90.答えはまだ
ロカンダの三番街にある宿屋『チッタ・エテルナ』の入り口に、今日は札がかかっていた。
『本日貸切』。
細い紐でドアノブに吊り下げられた木札には、大きくそう記されている。
その流麗な字体に目をやって、「あらら」と伝達屋はため息をついた。
財布に優しく、料理もうまい。部屋も綺麗で一晩を快適に過ごせる、無名だけれど穴場の宿屋。
今日は届け物ついでにここへ泊まれると思って来たのに、何とも間の悪いことだ。伝達屋は旅先での不運にちょっとがっかりしながら、しかし配達人の目印である羽根つき帽の庇をきりりと下ろした。
まあ、宿泊できないのは確かに残念だが仕事は仕事。
ひとまず手持ち無沙汰にしている馬を入り口につなぐと、その背から必要な荷物を下ろし、早速宿の入り口を潜った。
鍵がかかっていたらどうしようかと思ったが、品の良いアーチ型の扉はすんなりと伝達屋を受け入れてくれる。牧歌的な景色を連想させる音色で来客を告げるカウベルが鳴った。
が、その音を頭上に聞きながら中へ入ってみればどうだ。何故だか宿はシンと静まり返っている。
入ってすぐ正面にある帳場にも、従業員の姿はない。いつもなら穏和そうな宿の主人があの帳台の中で細々とした仕事をこなしているのに。
「ごめんください。ペレグリン運輸商会の者ですが」
無人の帳台の前に立ち、とりあえずそう声を張り上げてみる。
が、案の定と言うべきか、どこからも応える声は返らなかった。伝達屋の声は宿を包む静寂の中へと吸い込まれ、初めからなかったことになる。
あまりに濃厚な静けさに、身震いした。何だか知らないがちょっと不気味だ。出直してこよう。そう思って踵を返しかけたところで、カランカランとあのカウベルが鳴る。
突如響き渡ったベルの音。それに驚き、びくりと跳び上がりながら振り向くと、そこには何やら大荷物を抱えた男がいた。
扉の磨り硝子から注ぐ逆光のせいで顔はよく見えない。ただすらりとした長身で、右腕にかなり大きな紙袋を抱えているのが見て取れるだけだ。
「おや、伝達屋さん? どうもお久しぶりです」
しかし次に聞こえたその声で、伝達屋は「なんだ」と緊張を解いた。逆光の中で人懐っこく笑いかけてきたのは他でもない、この宿の亭主だった。
「ご主人、ご無沙汰しております。久々に訪ねたら誰の姿も見当たらないので、驚きましたよ」
「すみません。表の札はご覧になりましたか? 今日はちょっと貸切で」
「ええ、もちろん見ましたとも。しかし貸切と言うわりには、宿泊客の姿も見当たらないようですが……」
「ああ、お客様方はこれからお見えになる予定でしてね。今、その準備に追われていたところなんですよ。なので生憎、ご宿泊は……」
「承知しています。本日お伺いしたのは、預かり物をお届けするためです」
「預かり物?」
「はい。ボルゴ・ディ・バルカのスミッツ様という方からお手紙が」
ああ、と扉を後ろ手に閉めながら、亭主はちょっと意外そうな顔をした。その反応を見るに、差出人のスミッツという人物とは知り合いなのだろう。
「スミッツさんから手紙、ですか……珍しいこともあるものですね。わざわざどうもすみません」
「いえいえ、これが伝達屋の仕事ですから。いつもどおり受け取りのご署名をいただけますか?」
「ええ、もちろん。ちょっとお待ち下さいね」
亭主はそう言ってすたすた歩くと、抱えていた荷物を帳台に下ろし、改めてこちらへ向き直った。彼が抱えていた紙袋からは、食欲をそそる焼きたてのパンの匂いがした。
「では署名を。……スミッツさんはどんなご様子でしたか?」
「いえ、それが、この手紙を届けに来たのはスミッツ様の代理人という方で。とてもお急ぎのご様子でしたので、速達でお届けに上がりました」
「そう、ですか……それはご苦労をおかけしました。では、これで。次にいらしたときは、ぜひまた当宿にお泊まり下さいね」
滑らかにサインされた受領証明書を差し出しながら、亭主は相変わらず人好きのする笑みを浮かべた。そんな亭主に「もちろんそのつもりですよ」と会釈して、軽い世間話のあとチッタ・エテルナをあとにする。
次に来るときは、またここの骨つき肉の香草煮込みが食べたいな。
馬の手綱を解きながら、伝達屋はにっこりそう思った。
彼は知らなかったのだ。
まさかこのあとこの宿を、あんな惨劇が襲うだなんて。
◯ ● ◯
チッタ・エテルナの地下にある大広間は、飲めや歌えやの大騒ぎだった。
ジェロディたちが初めて訪れたときにはがらんどうだった空間に、今はたくさんの卓と椅子が運び込まれている。その上にずらりと並ぶのは色とりどり、多種多様な料理の山。
古代セレン様式の壁に掲げられたいくつもの常灯燭が、熱気と酒の匂いとが充満する元神殿の内部を照らしている。ジェロディはそんな宴会場の片隅で、はしゃぐ彼らの様子を微笑ましく眺めていた。
そこは救世軍の地下アジト。
彼らは現在、ビヴィオ解放作戦の成功を祝う勝利の宴の真っ最中だ。
「剣を持て、盾を鳴らせ! 勇ましく足を踏み鳴らし、歌声上げて共に行こう! 神は恐れぬ者に宿る、解放の日はすぐそこに――」
誰かが広間の中心でリュートを奏で、流れる音色に合わせて皆が歌った。ジェロディの知らない歌だが、どうやら救世軍が独自に作曲した軍歌の類らしい。
実に賑やかで勇ましい歌だ。それでいて希望に溢れている。
いい歌だな、と、ジェロディは素直にそう思った。歌あるところに希望あり――とは光神オールの言葉だけれど、楽しげに肩を組み合わせ、笑顔で合唱する彼らの姿はまさにそのとおりだな、と思わせてくれる。
「よう。楽しんでるか?」
と、ときに視界の外から声がして、ジェロディはふと振り向いた。すると目と鼻の先にどかっと巨大な影が腰を下ろす。
……僕の頭と同じくらいあるんじゃないかな、と思わず呆れたくなるほど大きなジョッキを手に現れたのは、ウォルドだった。彼が手にしているそれと比べると、たった今ジェロディの手の中にある銅製の杯など子供の玩具のように思えてくる。
「おかげさまで。第四郷区から戻ったばっかりだっていうのに、みんな元気だね。こんな賑やかな宴は初めてだよ」
「勝利の美酒ってのはそれだけうまいもんなのさ。お貴族様方の開く夜会なんかとは大違いだろ?」
「うん。無駄に着飾った人たちが作り笑いを貼りつけて踊る宴より、僕はこっちの方が好きだな」
円陣を組んで歌いほうけている兵たちへ目をやって、ジェロディは思ったままの感想を述べた。それを聞いたウォルドはちょっと意外そうな顔をしたあと、すぐにニヤリと笑みを刻む。
「父子揃って貴族嫌いか。つくづく詩爵家のお坊っちゃんとは思えねえな、お前」
「知ってるの? 父さんが大の夜会嫌いだってこと」
「噂程度にはな。大将軍と誼を通じておきたい貴族どもは、何度招待状を送っても顔を出そうとしない常勝の獅子に業を煮やしてるって話じゃねえか」
「これだから平民出の成り上がりは、って言われてるんだろうね、きっと」
「それを分かっててなお無視するあたりが剛毅だな」
「貴族たちの陰口なんかに屈したら、その時点で常勝じゃなくなるからね」
肩を竦めてジェロディが答えれば、ウォルドは「違いねえ」と豪快に笑った。別につられたわけではないのだろうが、ほぼ同時に違う場所からもどっと哄笑が上がって広間はいっそう賑やかになる。
「ケリーとマリステアはどうした?」
「あの二人なら向こうで掴まってるよ。ここじゃ女性が珍しいんだってね」
「まあ、見てのとおりの男所帯だからな。あのカミラですら若い連中に持て囃されてるくらいだ。トラモント人ってのは女なら何でもいいらしい」
「偏見だよ。少なくとも僕は違うからね」
笑いながらそう言って、ジェロディは蜂蜜酒の入った杯を口へ運んだ。黄都では葡萄酒ばかり飲んでいたけれど、この蜂蜜酒というのも悪くない。ウォルドが先程から好んで飲んでいる麦酒というのだけは、神の味覚をもってしてもおいしいとは思えなかったけど。
そう言えばそのカミラはどうしているんだろう。ジェロディはウォルドの口から彼女の名が出たのをきっかけに、ぐるりと広間を見渡してみた。
少し離れたところには、若い救世軍兵たちに囲まれ困っているマリステアとそれをフォローしているケリー。中心部には相変わらず合唱している大勢の兵たちがいて、奥にギディオンの黄色い外套が見える。
どうやら彼も誰かと談笑に興じているようだ。先代近衛軍団長が卓の向こうで口髭を綻ばせているのを見たジェロディは、その隣にカミラがいるのでは、と思った。が、覗き込んでみてギクリとする。
ギディオンの隣にいたのは、救世軍副帥のイークだった。
彼もジェロディの視線に気づいたのだろうか。図らずも目が合って、思いきり睨まれた。彼はそのまま不機嫌そうに顔を背けてしまったが、ジェロディは一瞬の出来事に冷や汗をかく。
……睨み殺されるかと思った。
それくらい鋭く、敵意しか感じない眼差しだった。結局カミラの姿は見つからないし、ジェロディは無駄にきょろきょろしてしまったことを後悔しながら再び杯に口をつける。
「だが聞いたぜ。お前、ビヴィオじゃ大活躍だったそうじゃねえか。獅子の子だけに獅子奮迅の戦いぶりだったってな。カミラ隊の若いのが褒めてたぜ」
「……え? あ、そ、そうなんだ……救世軍の人、が……」
「あの戦いでお前を認めたやつも多い。しかし惜しいことをしたな。そんな大立ち回りが見れたなら、俺もビヴィオ攻めに加わるんだったぜ」
なんてことを言いながら、隣でウォルドもジョッキを呷る。その間ジェロディは、湧き水のように溢れた喜びを押し隠すので必死だった――まさか自分を救世軍の兵たちが認めてくれるなんて。
たったそれだけのことが、何故だかとてつもなく嬉しい。あの晩、共に戦ったカミラ隊の兵たちと体が一つになったような感覚。あれを思い出す度、ジェロディの心は打ち震えるからだ。
あんな体験をしたのは生まれて初めてだった。たぶんあの感覚こそが〝人と心を一つにする〟ということなのだろう。
ここなら自分にはそれができる。官軍に戻って同じことができるか、と訊かれたら、今のジェロディには自信がない。
(でも、だからってこのまま救世軍に居座るわけには……)
昂揚する自分を抑えるために、さっきのイークの眼差しを思い出した。そうだ。確かに自分は救世軍のごく一部の兵には認められたかもしれないが、本来は敵側の人間だ。本当の意味で仲間になれたわけじゃない。
――思い上がるな。
何度もそう言い聞かせた。今日この場に加わることを許してもらえたのだって、フィロメーナが特別に誘ってくれたからであって救世軍の総意ではない。
(だけど……ここを去って父さんのところへ向かう覚悟は、まだ……)
杯の中で揺れる蜂蜜酒を見下ろしながら、そう思う。我ながら優柔不断すぎて笑えてくるが、このままここに留まるか祖国へ戻るか――ジェロディは未だ決められずにいた。
救世軍の中に長く居れば居るほど、離れ難くなってしまうことは分かっている。これ以上長居をすれば嫌でも情が移るだろう。そうなってから官軍へ戻ったところで、彼らと戦えるかどうか。
だからさっさとこんなところは去るべきだ、ともう一人の自分が言っている。
けれどもう少しここで彼らの戦う理由を見つめたい、と思っている自分もいる。
だって、今の黄皇国軍は……。
(……まさかたった百人足らずの軍勢に、三千の第一軍が攪乱させられるなんてね)
情けないやら、嘆かわしいやら。ジェロディはぎゅっと眉を寄せて嘆息をこらえつつ、隣にいる大男の横顔を盗み見た。
――ウォルド。長年傭兵稼業をしているという彼はあの日、ビヴィオを攻めた救世軍の中にいなかった。
何故なら彼は本隊が救出した娘たちを各村へ送り届ける間、黄都から第四郷区へ駆けつけるであろう第一軍の足止めに向かっていたのだ。
その兵力はたったの五十人余り。それだけの兵力でどのようにして三千の中央軍を追い払ったのか詳しくは知らないが、ウォルドはしれっとそんな難業をやり遂げ再びロカンダへ戻ってきた。
運が良かっただけさ、と本人は言う。これがスッドスクード城にいる歴戦の黄都守護隊だったなら、恐らく自分は生きていない、と。
幸いウォルド隊とぶつかったのは救世軍が〝腰抜け〟と揶揄する第一軍の本隊で、彼らは黄帝の直属部隊であるにもかかわらず、ウォルドが街道に仕掛けた落とし穴やら神術やらに攪乱されてあっという間に逃げ散ったという。
フィロメーナはカミラとイークを除く味方の神術使いをすべてウォルドに預けていたそうなので、それが功を奏したのだ。だがもしウォルドが敗れていたら、彼らは神術使いという貴重な戦力をごっそり失うところだった。フィロメーナはかなり思い切った決断をした、と言っていい。
いや、そもそもシグムンド率いる黄都守護隊が出てくるか、はたまた黄都の第一軍本隊が出てくるか。その時点で救世軍は大きな博奕を打っていた。
そして彼らは賭けに勝ったのだ。
対する黄皇国軍は一体何をやっているのか。
救世軍はまだほんの弱小勢力――そんな傲りがどこかにあったのだとしても、この結末はあまりに情けない。ジェロディは黄皇国の元軍人として恥ずかしかった。自分の祖国がここまで落ちぶれているなんて。
「で、どうだ? 救世軍と共闘してみた感想は?」
と、不意にそんな問いを投げかけられ、ジェロディはまたもギクリとする。……できれば今はその話を振ってほしくなかった。けれどあからさまに話題を変えるわけにもいかず、慎重に言葉を選びながら、言う。
「……いい軍、だと思うよ。兵力だけで言ったら、黄皇国軍にはまだまだ遠く及ばないけど……それでも地方軍程度なら、蹴散らすのなんてわけないと思う。実際ビヴィオでも僕らが邪魔しなきゃ、初戦で勝っていただろうし」
「自分で率いてみたいと思うか?」
「救世軍にはフィロメーナさんがいるだろ?」
「たとえばの話だよ。官軍と救世軍なら、お前はどっちを率いてみたい?」
あまりにも単刀直入なウォルドの問いかけに、ジェロディは言葉を濁した――率いていて気持ちが良かったのは救世軍だ、とは言えない。そういう思いが胸の内にあることは確かだが、自分はまだ官軍を率いて実戦に出たことがないのだから。
「なあ、ティノ。俺は黄皇国軍の詳しい事情は知らねえがよ。官兵の中には、自分が軍人であることに誇りを持ってるやつがどれだけいる? そりゃ、お前の父親みたいな奇特な人間もいるにはいるだろうけどよ。少なくとも俺が今まで斬ってきた連中の中には、命を張ってまでお国のために尽くそうって気概のあるやつはほとんどいなかったぜ」
「……」
「その点、救世軍はどうだろうな。お前の目にはあいつらがどう見える?」
言って、ウォルドが視線を向けた先では、本日何度目になるとも分からない乾杯の音頭が上がっていた。
それに合わせて、周りの兵たちが次々と杯を掲げる。乾杯の声が唱和となって空気を震わせ、皆が弾けるような笑顔になる。
そのときジェロディの脳裏をよぎったのは、ビヴィオから凱旋の途に就いた彼らの姿。
夜明けの光の中、誇らしげに胸を張り、救世軍の旗を見上げていたあの横顔。
それがすべての答えだろう。
ジェロディはもう自分の心に嘘をつけなかった。
朝日にも負けぬほど輝いて見えた彼らの姿。
あの情景を回想する度、焦がれるように思う。
羨ましい、と。
「……だけど僕は、イークさんに嫌われてるみたいだし……」
だのにこの期に及んで、言い訳じみたことを口にしてみる。それはウォルドの質問に対する答えの形を取っていなかった。
しかしウォルドは声を上げて笑う。はぐらかされた、とは思わないようだ。
「心配すんな。それで言ったら、俺だってあいつにゃ嫌われてるぜ」
「そうなの?」
「ああ、どうも俺とは絶望的に馬が合わねえみてえでな。ムカついてぶん殴ったこともあるが、それでも何とか上手くやってる」
「そ……それって〝上手くやってる〟って言えるのかな……」
「殺し合いにはなってねえんだから、それだけで上々だろ」
「だけど、どうせ一緒に戦うならある程度の信頼関係は築きたいし……」
「お前、あれだけ邪険にされてまだそんなこと言ってんのか? 純真なのも結構だがな、たまにはあくどく生きねえと、この先やっていけなくなるぜ」
――ジェロディ。お前は正直であることこそが美徳だと考えている。ですがそんなことでは、この先生き残れませんよ。
刹那、いつか聞いたセレスタの声が甦って、ジェロディはどきりとした。あのとき彼女が言っていた、ガルテリオやジェロディに足りないもの……。
その答えはもう分かっている。たとえどんな手を使ってでも勝ち残ろうとする貪欲さや狡猾さ。自分たちにはそれが足りないのだ。
実際父は小細工を弄することなく正面からルシーンたちとぶつかり、徐々に中央での立場を失い始めている。その結果もしオルランドの信頼まで失ったとしても、彼はきっと已むなしと言って潔く大将軍の座を退くことを選ぶだろう。
だがそんなことでは今の黄皇国は変えられない。この国の腐敗を止めるためなら、自分も手を汚す覚悟を決めねばならない。
血や泥にまみれることを嫌っていては、それを厭わず向かってくる者たちに勝てなくて当たり前だ。
そして救世軍だってきっと、その覚悟を決めている。
(でなきゃ反逆者の汚名を着てまで戦い続けることなんてできない。それに比べて僕は、まだこんなところで足踏みをして――)
「――はいはーい、みんなお待たせー! カミラちゃん特製ルミジャフタ料理ができたわよー!」
そのときジェロディの思考を遮り、歌うような声が響いた。
はっとして顔を上げた瞬間、見える。
宿の従業員たちを引き連れ、見慣れぬ料理を乗せた皿を運んできたカミラの姿。
だがその姿は一刹那のうちに、怒濤のような人波の向こうへ消えた。
カミラが手料理を携えて現れたと知った若い兵士たちが、皆決死の顔つきをして彼女に殺到したからだ。
「はいはいはいはい! カミラさん! マジで待ってました!」
「おいお前そこどけ! オレが先だ!」
「ふざけんな! おれの方が睫毛一本分早かったろ!」
「誰が見てるんだよそんなの!」
「お前ら! 最初にカミラさんの手料理が食べたいって言ったのは俺だからな!」
「いいや、オレだね!」
「んなこたどうでもいいんだよ! カミラ隊長、おれにも一皿下さい……!」
……なるほど。しばらくカミラの姿が見えなかったのはこのためか。そう言えば彼女は先の戦で、部下たちにそんなことを約束してたっけ。
目の前で繰り広げられる男たちの戦いを遠巻きに眺めながら、ジェロディは色々納得した。カミラの故郷――かつて黄祖フラヴィオが神託を受けたという伝説の村――の郷土料理というのはいささか気になるが、あの大乱闘の中へ飛び込んでも食べたいか、と言われたら遠慮したい。
先日のあれで薄々気づいてはいたし、ウォルドも言っていたけれど、どうやらカミラは本当に若い兵たちから慕われているみたいだった。
慕うにしてもちょっと度が過ぎているのでは? と思わなくもないが、まあ、気持ちは分かる。貴族出身でいかにも高嶺の花といった感じのフィロメーナには手が届かなくとも、気さくなカミラならば親しみやすい、という者も多いだろう。
ところがジェロディがそんな考察をしていると、ときにウォルドがとんでもないことを言い出した。
「おい、ティノ。お前もあの列に並んできたらどうだ?」
「え?」
「カミラは性格はアレだが料理の腕はなかなかだぜ。それに、積もる話もあるんだろ?」
ニヤついたウォルドの言葉が、グサリとジェロディの胸に刺さった。
……やはりこの男の洞察力は侮れない。
実はジェロディには一つ、気にかかっていることがあるのだ。
それはある日を境に、カミラとほとんど口をきいていないこと。
その問題と向き合わなければならないときが、どうやらやってきたらしい。




