泣いても良いですか?
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ユニークアクセスがじわじわ上がっていて嬉しいです。
「さ、出来たよ。これで少し見たくらいじゃわからないはずだよ。きちんと調べたら別だけどね。」
私の手首にはあっという間にニークが見せてくれたものと同じような模様が浮かび上がった。ただし数字の方は0になっている。
「フィルってすごいのね、こんな事が簡単に出来るだなんて。」
「まーねー、僕はすごいんだよ。でもティアにはもっとすごくなってもらわないといけないなー。なんてていったって僕の主様になったんだからねー。あ、でも数字は変えられないからあんまり人に見られないようにしなくちゃ駄目だよ?」
「それは大丈夫、みんな手首に革布を巻いて隠しているから。」
こんなことができるフィルよりだなんて、そんな無茶を言われても今の私にはとてもじゃないけれど出来そうにない。
「さ、あとはなんだっけ?そうそう、人族のやっかいな徒弟システムの事だ。ティアのいうコネっていうのはつまりは情報を親方から共有してもらって経験を節約したりすることだよね?」
「そうね、職人は一人の力ではとても集めきれないレシピや技巧の情報を囲って共有していて徒弟にならないとその恩恵は受けられないだから弟子入りは絶対よ。でも私にはその受け入れ先が無いの。」
「それってどうして?人間の集落に住んでいるんだろ?それなら、希望通りとはいかなくても何人かの職人はいるはずだ、そこからの紹介は使えないのかい?」
「うん、使えないの。私は3ヶ月後までには村から逃げないと貴族の息子の玩具になっちゃうの。村の誰かの紹介で何処かに弟子入りする事は出来ないよ。それに――――。」
「ふーん、何か複雑なんだねー。まぁ所詮調薬師は偽装だし、魔女にはそんな囲い必要無いから問題ないねー。ふふふ、そろそろいいかなーティアが力いっぱい刺したから調整に時間がかかっちゃったよ。仕上げはー!はい!ドーン!ドーン!」
フィルが神託紙の上を2、3回ポンポンと跳ねるとボフッっと煙が立ち上りそこには神託紙は無くなっていて、一冊の本になっていた。
「よし、出来た。本当は魔女にもお師匠様がいてこの本にはそこで学んだ事を書き加えてもらうんだけど、ティアにはいないからねー。このままこれは君の物。」
あまり大きくないティアの手のの1つと少し分くらいのサイズのそれは青い装丁の革張りでとても立派で表紙には見慣れない文字で何か書いてあり、中身は真っ白な紙のページがたくさんついていた。
「ソシエルグルモア、魔女の魔導書さ。」
「魔女の魔導書?」
「そう、これが魔女の全て。ここにティアだけの神託書を作るんだ。しかし随分小さいのに分厚いねー。本の大きさはそのまま魔女の力、だけどこんな形は見た事が無いや。」
何かものすごい事を言い出したフィルに唖然とした。魔女なんていうよくわからない職について、もふもふは可愛いけれど喋る謎の動物がいて、国や神殿の持ち物である神託書を作るって言っている。まるで吟遊詩人が歌う最新の流行歌のようだ。
あまりに突拍子の無い出来事が続いて、徐々に思考が付いて来なくなってきている。もういっそ要点だけ聞いて細かい事は気にしない方が幸せになれるような気さえしてきた。
「フィル、お願いだからもう少しわかりやすく刺激が少ないように説明してほしいな。」
「えー、えーっとね。魔女はね、神託書から経験を使って色々授かったり利用したり出来ないんだ。その代わりに自分の本に、自分の経験を写してそれを弟子に引き継いでいく。引き継がれた魔女が自分の経験を写してまたその弟子に引き継ぐ、そうして独自の神託書のような物を作るんだ。まーそうは言っても本の大きさは決まっているから有用な物を選びぬいてから写すから、その全てが伝わる訳じゃないし歴史の長い本だと写すだけで書き加えられないなんて事もあるんだけどねー。師匠のいなくて書き写す事の無いティアは言わば新しい神託書を作れる開祖になれる可能性を持った魔女ってわけさ!」
どう?わかりやすい?というフィルの尻尾がフルフル揺れる。
「ちっともわかりやすくないし、常識を覆し過ぎて刺激しかないし、何より何も安心できない。それって何もない全くのゼロからスタートしましょうねってことだよね?しかも頑張れば貰えるものは全くもらえませんってそういうことだよね!」
「神託書から得た事を誰かに教わって書き加える事は出来ないけれど、ティア自身が自分で見つけて考えた事なら何でも書けるしそれって凄い事なんだよー?それにね―――。」
「ふっふーん!なんと、なんとー!魔女の本にはすごい特典があるのさ!30日に1回僕の前の主の知識の中からティア技量にぴったりの何かをランダムにひとつプレゼント!更に更にー!1.3.5.7.10回目とそれから先10回毎の節目にはボーナスとしてもう1個追加であげちゃおーう!―――ごめんね、ティア。前の主がひきこもりの生産バカでそれいがいには殆どあげられそうにないんだ、ティアに偽装してもらった職に戦闘職が無かったのは僕のせいなんだ―――。」
尻尾に元気が無くなってしまうフィルだけれど、踏んだり蹴ったりだった私からすれば今まで聞いた情報の中で一番嬉しい情報だったりする、私は落ち込んでいる素振りのフィルを抱き上げてそんな事無いよ嬉しいありがとうと伝える。
30日に1回ならば期限までぎりぎり3回、ボーナスとやらも含めれば5回。フィルの言い方によれば何かの生産レシピのような物がもらえると考えてよいだろう。ランダムというのが、最近自分はものすごく薄幸なんじゃないかと思うカティアには不安要素でしかないが。
しかし、現代人が聞いたら30日に1回?ふざけてるのクソ運営せいぜい3日に1回だろうが、大体なにそのソーシャルゲーム無料ガチャ商法。どうせそうやって餌をちらつかせて深みに嵌めるつもりなんでしょうと散々な言われ方をされそうなやり口である。
「そっか、ティアはうれしいのかー!よかった!それじゃぁさっそく僕の知識を一つあげちゃおう!張り切っていいやつ出しちゃうぞー!ティア本の上に僕を乗せて。」
褒められて嬉しかったのか妙に張り切っているフィルが、先ほどとおなじように本の上に乗ってポンポンと跳ねる。
今度は煙はでなかったが本の隙間がうっすらと輝いた。
「はい、お終い。なーにがでてるかな、僕、頑張ったからきっといいのが出るはずだよ。確認してみて!」
そう言われて本を手に取っておそるおそるページを開こうとするがそこで私は悟った、きっとこれは罠だ。喜んで本を開いたら読めない文字で書かれていて絶望するパターンに違いない表紙だって読めない文字で書いてあるんだきっとそうだ。
覚悟しておけばダメージは少なくて済む、どうせ世界は私に厳しいのだ。読めなければフィルに聞いて何とかすればいいんだ。
ここ数日の不運続きですっかり卑屈になってしまっているティア、一旦仕切り直して覚悟を決めてゆっくりと1ページ目を開くとそこには――――。
最初と同じように、真っ白なページが綴られていた。
私はそろそろいっぱい泣いても良いと思うんだ。
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