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『僕の好きなひと』番外編 そして祈りを

作者: 紅と碧湖

透の願いを書いてみました。

二人の結末を書くのは、ちょっとつらいので、ここら辺で二人の話は打ち止めにしようかと思います。

※本編はこちらhttps://novel18.syosetu.com/n6293dd/

 朝からの関西出張から戻った透が、店奥のカウンターで事務処理をこなしていると、店長がニヤニヤと近寄ってきた。

「なんか調子よさそうだねえ」

 手には書類を持っているが、明らかにからかおうという意思の見えるニヤケ顔をちらりと見て、そんなことより仕事してくれ、と思いながら透はモニターに目を戻す。

「そうですか?」

「そうだよぉ」

 言いながら透のモニターを覗き込むと、「うん、オッケ! さすが鳴海ちゃん」と呟いて小さく頷き、透をチラッと見てニイっと笑いかけてきた。

 いつもながらリアクションが取りづらい人だ。

 とにかく早く終えて帰りたい、という意思を見せるつもりで、透は黙々と打ち込みを続けるのだが、もちろん店長はお構いなしに話しかけてくる。

「でもぉ、泊まってきて良いよって言ったのに帰って来ちゃうし? 前だったら鳴海ちゃんから泊まって良いですか、とか聞いてきたのにさ~あ? 疲れた顔して帰って来るかと思えば、なんかご機嫌だしい? やっぱり~」

 わざとらしく言葉を切った店長は、書類をデスクに置いて唇に指を三本当て「くふふ」と笑う。

「おうちが楽しいのかなあ~、とかねえ? 思っちゃうよお当然。ジュンちゃん優しいもんねえ」

 からかう口調で続ける店長に、透は苦笑を浮かべつつ、手も止めずに返す。

「いえ、口うるさいだけです。あいつ掃除なんて全くしないんですよ」

「あ~らら、そんなこと言っていいのかねえ?」

 そっけなく「いいんです」と声を返す透に、店長はカウンターの向こうで「だってめちゃんこ愛されてるじゃあないのよ!」と声を高めた。

「送り迎えはデフォルトだしい、毎日ご飯作ってくれるんでしょ~? そのうえ日に何回もメールだの電話だの。こないだなんて冷房がきついって言ったらカーディガンとひざ掛け持って飛んできたじゃな~い」

 他に誰もいないと思って、すっかり地が出ている店長が、からから笑う。透も苦笑するしか無くて、手を動かしながら言った。

「ですから口うるさいんですよ、あいつ」

「照れない照れない。鳴海ちゃんだってジュンちゃんがNG出したら出張行かないし、行っても速攻帰ってくるし、ちゃ~んと言うこと聞いてるよねえ? それでそんなこと言ったって説得力なんて無いわよ、もう。素直じゃ無いよねぇ」

 相手にしていない透を置いてけぼりで「そんなとこも可愛いんだけど~」と身悶え始めたこの店長は、ゲイではないがオネエだ。ひげ蓄えたおっさんだし、娘が二人いる良きパパなのだが、気を抜くと言葉や仕草が女っぽくなるのだ。とはいえ店長はとても男気のある人で、透は彼の元で働けるのを嬉しく思っている。

 以前聞いた話だと、姉四人がいる末っ子で子供の頃はお下がりで女の服を着せられたりと、さんざんだったそうだ。結婚して息子を期待されたらしいが、子供もやはり女ばかりで『もう女だらけだよ~』と笑っていた。そんな環境だから女性に幻想を抱くことも無かったという。だからか奥さんは、なかなか男前な性格だったりする。

 そしてファッションにも造詣が深く、透の服装の変化にもすぐ気づいて、いちいちチェックする。それしか無かったから、という理由でスーツばかり着ていた透だったが、最近は季節やTPOに合わせた服装をするようになった。

「今日の服も、なんかオシャレじゃな~い?」

 ツンツンと肩の辺りをつつかれ、仕方なく透は手を止めて視線を向けた。

 細かいチェック柄のカッターシャツは伸縮性があり、動きやすくて身体を締め付けないのにきちんとした感じが出せるので、店に出る時はもっぱらこのシャツだ。チェックなんて着たらどんなネクタイを合わせれば良いか分からなかったのだが、チャコールグレイに金茶柄の入ったタイがスッキリと合わせてある。スラックスもサンドベージュの伸縮性ある生地だ。こいつも動きやすくてずっと着てても疲れない。

「それジュンちゃんコーデでしょう~?」

 あくまでからかう口を止めない店長に、透は抗うのを諦めて笑いながら肩をすくめた。

「まあ、そうですがね」

 もちろん、すべて淳哉が見立てたのだ。透は着てみてから『いまどきはこういうものがあるのか』と感心したクチで、『いまどきって』と笑われたのだが。

「あらつまらない。すぐ開き直っちゃったよ、この子は」

 透がニヤッと笑みを向けると、店長も笑みを深めて肩を軽く叩く。

「早く帰ってあげなさいよ。待ってるんでしょ?」

 付き合うようになってから淳哉は、透の衣食にやたらと口を出してきた。それ以外も病気に良いと知れば何でもやってくれていたが、同居してからはさらにエスカレートしているのだ。うるさいとか言いつつ、透も割と素直に言うことを聞いているのだ。

 以前はちゃんと寝てるか食べてるか、などと店長や奥さんにしょっちゅう心配され、食事を差し入れてもらったりしていたのに、先日は淳哉の手弁当、というよりランチと言うべき手料理を大量に持たされた。店長はじめ店のスタッフはものすごく驚いたが、皆で食べて美味だと絶賛された。

 淳哉と暮らすようになってからの、大きな変化はそれだけではない。

 朝は紅茶と、せいぜいクッキーくらいですませていたのが、毎日きちんと朝食を食うようになった。面倒になると食事も抜きがちだったが、三食きちんと食べるようになった。栄養的なことも考えてバランス良く作ってくれる料理はまじでうまくて、あまり食べなかった野菜も食えるようになった。

 食事だけではない。毎晩のマッサージも含めた体調管理もきっちりやられて、暑さ寒さに対応できるよう、なにくれと気遣ってくれる。不調が見えると休めとうるさく言われるし、隠れて無理してもすぐバレて真剣に怒るので、無理はしなくなった。風呂では丁寧に髪を洗ってくれるので、洗髪のために床屋へ行くことが無くなった。

 なんだかんだと連れ出されるので自然に運動量が増えた。嫌なことがあっても帰宅すれば淳哉がリラックスさせてくれて、夜一人で死の恐怖に怯えることも無くなり、ストレスを感じる事は少なくなった。

 そんなあれこれのおかげだろう。病状は著しく好転して、医師も驚いているほどなのだ。

 体調はかなり良いし、見た目もずいぶん変わったと言われる。掃除片付けこそまったくしないが、どんだけ世話女房か、という勢いなのだ。淳哉にはいくら感謝してもし切れない。

 だから早く帰ってきてとせがまれるくらい、なんでもない。

 というより、淳哉と一緒であれば睡眠導入剤の助けを借りずに眠れるので、むしろ透自身、早く淳哉の元に戻りたいと考えている。出張が日帰りになるのも、帰宅したらくつろげると思うからだ。もちろん淳哉の作るうまい飯を食いたいというのもある。

 元々料理はした淳哉だが、今のように色々作るようになったのは間宮さんの家へ行ってからだ。

 間宮さんのパートナー、飯村さんはイタリアンのシェフだ。三年ほど本場で修業していたと聞いているから本格派だろう。

 間宮さんは『実力あるんだから自分で店をやれ』とけしかけていたのだが、飯村さんは『雇われてた方が気楽だし、自分に経営の才能は無いから』と言っていた。飯村さんは、身体こそ大きいが穏やかな人で、闘争的なことが苦手だと言っていたし、それで楽しいなら良いんじゃ無いか、などと透は思っていたのだが、間宮さんは諦めなかった。『経営は俺がやる』と言いきって、とうとう説得に成功し、今、飯村さんは新店の開店準備中なのだ。

 色々忙しいだろうに、やっぱり張り切った飯村さんは、メニュー開発だといって毎日うまいものを作りまくっている。間宮さんもかなりの健啖家なのだが、とても食い切れないと毎日誰彼を家に呼んで振る舞っており、そこで透にも味見に来いと声がかかったわけだ。

 とはいえ透が小食なのは間宮さんも当然知っている。つまり大食いの淳哉も連れて来いということだと判断し、面倒だとか間宮の顔見たくないとか、さんざん文句を垂れた淳哉は、蓋を開ければいつも通りの勢いで食いまくった。間宮さんも負けじと食いまくり、二人で争うような健啖ぶりを示すのを見て、透は飯村さんとのんびり話しながら食べながら、どうにも素直じゃ無い間宮さんと淳哉の関係を内心笑っていた。

 その時、『飯村さんの食事で開眼した』とか大げさなことを言い出した淳哉は、来るなと嫌がる間宮さんをものともせずに間宮家へ通って料理を習い始めたのだった。

 とにかく淳哉って奴はぐうたらしているように見えて実のところ一瞬もじっとしていない。驚くべき活動量なのだが、さらに言えば理解力も尋常じゃ無い。みるみる料理は上達し、素材などの知識や栄養を生かす料理法も飯村さんからしこたま仕入れてきて次々と実践する。かくして我が家の食卓は豊かになったわけで、あまり外食もしなくなった。

「なーにニヤケてるのよ、もう」

 ばしっと背を叩かれ、「いえ、べつに…」と誤魔化そうとしたが、胸元をツンツンつつきながら、店長は追求を緩めてくれない。

「思い出し笑いなんてしちゃってイヤらしい。さっきもメール見てニヤケてたし? で、今日はなんなのよ、晩ご飯」

 少し前に届いたメールには、今晩のスペシャルメニューというのが書いてあったのだ。

「え。…と、く…くらちゃ、…? いや……」

 知らない料理だと思ったことしか覚えていない。まずい、と慌ててメールを確認する。

「…ちょっと待って下さい」

 店長は深々と溜息をついた。

「もう、鳴海ちゃんってばホントにボンクラ亭主全開なんだから……」

 そんな呟きを耳にしながら一切無視してメニューを確認した透は、「クラムチャウダーだそうです」と晴れ晴れとした笑顔で言い放ち、忘れまいと頭に刻みつける。

 それを見た店長は、苦笑で早く帰れと手を振ったのだった。



 ドアを開けると良い匂いがした。

「ただいまー」

 奥へ届けと大声を上げると、「えー!?」と素っ頓狂な声を上げた男がばたばたと玄関まで走り出てきた。

 めったに見られないビックリした顔が見られ、透は狙い通りだと嬉しくなりつつ、にやりと笑った。

「透さん! 何で帰って来ちゃうの? 電話くれれば迎えに行ったのに!」

「思ったより早く終わったんだよ」

 気楽に答えて淳哉の肩を叩きつつリビングへ向かう透の後を「だって連絡してって言ってたのに」とぶちぶち文句を言いながらついてくる。

「日帰り出張なんて疲れるに決まってるし」

「大丈夫だって」

 振り返らず手を振って、おまえが色々してくれるから、という思いを口にすること無く、開け放しのリビングへ入る。

「それよりすげえうまそうな匂いだな。クラムチャウダーつったか」

 そう言って振り返ると、淳哉は自慢げにニッと笑っていた。

「こないだベシャメルから作ったクリームシチュー、気に入ってたでしょ。絶対気に入ると思うんだ」

 言いながら透の鼻先にキスして、ギュッと抱きしめる。力強い腕の力に、淳哉の体温に、透はなんだかホッとして胸に耳を押し付けた。安定した淳哉の鼓動が聞こえ、帰ってきたという実感に満たされる。

 髪を撫でる指の動きに目を閉じると、地肌に語り聞かせるように囁く声が聞こえる。

「透さんの匂い補充できた」

 声が聞こえたかと思うとクスクス笑い出す。自分も補充されているなんぞ、恥ずかしすぎて言えないが、内心で俺も同じだと思いつつ、透も笑ってしまう。

「ご飯できてるから、着がえておいでよ透さん」

「……おう」

 胸に語るように返すと、淳哉の手が背をぽんぽんと叩く。

 透は淳哉の腹筋を軽く殴って、くるりと背を向ける。照れくさくて顔なんて見られないのだが、淳哉の手が名残惜しむように背から離れると、ちょっぴり、ほんの少しだが惜しい感じもする。

 リビングから直接行ける個室は淳哉の部屋で、透は玄関から廊下を経由してまっすぐ入れる個室を使っている。

 透の方が荷物が多いので広い方の部屋、という単純な理由はある。仕事上の来客がある時などリビングを経由せずに入れる方が便利だし、資料なんかがたくさんあって埃っぽくなりがちなので、リビングと離した方が良い。だがもっとも大きな理由は、淳哉が騒がしいからである。

 淳哉は朝が早くて起き抜けに筋トレなんかもするし、日中も何かと動いて物音を立てる。元々音に敏感な透としては、淳哉の気配がするのは好きなのだが、仕事に集中するには支障があるのだ。

 そして透の部屋からは直接寝室へ行ける。自室に鞄を置いた透は、髪のゴムを抜き、頭を振って髪を解しながら寝室に入った。

 ここには大きなクローゼットがあって、買いそろえてもらった服は全部そこにある。そして淳哉の部屋着なども入っている。

 以前は帰ると洗い替えに2つあったスエット上下を着ていたが、最近は客の女性に教えてもらったヨガパンツという奴が着に入りだ。そして上は淳哉のシャツをかぶる。麻とかでしゃりっとした感じが良いし、でかくて楽ちんだし、服の中で身体が泳ぐような感じが涼しくて気に入っているのだ。淳哉も「そういうの似合うね」と喜んだから、勝手に肌触りの良いシャツを選んで着ている。

 透が冷房に弱いので、マンション内のエアコンは弱めに設定してあるのだが、淳哉のシャツを着るようになってからすこぶる快適だった。

 リビングに戻ると、食事の用意ができていた。

「おわ、すげえな。奮発したな」

 嬉しそうに言った透に、「奮発って」と淳哉が笑う。

 パスタはあっさりとペペロンチーニで、いつもちょい辛めの味付けだ。コールドチキンの入ったサラダは淳哉特製のドレッシングで和えてある。これがあると、透でも生野菜を食べられるのだ。そしてクラムチャウダーと、メインにハンバーグもあった。皿には白身魚をどうにかしたのが少しと、ふかしたイモや焼いたブロッコリー、甘く煮たにんじんなんかが付け合わせてある。

「ハンバーグか」

 透の好きなものばかりで、自然とほくほく顔になってしまう。

「なにげに透さんの舌って子供だよね。リクエストがナポリタンとかクリームシチューとかハンバーグとかだもん」

「だってうまいじゃんか」

 笑顔になったまま席に着くと、ハハッと笑いながら「暖かいうちに食べなよ」と言いながら、自分はさっそくパスタを口に運んでいる。透の皿の三倍はある山盛りだ。透も手を合わせ「いただきます」と呟いて食べ始めた。

 まず手が伸びたのはハンバーグだ。淳哉は野菜を細かく切って入れているといったが、それなのに口の中には芳醇な肉汁が広がる。

「うまい!」

「やっぱりそれから行ったね~。野菜も食べなきゃ駄目だよ」

 透は好きなものから食べる。これは淳哉に指摘されて気がついたことで、それまで意識したことも無かった。好物が分かりやすくて良いとこいつは笑っていたが。

「分かってるって」

 軽く答えつつ、やはりハンバーグを食ってしまう。

「魚も、それにクラムチャウダーも」

「うん」

 とか言いながらハンバーグに集中する透に、「しょうがないなあ」と言いつつ、淳哉はもりもりとすべてを平らげる勢いだ。

 ハンバーグはケチャップ派な透のために、淳哉はケチャップをなんかして、ちょっと酸味のあるソースにしてくれる。あっさりしててケチャップの感じもあるので、これも透の気に入りなのだ。

「クラムチャウダーはボストン風だよ。学校にいた頃、良く出たのを思い出して作ってみた」

 自信作、とニコニコしているのでクラムチャウダーも口に運ぶ。

「お~、すげえうまいな!」

 うまいうまいと言いながら食べていると、淳哉が嬉しそうにしつつ視線で促すので、サラダや付け合わせも順調に減らしつつ、ハンバーグはすぐ完食してしまった。

 小食な透の分は少しずつなのだ。全部バランスよく食べろと常にいわれているのだが、すごくうまかったので、もっとハンバーグを食いたい気分が残る。

「なあ、淳哉」

「ん?」

 飯を食うのがビックリするほど早いこいつは、喰ってる間、あまりしゃべらない。だが透が話しかけると、口にものを入れたままモゴモゴしゃべる。

「ハンバーグって残ってるか?」

「うん、成形してないけど透さんサイズなら5つ分くらいかな」

「じゃあさ、それ入れてグラタン作ってくれよ」

「ん? ハンバーググラタンてこと?」

「そうそう、それ、それだよ。うち昔ハンバーグの次の日ってそれだったんだよ」

「へえ?」

「母親が手抜きを誤魔化すためにやってたんだろうな。でもすげえうまかったんだよ。ミートソースが入っててさ、チーズたっぷりで。できるか?」

「作るのはもちろんできるけど……う~ん。栄養価的にどうなのかなそれ。カロリー高そうだし野菜が少ない感じじゃない?」

「淳哉のハンバーグって野菜いっぱい入ってるんだろ? なら大丈夫だろ」

 思い出したらすごく食べたくなった。高校くらいからこっち食ってないのだ。

「お母さんの味かぁ。他にはどんなのあるの?」

「つってもうちの母親、あんま料理はうまくないんだよ。でもあれはうまかった」

「ふうん。ミートソース入ってるなんて、ラザニアみたいだね」

 ラザニアだかってものが分からなかったので「そうか?」と答えると、「うん、そんな感じ」と言った淳哉は、さらに透の家族について聞きたがった。

 いつもはあまり話さないようにしているのだが、今日はなんとなく話したい気分だ。透はものぐさで要領の悪い母親の話をした。

 料理はイマイチだが掃除は完璧で、テレビを見ながらでもそこら辺拭いてた。そんなだから家はいつも塵ひとつ無かった。食器集めが好きで、実家にはブランドもののティーセットなんかがごまんとある。カップボードに飾る食器は気が向くと取り替えて、友達を呼んではお茶会を開く。

 食いながらそんなことを話してやると、淳哉は楽しそうに、目を細めて聞いている。

 こんな時間が幸せだと、しみじみ思う。

 つきあい始めて一年近く経ち、二人の生活はだいぶ様変わりした。

 まず透は店へ出勤するのが毎日では無くなった。受けた仕事を自宅でこなす日々で、忙しい時は一週間まるまる店に行かないこともある。

 淳哉は高校の教師では無くなった。

 講習だとかでたまに学校へ行くことはあるが、ほとんど家で実家の仕事とやらをやっている。人に会う為に出かけることもそれなりにあって、その他はジムに通ったり買い物に行ったり、家でパソコンをいじったりしている。

 具体的に何をしているのかは知らないが、それまで聞いたことの無かった家族の名前が会話に出るようになり、機嫌良さそうに生活しているので、これで良かったのだと思っている。

 一年共に生活する中で、淳哉の子供時代の話を聞いた。肉親と縁の薄い子供時代を過ごした事を知って、透は自分が家族になろうと思い、兄のように、父のように、時には母のように接っするようつとめた。それにより徐々に淳哉は周囲に張り巡らせていた壁を崩していっているように思う。

 そしてつきあい始めの頃は、淳哉が毎日病室に着ても受け入れていた家族に、透は淳哉を無視してくれと頼んだ。

 いずれ自分は死ぬからだ。

 このまま一緒にいられるならいい。だがおそらく、数年ももたないだろうと、透は予測していた。 淳哉との生活のおかげか、今のところ体調は良いが、一時は危ない状態だったのだ。いつどうなってもおかしくない。

 もし自分の家族とも親密になってしまえば、自分の家族がいまだに8年前に亡くなった祖父の思い出話を日常会話ですることを思い出し、それはいけないと思ったのだ。

 自分が死んだ後は、すっぱり忘れて、笑顔で歩み続けていって欲しい。心の底からそう思う。

 だからそれまでの間に、自分に課した部分だけを全うしたいと、透は真剣に考えていた。

 すなわち、淳哉の精神的成長である。

 理解力や知識と相反して、精神的に幼い部分があった淳哉だが、それは家族という社会に入る前の媒体が無かったが為に、子供らしく潔癖に家族は不要と決めつけて、そのまま成長したようだと透は推察していた。かたくなな部分が少しずつ崩れてはいるが、人間不信気味の根本はなかなか消えない。

 頭の回転は速いし努力家でもあるし身体能力もある。美しい容姿も持っているこいつは、ある意味自信過剰なくらいなのだが、肝心なところで自分を含めて人間を信じていないところがある。何より自分を認めれば、こいつは変わるだろうと思うのだが、焦ってはいけないとも思っているのだ。

 むやみにプライドの高い男なので、頭ごなしに言っても跳ね返してしまう。

 だから少しずつ自覚を呼ぶように、生活の中でさりげなく声をかけ続けている。一時は子供返りしたかのようにベタベタ甘えてきた時期もあったが、それも徐々に落ち着いてきて、現在は手の込んだ料理をすることや、仕事に意識が向いていて、良い傾向だと見ているのだが。

 アメリカから友人が来たり、大学時代の友人と会ったり、そういう部分を見て、こいつにも良い友人がいると知って安心した。淳哉の周りには、憎まれ口を叩きながらも彼のために力を貸そうと考える友人がたくさんいたのだ。だがこいつは人に頼ろうとせず利用しようとする。

 透は友人というのは頼って良いのだと教えたかった。

 少しずつでいい。淳哉は自分自身を理解するべきなのだ。人に好かれる個性を持っていることを。それは得がたい個性であり、それがあれば何があろうと本当に躓くことも無いだろうと思わせる。

 そこから透は、なにげなく促していた。思考すること、考えて行動すること、これからのこと。良い友人を大切にすること。

 それこそが何よりの財産なのだと知ること。

 そして自分自身を愛せば完璧だ。

 そして透は祈っていた。

 ――――自分がいなくなっても、淳哉が成長し続けることができるように、神様、力をお貸し下さい。

 透は自分自身について認めることができるようになっていた。

 自分がゲイとして産まれたのも、挫折を知ったのも、この病気になったのも、今まで自分を否定する材料でしか無かったそれら全てが、このタイミングでこいつと出会って、こいつを成長させるために必要なことだったのだ、と。

 自分が今まで学び感じたことを全て使って、こいつの人生を豊かにしてやりたい、と。

「透さん、紅茶入れてよ」

 とっとと食い終わった淳哉が、甘えた声で言っている。

「待て。俺はまだ食ってる」

 はあい、と言いながら、淳哉はソファに移動してタバコを吸い始めた。そのそばには空気清浄機が設置してあり、淳哉はそことキッチンと自室以外でタバコを吸わない。

 自分でそう決めたら絶対に守る。

 だから前向きで居続けられるように、自分自身で淳哉に決めさせなければならない。


 そして気づかれないようにひっそりと、透はいつも祈っっていた。

 ――――神様、こいつを愛してやって下さい――――


 END

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