自己紹介したら彼女は混乱しながらも名前を名乗ってくれた。
簡易的だけれど名前の交換が終わってしまえばもう契約は完了したも同然だ。
彼女はカティアっていうらしい、どうやら少し頭の中が落ち着いてきたみたいで自分の現状と今をを擦り合わせようと必死に説明してくれた。
その状況説明は驚きの物でなんと、カティアと名乗った少女は自分が魔女を望んで僕を呼んだって言う事も全くわかっていないらしい。
これはショックだ、もしかしたら僕は追い出されてしまうのだろうか。名前を交換したとはいえ、自分が魔女だってことすらどうやら把握していない彼女が魔女を嫌がったり、見向きもしなければ僕は存在できなくなってしまう。これはちょっと問い詰めて丸めこ・・・納得してもらうべきだ、そうに違いない。
机に下ろしてもらってもう一度契約書の一部を叩きながら確認する、大体読めない文字があるなら普通誰かに読んでもらうなりするものじゃないか。
そう問い詰めたら彼女は、誰かに見てもらったらダメだったなんて不可解な事を言い出した。
そう言われてよく契約書を見てみると、なんだこれは。もう書かれている事が原型も留めていない、よくこんな物がまともに機能するもんだ。
人族が自分たちに都合の良いように改変したのだろう、高度な紋様も書かれているのでもしかしたらどこかの魔女がかかわっているのかも知れない。
つまり彼女は僕らが使う契約書、人族でいう神託書というものから一定量以上の魔力が無いと浮かばない森人の言葉をあぶり出し、その読めない文字から偶然魔女を選んでしまったというわけだ。
これはものすごい奇跡だ、というか通常は起こり得ない。まず大原則として人族からは魔女は出ない、魔力が低過ぎるのが原因だ。
ごく稀にチェンジリングとして異様な魔力持ちが人族にも産まれるが、大体すぐに神殿や国に保護という名目で連れて行かれるはずである。
そして魔力があっても魔女というものはなれるわけじゃない、使い魔との契約が必須だからだ。
僕はティアの魔力に惹かれてついつい名前の交換なんてしてしまったけれど、使い魔は本当に気まぐれでそんなに簡単に契約なんかしたりしない。
僕がチョロんじゃないかって?違う、それは違うよ。そうだね、お風呂だ。長い間ずっとお風呂に入れなかったとするよ?そこにすっきりさっぱりさせてくれる石鹸それと暖かくて気持ちの良い湯船を用意されて使うだろ?
それを、これっきりにするから。だ、なんて我慢できると思うかい?僕には無理だ、だからこれは僕がチョロイんじゃなくてあくまでも当然の選択をしただけなんだよ。
弟子入りもしていない自分の子が魔女になる。森人のならば一族どころか集落総出で1年はお祭り騒ぎをするレベルの事態なんだけれど、人族にとっての魔女はどうなんだろうレアケースすぎて僕の知識だと古過ぎる。ちょっとティアがどういうイメージを魔女に持っているのかきいてみる事にする。
どうやら魔女は『悪役』これは古い僕の知識とさして変わっていないみたいだ、人族は得体のしれない物を敵視する。
魔女何て言う人の枠組みから外れてしまった者が人族に現れた末路なんて見なくてもわかる、横暴な権力者が力を利用するだけ利用して用が済んだら最後の利用方法は悪役に仕立て上げる事だ。
そんな異端を嫌う人族だから、ティアがなんの抵抗も無く得体のしれない生き物の僕を抱き上げて話をきいてくれている。その事が素直に嬉しい。
僕の持っている古い知識では、人の枠から外れて利用され迫害されてしまった魔女の末路はその身を生きたまま火にかけられていた。
それをティアに伝えると想像してしまったみたいで真っ青になって震えだしてしまった、おっとまずいまずい、これで魔女に何てならないなんて言われたら困る。
話を擦り変えないと、安心させるのと話を擦りかえるついでに、ここに書いてある職で僕の知識を有効に使えそうな職を適当に勧めてみるとコネなんてものがないので承諾できない。何て言ってきた。
彼女は魔女になるのだからどう考えてもそんなものは必要ない気がするけれど、他にはどんなものがあるの?だって。
実際は選べていないのに選べる、ということに思い違いをして食い付いて色々聞いてきたから丁寧に説明してあげた。こんな事にごまかされて彼女はやっぱりまだ見た目通りのおチビさんなんじゃないかとちょっと不安になるよ。
説明を聞いて色々考えたみたいで結局僕が最初に薦めた調薬師を選んだ見たい。
どれでも結局同じなのに人族は本当に面倒な事を考えるものだな―なんて思いながら調薬師の紋章とされている模様と同じ物を手首につけてあげたらなぜかやたらと感心していた。魔女の力はこんなもんじゃないんだけどなぁ。
よっぽど言いたい事が溜まっていたのか、人族のめんどうなあれこれを聞いてあげていたら彼女の不運な身の上話も聞かされた、ブタ男爵の息子とかいう男がティアの才能に気付いた可能性がある。こんなどう見てもまだ少女に毛が生えたようなちびっ子をわざわざつがいにしたがるなんて、そんなはずはないから僕がキチンと警戒してあげないといけない。なにせ僕の主になる女の子なんだからね。
そんなこんなを話しながら神託紙へと改編された契約書をグルモアをへと変換させる整えおわった僕は気合を入れて変換させる。
そしてそれをティアに受け取ってもらえば、魔力の制御をしらない彼女から無意識に流れる魔力で、彼女が望まなくても無事魔女と使い魔の契約が全て完了だ。
契約とか大事な事はほんのちょっとだけ黙っていて騙したみたいになってしまったけれど。僕は、この我儘で、でも居心地の良い魔力の側に何とかして居座ってやるんだ。
その少し後、魔女の凄さをわかってもらおうとプレゼントした以前の主の知識を写した本を見てちらっと見て泣きだし、気絶してしまったティアにめちゃめちゃに慌てるフィルなのであった。