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【side:A】エマニュエル・サーガ―黄昏の国と救世軍―  作者: 長谷川
第2章 ジェロディという少年
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65.神は選んだ

「……な、んだ、これ……?」


 長い長い沈黙を経て、ジェロディが絞り出せた言葉はそれだけだった。

 太古の神殿、クアルト遺跡の奥深く。

 そこに設けられた円筒状の大広間で、ジェロディは茫然と立ち尽くしている。


 右手の甲には、見たことのない神刻エンブレム

 いや、形状はもちろん知っている。

 天樹エッツァードを表す十字架。

 その上に描かれた生命の循環を意味する円。

 そして円の中心に据えられた魂の象徴――五芒星。


 生命神ハイムの神璽みしるし星樹ラハツォート》。

 だがそれは先程までそこになかった。

 こうなる前は、たった今ジェロディの目の前にある台座の上で神刻石エンブレム・ストーンに包まれていたはずだ。なのに――。


「――おめでとう、ジェロディ。あんたは神に選ばれた」


 ドクン、と心臓が騒いだ。

 振り向いた先には、無表情で手を叩くジェイクの姿。


 ……この男、今何て言った?


 〝神に選ばれた〟? 僕が――?


「はい、これで一件落着だ。あんたが神子になってくれたおかげで、《命神刻ハイム・エンブレム》はルシーンの手に渡らずに済んだ。まあ、けどとりあえずは隠してろ。今ここでランドールに知られたら面倒だ」


 ――そうだ、ランドール。あの男は己の昇進のために《命神刻》を狙っていた。それをソルレカランテへ持ち帰り、黄帝の寵姫であるルシーンへ献上する、と。

 だが問題の《命神刻》がジェロディの手に宿ったことが知れたら……。

 ぞっとして彼の姿を探す。

 ところがあたりを見渡すと、そこには思いがけない光景があった。

 先程まであんなに騒ぎまくっていたランドールが何故かうつぶせに倒れ伏し、動かなくなっていたのだ。


「じ、ジェイク、ランドール隊長は……!?」

「心配すんな、生きてる。まあ、デカい破片にでも当たったんだろ。たぶんそのうち目を覚ます」

「そ、そのうちって……」

「つーかあんたはまず自分の心配をしろ。これで晴れて、あんたも神の代理人になったんだからな」


 神の代理人……つまりは神子になったということ。

 だけど自分が神子に選ばれるだなんて、そんなことが――。

 ジェロディは事態が呑み込めず、再び右手に視線を落とした。ところがその手をジェイクが掴む。何事かと顔を上げれば、彼は首に巻いていたスカーフタイをするりと外し、それをジェロディの右手へ巻きつけた。


「お、おいジェイク、あんた何やって……」

「だから言ったろ。ジェロディが神子になったことは黄都に到着するまで隠す。でないと余計な騒ぎになるだろ。狙ってた大神刻グランド・エンブレムが政敵のせがれに渡ったと知って、あのルシーンが大人しくしてると思うか?」

「そ……それはそうかもしれないが、あんた、なんでそんなに落ち着いて……」

「知ってたからだよ」

「は?」

「知ってたからだ。ジェロディがハイムに選ばれることを」


 戦慄が走った。これにはジェイクと会話していたケリーさえ絶句している。

 つまりこの男は、自分が《命神刻》を刻むことになると知っていて近づけた?

 それが彼の言っていた〝考え〟だった――?


「お……おい、待てよ……〝知ってた〟ってどういうことだ? それじゃあお前は最初から、ティノ様を神子にするつもりで……!?」

「いや、そうじゃない。だがあのターシャってガキが言ってたろ。〝ジェロディは選ばれた〟と」

「……!」

「あいつは最初からこの部屋に俺たちを案内しようとしてた。つまり《命神刻》のもとへジェロディを導こうとしてたってことだ。あのガキが何者なのかは知らねえが、少なくともジェロディを神子にするために動いてたことは間違いない。俺もここに来てそれを理解したんで、あとを引き継いだってわけだ」


 言い終わるのと同時に、ジェイクはジェロディの右手を放した。そこにはしっかりと《命神刻》が隠れる形でスカーフタイが巻かれている。

 だがこんなもので誤魔化せるのはほんの数日だけだ。黄都へ戻ればジェロディはまた近衛軍の任務に復帰しなければならない。

 そうなったとき、いつまでも右手の神刻を隠していられるか?

 どんなに隠そうとしたって、いずれはバレるんじゃないのか――?


「まあ、そう心配しなさんな。黄都に着いたら、陛下には俺から口添えしてやる。先に陛下に話を通して、それからあんたが神子になったことを公表すれば、ルシーンを黙らせるための対策も取れるだろ。さすがの陛下も、神に選ばれた人間をないがしろにするほど耄碌しちゃいないさ」

「ほ、本当にそれで大丈夫なのですか……? もし、もしもティノさまがルシーンさまにお命を狙われるなんてことになったら……!」

「あー、まあ、その可能性は十分にあるが」

「な、何ですって……!?」

「それを未然に防ぐために、陛下に話を通すって言ってんだ。陛下の後ろ盾があれば、さすがのルシーンもジェロディには手を出せない。今後仮にジェロディの命を狙うような輩が現れれば、その裏にはルシーンがいると必ず疑われる。そうなりゃあの女の立場はねえ。そもそもジェロディを殺したところで自分が神に選ばれる確証もねえのに、そんなあやふやな理由で危険を冒すほどルシーンは馬鹿じゃねえよ。もしそうならあの人がとっくに……」


 と、言いかけて、ジェイクは不意に口を閉ざした。

 どうしたのかと目をやると、彼の視線は足元へと向いている。

 そこで何かがもぞりと動いた。――ランドールだ。

 彼の口から呻きが漏れて、ジェロディたちは硬直した。

 まずい。今の会話を彼に聞かれてはいなかったか――?


「う……ぐ……な、なんだ……? 何が起こった……?」

「大丈夫ですか、ランドール殿?」


 ようやく体を起こしたランドールを、横からジェイクが覗き込む。その表情はいつもどおりだ。こんな状況なのに焦りも恐れも見られない。

 ――この男の神経はどうなってるんだ。ジェロディは心底からそう思った。

 対するこちらはケリーまで顔つきを強張らせていて、見る者が見ればすぐに何かあったと分かってしまう。しかし幸いかな、よろよろと立ち上がったランドールはジェロディたちの異変に気づかなかった。

 何故なら彼はすぐに台座を確認し、そこに《命神刻》がないと分かるや、混乱を来し始めたからだ。


「な……な……!? 何だこれは!? 神刻石が……《命神刻》はどこへ行った!?」

「あー、それなんですがね、ランドール殿。残念ながら《命神刻》は消失しました」

「な、何だと……!?」

「古代人たちが仕掛けた罠です。彼らは神子となる資格を持たない者が《命神刻》へ近づいたとき、その力が悪用されないよう解き放つ仕掛けを施していた。そこの台座にもそんなことが書かれてる。〝よこしまなる者に神は応えぬ〟とね」


 言って、ジェイクは《命神刻》を戴いていた台座のある一点を指差した。そこには確かに古代ハノーク文字が刻まれているが――意味が違う。

 長文なので正確な解読はできないものの、見たところ〝邪悪〟や〝神〟を意味する文字はどこにもない。つまりジェイクはランドールが古代文字を読めないのをいいことに、嘘八百を並べているということだ。


(この人、よくもぬけぬけと――)


 顔色も変えず、息を吐くように嘘をつく。どうしてそんな真似ができるのかと、ジェロディは初めて恐れの目でジェイクを見た。

 本当にこの男は底が知れない。一応今は自分たちの味方をしてくれているが、このまま信用して大丈夫なのか?

 確かにさっきはジェロディを助けてくれた。だがそれもこちらの信用を得るための、打算的な理由に裏打ちされたものだったなら――?


「ふ……ふ……ふざけるなぁっ!!」


 刹那、すぐ傍で轟き渡った絶叫に、ジェロディはびくりと跳び上がった。

 そうして我に返ったところで、驚愕する。

 目の前には怒りで顔を真っ赤にしたランドール。

 そのランドールがやにわに剣を抜き放ち、ジェイクへと突きつけたのだ。


「あの大神刻には……あの《命神刻》にはなぁっ!! おれさまの人生が懸かっていたのだ!! きさまはそれを台無しにした!! 何が考古学者だ、この役立たずめ!! きさまがもっと早くその仕掛けに気づいていれば、こんなことにはならずに済んだのに……!!」


 まずい、と、ジェロディは思わず腰の剣へ手をやった。今のランドールは、どこからどう見ても怒りで我を忘れている。本気だ。

 一方のジェイクは無表情にランドールを見下ろしているだけで、その場から微動だにしない。もしやランドールを侮っているのだろうか? これはただの脅しで、本当に斬られる心配はないと?


「まあ、お気持ちは分かりますがね、ランドール殿。消えちまったものは消えちまったんだからしょうがないでしょう。とにかくこれで調査は完了です。トンノから報告のあった異変の原因は大神刻だった。それさえ分かればこちらとしては問題ない。あとはさっさと引き上げましょう」

「馬鹿を言うな、このまま手ぶらで帰れるか!! 大神刻を見つけておきながら取り逃したなんてことが知れれば、おれさまは……!!」

「それはランドール殿個人の問題であって、俺には何の関係もないでしょう。俺が陛下から与えられた任務は遺跡の異変調査のみ。それ以上のことに関与する気はありません。どうしても嫌だってんなら、あとはどうぞお一人で」

「ああ分かった、ではそうしよう!! だがその前にジェイク、きさまには大神刻を消失させた責任を取ってもらうぞ……!!」


 ジェロディは息を飲んだ。

 剣を構えたままのランドールが踏み出す。

 ジェイクを斬るつもりだ――止めなければ。

 しかし一瞬、反応が遅れた。

 ジェロディが動いた頃には、ランドールはジェイクの懐にいる。

 悪鬼の形相。

 贅肉まみれの顔を憤怒と憎悪で歪ませながら、ランドールは剣を振りかぶる。


「ジェイク……!!」


 ランドールの剣が降ってくるギリギリまで、ジェイクはただ突っ立っていた。

 いや、少なくともジェロディにはそう見えた。

 だが正確にはそう見えただけ・・・・・だ。


 次の瞬間、甲高い剣撃の音が響いた。

 ランドールの手中から剣が吹き飛び、くるくると舞って奈落へ落ちていく。

 呆気に取られて見た先では、ジェイクが剣を握っていた。

 いつの間に抜いたのかまったく分からない、剣を。


「ランドール殿。今回の遺跡調査に、陛下がなんでわざわざ俺みたいな根なし草を呼んだと思います?」


 ジェイクは切っ先を床へ向けたまま言う。その口元には笑み。けれどあたりは怖気おぞけがするほどの殺気に満ちている。


「それはね、俺が目的のためなら・・・・・・・手段を選ばない・・・・・・・人間だから・・・・・ですよ」

「……!」

「今の俺の目的は、陛下から与えられた任務をまっとうして無事に黄都へ戻ること。あんたがその妨げになるってんなら、別に殺したっていい」

「ば……馬鹿な……き、きさま、自分が何を言っているか分かってるのか? 隊長であるおれさまを殺すということは、立派な背信行為だぞ……!?」

「けど俺は今、あんたに殺されるとこだったんでねえ。ここであんたを殺せば正当防衛ってことになるわけだ。そこにちゃんと証人もいる。まあ、ルシーン様のお力を借りればそんなもの揉み消すのは簡単だろうが――大神刻を持って帰れなかったあんたを庇ってくれるほど、あの方はお優しいかね?」


 ランドールの体が震えていた。それはどう見ても、先程までの怒りから来る震えとは違う。

 直前まであんなに真っ赤だったランドールの顔は、今や蒼白に変わっていた。それほどまでに、ジェイクが発する殺気はすさまじい――死にたいか? と、彼の殺意の対象でないジェロディまでそう問われている気分になるほどに。


「さ、どうします? ここで死ぬか、黄都に帰ってルシーン様にこってり絞られるか。どっちがいいか選んで下さい」

「………………わ、分かった……黄都へ戻るぞ……」


 ランドールが発したその一言で、話は決まった。ジェロディたちはこれにて調査を完了し、帰還することとなった。

 帰りは意気消沈してしまったランドールに代わってジェイクが先陣を切る。まあ、ランドールについていくよりは遥かにマシだ。

 けれどもジェロディは体の底が冷えたままで、いつまでも震えが止まらなかった。


 右手に刻まれた《命神刻》だけが、やけに熱い。



               ◯   ●   ◯ 



 遺跡を出ると、日の光がやけに眩しかった。


「――あ! 竜父様、ジェロディ殿が戻りました!」


 その陽射しを避けるように手をかざしたところで、若い女の声を聞く。あの声は『翼と牙の騎士団』団長のアマリアだ。眩しさをこらえて目を凝らせば、光の向こうから竜頭兜を被った彼女が駆けてくる。


「ジェロディ殿、ご無事で!」

「アマリアさんも……ご無事だったみたいで何よりです。アイーダさんとエラルドさんは?」

「おかげさまで一命を取り留めました。ニルデから話は聞いています。我らの同胞を守るため、海賊の頭目と決闘して下さったとか……本当にありがとうございました。このご恩は決して忘れません」


 アマリアはそう言うと、兜の下でちょっと涙ぐんでみせた。竜父とのやりとりしか知らないせいで気性の激しい人なのかと思っていたが、意外と涙脆いのかもしれない。

 そうしてると普通の女の人に見えるのにな……と、ジェロディはぼんやりそんなことを思った。アマリアは今年で一二四歳になったらしいが、外見だけならマリステアと同じくらいの年頃に見える。

 長身揃いの竜族と共にいながら、彼女自身はひどく小柄だからだろうか。そういうとりとめもない思考ばかりがよぎるのはたぶん、現実逃避だ。


「それで、君たちが追いかけていったという海賊の頭目はどうなった?」


 と、そこへ響いた涼やかな声に、ジェロディの心臓がドキリと鳴った。

 顔を上げれば、光の中をすらりとした影が歩いてくる。竜父。再び人形ひとがたを取った彼は美しい金髪を潮風に靡かせながら、ゆっくりとこちらへ近づいてくる。


「あ……か、カルロッタには、その……逃げられました。遺跡の中が、思ったよりも複雑で……そう言う竜父様たちの方は?」

「残念。こちらもまんまと逃げられたよ。他の船はほとんど沈めたが、あの兵器を積んだ旗艦だけは我々の追跡を振り切った。神術砲ヴェルスト……というのだったかな? あれが思いのほか厄介でね」

「そうでしたか……ですが竜父様たちにお怪我がなかったのでしたら、まずは何よりです」

「そうだな。オルランドとの約束を果たせなかったのは気がかりだが、今はそう思うことにしよう。しかしその様子だと、海賊を追いかけるついでに遺跡内の調査も済ませてきたみたいだね。異変の原因は分かったかい?」


 またも心臓が嫌な音を立てた。ジェイクのスカーフタイが巻かれた右手に力が籠もる。

 だがひとまず、この場をどう乗り切るかは帰り道でジェイクと相談した。ジェロディは早鐘になる鼓動をどうにか宥めすかしながら、深呼吸して口を開く。


「実は……」


 それから一行は遺跡内で遭遇した出来事をこもごもに説明した。もちろん、遺跡の最奥部で大神刻を発見したことも。

 唯一事実と異なるのは、その大神刻がジェロディたちの不注意によって消失してしまったということ……。

 ジェロディはジェイクがランドールについた嘘を、否応なく踏襲することになった。できれば竜父に嘘はつきたくなかったが、今はランドールの目があるので仕方がない。


「ふむ、そうか……しかし君たちを遺跡の奥へ導いたという少女のことが気になるな。その子なら消えた大神刻がどこへ行ったのか知っていそうなものだが」

「え、ええ……ですが僕たちが広間を出たとき、ターシャは姿を消していて……もちろん捜索はしたのですが、遺跡が広すぎてやはり見つけられませんでした」

「なるほど。まあ、とは言え異変の原因が分かったのなら成果は上々だな。海賊を討ち漏らしたことだけが悔やまれるが、ここでは地の利は彼らにある。思わぬ反撃に遭う前に引き上げた方が賢明だろう」

「俺も竜父様に賛成です。ここは一旦黄都へ戻って、ひとまず現状で分かったことだけでも陛下にご報告するべきでしょう。その後改めて大神刻を捜索するか、海賊の再討伐に乗り出すかは陛下のご判断次第。ここに長居するだけの物資もありませんし、まずはさっさとずらかった方がいい」


 ジェロディたちの報告を信じたらしい竜父と、それに追従するジェイク。二人のやりとりを聞いていて、ジェロディはチクリと胸が痛んだ。

 やはり竜父を騙すのは本意ではない。彼はガルテリオの子であるジェロディを手放しで信じてくれている……。


 なのにあのジェイクときたらどうだ。先刻ランドールを言いくるめたときとまるで変わらず、涼しい顔で知らぬ存ぜぬを決め込んでいる。

 けれど本当にこのままでいいのだろうか?

 黄都へ着く前に、竜父にだけは真相を語るべきなのでは……?

 ジェロディがうつむきながらそう思いあぐねていると、ときに竜父の声が降ってくる。


「そうだ、ジェロディ。そう言えばその右手はどうしたんだい?」

「……え?」


 右手、と不意に言われて、ジェロディは頭が真っ白になった。そうして顔を上げれば、竜父の視線はまっすぐに淡黄色のスカーフタイへ向いている。


「あ……こ、これは……」

「ああ、そいつは神刻石が割れたとき、飛んできた破片で手を切ったんですよ。生憎とゴーレムとの戦いで、メイドの嬢ちゃんが神力を使い果たしちまいましてね」

「そうなのですか? それならニルデに言って代わりに治療させましょう。彼女ならまだ神術が使えますし……」


 刹那、アマリアが何気なく発した一言がドッとジェロディの心臓を蹴飛ばした。おかげで全身から汗が噴き出し、落ち着き始めていた動悸がまた暴れ出す。

 ――ダメだ。それはまずい。

 治療のためにはこのスカーフタイを外さなければならない。というかそもそもジェロディは右手に怪我などしていない。

 その嘘がバレる。《命神刻》の存在が露見する。

 そう思ったジェロディは慌ててアマリアを呼び止める。


「あ、あの、アマリアさん!」

「はい?」

「え、えっと……その、お気持ちは嬉しいんですが、そんなに大した傷じゃないので、治療は結構です。二、三日もすれば治るような傷のために、わざわざ神術を使ってもらうことは……」

「そうですか? でも、帰りにまた何か戦いに巻き込まれないとも限りません。小さな傷が戦場での生死を左右することもあるのですよ。それに我々もアイーダたちを守っていただいたお礼がしたいですし」

「い、いえ、ですから……」

「――アマリア」


 そのときだった。

 言い訳に苦慮していたジェロディの言葉を、落ち着き払った声が遮る。

 振り向いた先には竜父。彼はたっぷりとした長衣ローブの袖に両腕を入れて佇みながら、詩歌を詠むような抑揚で言う。


「本人が要らぬ世話だと言っているのだから、無理に勧めることもないだろう。ジェロディはあのガルテリオの子だ。それを掠り傷程度で騒ぎ立てるのは、かえって失礼というものだよ」

「あ。そ、それもそうですね……失礼しました、ジェロディ殿。ですがやっぱり痛むようなら、いつでもご用命下さいね」


 竜父から静かに諭されると、アマリアは驚くほど素直に引っ込んだ。彼の言葉が説得力溢れるものだったから――というのもあるのだろうが、やはり竜父の発言が竜や竜騎士たちにもたらす影響は大きいらしい。


 けれどもジェロディの動悸は、なおも暴れ狂ったままだった。

 アマリアに礼を言いながら、息を潜めて盗み見た先。

 そこで、竜父と目が合った。

 彼の黄金色の瞳が瞬きもせず、じっとこちらを見据えている。

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