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【side:A】エマニュエル・サーガ―黄昏の国と救世軍―  作者: 長谷川
第2章 ジェロディという少年
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67.寵姫の微笑

 降りしきる冷たい雨の中を、馬を急がせ城へ向かった。

 供の者は一人だけ。先程城からの使者として迎えに来た近衛兵だ。

 内々に話をしたいというオルランドの要望に従い、ジェロディはひとまずケリーやオーウェンには屋敷で待つよう言いつけてきた。

 事情を知るマリステアたちは見送りの場で不安げにしていたが、大丈夫だ。オルランドから直々に呼び出しがかかったということは、きっとジェイクが上手くやってくれたに違いない。


 そう思わないと、ジェロディまで緊張で胃が痛くなりそうだった。速歩はやあしで馬を進ませながら、手綱を握る右手に目を落とす。

 白い布地の手套は既にびしょ濡れ。しかしそんなこともあろうかと、懐には代えの手套も入れてきた。濡れて駄目にならないよう、マリステアが油紙で包んでくれたから、それに関しては心配ない。


 頭から被った雨避けの外套の下には、着慣れた紅白の軍服を着ていた。今回は公の場でオルランドに謁するわけではないので、派手な衣装など着て行って悪目立ちするのを避けるためだ。

 問題は城に入ってから、セレスタやハインツに見つかることなく奥まで辿り着けるかどうか。登城しているところを見つかったら、休暇中に何用だと問い質されるに違いない。そうなったときの対策も一応考えてはあるが、できることならこれ以上嘘は重ねたくないというのが本音だ。


 雨に煙る目抜通りの向こうに、円形の城前広場とそそり立つ尖塔が見えてくる。


「こちらへ」


 正門を潜り、馬を厩舎へ預けると、ジェロディは使者に促されるまま城へ入った。濡れそぼった外套は衛兵に預け、それと引き換えに渡された手巾で頭や顔の雨粒を拭う。

 《命神刻ハイム・エンブレム》を隠すための手套は、手巾を被せながら素早く代えた。傍目にはたぶん、濡れた手を拭きながら手套を代えたようにしか見えなかっただろう。そうでなくては困る。


 それからジェロディは使者の先導で奥を目指した。中庭へ続く扉が見えてくると右へ折れ、その先にある控えの間の一つに通される。

 ――いや、待て。控えの間だって?

 ここでまたしばらく待たされるのだろうか? 非公式の謁見なのに?


「どうぞ、中へ」


 『夕照の間』。そう記された部屋の扉を開けて、近衛の軍装に身を包んだ男が促してきた。

 けれどおかしい。さっき屋敷で聞いた話では、オルランドとは奥の皇居で会う手筈になっていたはずだ。それなのに何故……?


「あ、あの、陛下は奥でお待ちなのでは? なのにどうしてこんなところへ……」

「――いいから入れ」

「うわっ……!?」


 いきなり後ろへ回った男が、力任せにジェロディの背中を押しやった。突き飛ばされたジェロディは踏み留まる暇もなく『夕照の間』へと転がり込む。

 その部屋は名前のとおり、夕日に照らされたような紅い壁紙が一際目を引く一室だった。広さはそれほどでもないがあるのは一流の調度品ばかりで、至るところにあしらわれた金や銀の飾りが眩しい。


 ところがそれらの輝きに紛れて、部屋の奥に一人の女が座っていた。

 途端にジェロディはぞっとする。

 結い上げられた長い髪。娼婦と見紛う派手な衣装。

 しどけなく頬杖をつきながら、微笑んでいる紫幻石しげんせきの瞳――。


「いらっしゃい、坊や」


 全身から冷たい汗が噴き出してきた。白い天鵞絨ビロードの腰掛けに座ったルシーンの左右には、憲兵隊のマクラウドとランドールもいる。

 ――どういうことだ、これは。

 ジェロディがそう思った刹那、すぐ横で「バタン!」と音がした。何事かと振り向けば、外へ続く唯一の扉が閉ざされている。


「ようやく来たな、ジェロディ・ヴィンツェンツィオ。待ちかねたぞ」

「待ちかねたぞ、ブヒヒヒ」


 相変わらず厭味ったらしい喋り方のマクラウドに、ランドールが追従した。少なくともこいつらとは三日間顔を合わせずに済むと清々していたのに、そんなジェロディの期待はまんまと打ち砕かれたことになる。

 室内で待ち受けていたのはその三人だけ。当然のようにオルランドの姿はない。

 いや、そもそもあるはずがないのだ。黄帝がこんなところで臣下を引見するなんて、古今東西聞いたことがない。


「マクラウド隊長、ランドール副隊長……そ、それにルシーン様まで……これは一体どういうことです? 僕は、陛下に呼ばれて来たのですが――」

「ハ! 馬鹿を言え。陛下が貴様のような反逆者とお会いになるはずがないだろう。だから我々が代わりに貴様を呼びつけたのだ、事の真偽を確かめるためにな」

「確かめる……? いや、その前に〝反逆者〟って、一体どういう……」

「ほほう、なるほど。あくまでもシラを切るわけか」

「切るわけか。ブヒヒヒ」


 先端がくりんと上を向いた髭を扱きつつ、マクラウドが目を細める。その反対側ではランドールが脂まみれの顔をニヤつかせ、ぎらついた目でジェロディを見据えている……。

 だが二人の言うことが、ジェロディにはさっぱり分からなかった。唯一理解できたのは、自分がこの二人に嵌められたということだ。


 今回の呼び出しはオルランドからのものではなかった。状況から察するに、さっき屋敷へやってきた男はマクラウドの部下で、ジェロディを油断させるべく近衛兵の格好をしていたのだろう。

 つまり自分はまんまと騙され、おびき出された。そう悟ったジェロディが一歩後ずされば、頬杖をついたルシーンがくすりと妖しい笑いを零す。


「こうして会うのは半月ぶりね、坊や。この間の任務では、私のかわいいランドールが色々と世話になったそうじゃない。さすがはあのガルテリオ将軍のご令息と言うべきかしら。初任務にもかかわらず、八面六臂の大活躍だったらしいわね」


 真っ赤な唇から紡がれる、胸焼けするほど甘ったるい声。大胆に組まれた白い脚は今日も付け根まで見えていて、ジェロディは目のやり場に困る。

 だが今ここでルシーンから目を逸らすのは得策ではない、と本能が訴えた。父を目の敵にする彼女が、ただの世間話をするために自分を呼びつけたとは思えない。

 果たしてその予感は当たった。ルシーンは細い指先を口のあたりへ持っていくと、更に妖艶な笑みを刻む。


「だけどあなたは最後に重大な過ちを犯した。それがどんな過ちかは、あなた自身が一番よく分かっているわよね?」

「い……一体何のことです?」

「ふふふ……とぼけようとしたって無駄よ。――右手をお出し」


 鋭い悪寒が、ぞくりとジェロディの背中を刺した。

 右手。あの日以来ずっと人目につかぬよう隠し続けてきた、右手。

 そこに宿る《命神刻》の存在に、ルシーンは気がついている?

 だがどうして? その事実を知っているのは当事者であるジェロディとマリステア、ケリー、オーウェン、そしてジェイクの五人だけのはずだ。なのに何故――。


「おい、どうした。ルシーン様が見せろと仰っているのだ。早くその手套を取って右手を見せろ」

「右手を見せろ。ブヒヒヒヒ」


 高圧的な態度でマクラウドが言い、ランドールが復唱した。しかしジェロディは動けない。体も思考も完全に凍りついている。

 ――何故だ。どうしてこうなった。

 そんな疑問だけがぐるぐると脳裏を巡り、それ以上は何も考えられなかった。自然と呼吸が浅くなり、胸の中で心臓が暴れまくっている。


「ふん、まったく困ったわね。どうやら坊やは、一人では手袋も外せないそうよ。仕方がないから、マクラウド。お前が手伝っておやり」

「はっ」


 やめろ、と声を発することもできなかった。ルシーンに命じられたマクラウドがすぐにずかずかとやってきて、ジェロディの右手を引っ掴む。

 そうして手套が外された。

 白い布地の下から現れたのは、青銀色の《星樹ラハツォート》。


「おお……! ご覧下さい、ルシーン様! これは紛れもなく命神ハイムの神璽みしるし《星樹》! ということはこれが……!」

「おお、おおおっ、間違いない! それこそおれさまがクアルト遺跡で見つけた《命神刻ハイム・エンブレム》……! ジェロディ、きさま、やはりおれさまをたばかっていたのだな!?」

「ち、違います、これは……!」


 とっさに否定の言葉が口を衝いた。ランドールを騙していた、という点については確かにそうなのだが、こうなったからには上手く事情を説明して、彼らを納得させるしかない。


「こ、これは、調査に同行したジェイクの発案で……余計な混乱を招かないよう、一時的に秘匿していたんです。あの日、クアルト遺跡の最深部で突然この《命神刻》が右手に宿って、僕はハイムの神子になった。だけど突然神子が現れたと知れれば、国中が大騒ぎになります。だからまずは陛下のご意向を仰ごうと……」

「だがきさまは二日前の謁見の席でも、その大神刻グランド・エンブレムの存在を明かさなかったではないか! 陛下の御沙汰を待つつもりだったと言うのなら、何故あの場で《命神刻》のことを報告しなかった!?」

「そ、それは、あの席には陛下以外にも多くの方の目があったからで……陛下にはあとから極秘に報告が行っているはず……!」

「ええい、黙れ黙れ! そんな苦しい言い訳が通用すると思うなよ! 現におれさまは遺跡から大神刻が消えたあのとき、きさまに殴られて気を失ったのだ! きさまはそうやっておれさまの口を封じ、大神刻の力を独占するつもりだったのだろう!」

「な、何を言ってるんです? 僕はそんなことしてない! 遺跡の奥で神刻石エンブレム・ストーンが割れて、気がついたときには副隊長が一人だけ倒れていて……」

「いいや、おれさまはあのとき確かに後ろから殴られた! そうでなければ、あの状況でおれさまだけ気絶していたというのは不自然だろう!」

「そ、それはそうですが、とにかく僕はやってない! 嘘だと思うなら、この場にジェイクを呼んで下さい! 彼なら僕の話が正しいと証明してくれるはず――」

「残念だけどそれは無理ね。あのジェイクという男なら、昨日この都を発ったと聞いたわ」

「な、何ですって?」


 予想だにしていなかったルシーンの一言に、衝撃が走った。ジェイクがソルレカランテを発った? 自分に何の知らせもなく?

 そんな馬鹿な。嘘だ。だって彼はルシーンの野望を阻むため、オルランドを説得してみせると確かにそう言っいてた。

 なのに黄都を去った?

 ジェロディたちには何も告げず、一人だけ逃げ出した――?


「ルシーン様。どうやらこのガキ、いや、ジェロディ・ヴィンツェンツィオは、やはり大神刻の力を使って黄皇国への謀反を企てていたようです。そうでなければ《命神刻》の存在を秘匿する理由がない」

「ち、違う、そんなの言いがかりだ! 僕には反逆の意思なんて……!」

「だが貴様は先日、敵国シャムシール砂王国にくみした者たちを擁護する発言をしたではないか。おまけにアレだ、確か王が間違っているならそれをただすのが正しいとか何とか……」

「あ、あれは言葉の綾で……! それなら陛下に、陛下に事実を確認すれば……!」

「見苦しいぞ、この反逆者め。大方父親の名を借りて陛下に哀れみを乞うつもりだろうがそうはいかん。それでなくともお前は既に、陛下に虚偽の報告をしているのだからな。今更言い逃れはできんぞ」


 吐き捨てるように言ったマクラウドの口角が吊り上がった。

 そのあまりに醜悪な表情に、改めて怖気おぞけが走る。

 右手は未だがっちりと掴まれたまま。

 これでは本当に反逆者として連行されしまう。

 だがそんなことになれば父はどうなる?

 ケリーは? オーウェンは? マリステアは――?


(僕が、反逆者の烙印を押されたら)


 そうなったらヴィンツェンツィオ家はもう終わりだ。黄帝に刃向かった者は一族郎党余さず処刑。それがいにしえより定められし黄皇国の掟。

 ああ、そうか。そのときになって理解する。

 ルシーンの狙いはそれ・・だ。ジェロディから《命神刻》を奪うだけでなく、目障りな政敵ガルテリオを謀反人の父として排除する――。


 その計画に、自分はまんまと利用された。

 いや、されようとしている・・・・・・・・・

 今ここで大人しく連行されれば、待っているのは間違いなく滅びの未来だけだ。


 だけど。


 だけど――!


「――っ!」


 刹那、ジェロディは覚悟を決めて、目の前にいるマクラウドの膝裏を蹴っ飛ばした。不意を衝かれたマクラウドは「オフッ!?」と間抜けな声を上げ、ガクンとその場に崩れ落ちる。

 今だ。

 ジェロディはマクラウドの手を振りほどき、同時に下がりながら腰の剣へ手をやった。素早くそれを抜き放ち、自分を陥れようとする者たちへ向けて、構える。


「お、おい、ジェロディ! 貴様、何のつもりだ!? 私にこんな真似をして、タダで済むと思うのか!?」

「うるさい! こんな不当な逮捕を陛下がお認めになるもんか! お前たちが取り次がないなら、僕が自分で無実を証明する!」

「ハ! 馬鹿め! そうして我々に剣を向けた時点で貴様は終わりだ、ジェロディ! 罪人に堕ちた者の言葉なんぞに、陛下が耳を貸すものか! おい、お前たち! 出合え出合え!」


 マクラウドの甲高い号令がこだまし、部屋の扉が破られた。

 初めからそこで待機していたのだろう、武装した憲兵がぞろぞろと現れる。

 雪崩込んできた敵の数はおよそ十。いや二十。

 その隙にマクラウドは再びルシーンの傍へ逃れ、ふんぞり返って大笑する。


「ヒャハハハッ! よし、お前たち! 今のそいつは多少のことでは死にはしない! 存分に痛めつけて、自分の立場というものを分からせてやれ!」

「はっ!」


 揃いの軍服を着た憲兵たちが、隊長マクラウドの命令に従い剣を抜く。――多少のことでは死なない、か。確かにそうだ。今のジェロディには、命神ハイムの加護がある。

 だが今のジェロディが頼れるのは、ハイムがもたらす癒やしの力だけ。《命神刻》の使い方そのものは分からない。

 何せジェロディは生まれてこの方一度も神刻エンブレムを刻んだことがないし、そもそも《命神刻》がどんな力を秘めた神刻なのかも知らないのだ。


(マリーはどんな風に神の力を形にするか、それをイメージすればいいって言ってたけど――)


 それも《命神刻》が持つ力の本質が分からなければイメージのしようがない。これが数々の文献に登場する《金神刻シェメッシュ・エンブレム》や《天神刻シャマイム・エンブレム》だったなら、ジェロディにも想像の余地はあっただろう。

 けれどこの《命神刻》は、史上初めて地上に現れた大神刻だ。つまりこれまでハイムの神子となった者はいない。前例も記録もなければ、《命神刻》の使い方は分からない……。


 ジェロディは顎を伝って汗が落ちていくのを感じながら、荒い呼吸を整えた。

 とにかく今は《命神刻》に頼らずこの場を突破する方法を考えなければならない。もたもたしてたらきっと増援がやってくる。

 部屋の出入り口は一つだけ。それは踏み込んできた憲兵たちに塞がれている。ならば背後の窓から逃げるか。しかし白い格子が組まれた窓は硝子張りで、簡単には破れそうにない。手間取っていたら襲われる――。


「かかれ!」


 だとすれば取れる策は、神の恩寵を信じて正面突破。それだけだ。

 ジェロディがそう結論を出したのと同時に、マクラウドの号令が響き渡る。

 雄叫びを上げた憲兵が、一斉に迫ってきた。

 ぎらぎら光る白刃が意思を持った生き物に見える。


 だが錯覚だ。落ち着け、ジェロディ。


 深呼吸し、腰を落とし、ジェロディは迫り来る敵手を見据えた。

 大丈夫だ。自分を信じろ。

 自分はあの反乱軍との戦闘も、海賊との決闘も、ハノーク人の試練も生き延びた。だから――!


『――時神マハルの名の下に』


 そのとき、声が聞こえた。

 それは女の声だった。

 聞き覚えのない、なぎ水面みなもを揺らす波紋のような。

 そしてはっと目を上げた瞬間、ジェロディは唖然とした。


「……え?」


 静寂。

 深い深い海の底にいるような、静寂。

 ……さっきまで響き渡っていた喚声は?

 聞こえない。

 剣を振り上げた憲兵たちが、そこにいるのに。

 確かにそこにいるのに――動いてない。

 止まっている。すべてが。


「なっ……何なのこれは? お前たち、一体どうしたと言うの!?」


 瞬間、部屋の奥からヒステリックな声が聞こえて、ジェロディは肩を震わせた。叫んでいるのはルシーンだ。彼女だけがこの静止した世界で動き、惑い、怒りを露わにしている。

 しかしその左にいるマクラウドも、右にいるランドールも。

 動かない。

 まるで知らないうちにジェロディとルシーン以外の人間がすべて人形にすり替わってしまったかのように。


『お逃げなさい、ジェロディ』


 また波紋が起きた。声はジェロディの頭上から降ってきた。

 とっさに天井を見上げたが、もちろんそんなところに人はいない。


『彼女にその力を渡してはなりません。お逃げなさい』


 〝力〟。ジェロディは我に返って己の右手へ目をやった。

 《命神刻》。

 そうだ。守らなければ。

 この神刻をルシーンに渡してはいけない――。


「あっ……! 待ちなさい、ジェロディ・ヴィンツェンツィオ!」


 金切り声を聞きながら、ジェロディは『夕照の間』を走り出た。何が起きているのかはさっぱり分からないが、逃げ出すなら今しかない。

 剣を振りかぶったまま固まっている憲兵たちの間を擦り抜け、廊下へ出た。オルランドのいる奥へ行くべきかどうか迷ったが、そこで取り合ってもらえなければ袋の鼠だ。だとすればまずは屋敷へ戻って、対策を――。


 判断したら、あとは迷わなかった。ルシーンが追ってくる前に身を翻す。

 だが本当に何が起きているのだろう?

 あちこちに黄金の装飾がなされた通路では、武官も文官も、女中も衛兵も固まっている。動かない。まさか、時間が止まっている……?


(ということは、もしかしたら城の外も――)


 自分の足音だけが響く廊下を抜けて、ジェロディは城の扉を押し開けた。

 ところがそこで絶句する。

 雨。雨音。――雨が降っている。

 静寂の世界は途切れた。

 どうやら城の外の時間はこれまでどおり動いているらしい。


「い、一体どうなってるんだ……?」


 分からない。

 分からない、が、今はここで立ち止まっているわけにはいかない。


 雨の中、ジェロディは駆け出した。厩舎へ馬を取りに行ってもいいが、騎乗して街中を走り抜けたのでは目立ちすぎる。

 雨避けの外套は、もうない。けれど濡れることをいとっている場合ではない。

 ジェロディは正門から走り出ると、あとはなるべく人目につかない道を選び、屋敷までの道をひた駆けた。


 この間からわけの分からないことの連続で、頭がどうにかなりそうだ。

 いや、あるいはもうどうにかなっているのかも? 

 だとしても、今は自分のやるべきことをやらなければ。

 このことをマリステアたちに。イーラ地方にいる父に――。


「あっ、ティノさま、おかえりなさい――」


 ヴィンツェンツィオの屋敷。見えた。辿り着いた。飛び込んだ。玄関の扉を体当たりしてぶち破り、崩れ落ちたところで出迎えの声が降ってくる。

 聞き慣れたマリステアの声。

 ――良かった。屋敷ここはいつもどおりだ。


「ティ、ティノさま!? どうされたのですか……!?」


 すぐに異変に気づいたマリステアが、悲鳴を上げてしゃがみ込んできた。それを聞きつけた他の使用人もやってきて、あちこちで騒ぎ出している。


「マリー……ケリーと、オーウェンは?」

「お、お二人なら、今はお部屋でお休みになっていますけど……!」

「そうか……良かった。それじゃあ、今すぐ二人を呼んで。話さなきゃならないことがあるんだ」

「は、話さなければならないこと?」

「ああ、マリー――どうやら僕は、反逆者になったらしいよ」

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