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87.ひどい仕打ち

 カミラが最後の神力を使って、かんぬきのかかった獄舎の扉をぶち開けた。

 一度目の攻撃で歪み、二度目で吹き飛んだ鉄の扉の向こうには、灯明かりに照らされた薄暗い通路が伸びている。

 中には数人の獄卒たち。彼らは救世軍の登場を知るや「人質がいる!」などと喚き立てたが、話の途中でカミラが飛刀をぶち込み強引に人質を解放した。更にすかさず飛び込んだ救世軍兵によって、残りの獄卒もすぐに取り押さえられる。


 人質に取られていたのは一人の女性だった。恐らく牢の中から引っ張り出されてきたのだろう、彼女は茜色の頭巾を被り、たおれた獄卒の亡骸を見て口元を押さえている。

 そうして看守部屋の隅にうずくまり、震えている彼女に救世軍兵が優しく声をかけた。女性は恐怖のあまり話ができないのだろうか、ただひたすらにうつむき頷き返している。


「これでひとまずは安心ね。ケリーさん、今のうちに手分けして村の人たちを解放しましょう」

「そうだな、少し待ってくれ。今、鍵をバラすから……ティノ様も手伝っていただけますか?」

「ああ、もちろん」

「――〝ティノ〟……?」


 と、ときに名前を呼ばれたような気がして、ジェロディはふと声のした方を振り向いた。

 そこには例の人質に取られていた女性がいる。彼女は未だ部屋の隅にうずくまったままだが、ジェロディと視線が合うと慌てたように下を向いた。


「……?」


 ジェロディはそんな女性の様子に眉をひそめる。今自分の名前に反応したのは間違いなく彼女だと思うのだが――と思案していたところでケリーに鍵を渡された。

 ……今は彼女の詮索より村人の解放が先か。そう判断したジェロディは受け取った鍵の番号を確認し、それと対応する房を探し出す。

 鉄格子が下りた牢はどれも広めの雑居房で、中には十人がらみの女性がまとめて入れられていた。彼女らは武装したジェロディたちの姿を見ると怯えたが、救世軍の名を唱えた途端に愁眉を開く。


 中には安堵のあまり抱き合って、泣き出す娘たちもいた。そうした娘たちを見かけるとカミラは自ら牢に入り、笑って声をかけて回る。

 もう大丈夫、とか、安心して、とか。彼女らを救い出すために多くの仲間が命を落としたなんてことはおくびにも出さない。こうして見たら彼女だって、泣いている少女たちとほとんど歳も変わらないのに。


「ロクサーナ!」


 そんなカミラの姿をぼんやり眺めていると、ときにトビアスがジェロディの後ろを駆け抜けていった。そこでふと我に返る。そうだ、ここには彼の連れの女性も囚われているはず。そのロクサーナという人は無事だろうか、と、目だけでトビアスを追った、直後だった。


 ケリーが開けた一つ先の房にトビアスが飛び込み、そしてすぐさま吹っ飛んでくる。彼はまるで蹴り出されたように床を転がると、壁にぶつかりようやく止まった。それを見たジェロディはぎょっとして、思わず立ち竦んでしまう。トビアスは強烈に頭を打ち、目を回しているようだ。


 ――牢の中で一体何が?


 そう思ったジェロディは慌ててトビアスに駆け寄ろうとした。が、そのときだ。


「――遅い! まったく神僕の分際で、わーを半月も待たせるとは何事け! そもじがてれんこぱれんこしておったせいで、わーたちは危うく砂王国に売り飛ばされるところじゃったぞえ! どうせ助けに来るんなら、もそっと早う助けに来んしゃい!」


 今し方トビアスが転がり出てきた牢から怒声が飛んで、ジェロディはまたしてもぎょっとした。それは鈴を転がしたような美しい少女の声だった――強烈な訛りと古めかしい言葉遣いがなければ。

 ……ていうか、〝てれんこぱれんこ〟って何だろう?

 ジェロディがそんなことを思っている間に房から一人、小柄な人影が現れる。


 正直ジェロディは驚いた。初めてカミラやフィロメーナを見たときもだいぶ驚いたが、今回は更に上をいく。

 まず視界に飛び込んできたのは、星の光で染め上げたような美しい銀髪。彼女はその髪を耳のあたりで切り揃え、唯一伸ばした後ろ髪はうなじでゆったりと結っている。


 透けるような肌の白さは、たぶんフィロメーナと同じかそれ以上。更に夜明け色のケープと腰に巻かれた金の帯、そして革製の長靴ブーツ以外は白を基調としているため存在そのものが真白く見える。

 いや、というかそもそも全身が淡い光に包まれているのではないか。そんな錯覚すら催すほど麗しい少女だった。


 歳はジェロディと同じくらい。身長もさほど変わらない。

 特に紅を引いているようには見えないのに、ふっくらと色づいた唇は奇跡みたいだ。今はキッと眉を吊り上げ、細い腰に手を当ててふんぞり返っているが、それすらも何だか絵画のごとく様になる。

 そんな少女の視線の先で、何かぼんやりしたものがうごめいた。目をやるとそれはトビアスだった。彼の黒い癖っ毛や地味ないでたちはどうやら、あの少女の白さに照らされるとあんなにもぼやけてしまうらしい。


「ろ……ロクサーナ……ゴフッ……わ、分かってはいましたけど、ご無事で何よりです……」

「なーにが無事なもんきゃえ! このような薄暗い場所に何日も閉じ込められて、こっちは気が狂う寸前でおじゃる! じゃけんつまらん会則なぞ無視して強行突破せよと申したものを!」

「そ、そんなこと言われても……あなたは私が教会に破門されてもいいとおっしゃるのですか……」

「フン、破門されようがされまいがそもじがわーの下僕であることには変わりにゃー。ならば教会なぞどうでもよかろうもん! 分かったら次からはもそっと早う助けに来ることじゃ! 良いな!」

「め……滅茶苦茶だよ……」


 トビアスは軽く腹部を押さえながら、床に片手をついた状態で呻いた。……うん。何だかよく分からないがとんでもない会話を聞かされているような気がする。

 ジェロディは今になって、先程ケリーとトビアスが乾いた笑みを貼りつけていた理由が分かった。どうやら予想は見事に外れ、ロクサーナは傭兵でもなければ聖堂騎士ですらないらしい。まあ何にせよ強そうだけど。ジェロディが想像していたのとは別の意味で。


「ま、まあまあ、ロクサーナ……トビアス殿もこう見えて、あんたを助けるために大変な苦労をされたんだよ。それに村が襲われたとき、彼が負傷したのはあんただって知ってるだろ? だったらせめてもう少しいたわって差し上げた方が……」

「ならん。トビーは甘やかすとすぐふにゃけるき、こんくらい厳しくしつけるのがちょうど良いのでおじゃる。……ところでそもじ、もしやガルテリオのところのケリーかの?」

「今頃気づいたのかい……六年ぶりだね、ロクサーナ」

「ふむ。最後に会うたのはそんなに前になるきゃえ。わーにはつい最近のことのように思えるがのう」

「そりゃあんたはそうだろうさ。まあでもまずは無事で何よりだよ。ティノ様、こちらが先程言っていたロクサーナです。ティノ様も八年前にお会いしているはずですが……」

「ほ」


 とケリーが紹介するや否や、こちらを向いたロクサーナが奇妙な声を上げた。

 かと思えば彼女はぱっと目を丸くして、つかつか歩み寄ってくる。その歩調の速さにジェロディはあとじさりかけた。あと一歩進めばジェロディとぶつかる、そんな至近距離まで一気にやってきたロクサーナは、まじまじとジェロディの顔を覗き込む――とりあえず、近い。


「ティノ――ティノということは、そもじ、もしやあのティノ坊かえ?」

「は、はあ……この国に〝ティノ〟はたくさんいますけど、たぶん、恐らく、そのティノです……」

「ほう! なんと! たった八年見ない間に、ずいぶんとうまげになったのー! 見違えたぞえ!」

「う、うまげ……?」

「ああ、うん、そもじらの言葉で〝えろう立派〟という意味でおじゃる!」


 ロクサーナは上機嫌にそう言うと、まるで親戚の子供にするみたいにジェロディの頭をわしゃわしゃ撫でた。

 それがなんだか面映ゆく、けれど「止めて下さい」と拒むのも気が引けて――だって彼女を怒らせるのが恐ろしい――ジェロディは体を強張らせる。同い年くらいの女の子に頭を撫でられるってどうなんだ、と思わなくもないが、まあ、悪い気は……しない。たぶん。


(って、ちょっと待て)


 だがそこでジェロディはにわかに冷静になった。同い年? 確かにロクサーナは一見十四、五歳の少女に見える。だが果たして本当にそうか? だって八年前と言ったら、彼女はまだ六歳か七歳くらいでしかなかったはずだ。

 なのにこの振る舞いは何だ? 八年も経てば大きくなったのは彼女だって一緒じゃないか。それをまるで――先日別れた竜父たちみたいに。


「あ、あの、ロクサーナ、さん……?」

「何じゃ、改まって。わーのことは呼び捨てで構わぬと、前に申したはずじゃがの」

「じゃ、じゃあ、ロクサーナ。あなたたちは、一体――」

「――うわっ!? なんだあんた……!? っておい、待て!!」


 そのときだった。突然看守部屋の方が騒がしくなり、怒声に驚いた娘たちがわっと奥へ逃げてきた。何だ、と仰天したときには、ジェロディたちはまとめて人波に呑まれている。

 あまりの勢いに、危うく押し流されそうになった。恐慌をきたした娘たちは通路の行き止まりまで逃げ込み、皆で身を寄せ合っている。その姿はどこか臆病な羊の群を連想させたが、とにかくジェロディは彼女たちを宥めようとした――が、刹那、


「ロクサーナ!」


 突如トビアスの悲鳴が上がって、ジェロディははっと身構えた。そうして振り向いた先に、茜色の頭巾が見える。

 それは先刻、看守部屋の隅で怯えていたあの女。

 その女が後ろからロクサーナを押さえ込み、もう一方の手で彼女に短剣を突きつけていた。切っ先は既にロクサーナの喉元を向き、女は如才なく壁を背に佇んでいる。


「おっと、動くなよ。この小娘を死なせたくなければな」

「えっ……」


 と、ジェロディたちは思わず息を飲んだ。

 何せ頭巾の下から聞こえたのは低くザラついた――男の声。

 こちらの驚愕を見て取ったのだろう。女、いや、男は口元だけでニヤリと笑うと、器用に頭巾を脱ぎ捨てた。

 その下から現れた顔に、ジェロディたちは見覚えがある。


「お、お前は、郷守……!」







 よく訊かれるので書いておきますが、ロクサーナの訛りは「ロクサーナ訛り」です。特定の地域の訛りだけだとどうしてもその土地をイメージしてしまいそうなので、日本全国津々浦々の訛りや方言をまぜこぜにしています。ハイブリッド。

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