慌てるのち慌てる
前日の夜更かしが祟ったのか私が目を覚ましたのは、もう日が高く昇り昼前になりそうな時だった。これはまずい働き手の不足している村ではたとえ子供だろうと仕事が割り振られている。
カティアにももちろん仕事は割り振られていて、それは怪我や病気などでもしない限りは簡単にすっぽかしていいことではない。
とりあえず飛び起きて、長い髪を後ろでサッとまとめ作業用の服に着替える。
家畜の世話はとにかく汚れるのでそれ専用の服がある、足首を縛れるズボンとそこから上着もつながっていて上半身も汚れから保護するつなぎとかオーバーオールなどと言われるそんなような服だ。
まずい、まずい。ロイドさん怒ってるかなぁ、怒ってるよなぁ寝坊でこんな時間になるなんてー!
カティアの仕事先を取り仕切っている牧舎のまとめ役のロイドは、いついかなるときも大体老若男女平等に扱う髭と筋肉の男ですごく厳しいのだ。
あまり喋らない彼は体罰上等まずは拳で語り合うとばかりに頭に拳骨を落としてくる。私はこれ以上ちぢみたくない。
「母さん、おはよう!私、仕事行ってくる!!」
「あら、おはよう。ああ、待ってそんなに急がなくても――――」
慌てて着替えを終えて自室から出ると台所では母が昼食であろうシチューを煮込んでいる、美味しそうな匂いになぜ起こしてくれなかったのかと一言言いたかったが、悪いのは起きられなかった自分なのでそのまま声をかけて家から飛び出した、出がけに母が何か言っていたような気もしたけどよく聞こえなかった。
聴きに戻ろうとも思ったけれど、今はロイドさんに一刻でも早く謝まる事を優先させようと思う、手加減してくれていると豪語する彼の拳骨はとても痛いので1発が2発3発に増えるのはごめんなのである。
走りながら牧舎に向かう途中に何人か村の人たちとすれ違って挨拶を交わしたのだけれど、皆が何事も無かったかのように挨拶を返してくれる。
誰も私を例の件の対象になっていると思ってはいない様だ、そもそも日付や年号など村で生活する上では必要ないうえに特段祝い事にするわけでもないのでよその家の子供の年など覚えて無い人も多いのだろう。
ロビーナちゃんにはニークがいてよかったわねぇなんて世間話が聞こえた所を考えると、私の場合大変不本意ながら、成長が少し残念なのも原因のひとつなのかもしれない。
「おはようございます!不肖カティア、ただいま参上しました!お昼返上で働きますので、どうか拳骨の方はお許しをー!」
牧舎に駆け込み丁度お昼を食べているロイドさんに、ガバッと頭を下げて許しを請う。
拳骨の一発くらいは覚悟して待ち構えていたのだが、少し待っても頭に衝撃が無いので許されたのだろうかと恐る恐る顔を上げて前を向く、ロイドさんは別段怒っていないようでそのまま黙々と食事を続けていた。
「あれ?怒ってないんですか?」
「なんだ?怒って欲しかったのか、じゃぁ頭出せ。」
拳骨に息を吹きかけるその仕草は冗談だとわかっていても、慌ててお断りしたくなる。
「え、いいです、いや、いいですは叩いて良いって意味じゃなくて駄目って意味です!結構です!お断りします!!」
「わかってる、わかってる。何だお前ステラから何にも聞いてないのか?」
母の名前が出てきてそういえば出掛けに母が何か言っていたなーなんてことを思い出す。
「そういえば・・・。何か急がなくても良いみたいな事を言っていたような、気がしなくも無いです・・・。」
きっと夜、昨日の件で色々あったのを見越して、朝のうちに手を打っていてくれたのであろう。
黙ってゆっくり寝かせてくれた母に、何で起こしてくれないだなんて少しでも思った私を許して欲しい。
「ステラから聞いたが色々あるんだろう?あんなもの張り出されて、少なくとも俺はお前を後押ししてやると決めた。事情を知れば他の村の人間も反対はしないだろう。仕事の事は気にしなくて良い、あまりしてやれることは無いんだが、お前のしている作業の肩代わりくらいはしてやれる。わかったなら今日はもう帰れ、俺は飯を食う。」
少しそっけなく照れたようにそう言ったロイドはシッシと追い払うように手を振ると、食事に戻ってしまった。
照れてるんですか?なんて突っ込みたかったが言ったら最後間違いなく拳骨が飛んでくるので、ありがとうございますと頭を下げて来た道を今度はゆっくりと私は戻り始めた。
帰り道をゆっくり歩いていると、丁度狩りで獲物を獲り終えて帰ってきた所なのだろう弓を持ち、鳥を2羽ぶら下げたニークとすれ違った。
「お、ティアじゃないか、こんな時間に歩き回ってるなんて珍しいじゃないか仕事は休みなのか?」
「昨日の件でロイドさんに帰っていいって言われたの、別にサボったわけじゃないからね!それにしてもこの時間で2羽も獲れるなんてすごいじゃない。」
朝寝坊してさっきまで慌てて走って、頭を下げていたことは別に伝えなくてもいいだろう。
「だろー?俺もさ狩人になってからやーっと『狙い撃ち』を取れたからな!午後もまた狩りに出てこの倍、いや3倍は獲って来る!」
「そっか、ニークは狩人だったもんね、3ヶ月くらい前だったよね?私もね昨日の件でもうどうする事も出来なくてね、いっそ成人してるって事にして神託紙使ってみることにしたんだ・・・。」
「してるって事ってお前・・・。いくらなんでも無理があるんじゃないか?大体そんななりで成人ってお前まだアンナと同い年位だよな?」
「もうすぐ成人だって知ってるくせにいちいちからかわないで!それと背丈は関係ないでしょ!!それがどうも私捨て子だったみたいでね、産まれた時がはっきりしないんだって、拾われたときの成長具合で大体1、2歳位に見えたみたいで。もしかしたらニークより年上かもよ?今を見る限る私の成長はすごーく遅れているみたいだし?」
「そうか、そんなの知らなかったよ、大人は本当になんも教えてくれないよな。でもそれでティアの年齢がはっきりしないなら、どうせあれには逆らえないんだ試してみても良いのかもしれないな。それでなにか職を得たら村から出るのか?」
「うん、そうするつもり。それでね、母さんからギフトは取ってすぐに役に立たないって言われて、今すぐ取るかギリギリまで待つか朝まで悩んでたんだけど。役に立たないものもってすぐに村を出る何て出来ないでしょ?だからすぐ取ることに決めたんだけど、さっきニーク『狙い撃ち』取れたって言ってたじゃない?参考までに具体的にどの位の事をしたら取れるのか教えてくれない?」
「具体的に?うーん、そうだな。ステラさんからどういう風に聞いてるかわからないけれど、例えば俺の狩人なら罠を張ったり狩猟を成功させたりする事の他に獣の通った後を見つけたりしたりすると経験がつめるんだ。大体1匹獲物を取ったら10P位かな。昨日『狙い撃ち』を取ってほぼ使い切っったんだけど、今はこんな感じだ」
そう言ってニークは腕に巻いている革紐を上下に通したリストバンドをはずして手首を見せてくれた。
そこには刺青が入ったように草花をモチーフにした模様と数字でと33浮かび上がっている、鳥2匹で20Pその他の事で13P経験を稼いだということだ。
「経験を積むとこの数字が増えていって、増えた数字を使って神託書に浮かんだスキルを取るんだ。その職に最低限必要なのは神託紙に浮かび上がるんだけど、『弓の技術Ⅰ』みたいなもうすでに持っていそうなものだったり『サバイバルの知識』とか仕事の中で誰かから聞いたりして知っていたり必要ないものばかりだったな、それを全部とって5000位の数だったよ。前もって知識を教えないのはそれを口実にサボる奴が出るからだそうだ、狩りの先輩にそう教わった。黙ってるのが決まり何だそうだ。」
―――本当に大人はなんで隠すんだろうな、理由を聞いてもそう決まっている自分もそうだったとしか言ってくれないし、ティアも俺から聞いたこと黙っててくれよな。そういってお手上げのポーズをするニーク。
私はもしかしなくても焦った方がいいのだろう。
他の職を得るにしても狩人を得るにしても最低限に5000Pほど必要だとして、まだギフトを持つ前から狩人の経験を積んでいたニークが新しいスキルを活用して1日100Pほど経験を得られるのだとすると、まるっきり無知から始めようとしている私が今すぐスタートしたとしてもその数字にたどり着ける可能性は非常に低い。
これは悠長に悩んでる暇があればすぐにでもがんばらないと野垂れ死にする可能性があがるということだ、これ以上リスクが増えるのはごめんである。
「ありがとうニーク、参考になったよ!今は一刻でも早く家に帰らないといけないって良くわかった!」
「お、おお?そうか?俺も手伝える事があったら手伝うからさ、頑張れよ!」
カティアはありがとうと叫びながら行きと同じように大急ぎで帰宅するのだった。