46.アラニードの黄金竜
竜父には代々、名前がない。
竜の谷に生まれる唯一の雄竜は、生まれたときから『竜父』と呼ばれ、それ以外の名前を持たない。
名を持たないということはそれだけで特別な存在であることを示し、誰にも親しく呼びかけることを許さない――そんな畏敬の念を人間たちに与える効果があるからだ、と、竜父は聞いている。
けれどもその男、オルランド・レ・バルダッサーレは違った。
彼はトラモント黄皇国の王でありながら身分の違う者たちとも親しく交わり、己の名を好きなように、親しみを込めて呼ばせていた。
竜父はそれが少し羨ましかったのだ。
自分もあんな風に皆から慕われ、子が母を求めるように名前を呼んで欲しかった。〝竜族にとって特別な存在〟ではなく、〝誰かにとって特別な存在〟になりたかった。
けれども竜父という肩書きがそれを許さない。竜父とは孤高で誇り高く、触れ難い威厳を持って地上のすべてを睥睨するものだと、谷の竜たちはそう信じている。
だから自分は、歴史や伝統という名の檻から一生出られないのだと思っていた。竜の一生というのは長い。心身を壊したりしない限り三百年は生きられる。その長い長い一生を、自分はあの岩でできた牢獄の中で終えるのだと思っていた。
けれどそんな竜父に、ある日オルランドが言ったのだ。
「そうか。では私が貴公に名をつけよう。そうだな……たとえば、ハーヴェル――ハーヴェルというのはどうだろう?」
ハーヴェル。
それは神々の言語で〝我が友〟を意味する言葉だった。
その日から、竜父は〝ハーヴェル〟になった。
もちろん、その名で呼ぶ者は今も昔もオルランドしかいない。
それでも竜父は嬉しかった。
だって自分はその瞬間、オルランドの特別な存在になれたのだから。
◯ ● ◯
陛下を待たせるな、と急かされて、ジェロディは着の身着のまま城を走った。
調練のあとで、白と赤を基調とした軍装は砂塵にまみれていたが、もはや身綺麗にしている暇もない。馬のことはケリーとオーウェンの二人に任せ、城の正門をくぐるなりジェロディは奥を目指した。
四日前、父と共に歩いた黄金の廊下。
その真ん中を突っ切って、やっとのことで謁見の間までやってくる。
「近衛軍第一部隊第一中隊長、ジェロディ・ヴィンツェンツィオ殿ご到着です」
沈みゆく太陽が彫り込まれた扉の前でもう一度全身を叩き、埃を落とす。そうこうするうちに警備の近衛兵がジェロディの来訪を告げ、左右から扉を開けた。
まるで王の威厳を代弁するかのような重々しい音を上げ、扉がゆっくりと動いていく。ジェロディはそれを眺めながら、吐息と共に緊張や不安を吐き出した。
四日ぶりに訪れる謁見の間は、相変わらず神々しい気配に満ちている。最奥の玉座、そこへ伸びる紅い絨毯、二十二大神を表す柱に整列する近衛兵。
ジェロディはその間を足早に通り抜けながら、十九段の階の上に、既にオルランドの姿があるのを認めた。
だが今日はその前に先客がいる。玉座の下にあってなお悠然と佇んでいる白い長衣の人物と、隣で片膝をついた男。
どちらも今は背中しか見えず、ゆえに長衣の人物が男なのか女なのか、ジェロディは判断しかねた。後ろから見ると腰のあたりまで絹糸のような髪が垂れていて、女に見えなくもない。
けれどその身長はすらりと高く、たぶん並べば父やオーウェンと大差ない上背だろうと思われた。
何より気になるのは、黄帝の御前にありながら堂々と佇立しているその態度だ。あの人物は何故黄帝を前にして跪かない? 隣の男は年齢こそ分からないが恭しく頭を垂れて、しっかりと臣下の礼を取っているというのに。
「ジェロディ、よく来た。急に呼び出してすまなかったな」
ところがそんな疑念は、玉座から降ってきたオルランドの声に蹴散らされた。ちょうど件の人物の真後ろまで来ていたジェロディははっとして立ち止まり、慌ててその場に膝をつく。
「ジェロディ・ヴィンツェンツィオ、召喚に与り参上しました。ちょうどエオリカ平原まで調練に出ていたため、到着が遅れまして申し訳ございません」
「良い。楽にせよ」
と、鷹揚に響くオルランドの声の下で、「フン」と誰かが冷笑するのが聞こえた。楽にせよ、とお許しを賜ったので顔を上げれば、先日黄帝の近臣たちが控えていたあたりにマクラウドの姿がある。その隣には当然のように、氷像のごとく佇むセレスタもいた。
真ん中で綺麗に分けられた髪の間から覗く顔は、相変わらずいかなる感情も映していない。彼女もつい先程まで調練の場にいたはずだが、オルランドからジェロディへ下るという勅命のことを知っていたのだろうか? そうだとしたら、あの場で「早く城へ戻るように」と言われそうなものだけど。
しかしジェロディがそんな思惑を巡らせているさなか、視界の端で何かが動いた。雲のように白いそれは、上質な絹で織られた長衣の裾だった。
その裾の下からわずか覗いた尖り靴の爪先が、ゆっくりとこちらを向く。
それに気づいて、ジェロディは思わず顔を上げた。黄帝の御前でありながら跪拝することをしない相手の面相を見てやろうと思い――そして直後、絶句した。
何故なら見上げた先で、黄金の瞳がこちらを見下ろしていたからだ。
それもただの瞳ではない。まるで爬虫類のそれのように、瞳孔が縦に伸びた異形の瞳。
しかもその人物の額には菱形の赤い宝石がへばりついていて、あたかも第三の目のようだった。
極めつけは両側頭部――耳のやや上から生えた角だ。根元が金色の鱗で覆われたその角は、ジェロディがよく知るある生物のそれに似ている。
亜竜――。
そうだ。父が軍用の騎獣としているあの生き物は、鱗の色こそ違うがこれによく似た角を持っていた。
ということは、たった今ジェロディの目の前にいるこの人物は――
「――やあ、ティノ坊! ティノ坊じゃないか! しばらく見ない間に、ずいぶん立派になって!」
「……え?」
「え? じゃないだろう、私だよ私。ほら、正黄戦争中によく一緒に遊んであげた……」
「ハーヴェル。十年という歳月はお前にとって一瞬かもしれないが、人間にとっては遠い昔のことだ。その上ジェロディは当時まだ五歳か六歳か、物心ついたばかりの年頃だったろう。ならばいきなりそのような言葉をかけられたところで、困惑するのも無理はあるまい」
階の上でオルランドが苦笑し、それを聞いた竜眼の主が「それもそうか」と金髪を掻いた。だが今の二人のやりとりで、ジェロディははっきりとその人物の正体を認識する。
彼こそは竜父――ツァンナーラ竜騎士領を治める黄金竜。
それを理解した刹那、ジェロディの全身に再び汗が噴き出した。今日はよく汗をかく日だな、と自分でもげんなりするが、竜族の王を前にして緊張するなという方が無理な話だ。
彼ら〝竜〟と呼ばれる一族は、かつて神によって創造され、地上の人間たちに下賜された。翼神とも呼ばれる自由の神ホフェスが、空を飛べない人類を憐れんで生み出し与えた――と言われている生物の筆頭が彼らだ。
その神の恩寵で、竜たちは体長三枝(十五メートル)にも及ぶ巨体の質量を無視し、こうして人の形を取ることができる。正確には〝神々の姿に似せられた〟――と神話には語られているが、それがこの人とも竜ともつかぬ姿だということだろう。
ジェロディがそんなことを考えている間にも、突如として竜父のまとう長衣の背がもぞもぞと動き、裾から何か現れた。
まるで蛇のごとくシュルシュルと音を立てて伸びたそれは、黄金の鱗で覆われた尻尾だ。竜父はその尾を軽くうねらせると、再びジェロディを見下ろして微笑する。
「じゃあ、これで誰だか分かってもらえるかな?」
「りゅ……竜父陛下、ですか」
「おいおい、そんな畏まった呼び方はよしてくれよ。昔は〝竜父さま~!〟って私を呼んで、よく懐いてくれたじゃないか。その度にガルテリオが青い顔をして……」
「も、申し訳ございません。その節はとんだご無礼を……」
「いや、別に無礼ではないけれどね? 現に谷では皆が私をそう呼ぶし。とにかく〝陛下〟なんて堅苦しい呼び方はやめておくれ。あんなにヤンチャだった君に畏まられると、何だか尻尾の付け根がウズウズするよ」
「は、はあ……」
――いや、でも十年前の記憶なんてもうほとんど霞んでいるし……。
それにオルランドの言うとおり、当時の自分はあまりに幼かった。竜の王たる竜父にそのような振る舞いができたのも、幼さという免罪符があったからだ。
なのにこの場で昔と同じような振る舞いを求められても……とジェロディが困り果てていると、ときにオルランドが哄笑した。
黄金の玉座に深く座した彼は、把手に真紅の宝石があしらわれた杖をつき、口髭を綻ばせている。
「ガルテリオの倅を困らせるのもそのくらいにしておけ、ハーヴェル。いくら王の座を嫌おうと、お前が竜王である事実は変わらないのだ。それを思えば、いかなジェロディとてぞんざいな態度を取れるわけがなかろう。それでなくともその者は既に近衛軍士官という肩書きを負っているのだからな」
「君ら人間が勝手に作った肩書きなんて考慮するに値しないよ。かつて生命神ハイムが宣言されたように、地上の魂に軽重などない。最近ようやくそれを理解してくれたのか、騎士団長のアマリアも私を大層ぞんざいに扱ってくれてね。この間なんて勝手に谷を抜け出した罰として、黒鉄蔓でぐるぐる巻きにされて一日部屋に閉じ込められたよ」
「なるほど。お前の下で働く竜騎士たちの苦労が忍ばれるな」
「そう言う君だって、昔はたくさんの家臣を唐突な思いつきで振り回していたじゃないか。なあ、ジェイク?」
得意げに腕を組んだ竜父がそう話を振ったのは、彼の隣で跪いたもう一人の男だった。ジェイクと呼ばれたその男は頭を垂れるふりをしながら、フフッと忍び笑いを零している。
ジェロディが横顔を盗み見ると、真っ先に目についたのは顎に蓄えられた髭だった。歳は恐らくガルテリオと同じくらいか。略式の礼装に身を包んでいて、貴族にしてはやや地味な印象を受ける。
「申し訳ございません、竜父殿。俺はそれほど長く陛下のお傍にいたわけではありませんので、それについては何とも」
「ほう。いかにも君らしい、賢明な回答だな。だが竜の聴覚を甘く見ない方がいい。君が先程漏らした失笑はよく覚えておくぞ」
「そうなのか、ジェイク?」
「いえ、それよりも陛下、これで役者は揃ったのでしょう。そろそろお話の本題を伺いたいのですが」
玉座から見下ろされたジェイクは足元に視線をやったまま、流れるような口調で言った。確かに賢い受け答えだ。
それを聞いた竜父がまだ何か言いたげに片眉を上げたが、「それもそうだな」という厳かなオルランドの声が雑談を打ち切った。途端にピリッと張り詰めた空気が謁見の間に満ちていく。
「ジェロディよ、ここにそなたを呼んだのは他でもない。そなたにしか頼めぬ、ある任務を与えるためだ」
「私にしか頼めない……と仰いますと?」
「その前に、そなたの母アンジェは優秀な生物学者であり考古学者であったな。その母の影響で、そなたも古代文明については人並み以上の知識を持っていると聞いている」
「ええ、それは……」
確かにそうですが、と言いかけて、ジェロディは返答に困った。古代文明――かつてこのエマニュエルで三大大陸を支配していた巨大国家、ハノーク大帝国。
ジェロディの母アンジェは、その大帝国時代の文明を研究する考古学者だった。何でも彼女の家系は曾祖父、曾祖母の代から同じ研究を続けており、母も幼い頃はジェロディの祖父母と共に各地の遺跡を巡っていたらしい。
先日はそれをマクラウドに〝雲民〟と揶揄されたわけだが、彼女はただの流民とは違った。このトラモント黄皇国でガルテリオと出会い結婚すると、曾祖父母の代から受け継がれた研究を完成させ、更には帝立オリアナ学院で歴史学の教鞭も執っていた。
そんな母に影響されて、ジェロディも幼い頃から古代の研究や文献に触れてきた――というのは事実だ。屋敷の書斎には今も母が遺した多くの論文が詰め込まれているし、それらは以前と変わらずジェロディの愛読書でもある。
だがそれはあくまで趣味の範疇であって、母のような専門的な知識を有しているかと言われたら、ジェロディは首を傾げずにはいられなかった。
オルランドの言う〝人並み以上の知識〟というのが前者の認識であるのか後者の認識であるのか、それによって話はだいぶ違ってくる。今のジェロディが古代文明の知識として披露できるのは多少の古代文字の解読と、当時の彼らの生活文化、そして滅亡までの簡単な歴史の流れくらいだ。
「お言葉ですが、陛下。確かに私の古代文明に対する知識は、学問を修めていない一般の人々には勝るかと思います。ですがそれもいくつかの古代ハノーク文字を読めるという程度で、亡き母が有していた知識には遠く及びません」
「いや、それで構わぬのだ。今回そなたに与えたい任務というのは、そこにいるジェイクの護衛でな。ジェイクは以前から我が国に出入りしている考古学者で、この度ここより南東の地にあるクアルト遺跡へ調査に向かってもらうことになった。だがそれならば、護衛にも多少知識のある者を当てた方が良いのではないかという話になってな。そこでそなたに白羽の矢が立ったというわけだ」
――考古学者。クアルト遺跡。調査。
思いも寄らない言葉が次々と降ってきて、ジェロディはその場に固まった。
あまりの驚きでとっさにオルランドを見上げてしまいそうになったが、それだけは何とか我慢する。
(クアルト遺跡って、確かブルフルッタ半島の南……ピエタ島に建ってるっていう古代神殿だよな)
と、そこでジェロディは脳内にあるハノーク遺跡索引から、素早く該当の遺跡の名を引っ張り出した。ピエタ島というのはトラモント黄皇国の南東に浮かぶ小さな島で、その真ん中に古代人が築いた神殿がある、という話は聞いたことがある。
だけどまさか、隣にいるこの男が母と同じ考古学者だったなんて……。
ジェロディは驚きと尊敬の意を込めて、ジェイクと呼ばれていた男を一瞥した。
先程の会話から察するにどうやら彼は流れの考古学者のようだが、それならばややくたびれた礼装に身を包んでいるのも頷ける。恐らくは彼もまたオルランドからの急な呼び出しに応え、間に合わせの衣装でこの場に馳せ参じたのだろう。
「しかし、陛下。私の記憶違いでなければ、クアルト遺跡には過去六回に渡って我が国の調査団が入り、内部の構造も発掘された遺物も既に研究し尽くされているはずです。その遺跡で再調査を……?」
「うむ。というのは先頃、遺跡の様子に異変が見られたという報告があってな。かの地に最も近い町――ブルフルッタ半島南端のトンノに、遺跡から空へと伸びる光を見たという者がいるのだ。それも一人や二人どころの話ではない。郷守からの報告によれば、町の住民のほとんどが似たような証言をしているという」
「そんなに多くの人々が、ですか?」
「異変が起きた当初、トンノは年越しの祭の真っ最中だった。それで大勢の人間が集まっていたところに、遺跡から伸びる光が見えたんだと。おかげで町は大騒ぎ、とても新年を祝うどころじゃなかった。そこで困った郷守様が、陛下に遺跡の再調査を頼み込んできた、というわけさ」
オルランドに代わってそう答えたのは、隣で拝跪したままのジェイクだった。彼は先程からこちらに一瞥もくれないが、一応ジェロディの存在はしっかり認識しているらしい。
「ジェイクの言うとおりだ。以来町にはその光を変事の前触れとする噂が広がり、民が恐慌を来しているという。ゆえにそなたにはジェイクと共に遺跡へ赴き、光の正体をつきとめてほしいのだ」
「そういうことでしたか……畏まりました。それではトンノの民のため、私も微力ながら調査に協力させていただきます」
「うむ。だがそれには一つ、問題があってな」
「と、仰いますと?」
「実はピエタ島には以前から、ライモンド海賊団と名乗る無頼の輩が住み着いている。我が国からも何度か討伐隊を派遣しているのだが、これがなかなかに手強いという話でな。海賊風情が艦隊を組み、海軍の攻撃を悉く退けているのだ。そこで此度は我が盟友、ハーヴェルに助力を乞うた」
オルランドがそう言って視線を向けた先で、竜父が嫣然と微笑んだ。竜父の竜眼は見る者が見れば怯えそうだが、こうして微笑まれると何だか妙な愛嬌がある。
「そういうことだから、今回の任務には私も同行するよ。君たちのことは、我ら『翼と牙の騎士団』が責任を持ってクアルト遺跡まで送り届ける。陸路で行けば一月かかる道のりも、空なら三日で往復可能だ。ついでに海賊退治も我々が請け負うから、君たちは安心して遺跡の調査に専念してほしい」
「で、ですが、そのために竜父様自らおいで下さったのですか? いくら竜族の力が圧倒的とは言え、海賊退治にはそれなりの危険が伴うはず。そこに竜族の王たる竜父様を巻き込んでしまうのは……」
「大丈夫大丈夫、私は竜騎士たちの指揮を執るだけで直接戦闘には参加しないから。それにこんなことでもないと、私は谷を出ることも許されない身でね。だから当分あそこには戻りたくないんだ」
「は、はあ……そうなのですか……」
「それに東ではエレツエル神領国が、黄皇国侵攻の機を狙っていると聞く。トラモント海軍はその神領国の牽制に不可欠な存在だ。それをおいそれと海賊退治なんかに向かわせて、わざわざ隙を作ってやる必要はない。黄皇国と竜騎士領は言わば運命共同体、君たちを守るためならば、我らはいかなる労力を割くことも厭わないよ」
何とも頼もしい言葉だった。竜父は見ようによっては男にも女にも見える中性的な顔立ちを綻ばせ、階上のオルランドを仰ぎ見る。
その額の上で赤い宝石がキラリと光った。あれは『竜命石』と呼ばれる竜の命の結晶だ。竜命石は人間の体でいうところの心臓のようなもので、失えば竜は命を落とすと言われている。
しかし同時に、あの石は人知を越えた力の源。竜たちが使う変化の術や神術に似た強大な力は、すべて竜命石によってもたらされるのだと聞いていた。
その石が遥か上方にある窓から射し込む陽を浴びて、美しく輝いている。細く透明感のある金髪もまた、光の粒子をまとっているかのようだ。
神の姿に似せられた――という神話にも納得のいく神々しさ。
そんな人ならざる存在が、黄皇国の王と視線を交わして微笑んでいる。ジェロディには目の前の光景が、ふたりの深い友情を物語っているように思えた。
何しろこの竜父とオルランドは、かつて正黄戦争を共に戦った戦友だ。
オルランドは厳しい戦いのさなか、あの峻険な竜牙山脈を自らの足で踏破し、竜王たる竜父に助力を乞うた。正黄戦争の帰趨を静かに見守っていた竜族に、力を貸してほしいと己の口で訴えたのだ。
竜父はそんなオルランドの熱意に応えた。
当時書状で再三協力を促していた偽帝軍ではなく、命懸けであの山を越えてきたオルランドとの、たった一度の邂逅に応えた。
オルランドがあの戦いに勝利できた要因の一つは、彼とのその友情だ。あれから十年の歳月が流れた今もふたりの絆は色褪せず、確かに彼らの心を結んでいるように、ジェロディには見える。
「そういうわけだ、ジェロディ。急な話で悪いが、そなたたちには早速明日にも出立してもらいたい。更に詳しい内容については、のちほど上官を通じて沙汰をしよう」
「畏まりました。クアルト遺跡調査の任、謹んで拝命致します」
「うむ。ちなみに今回の調査には、憲兵隊からも数名を派遣する。こちらの指揮には憲兵隊副隊長のランドールをつける予定だ。異存はないな、マクラウド」
「はっ。竜父様にゆめゆめご無礼のないよう、ランドールにはわたくしめからしっかりと言い含めておきます」
ところがそのとき信じ難い言葉が降ってきて、ジェロディは思わず顔を上げた。そうして振り向いた先ではマクラウドが、腹が立つほどキリッとした御為顔で直立している。
その表情がまた趣味の悪い服装や髪型と絶望的に似合っていないのだが、それよりも問題なのは彼の腹心であるランドールが調査に同行するという点だった。
確か先日聞いた話では、ランドールの階級は将官の最下位である隊将だったはずだ。軍内での序列はジェロディより一つ上。ということは必然的に、ジェロディはランドールの指揮下に置かれるということになる――。
「では、私からの話は以上だ。ジェイク、ジェロディは共に下がって良い。ただちに準備を始めるように」
「承知致しました」
――その状況は承服しかねる。ジェロディがそう意見すべきか否か迷っている間に、謁見は終了してしまった。
隣ではジェイクが恭しく頭を下げ、竜父さえもオルランドを敬う仕草をしている。そんな彼らに見送られ、オルランドは粛々と奥へ辞した。
そうなるともうジェロディには呼び止めること能わない。最後には竜父もまた奥へ消え、ジェイクも立ち上がって踵を返す。
しかしジェロディはすぐにそれを追うことができず、しばしその場に固まっていた。
窓の向こうで、雪雲が空を覆い始めている。




