75.敵か味方か
カミラの渾身の回し蹴りが、憲兵の顔面に命中した。
相手の頬に踵がめり込み、直後、吹き飛ばされた憲兵が石畳を転がっていく。
すぐ横では草色の髪を翻した女が、槍で敵兵を一突きにしていた。彼女が槍を引き抜く一瞬の隙は、ティノがすかさずカバーする。
連携の取れた動きだった。それに二人ともなかなかやる。もう一人、フードを被ったままの少女だけは戦闘に加われないようで、物陰に隠れながら震えている。
戦いながら彼らの会話に聞き耳を立て、カミラは彼女たちの名前を知った。どうやら槍の女がケリーで、非戦闘員の少女がマリーというらしい。何だか名前が似ていてややこしいが、とにかく呼び方が分かれば上出来だ。
「ケリーさん、後ろ!」
次の憲兵と斬り結びながらカミラが叫べば、はっとしたようにケリーが動きを止めた。瞬間、彼女は振り向きもせず、構えていた槍をグッと後ろへ突き戻す。
その石突に鳩尾をやられた憲兵が、「ぐお……」と呻いて頽れた。へえ、槍ってああいう戦い方ができるんだ、とカミラが感心していると、今度は二人に増えた敵兵が左右から突っ込んでくる。
「カミラ……!」
「心配ご無用!」
そう答えるが早いか、カミラは剣を頭上高くへ放り投げた。ちょうどそこに憲兵が挟撃をかけてくる。
その左右からの攻撃を、カミラは華麗なバク転で躱した。標的を失った憲兵同士の剣がぶつかり合う。カミラが狙ったのはまさにそれだ。
「テオ・エシュ・テトラ――火箭!」
相手が同士討ちに戸惑った一瞬の隙。カミラはそこに火炎弾を撃ち込んだ。
今度は人の頭ほどの小さな炎弾だが、まあ効果は覿面だ。憲兵は二人まとめて吹き飛ばされ、その様子をしかと確かめながら、カミラは落ちてきた剣を掴み取る。
「まるで曲芸だね」
感嘆しているのか呆れているのか、向こうでケリーが漏らしたのが聞こえた。それに何か気の利いた言葉でも返そうと思ったところで、
「――きゃああああ……!?」
突如背後から上がった悲鳴に、一同の動きが止まった。はっとして振り向けば、物陰から転がり出たマリーに憲兵が迫っている――あいつら!
「マリー!」
彼女の名を叫び、助けに向かおうとしたティノが止められた。ケリーも敵兵の妨害を受けている。
だがカミラはフリーだ。すかさず向かってきた新手には神術をぶち込んで、とっさに左腿の飛刀を抜いた。
マリーへ迫る憲兵へ向け、その飛刀をサッと投げる。切っ先が相手の肩に吸い込まれた。本当は首を狙ったのだが、この視界で当たっただけ儲けものだ。
「マリーさん、逃げて!」
飛刀を食らった憲兵が身悶えている数瞬の隙。その間にマリーを逃がしながら、カミラは横道から溢れてくる憲兵たちの正面を塞いだ。
ああ、これはまずい。またもあちこちから憲兵が集まり出している。カミラの神術が派手な爆音を轟かせているので無理もないが、囲まれるのは時間の問題だ。
(そうなる前に逃げないと――)
新手の憲兵と斬り合いながら、ちらとティノたちの方を確認する。あちらの憲兵はあと四人。それと今カミラの目の前にいる数人を倒せば、逃走する隙ができる……。
「うらあああっ! くたばれ、クソガキ……!」
「あんたたち、さっきから人をクソガキクソガキってうるさいわ――ねっ……!?」
そのときだった。
斬りかかってくる憲兵の一撃を躱そうとしたところで、足が滑った。
――雨のせい? いや、それだけじゃない。
途端にガクンと膝が落ち、カミラは「しまった」と思った。
限界だ。例の魔物討伐以来、まったく休まずここまで来た。そこにこの雨と連戦じゃ、体が言うことを聞かなくなるのも無理はない。
「か、カミラさん……!」
後ろからマリーの悲鳴が聞こえた。ふと見上げれば、目の前に剣を振りかぶった憲兵がいる。口元には、勝ち誇ったような歪んだ笑み。
「終わりだ」
冗談じゃない。
こんなところで死んでたまるか。自分にはまだやるべきことがある。ウォルドを見つけて、ロカンダへ戻って、第四郷区の民を解放して、それから――ティノを守る。
……ティノを守る?
どうしてさっき出会ったばかりの少年を?
分からない。だけど本能が告げている。
彼を、ティノを、身を挺してでも守り続けろと――
(何なの、これ)
頭の中に響く謎の声。
カミラがそちらに気を取られた直後、目の前の憲兵が、吹き飛んだ。
真横からの一撃。
それが憲兵の頭蓋に食い込み、あとは石くれみたいに転がっていく。
カミラは唖然とした。
アホ面を晒して見上げた先には、馬鹿みたいに大きな人影があった。
「ウォ……ウォルド!?」
そこでようやく我に返り、カミラは素早く立ち上がった。
無駄にデカい図体。右頬の古傷。雨に濡れていつもより大人しい黒髪と、ずっと高い位置から降ってくる呆れの眼差し。
ああ、うん、間違いない。ウォルドだ。
やっと見つけた――というか、見つけられた!
「ウォルド、なんでここに……!?」
「そりゃこっちの台詞だ。憲兵どもがお前の名前を叫んでるのを聞いて来てみりゃ、マジでいやがった」
「私はあんたを探しに来たのよ! ていうか――!」
瞬間、カミラは大きく剣を引き、一目散に斬りかかった。
誰にって? もちろんウォルドだ。
さすがのウォルドもこれには意表を衝かれたのだろう、「うおっ!?」と驚くと、とっさにカミラの剣を受け止めた。そのまま鍔迫り合いになり、カミラは「チッ」と舌打ちする。
「お、おいカミラ、てめえいきなり何しやがる……!」
「フフフ……あのねぇウォルドさん、あなたさっき宿屋で食い逃げしたでしょ? また懲りずにやったでしょ? おかげで私が払わされたのよ、銀貨二枚なんて法外な飲食代を!」
「あー、アレ、お前が始末をつけてくれたのか。助かったぜ、ごちそうさん」
「〝ごちそうさん〟じゃないわよ! 何なの!? あんたは一体何度私に尻拭いさせたら気が済むの!? いい加減にしてほしいんですけど!?」
「まあそうカリカリすんなよ。こないだみたいに十日間無償で皿洗いさせられずに済んだだけマシだろ。ていうかお前、俺を探しに来る度にこうも当たりを引くとは、よっぽど幸運の神に愛されてんだな」
「ぶち殺す!」
「お、おいあんたたち、さっきから何やってるんだい!?」
向こうから困惑したケリーの声が聞こえた。まあ無理もない。カミラを助けたはずの男がそのカミラに斬りかかられ、あげく殺意を剥き出しにされているのだから見ている方は混乱するだろう。
だが状況は予断を許さなかった。いつの間にかウォルドが薙ぎ倒してくれていたらしい憲兵たちを踏み越えて、横道から更に新手が溢れてきている。
ティノたちの方は粗方片づいたようだが、このままではゆっくりウォルドを締め上げることもできない。カミラは仕方なく剣を引くと、殺到してくる憲兵たちに向き直った。
――で、それから約半刻後。
ソルレカランテ西区の住宅街には、死屍累々の光景が広がっていた。あちこちから白い蒸気が立ち上っているのは、カミラが怒りに任せて神術を使いまくったせいだ。
おかげで神力はすっからかん。だがカミラの表情は晴れやかだった。こういうのを〝憑き物が落ちた〟というのだろうか。憲兵隊に八つ当たりしまくったおかげで、いつの間にか気が晴れている。
「ふう……すっきりした。もう後続はいないみたいね?」
額を伝う雫を拭いながらカミラは言った。気づけばあれほど激しかった雨も小振りになって、状況はだいぶマシになっている。
ただ身を寄せ合ったティノたちがやはり怯えた様子なのが気になるが、まあいい。カミラは剣の血を拭って鞘に収めると、途中で使用した飛刀も回収し、更に長い髪を絞った。
「で? ウォルド、年末から一ヶ月も行方を晦ませてた件について、何か言うべきことは?」
「特に何も。んなことよりまずは場所を変えるのが先だろ。ここにいたんじゃまたすぐ憲兵どもが湧いてくるぞ」
他方ウォルドも、自身の剣の血と水とを払って鞘に収めている。……まんまと正論で話を逸らされた。カミラが半眼になってそんなウォルドを睨んでいると、ときに彼はティノたちの方へ向き直った。
「おい、あんたら。うちの跳ねっ返りが世話になったな。しばらく身を隠せそうな場所を知ってるんだが、来るか?」
尋ねられたティノたちは、三人で顔を見合わせた。たぶんウォルドの悪人面のせいだろう、わずかな迷いが見て取れなくもない。
けれど〝黄帝暗殺を目論んだ謀反人〟などと喧伝されていては、彼らも他に行き場がないのだろう。やがて小さく頷き合うと、「お願いします」とよく通る声でティノが言う。
「で、あんたら二人は仲間同士って認識でいいんだよね?」
と、ケリーが探るように尋ねてきたのは、カミラたちがウォルドの案内でソルレカランテの西の外れ――そこにある襤褸屋に身を隠したあとのことだった。
そのあたりはいわゆる〝貧民街〟と呼ばれる区域で、歪んだ板つきの窓の向こうには崩れかかった家々が並んでいる。ウォルドが一行を連れてきたのはそんな崩れかけの家の一つで、辛うじて屋根はかかっているものの所々石積みが崩れ、天井が急勾配になっていた。
けれどたぶん、元は立派な二階建ての民家だったのだろう。一階は見る影もなく荒れ果てているが二階はだいぶまともで、腐りかけの階段を無事上り切ることさえできれば、そこには板張りの床と小さな寝床――そしてなんと有り難いことに暖炉があった。
カミラたちは現在、その暖炉に火を入れて皆で暖を取っている。雨水を吸った衣服も着替えて、ようやく人心地つくことができた。
ウォルド曰く、ここには普段浮浪者が住み着いているらしい。けれど事前に金を払って、一時的に借りているのだとか。決して住み心地がいいとは言えないが、長期間黄都に滞在する場合は、宿に泊まるより割がいいと彼は言った。
「えーと、まあ、無銭飲食の罰金を三回も肩代わりさせる野郎を〝仲間〟と呼ぶならそういうことになりますけど」
「む、無銭飲食?」
「いや、あれは無銭飲食というかだな、ちょっとした手違いだ。金があると思ってたらなかった。だからしょうがなくトンズラしたってだけの話だ」
「それを無銭飲食って言うのよ!」
「そう言うあんたらは? こいつから聞いた話じゃ、さっきから憲兵隊が探し回ってるのはあんたらなんだって?」
「……」
「あんたらと合流する前、街で擦れ違った憲兵が騒いでたぜ。〝反逆者のジェロディ・ヴィンツェンツィオを探せ〟ってな」
「ジェロディ・ヴィンツェンツィオ?」
誰だそれは。そう尋ねかけてから、カミラははたと気づいた。
……〝ジェロディ・ヴィンツェンツィオ〟?
そう言えばつい最近、そんな名前をどこかで聞いたような。
ジェロディ。
ジェロディ・ヴィンツェンツィオ。
〝ヴィンツェンツィオ〟……。
「あ……ああぁっ!? じ、ジェロディ・ヴィンツェンツィオって、もしかしてイークが言ってた――いたっ!?」
「カミラ、お前はちょっと黙ってろ」
「だ……だからって叩くことなくない……!?」
いきなり後ろ頭を叩かれて、カミラは涙目のまま抗議した。この男は人に倍する膂力を持っていながら手加減というものを知らない。今のはイークに殴られるより数段痛かった。こっちはか弱い乙女なのに、ひどい。
「ちょっと待て。あんたたち、今〝イーク〟って言ったかい?」
「いや? 〝イーク〟じゃなくて〝リーク〟だよ。リークってのは俺たちの仲間で、あんたらの噂もそいつから聞いた。何でもこの前、ビヴィオで竜を引き連れて反乱軍を撃退したって話じゃねえか。あんただろ、そんときの立役者、ジェロディ・ヴィンツェンツィオってのは」
ウォルドが何の気もなさそうにそう尋ねると、視線を向けられたティノがうつむいた。ということは彼が件の〝ジェロディ・ヴィンツェンツィオ〟なのだろうか? でもケリーたちは〝ティノ〟と呼んでいるし……いや、もしかしたらそっちは偽名?
だとしたら――もし目の前にいるこの少年が〝ジェロディ・ヴィンツェンツィオ〟なら、まずい。刹那、カミラの背中に冷たいものが走った。
もしもそうなら、ウォルドがさっき強引に自分を黙らせたのにも頷ける。何せ彼らはビヴィオでイークと戦っているのだ。ケリーがイークの名に反応したのはそのせいだろう。
つまりこちらがイークの仲間だと知られれば、自ずと救世軍の一員だとバレる。
そうなれば今度は彼らと殺し合いだ。神力と体力をほとんど消費してしまった状態でそんなことになったら、圧倒的に分が悪い。
というか自分はそうとも知らず、彼らを庇って戦ったのか? ビヴィオで大勢の仲間が彼らに殺されたのに?
なのに、自分はなんてことを――
(――ていうか、待って。そもそもウォルドはビヴィオでのことをどこで知ったの?)
思わず隣の彼を振り返る。その横顔からはいかなる感情も読み取れない。
だけど、おかしい。カミラはまだ一言もビヴィオでのことを話していないはずだ。なのに何故? どういうことだ?
驚きと疑問の連続で思考がもつれ、硬直する。だがカミラがそうして真っ青になっている間に、ティノ――いや、あるいはジェロディ?――が口を開いた。
「……その前に、教えて下さい。あなた方は誰ですか?」
「名前ならさっき名乗らなかったか?」
「ええ。だから名前じゃなくて、あなた方がどこの誰で何をしている人たちなのか知りたいんです。訛りを聞いてると、二人ともこの国の人じゃありませんよね?」
「へえ、分かるのか」
「僕の母が異邦人でしたから、それくらいは」
「私もそれは気になっていた。特にカミラ、あんたの訛りは長く国境にいた私も聞いたことがないよ。一体どこの出身なんだい?」
「えっ……わ、私、そんなに訛ってますか……!?」
更なる衝撃がカミラを襲った。これでも黄皇国に来てから周りに合わせ、だいぶ訛りを矯正したつもりでいたのに。
いや、あるいは直したつもりになっていただけで、実際は全然直っていなかったとか? カミラが非情な現実に打ちひしがれていると、代わりにウォルドが口を開いた。
「こいつは南のルミジャフタの出身だよ。まあけど確かに、言われてみりゃ珍しい訛りかもな」
「ルミジャフタ?」
「あー、この国では〝太陽の村〟って呼ぶんだっけか?」
「た、太陽の村……!? それじゃあカミラさんは、太陽の村の戦士さまなのですか!?」
そのとき突然大人しかったマリーが跳び上がって、カミラもびくりと戦いた。
――ああ、そう言えばこの国では〝太陽の村の出身〟というとそれだけで神聖視されるんだっけ。頭の片隅でぼんやりそんなことを思っていると、続けてケリーが尋ねてくる。
「どうりであの強さ……だけど太陽の村では、戦士は男の職業だと聞いたよ。なのに女のあんたが何故?」
「わ、私はその、イレギュラーというか……小さい頃お兄ちゃんの戦う姿に憧れて、一緒に剣を習うようになったんです。それで今でも剣士をやってて……」
「証拠が必要だってんなら、こいつ、ルミジャフタ語も話せるぞ。さっきもなんか言ってたろ」
「ティク・ミク・ティア」
「それどういう意味だ?」
「〝ぶち殺す〟って意味よ」
話していたら先程までの恨みつらみを思い出して、カミラは片頬を歪ませた。
ところが次の瞬間、突然ガバッとカミラの両手を掴んだ人物がいる。ぎょっとして振り向けば、そこにいたのは必死の形相をしたマリーだ。
「あ、あの! 太陽の村の戦士さまなら、弱き者をお助け下さいますよね……!? さっきお話したとおり、わたしたちは無実の罪で国に追われているのです! ですからその疑惑を晴らすために、どうしても黄都を出て西へ向かわなければならなくて……!」
「に、西ですか?」
「そうです! ガルテリオさまのいらっしゃるグランサッソ城まで辿り着ければ、きっと事態も良い方へ転がるはず……! ですからお願いです、どうかティノさまを助けて下さい……!」
見かけによらぬ力でギリギリと両手を握り締められて、カミラは正直「うわあ」と思った。何しろ彼女が今縋っている相手は、そのガルテリオに矛を向ける反乱軍の一員だ。それを知ったら、彼らがどんな顔をするか……。
「い、いや、でも、確か皆さんて黄帝暗殺の嫌疑をかけられてるんですよね? そ、そんな人たちを連れて門を抜けるのはさすがに無理があるというか……」
「いや、方法はなくもないぞ」
「え!?」
ジェロディたちが一斉にウォルドを顧みた。別の意味で驚いて、カミラも同時に振り向いた。
「そ、その方法というのは……!?」
「んー、そうだな。どうしてもってんなら教えてやるが――ただしそれには条件がある」
「条件、ですか?」
「ああ。と言ってもそう難しい話じゃねえ。実は俺とカミラは、余所から流れてきた傭兵団の一員でな。その本隊が今、南のロカンダにいる。あんたら、そこでウチの団長に会ってみねえか?」
刹那、カミラはぞっとした。
この男は何を言ってるんだ、というのが、真っ先に出てきた感想だった。
傭兵団? 本隊? 団長? つまり救世軍本部で総帥であるフィロメーナに会えと言っているのか?
けれどあのガルテリオ・ヴィンツェンツィオの身内を引き入れてどうなる? それじゃ味方の懐深くに敵を招き入れるようなものだ。なのに――
「その団長さんに会う……というのが、脱出の条件ですか?」
「ああ。あんたら、いかにもうちの団長が気に入りそうな面構えをしてるんでな。もちろんそのまま団に入れとは言わねえ。ただ一遍会ってみて、団長の話を少し聞いてやってくれねえか。あんたらと似たような境遇のやつなんで、たぶん気は合うと思うぜ」
「話がうますぎるな。私たちは濡れ衣とは言え、主君弑逆の罪を被った大罪人だぞ。その私たちを助けるリスクと、あんたの言う条件が釣り合うとは到底思えないんだが?」
「ま、そうだろうな。だがうちの団長に会ってみれば、あんたの考えも変わる」
いかにも自信たっぷりと言った様子で、ウォルドはニヤリと不敵に笑った。
しかしカミラは思う。いやいやニヤけてる場合じゃないって。
これは止めないとまずい気がする。というかまずい。ウォルドが何を考えているのかサッパリ分からないが、仮に彼らを無事ロカンダまで連れて行けたとして、イークが黙っているわけがない。
「ちょ、ちょっとウォルド、勝手なこと言わないで! この人たちをロカンダに連れていくって、そんなことしたら……!」
「別にいいだろ、今回は人助けだ。それにどのみち、お前も憲兵に顔を見られちまってる。だとしたら門を抜けるリスクは変わらねえだろ」
「そういうことを言ってるんじゃなくて……!」
「心配すんな、副団長なら俺が説得してやるからよ」
――こいつ……! と、カミラは愕然として肩を震わせた。ウォルドは何もかも承知の上で彼らをロカンダへ誘おうとしている。でもってカミラの言い分など聞くつもりは毛頭ないらしい。
そうこうする間にも、ジェロディたちは顔を見合わせ何事か話し合っていた。そしてしばしののちこちらを向き、覚悟を決めた表情で言う。
「分かりました。本当に団長さんに会うだけでいいのなら、条件を飲みます」
あああああ、とカミラは内心頭を抱えた。ここで彼らが断ってくれれば話が丸く収まったのに!
「だけどその前に教えて下さい。一体どうやって衛兵のいる門を抜けるんですか?」
「そりゃもちろん抜け道さ」
「抜け道?」
「ああ、大船に乗ったつもりでいてくれていいぜ。何せこれが今、この国で一番確実な方法だからな」




