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94.ロング・グッバイ

 フィロメーナたちの証言を要約すると、話はこうだ。

 まず、彼ら救世軍はここロカンダの他にも、黄皇国内に二つほど拠点を持っているらしい。

 一つはここから南西にあるタリア湖とベラカ湖の狭間――パウラ地方支部。そしてもう一つが竜牙山脈の麓、タリア湖の北にあるトラジェディア地方支部だ。


 今回問題になっているのは後者のトラジェディア支部。

 そこのアジトは救世軍幹部のスミッツという男がまとめているらしく、昨日その男から彼らのもとへ奇妙な手紙が届いたという。

 内容は実に簡潔明瞭。「トラジェディア支部で深刻な問題が発生したから、総帥であるフィロメーナの指示を仰ぎたい。詳しい事情は手紙では話せないので、直接支部まで赴いてほしい」といったものだったそうだ。


 だが手紙を読んだだけでは彼らの身に何が起きたのかちっとも分からない。

 唯一分かっているのは手紙を伝達屋――これは手紙や荷物を全国各地に配達してくれる、いわゆる〝配達人〟というやつだ――に預けにきたスミッツの部下が、かなり慌てていたらしいということだけ。

 だからフィロメーナは自分が直接様子を見に行くと主張し、イークはまず人をやって状況を把握するべきだと主張している。二人の意見はどちらも筋が通っていて、どっちが正しいか、と言われたら悩むところだ。


「だからジェロディ、あなたには私の道中の護衛も兼ねて、一緒にボルゴ・ディ・バルカへ向かってほしいの。北へ向かうことはあなたにとっても利があるはず。トラジェディア地方のすぐ西は、ガルテリオ将軍が治めるイーラ地方よ。それなら黄都にほど近いこの場所よりも、将軍の動向についての情報が入りやすいはず……」

「待てよ、フィロ。それじゃあお前はこいつらを、そのまま北に放すつもりだって言うのか? こいつらには俺たちの機密を山ほど知られちまってるんだぞ。そこにトラジェディア支部の場所まで教えてやるなんてどうかしてる!」

「確かに彼らに救世軍ここへ留まれと強制するつもりはないわ。だけどジェロディの存在は、北ではきっと重要な意味を持つ。だから彼を連れていきたいのよ」

「はあ? 意味が分からない。謀反人の肩書きを持ってるこのガキが、一体どこでどう役に立つって言うんだ? 一緒に行動して損することはあっても、俺たちに利益をもたらすとは到底思えないがな」

「こっ……この人はまた、ティノさまに失礼極まりないことを……!」

「落ち着きな、マリー。今は話をややこしくするんじゃないよ」


 目の前でジェロディを堂々と〝ガキ〟扱いされ、いきり立ったマリステアをケリーが宥めた。それでもなおマリステアは威嚇する猫みたいにイークを睨んでいるが、対するイークは彼女と目も合わせようとしない。


「だけど、フィロメーナ。今回ばかりは私もイークの意見に賛成だ。私たちを北に連れていくことが、あんたたちにとってどう益を成すって言うんだい? 私たちはまだ、あんたらの味方になると決めたわけじゃないんだよ」

「それは……」


 と、ケリーの問いに言い淀んで、フィロメーナはちらと仲間たちを一瞥した。

 次いで彼女の視線はジェロディを向く。その青灰色の瞳が逡巡を帯びて揺れているのを、ジェロディは確かに見た。


「……。ケリーさんがご存知かどうかは分からないのですけれど……」


 やがてフィロメーナはそう言うと、ケリーに軽く手招きする。不思議そうな顔をしたケリーが歩み寄ったところで、フィロメーナはちょっと背伸びをした。そうしてケリーに何事か耳打ちする。

 途端にケリーの顔色が変わった。彼女はまず驚きに目を見開き、それから露骨な渋面を浮かべる。ほどなくフィロメーナが耳元から口を離すや、彼女は憮然とため息をついた。


「なるほど。いかにも噂好きの貴族どもが撒き散らしそうな話だね」

「真偽のほどは私にも分かりません。ですが私が黄都にいた当時から、この話は公然の秘密でしたから……」

「……確かに私も薄々そう感じることはあったよ。つまりあんたは私たちを北へ連れていく代わりに、人質ないし防波堤になれと言ってるわけだね?」

「ごめんなさい。失礼なことを申し上げているのは重々承知です。ですが今の私たちには時間も力もない。協力していただけませんか?」


 フィロメーナとケリーが話し込んでいる様子を見て、マリステアが不安げな眼差しを向けてきた。「お二人は何を話しているのでしょう?」と目だけでそう訊いてくる。

 ――ときにジェロディは、《命神刻ハイム・エンブレム》を刻んでから気になっていることが一つあった。

 それは人間であった頃より五感が研ぎ澄まされているように感じることだ。元々視力は悪い方ではなかったが、今は前より遠くのものが見渡せるし、聴覚も以前より多くの音を拾うようになった気がする。匂いにも触感にも敏感になり、退化したのは味覚だけだ。


 だからジェロディには聞くことができた。


 ――エグレッタ城を治めているリリアーナ皇女殿下が、ガルテリオ将軍をお慕いしているという噂があります。


 フィロメーナは小声でそう言ったのだ。

 刹那、ジェロディの全身にはどっと変な汗が噴き出した。

 殿下が? 父さんを? そんな馬鹿な……!


(だって、父さんと殿下は親子ほども歳が離れてる。なのに――)


 あのリリアーナが二十も年上のガルテリオに好意を抱いている? そんな嘘みたいな話があるだろうか。

 だが冷静になって考えてみると、思い当たる節はいくつもある。まずリリアーナは何故か父だけを「ガルテリオ様」と呼ぶこと。他の将軍たちのことは「◯◯将軍」とか「◯◯殿」とか呼ぶのに、父だけは〝様〟なのだ。


 それは十年前の正黄戦争勃発の際、偽帝フラヴィオに命を狙われた彼女を父が決死の覚悟で救い出したからだと、ジェロディは今までそう思っていた。だから彼女は父に恩義を感じて、特別な呼び方をしているのだろうと。

 しかし彼女から度々ジェロディに向けられた、あの好意的な眼差し……。

 あれは自分に向いていたわけではなかったのか。リリアーナはガルテリオの子であるジェロディにも気に入られようとしていた? もしかしたら自分がガルテリオの後妻となり、ジェロディの母になる日が来るかもしれないからと――


(う、そだ……だって、そんなの……)


 衝撃のあまり意識がぐらついて、ジェロディは思わず口元を押さえた。何故だろう。下手をすると昨日食べたものの残りを口から戻しそうだ。

 嫌悪感とか、拒否感とはまた違う。いや、あるいはこれはそういう感情をごちゃまぜにした何かなのかもしれないが、それにしたってあのリリアーナが自分の継母に……いやいやありえない。そんなの無理だ。絶対に無理――というかガルテリオ自身はその噂を知っているのだろうか?


「ティノ様。確かにフィロメーナの言い分にも一理あります。我々は元々このロカンダから船に乗り、ボルゴ・ディ・バルカへ向かう予定でいました。加えてお屋敷で別れたオーウェンも、今頃は私たちと合流するためあの町を目指しているはず。あいつと再会することができれば、黄都の状況も詳しく聞き出すことができます。いかがなさいますか?」


 ああ、でも、そうか。もしも噂が真実ならば、リリアーナはガルテリオの身内であるジェロディたちに手を出すことをためらうはず。だからフィロメーナは自分たちを北へ連れていく代わりに、いざというときの盾となれと言っているのか……。

 ジェロディが口元を押さえたままそう納得していると、深刻な表情をしたケリーが尋ねてきた。彼女も例の噂が遺憾で仕方ないのだろう。だがそれをジェロディには悟られまいと、可能な限り冷静を装っている。


「そ……そうだね……確かに、黄都に残してきたオーウェンたちのことは心配だ。もしボルゴ・ディ・バルカで無事に合流できたなら、メイド長たちの安否も確認できるし……」

「おい、待て。まだこっちはお前たちの同行を許可したわけじゃないぞ」

「イーク、あなたまだそんなことを言っているの? 言ったでしょう、彼らを北へ連れていくことは私たちのためにもなると――」

「だから、このガキが一体どう役に立つって言うんだ? 軍の人間をわざわざ味方の拠点に案内して、それでどうなる! 今北で何が起こってるのかは知らないが、その上こいつらが裏切ったりしたら……!」

「心配すんな、イーク。そのときは俺がこいつらを止めてやるよ。要は裏切られる前に口を封じちまえばいいわけだろ? まあ、俺はこいつらはそこまで馬鹿じゃねえと思ってるがな」

「ウォルド、お前は黙ってろ! だいたいこんなことになったのだって、元はと言えばお前がこいつらを連れてきたりするから……!」

「あー、過ぎたことをいつまでもグチグチ言うなよ。今は過去の話をしてる場合じゃねえだろ?」

「話を誤魔化すな! だから俺は反対したんだ、こんなやつらをここに招き入れるべきじゃないと――」

「――いい加減になされよ!」


 直後だった。四方の壁にかかった常灯燭スカンスの火が、一斉にぶるりと身震いするほどの怒号が上がった。

 そのすさまじい声量に、ジェロディ、マリステア、ケリーにフィロメーナ、カミラ――そしてイークまでもがびくりと飛び上がる。

 何事かと思った。皆がぎょっとして振り向いた先には腕を組み、目を伏せて深々と嘆息しているギディオンがいた。


 まさか今の怒声はギディオン将軍が……?


 これには救世軍の面々も驚愕を露わにしている。今のギディオンは現役時代からは考えられないほど丸くなった、と先日ケリーが言っていたから、たぶん彼のこんな怒号を聞くのはカミラたちも初めてなのだろう。


「まったくこのままでは埒が明かぬ。北では目下スミッツ殿が窮地に立たされておるやもしれぬというのに、いつまで生産性の欠片もない口論を続けるつもりか。フィロメーナ様のおっしゃるとおり、トラジェディア支部が差し迫った問題を抱えていることはこの手紙を読んだだけで一目瞭然。ならば早急に人員を動かすべきであろう。違うか、イーク殿?」

「あ……ああ……た、確かにあんたの言うとおりだ……」


 まるで鬼神のごとく、そこに座っているだけで噴き出す殺気。それに気圧されたのだろう、さすがのイークもついに自分の主張を引っ込めた。

 だが無理もないと思う。だってあの射殺すような眼光。まさに父から聞いていたとおりだ――『剣鬼』。かつてはこの黄皇国で『三鬼将』と呼ばれ恐れられていた最強の将軍。その一人。


 そんな肩書きと実力を持つギディオンにぎろりと睨まれたら、誰だって死を宣告された気分になってしまう。実際戦場で彼のに捉えられ、生きながらえた者は一人としていなかった――と父は語っていた。

 そうした彼の伝説は、救世軍の面々も重々承知なのだろう。だから彼の一喝を受けて、誰もが冷や水を浴びせられたみたいになっている。

 それもまた埒が明かぬ、と思ったのかどうか。ギディオンは腕組みしたまま、卓に上げられた手紙へ目を落として言った。


「ではここはフィロメーナ様のご提案どおり、ジェロディたちを伴って北へ向かわれるということでよろしいな。そしてウォルド殿、いざというときの備えとして貴殿もフィロメーナ様についていかれると?」

「お、おう……俺はそれでいいぜ」

「ではフィロメーナ様は?」

「え、ええ……私も異存はないわ」

「イーク殿」

「……だったら、俺もフィロに同行する」

「ほう」

「いつ寝返るとも知れない連中ばかり護衛につけて、フィロを北へ送り出すなんてことができるか。それからあと数名、信用できる兵を……」

「しかしあまり大人数で移動しては、黄皇国軍に目をつけられる可能性がある。かと言っていつものように兵を散開させたのでは、護衛の意味を為さぬしな。加えて総帥であるフィロメーナ様がここを離れられる以上、別に指揮を執るお方が必要ではないか。それでなくともトラジェディア支部で火急の事案が発生している可能性が高い今、総帥と副帥が共に本部を留守にするというのは具合が悪い」

「だが、同行者がこいつらだけじゃ――」

「――カミラ殿」

「……へっ? は、はい!?」

「貴女はこの救世軍でイーク殿が最も信頼するお方。ならば彼の代わりにフィロメーナ様の警護をお願いできますまいか」

「わ、私が……?」

「お、おい、待て。その言い方には語弊が……」

「何かご異存が?」

「い、いや……分かった、カミラが同行するなら俺もその条件を飲む」


 小鳥くらいなら簡単に睨み殺しそうな視線を再び向けられ、イークは観念したように妥協した。が、急に話を振られたカミラは状況が呑み込めず目を白黒させている。そこへフィロメーナが、遠慮がちに口を開いた。


「だ、だけど待って。カミラはもう年始からずっと動きっぱなしよ。賢神の月にメリ村救援の任務を受けてから、今日までほとんど休んでない。そんなカミラをまた出動させるだなんて……」

「え、えーと……そうね、だけど私なら大丈夫よ、フィロ。昨日は早めに引っ込んで休んだし、ボルゴ・ディ・バルカまでは船での移動でしょ? ならその間にも休憩はできるし」

「本当に? お願いだから無理だけはしないでちょうだい」

「平気平気。私はフィロが思ってるほどヤワじゃないんだから。それでいいんでしょ、イーク?」

「ああ。お前一人じゃまったく頼りないが、いないよりはマシだ」

「カッチーン」


 さすがに今のは頭に来たのだろう、カミラはギディオン以上に不穏なオーラを垂れ流すと口元を歪ませた。

 だがそんな二人の間で新たな舌戦が始まる前に、フィロメーナがこちらを向く。彼女はギディオンの顔色を窺いながら、やはり心配そうに眉をひそめた。


「ジェロディは? あなたたちはそれでも構わない?」

「はい。さっきケリーが言っていたとおり、僕たちには黄都に置いてきてしまった仲間がいます。彼とは父のもとを目指す途中で合流することになっていて……このままここに長居していると、擦れ違ってしまう可能性がある。だから僕たちも行きます、ボルゴ・ディ・バルカへ」

「……分かったわ。だけど万が一のとき、私たちはあなたを身を守るための盾とするかもしれない。それでもいいのね?」

「僕らは黄都でカミラたちに窮地を救われました。だったら今度は、僕らがあなた方を助ける番です。――マリー、ケリー、君たちは?」

「わ、わたしは、ティノさまが行くとおっしゃるのなら……」

「右に同じです、ティノ様。ご安心下さい。どのような事態になろうとも、御身はこのケリーが命に代えてお守りします」

「ありがとう、ケリー、マリー」


 話は決まった。ジェロディはこんなことに巻き込んでしまった二人に申し訳なさを感じつつも、その揺るがぬ忠誠に心から感謝した。

 ケリーは命に代えても、と言うが、ジェロディだって彼女たちをこれ以上の危険に晒すつもりはない。いざとなれば不死に近いこの身を賭して共に戦う。元々そういう覚悟で黄都を出たのだ。今更迷いや恐れはない。


「決まりね。それじゃあ早速出立しましょう。カミラとウォルドもすぐに支度を。一刻後、チッタ・エテルナのロビーに集合よ」

「了解」

「了解!」


 名を呼ばれたカミラとウォルドの返事が揃った。フィロメーナの心配を振りほどくためだろうか、カミラは威勢良く立ち上がり、ふとこちらへ視線を寄越す。

 空色の瞳と目が合った。途端に彼女は小さく笑った。

 その笑顔に虚を衝かれ、しかしジェロディも笑い返す。


 ――大丈夫だ。僕らにはカミラがついてる。


 そう思えた。彼女は僕らを裏切らない。


 だから、僕らも。



              ◯   ●   ◯



 波瀾の作戦会議から一刻後。

 チッタ・エテルナのロビーには、ボルゴ・ディ・バルカへ向けて発つメンバーの他、見送りのカールとギディオンが揃っていた。

 昨日のお祭り騒ぎのあとなので、今日もこの宿は救世軍に貸切だ。従業員たちは今頃宴の片づけに追われているのだろうと思うと、ちょっと申し訳なくもある。


 本当はカミラも、今日はそれを手伝うつもりだった。厨房なんかはかなり大々的に使わせてもらったし。

 だけど今はとにかく任務が優先だ。去年の初冬、竜牙山脈のゲヴラー一味を助けるために一緒に戦ったスミッツたちのことも気になる。

 ――みんな無事だといいんだけど。

 そんな不安をなるべく表に出さないようにしながら、カミラはロビーの片隅でフィロメーナとカールの打ち合わせが終わるのを待っていた。


 同じく彼女を待つジェロディたちは、現在宿の出入り口付近で何事か話し合っている。オーウェンがどうとか、メイド長がどうとか。たぶんそのオーウェンというのが、彼らが黄都に置いてきてしまったと言っていた仲間の名前なのだろう。

 それから、ウォルドは……と視線を巡らせたところでふと気づく。


 イーク。


 この場にいないということは、恐らく地下で一人ヘソを曲げているのだろう。そう思っていたら、ギリギリになって現れた。

 彼はカールと話し込んでいるフィロメーナを一瞥すると、そのままつかつかとこちらへ歩み寄ってくる。表情が険しい。

 ……あれ? なんか嫌な予感がするんですけど? とカミラが身構えていると案の定、「おい」と険のある声がかかった。


「カミラ。分かってるだろうな?」

「え、えーっと……分かりたくないって言ったら?」

「……」

「ごめん、嘘、嘘だから、そんな人を呪い殺しそうな目で見ないで」


 どす黒い負のオーラと共に放たれるイークの眼差しに辟易して、カミラはとにかく謝った――彼の言わんとしていることは分かっている。情に流されるな、ということだ。

 たぶんイークはカミラがジェロディとだいぶ打ち解けたことを知っている。だから警戒しているのだろう。カミラが彼らに同情して、いざというときしくじることを。


 ……いや、それだけじゃない、か。


 きっとイークはカミラ自身のことも心配してくれている。彼にとってはほとんど敵しかいない面子の中に、妹分を放り込もうというのだから。


(でも、彼らはあなたが思ってるような人じゃないのよ、イーク)


 と、カミラはジェロディたちの方を盗み見ながら思う。今は口には出さないけれど、いつかイークにも分かってほしい。


「フィロのことなら、安心して。何があってもちゃんと守ってみせるから」

「ああ。――頼んだ」


 まさかイークの口からそんな殊勝な言葉が出るとは思わなくて、カミラはつい面食らった。……何よ。さっきは〝お前じゃ頼りない〟とか言ってたくせに。

 内心ではそう悪態をつきつつも、表情筋は自然と緩む。

 信頼されてるんだ、私。そう思ったら人間、悪い気はしないじゃないか。たとえ相手が口も態度も悪い幼馴染みだとしても。


「任せなさい」


 カミラはそう言ってニッと笑うと、試しに拳を握ってみた。

 そうして軽く持ち上げる――昔、兄とイークがよくやっていたあれ(・・)

 今なら自分もやらせてもらえるかな、と思ったら、イークもこちらの意図を察したみたいで、ちょっと嫌そうな顔をした。


 あ、そう。私じゃダメなの。


 と、そんなイークをカミラが半眼で睨んだ直後。

 思いがけず、コツン、と。

 イークの拳がカミラのそれにぶつかった。

 エリクとそうしていたときよりずいぶんやる気のない動作だったけれど、でも、ちゃんと。


 それはエリクとイークが友情を確かめ合うときの合図。


 今は、カミラとイークが信頼を分かち合う合図。


「無事に戻れよ」


 その言葉がくすぐったすぎて、どんな顔をすればいいのか分からなかった。

 おかげでカミラは見逃した。

 自分を見下ろすイークの顔が、不安そうにかげるのを。


 彼は昔から勘がいい。

 だからこのとき既に感じ取っていたのかもしれない。


 救世軍に立ち込めつつある暗雲と。


 長い、別れを。



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