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05.深淵の魔女
名もなき荒野に風が吹き荒れていた。
乾いた砂が宙を舞い、緑を失った草たちがかさかさと不安げにさざめいている。
その地に、女は忽然と現れた。
深黒のフードから零れた長い髪が風に舞い、同じく夜闇で染め上げたような長衣の裾がバタバタと音を立てている。
すう、と、女は宵の空を映したような瞳で天を仰いだ。視線の先にある天空は青々と晴れている。けれども雲の動き、風の流れ、乾いた土のにおい──そして草木のざわめきが、彼女の知る法則とはわずか違っていた。
女は深く息を吸う。
瞑目し、美しく反り返った睫毛を天へ向けたまま、世界の奏でる音を聞く。
やがて静かに目を開けて、揺るぎない確信と共に呟いた。
「……運命が、狂い始めた」