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84.ビヴィオ解放戦

 夜を揺るがす喊声が、ビヴィオの丘に降り注いでいた。

 油を注いだ陶器の瓶に火がつけられ、次々と郷守の館へ投げ込まれる。館は瞬く間に燃え上がり、巨大な松明となって戦場を照らし出す。

 境神の刻(二十一時)。

 救世軍による奇襲を受けたビヴィオ地方軍は、面白いほど混乱を極めていた。


 つい一月ほど前ジェロディたちが泊まった館からは、焼け出された衛兵や使用人たちが悲鳴を上げて溢れてくる。しかし救世軍の面々は、彼らには目もくれない。

 フィロメーナたちの狙いはあくまで郷守だ。彼らはこの時間、恐らくは居館にいるであろう郷守を燻り出すため火攻めを選んだ。あの男の首さえ取れれば地方軍は潰走する――もっとも一度救世軍を撃退し、油断しきっていた地方軍は、予期せぬ夜襲で早くも腰が砕けているけれど。


「怯まないで! 今は数も勢いもこちらが上よ! カミラ隊、前へ!」

「応!」


 馬上で指揮を執るフィロメーナの号令に応え、カミラ率いる五十人が地方軍へと突撃した。先頭を走るカミラの神術が炸裂し、敵の前衛が吹き飛んだところへ味方の兵が殺到する。

 ジェロディもまた、その鯨波に乗って突っ込んだ。寝込みを襲われ、ろくな武装もしていない黄皇国兵を斬る。斬る。斬る。


(彼らは黄皇国くにの兵だ。だけど――)


 今はその迷いと胸の痛みを捩伏せた。先月には共にビヴィオを守った仲間。しかし立場変われば彼らは郷守の共謀者……。

 だから許すわけにはいかない。ここで手心を加えれば、それは彼らのしたことを黙認したことになる。それじゃあのときと同じだ。郷守の不正に目を瞑り、口を閉ざしたあのときと――。


(同じ過ちは、繰り返さない)


 自分の心を引き千切るように、ジェロディは一歩踏み込んだ。

 そうして恐怖に慄いている敵兵へ向け剣を振るう。

 ブシャッと音を立て、血が飛沫いた。

 胸を真っ赤に染めた敵兵が背中から倒れ込む。

 すぐに右からおめき声が聞こえた。錯乱した敵兵が剣を振り回して迫ってくる。


 ところがその敵兵の頭を、ケリーの槍が貫いた。彼女は目の前を塞ぐ死体を踏み倒すや、あたりに視線を走らせる。

 たぶん郷守を探しているのだろう。ジェロディも同じだ。あの男さえ仕留めれば、この無情な殺し合いは終わる。敵も味方も被害を最小限に抑えられるはずだ。


「ティノくん、郷守は……!?」


 ほどなく、少し離れた場所で戦うカミラが尋ねてきた。今、この場で郷守の顔を知っているのはジェロディとケリーだけだ。

 しかし燃える居館がこれだけ明々と照らしてくれているのに、ジェロディたちはまだ目的の人物を見つけられずにいた。そのため首を横に振れば、カミラもぎゅっと眉を寄せる。


「テオ・エシュ・ニク・ピツァ・クィザ――三連火箭ギメル・ナール・ヘッツ!」


 再びカミラの火刻フレイム・エンブレムが閃き、彼女が掲げた手の先に三つの大きな火球が生まれた。それは赤い火の粉を振り撒きながら三方向へ飛んでいく。

 まるで隕石のごとく着弾した火球は、直後、弾けた。

 その爆風に巻き込まれ、敵兵の多くが吹き飛ばされる。爆煙が巻き起こった。同時に吹きつけてくる熱風からジェロディが顔を庇った刹那、後ろでフィロメーナの声がする。


「カミラ隊、下がって! ギディオン隊と交代よ!」


 ――ああ、そうか。今のはギディオンと入れ替わるために煙幕を張ったのか。

 ジェロディがそう理解するのと同時に、カミラ隊の後退が始まった。ところがその気配を察したのか、煙の向こうから数人の敵兵ががむしゃらに突っ込んでくる。


 次の瞬間、その兵たちの剣と腕と首とがほとんど同時に宙を舞った。ジェロディが下がりながら視界に捉えられたのは、血の雨の中を駆け抜けるギディオンの後ろ姿だけだった。

 一体いつ剣を抜き、振るったのか。それさえ分からなかった、と思っているうちにギディオン隊の兵が続き、前線が一気に押し込まれる。


 改めて、背筋が凍るほど精強な軍だ、とジェロディは思った。

 最初にイークによるビヴィオ襲撃を見たときから思っていたが、救世軍かれらの動きは完全に訓練された軍隊のそれだ。破れかぶれになって暴れるだけの暴徒とは違う。規模こそ小さいが、卓越した戦術と実戦経験を兼ね備えた武装集団……。


(これが、救世軍)


 味方の前衛が入れ替わった。煙が晴れると思いのほかすぐ傍にカミラがいて、彼女は前線を見据えたまま顎を伝う汗を拭っている。

 恐らく真冬の夜とは思えない、ひどい暑さなのだろう。何せ郷守の居館を包む炎はますます暴れ狂っているし、先程のカミラの神術で地面もあちこち燃えている――いや、あれは地面が・・・というより死体が・・・、だが。


(だけど、カミラは僕と二つしか歳が違わないのに……)


 見惚れるような用兵だった。さすがはあの太陽の村の戦士様、と言いたいところだが、彼女の強さはそれだけじゃない。これまで培ってきた実戦の経験と、彼女を慕う兵たちの信頼と、天性の才能。彼女にはそれがある、と思う。

 ウォルドあたりは〝野生の勘〟などと揶揄しそうだが、カミラはとにかく戦場の呼吸を読む技に優れていた。それに彼女の剣には迷いがない。この国の未来を切り拓くため――ひいてはフィロメーナの夢を叶えるため。彼女が剣を振るう度、そんな決意が光となってほとばしっているように、ジェロディには見える。


 眩しい。


(……僕も、あんな風に戦えたら――)

「――ティノさま、お怪我はありませんか……!?」


 と、ときにティノの物思いを遮って、後方からマリステアが駆けてきた。傍には馬に乗ったフィロメーナと、彼女を護衛する救世軍兵もいる。


「ああ、平気だよ、マリー。だけど郷守が……」

「見つからない?」


 馬上からフィロメーナに尋ねられ、ジェロディは頷いた。救世軍が戦闘を開始して早くも一刻(一時間)が過ぎようとしているが、戦場のどこを探しても郷守の姿は見当たらない。

 さては最初の戦のときのように隠れているのか、あるいは燃える居館から逃げ遅れて焼け死んだのか……。

 どちらにせよあの男の居場所が分からないことには地方軍の抵抗をやめさせることができない。既に敗勢を悟って逃げ出す敵もいるにはいるが、見てのとおりまだ戦闘は続いているのだ。


「フィロ、どうする? 私と水術兵とで館の火を消して中を見てくる? その辺の敵兵でも捕まえて連れていけば、郷守の寝室くらいは分かると思うけど……」

「そうね……あとは裏門を張っているイークたちの報告次第だけど――」

「――フィロ!」


 そのとき絶妙のタイミングで、フィロメーナを呼ぶイークの声がした。見れば館の裏手から、数人の騎兵を連れたイークがやってくる。


「イーク、そっちはどう?」

「ダメだ。裏門から逃げようとするやつは片っ端から捕まえてるが、どこにも郷守らしいやつはいない。だが攫われた村人の居場所は聞き出せた。郷庁の裏手の一回り小さい建物――獄舎だ。だが囚人の脱走を防ぐためなのか、守りが固くて攻め切れない」


 苦々しい顔でイークが告げるのを聞いて、ジェロディはちょっと意外に思った。用兵、剣技、神術、いずれを取っても非の打ちどころのない彼が地方軍を攻めあぐねるなんて……。

 だが冷静に状況を分析すれば当然かもしれない。何せ救世軍は先のビヴィオ攻めで百人近い犠牲を出している。ゆえに今の兵力は三百程度。

 それを四人の隊長がそれぞれ率いているから、各隊の兵力は百に満たない。おまけに郷守を探すため、四つの隊はほぼバラバラに動いているのだ。これでは兵力が分散されすぎて、攻め切れないのも無理はない。


「分かったわ。そういうことなら、こちらの兵力を捕虜救出に回しましょう。――カミラ」

「はい」

「ここはもういいから、あなたは獄舎の解放に向かって。イークは引き続き裏門の警戒を。その代わり、カミラ隊に少し兵力を回してくれる?」

「それはいいが、あの守りはカミラ一人じゃキツいぞ。裏の指揮はアルドに任せて、俺もそっちに……」

「いいえ、今のアルドに隊の指揮は任せられないわ。地方軍に対する怒りで、彼は冷静さを失っている。だから代わりに――ジェロディ」

「はい」

「あなたをカミラ隊の副隊長に任じます。彼女の作戦を支援してあげて」


 ジェロディは目を見開いた。これは臨時の野戦任官……というやつだろうか?

 だがジェロディは彼らの正式な仲間じゃない。郷守に攫われた人々を救い出す間だけ彼らに力を貸すと約束した、臨時雇いの傭兵みたいなものだ。

 そんな自分がカミラの副官に?

 フィロメーナの意図が図りきれず、ジェロディはカミラを顧みた。が、当のカミラはきょとんとしている。どうやら意味が分かっていないらしい。代わりに声を上げたのは、血相を変えたイークだ。


「おい、フィロ! 一体何のつもりだ、こいつは……!」

「あら、たった今あなたが言ったのでしょう? 獄舎の守りをカミラ一人で破るのは難しいと」

「それはそうだが、だからって何でこいつをカミラの副官に……!」

「この二人なら歳も近いし、お互いに信頼関係を築けているからよ。それにジェロディも、近衛軍では一隊を率いていたと聞いたわ。それならカミラの作戦を上手く支援してくれるはず」

「だがこいつは元々軍の人間だぞ! いざってときに、もし裏切るようなことがあったら――」

「――カミラ。あなたはどう? ジェロディが副官になることに異存はある?」

「へっ? あ、いや、私はフィロがそうしろって言うなら……」


 ようやく状況を理解したとでも言うように、カミラはフィロメーナとジェロディを見比べながらそう言った。それを聞いたフィロメーナは微笑んで、今度はジェロディを振り返る。


「ジェロディ、あなたは? あのとき私に〝祖国の過ちを正したい〟と言った気持ちは今も変わらない?」

「ぼ、僕は……」

「もしその気持ちが既に萎れてしまったと言うのなら、これ以上ここにいてもらう必要はないわ。危険が迫る前に去りなさい。だけど――」


 炎を上げた郷庁の一部が、音を立てて崩れ落ちた。大量の火の粉が舞い、闇夜がぱっと照らされる。その炎を映したフィロメーナの瞳が、赤々と燃えている。


「あなたが今も自分を許せずにいるのなら、迷わず行きなさい。攫われた人々を救い出すことは、きっとあなた自身を救うことにもなるはずだから」


 轟音を立てる郷庁と、巻き上がる粉塵。

 そんな凄絶な光景を背にして、フィロメーナは微笑んでいた。

 そこでジェロディは初めて気づく。

 ――ああ、そうか。

 彼女はたぶん許せずにいるのだ。

 最愛の人ジャンカルロを死なせてしまった過去の自分を。


 だからジェロディに行けと言っている。

 過ちを償うことのできない苦しみを、誰よりもよく知っているから。

 そのときジェロディにははっきりと分かった。

 カミラが彼女のために命を懸けたいと言った理由。


「……分かりました。カミラと二人で、捕らえられた人たちを救い出してきます。あなた方の名に懸けて、必ず」


 神の宿った拳を握り、ジェロディは答えた。それを聞いたイークが後ろで顔色を変えているが、フィロメーナは動じない。


「ありがとう、ジェロディ。あなたに五武神の加護がありますように」


 更にイークの舌打ちが聞こえたが、ジェロディはフィロメーナに倣って今は無視した。そうしてカミラを振り向けば、彼女は何故だかちょっと嬉しそうにしている。


「それじゃ行きましょ、ジェロディ副隊長・・・


 促す声に頷いて、ジェロディたちは出発した。カミラが率いる五十人の兵とケリー、マリステアを引き連れて、郷庁の裏手にあるという獄舎を目指す。

 燃え盛る郷庁は迂回し、西側から回り込んだ。途中で遭遇した敵兵は薙ぎ倒し、逃げる者は追わずに突き進む。


 ――走りながら、これからのことを考えた。


 黄都を出たら、国の追及をかわしながらまっすぐ西へ。その途中でどうにか父と合流し、事情を話してソルレカランテへ引き返す……はずだった。

 なのに僕は何をやってるんだろう、という自嘲めいた思いがないわけではない。反逆者の濡れ衣を着せられ、無実を証明するために西へ向かっていたはずなのに、今、自分はまさに本物の反逆者としてここにいる。反乱軍に手を貸し、祖国の兵を殺し、郷守の首をも刎ねようとしている……。


 しかもここは一度滞在したことのある町だ。黄金の竜を駆って戦場に舞い降りたガルテリオ・ヴィンツェンツィオの一粒種――あんな派手な登場を決めたあとならば、ジェロディの顔を覚えている兵士たちも大勢いることだろう。

 だとすれば黄都へ通報が行くのも時間の問題。一応〝郷守の暴政を止めるため〟という大義名分はあるが、果たしてそれがオルランドに認められるかどうか。


(ルシーンたちはきっとこの件も政略に利用しようとするはず……)


 だとすれば、自分の選ぶべき明日はどっちだ。

 それでも父のもとを目指して進むか、このまま救世軍かれらと共に戦うか――。


(僕は……この国を信じたい)


 黄皇国は完全に腐ってしまったわけではない。ジェロディは知っている。この国を元の姿に戻そうと、内側で戦い続けている人々の存在を。けれど。


(僕には、フィロメーナさんたちが戦う理由もよく分かる……)


 黄皇国の打倒と新国家の樹立。

 それが彼らの目的だとジェイクは言った。

 祖国をこの手で滅ぼす。そう考えると足が竦む。三百年もの間この地に君臨し続けた黄金の国。その歴史を否定し、まったく新しい国の名で塗り替える。

 そんな覚悟が自分にあるのか。何度自問してみても、答えは判然としなかった。

 ただ一つだけ分かっていることは、


(たぶんそれが、民を救う最短の道――)


 自分は、何者になりたいのだろう。

 初めは父のような高潔な軍人になりたかった。けれどその夢が絶たれようとしている今、未来の自分の姿を脳裏に思い描けない。

 しかし選択の時はもうそこまで来ている。迷っている時間はない。

 父を守り、この国の命運を彼に託すか。

 それとも自らの手で、救世軍と共に道を切り拓くか……。


(選べないよ、父さん――)

「――ティノ様!」


 そのときだった。突然ケリーの声が耳を貫き、かと思えば腕を引かれた。意識が現実に引き戻される。黄砂岩造りの建物の陰。そこから何か飛び出してきた。どうやらケリーはそれ・・からジェロディを守ろうとしたらしい。


「うわっ……!?」


 ところがその何か・・はジェロディと衝突する寸前でつんのめると、そのままドシャッと地面に倒れた。

 ダメな転び方のお手本みたいな、あまりにも見事なコケっぷりだった。

 何せ万歳するみたいに両手を上げたまま、それ・・は顔面から倒れ込んだのだ。おかげでジェロディたちは行く手を塞がれ、慌ててその場で急制動した。が、止まり切れなかった何人かがそれ・・につまずいて、足蹴にされたそれ・・から「グフッ」とか「グエッ」とかいう呻きが漏れる。


 ……もう疑う余地はなかった。

 ジェロディたちの目の前に倒れたそれ・・は人だった。

 たぶん、さっきの悲鳴と呻き声からして若い男だろう。リードグレイの長衣ローブに身を包み、頭には同じ色の帽子――いや、でもそれは転倒の衝撃で外れかけ、黒い癖っ毛が覗いている――を被り、背中には何やら大きな箱を背負っている。

 暗褐色の木材で作られた、衣裳箱チェストみたいに大きな箱だ。見るからに硬くて重そうで、そんなものを背負っていたからつまずいたときバランスを取れなかったのだろう。


「あ、あのぅ……大丈夫ですか?」


 そのあまりに派手な転びっぷりに同情したのか、マリステアが息を切らしつつ倒れた男を覗き込んだ。すると男はうつぶせのまま、


「あ……あんまり、大丈夫じゃないです……」


 と死にそうな声で返してくる。

 仕方がないので、その場に居合わせた数人で男を引っ張り起こした。見たところ武器も帯びていないようだし、鎧も着ていないから、たとえ敵でも危険はないだろうと判断したのだ。


「も……申し訳ありません……お見苦しいところを……」


 と、謝罪しながら体を起こした男は、〝男〟と言うより〝青年〟と呼ぶべき年頃に見えた。

 顔は土で汚れているものの、声の調子で何となく十代後半くらいだろうと見当がつく。だがジェロディが驚いたのは、彼のまとっている衣服だ。


 それはただの長衣ではなかった。胸元に白く《六枝の燭台メノラー》が刺繍された祭服だ。

 つまり彼は聖職者だということ。それも光明神オールの神璽みしるしである《六枝の燭台》が描かれた祭服を身に着けているとなると、光神系教会の者だろう。東方金神会を始めとする金神系教会が主流であるこのあたりでは、かなり珍しい相手だと言っていい。


「あっ……あなたは、トビアス殿!?」


 ところが突然ケリーが大声こえを上げ、ジェロディはびくりと喫驚した。

 彼女が見つめる先には土まみれの聖職者がいる。そして彼もケリーを見るなり、驚きを露わにした。


「えっ……!? も、もしやあなたはケリーさん、ですか……!? お、お久しぶりです! こんなところでお会いするとは奇遇ですね……!?」

「奇遇どころじゃありませんよ、何故あなたがこんなところにいるんです?」


 戸惑いに声を上擦らせながら、しかしケリーはひとまず青年――名前はトビアスと言うらしい――へ向けて手を差し伸べた。するとトビアスも礼を言いながらその手を取り、ふらふらと頼りない足取りで立ち上がる。


「ケリー、知り合いなの?」

「ああ……ティノ様は覚えておられませんか。彼は正黄戦争の頃、真帝オルランド軍の拠点――オヴェスト城にいらした光神真教会の宣教師様ですよ」

「えっ。ま、待って下さいケリーさん、〝ティノ様〟ということは、もしや彼は……!?」

「はい。あのティノ様ですよ、トビアス殿。そして隣にいるのが、あなたに紙芝居をせがんでばかりいたマリステアです」


 ケリーが苦笑と共にそう言えば、何かひどく感激した様子のトビアスがこちらを向いた。今の話から察するに、このトビアスも竜父やギディオンと同じく幼い頃のジェロディを知る人物らしい。


「そ、そうでしたか……! お二人とも、すっかりご立派になられて……! いやぁ、最後にお会いしたのは八年前ですから、印象が変わっていて気づきませんでした。ですが皆さんお元気そうで……」

「いえ、トビアス殿、今はそれどころではないというか……そう言えば、ロクサーナは一緒ではないのですか? お二人は今も行動を共にしているものだと思っていたのですが……」


 勝手に話を進めるジェロディたちの後ろで、救世軍の面々がざわついている。それを気配で察したのだろう、ケリーは再会を喜び合うのもほどほどに、状況把握を優先した。

 が、彼女の口からそんな問いが零れた途端、トビアスの笑みが凍りつく。彼は青い顔で口角を歪ませると、それでも何とか笑みを作ろうという努力を見せた。


「い、いえ、それが、色々と手違いがありまして……私がここへ来たのは、そのロクサーナを――」

「――おい、いたぞ! あそこだ! あの男を捕まえろ!」

「ヒィッ……!?」


 瞬間、トビアスの言葉を遮って、彼の背後から声が上がった。見れば先程彼が駆けてきた方角から、目の色を変えた黄皇国兵が迫ってくる。

 彼らの言う〝あの男〟とは、言うまでもなくトビアスのことだろう。彼は黄皇国兵の姿を見るなりガタガタと震え出す。


「あ、あ、まずい、見つかった……!」

「トビアス殿、追われているのですか?」

「え、ええ、実は、ちょっと牢屋の鍵が入り用だったものですから、先程どさくさに紛れて拝借しまして……し、しかし皆さん、どうもそれがお気に召さなかったらしく……」

「牢屋の鍵?」


 と、そこで聞き返したのはカミラだった。その声を振り向いたトビアスが何故か目を見開いているが、渡りに船とはこのことだ。


「ケリー!」

「ええ、まさに天の助けです。カミラ、ちょっとあいつらを懲らしめるよ!」

「合点承知!」


 今の流れでカミラもだいたいの事情は察したのだろう。彼女はニッと笑って剣を抜くと、あとに続く救世軍の兵たちへ号令する。

 だがそこでトビアスを追ってきた官兵もジェロディたちの存在に気がついたようだった。彼らは次第に歩調を落とすと、武器を構えたジェロディたちを見て口元を引き攣らせる。


「あ……やばい、こいつら反乱ぐ――」

「――ようこそ、救世軍へ」


 にこりと笑ったカミラの拳に、炎が灯った。

 直後、ビヴィオの丘には一発の爆音と、黄皇国兵の悲鳴がこだますることになる……。

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