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【side:A】エマニュエル・サーガ―黄昏の国と救世軍―  作者: 長谷川
第2章 ジェロディという少年
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40.将軍たち

 父子二人、物も言わずに城の廊下を歩いていた。

 謁見の間を出ると、廊下は左右に分かれている。正面には中庭へと通じる扉があり、その左右を回り込むようにして二本の廊下が伸びているのだ。

 ティノは父のあとに続いてそのうち右側の通路へ入り、ピカピカに磨き上げられた金縞石きんこうせきの上を黙然と歩いた。

 いや、本当は一刻も早く真相を父に尋ねたいのだが、その背がそれを許さない。オルランドへの拝謁が済んでからというもの、ガルテリオはティノでさえ見たことがないほど殺気立っていて、不用意に触れようものなら弾き飛ばされてしまいそうだ。


 理由は言うまでもない。ティノはあの謁見の間での、ルシーンと呼ばれていた女の振る舞いを思い返していた。

 あのときの父とルシーンの会話からして、恐らく彼女はオルランドの寵姫といったところか。あの様子では出自も定かならぬ女だが、しかし黄帝の心は今あの女のもとにあるらしい。


 父はそれが面白くないのだ。それも主君の寵愛が若い紅裙こうくんに移ったからとかそんな可愛らしい理由ではなく、あの女が身分を弁えず国政へ口を出すような人間だからに他ならない。

 彼女が黄帝の正妃ならまだしも、ただの側女がまつりごとへ口を挟むなど言語道断だ。けれども今この城では、そんな非常識が当然のようにまかり通ってしまっている。

 少なくともティノは、あの謁見の間でのやりとりを見てそう感じた。何せあの場にいた黄帝の近臣たちは誰一人としてルシーンの奔放な振る舞いを咎めず、果ては彼女を掌握すべき立場にあるオルランドまでその我が儘を許していたのだ。


「――よう、ガル」


 ところがそのとき、二人の行く手から不意にそんな声が上がって、ティノははっと足を止めた。

 見れば前方では父も立ち止まっており、その大きな背中の向こうに略式の貴族帽を被った男の姿が見える。男はガルテリオの姿を認めるや目尻の皺を綻ばせ、帽子の端をひょいと上げた。

 その腰には見るからに使い込まれた錆色の鞘。鞣し革のベストの上に、品の良い紺の上着を羽織ったその男の名はファーガス・マーサー――ガルテリオと同じトラモント五黄将に名を連ねる、ヴォリュプト地方の大将軍だ。


「ファーガス? それにシグムンドも一緒か。どうした、こんなところで」

「どうしたということはないだろう。俺の記憶が確かなら、今日はお前のせがれの任官式だったはずだが?」

「ああ、そうだ。……まさか祝いに来てくれたのか? わざわざ城まで?」

「フン、まあそんなところだ。俺はあとで屋敷を訪ねればいいだろうと言ったのだがな。それをシグのやつが〝どうしても今すぐ会いたい〟と言って聞かんから、こうして遥々出向いたというわけだ」


 そう言って肩を竦めたファーガスの隣には、彼よりやや背の低い男がもう一人泰然と佇んでいた。

 同じく腰に剣を佩き、砂色の外套マントを背中に流したその男はシグムンド・メイナード。かつてはグランサッソ城で父の副官を務め上げていた男であり、現在は南のスッドスクード城を治めているガルテリオの腹心である。


「私は別に、ファーガス殿もご一緒に、とは申さなかったのですがね。何だかんだと文句を並べながら、結局はご自分からついていらしたのですよ。世間ではこういう方を〝臍曲へそまがり〟と言うのでしょうな」

「おい、シグ。お前、黄都守護隊長の座に就いてからというもの、前にも増して態度がでかくなったのではないか?」

「ご安心召されよ。私がこのような態度を取るのはせいぜい憲兵隊のマクラウドとランドール、そしてファーガス殿くらいです」

「なるほど。お前のような生意気な後輩を持てたことを、俺は神に感謝すべきなのだろうな」


 ひくり、と灰色の口髭を引き攣らせたファーガスの皮肉を、シグムンドは涼しい顔で受け流した。そんなやりとりこそ交わしているが、この二人は父がまだ無名の将校だった頃からの友人だ。

 いや、それもただの友人ではなく〝親友〟と呼べる間柄だと言っていい。彼らは互いがまだ青年であった頃から何度も戦場で苦楽を共にし、ときに命を預け合ってきた。


 戦場での絆に勝る友情はない、とは父の言だ。その言葉の意味は、幼い頃から三人を知るティノにもよく分かる。

 普段はそれぞれの任地を守り、年末年始こんなときでもなければ親しく言葉を交わす機会もないと言うのに、三人の間には今も変わらぬ友情があった。どんなに長い間離れて暮らしていようとも、そんな年月や距離の隔たりは彼らを分かつ溝にはなり得ない。


 その証拠にガルテリオは二人の姿を見つけるや、それまで全身からほとばしらせていた殺気をすっと収め、笑顔さえ零していた。

 二人の戦友が我が子の成人を祝いに来てくれたと知って、幾許いくばくか心が慰められたのだろう。彼は今度こそ白いスカーフタイを緩めると、笑いを含んだ声で言う。


「まったくお前たちときたら、本当に進歩がないな。よくもまあ飽きずにそんな憎まれ口を叩き合えるものだ」

「俺はいい加減進歩・・したいのだがな。どうにも困ったことに、こいつの人を小馬鹿にしたような顔を見ていると文句を言わずにはおれんのだ」

「この顔は生まれつきです。それはそうと、祓魔(ふつま)の日ぶりだな、ティノ。その礼服姿もずいぶん様になっているではないか。陛下との謁見も無事終わり、これで君も晴れて我々の仲間入りというわけだ。おめでとう」

「ありがとうございます、シグムンド将軍」


 と、わざわざこちらを覗き込んで言葉をかけてくれたシグムンドに、ティノはぱっと頬を上気させて答えた。

 この二人の将軍のことを、ティノは昔から尊敬している。彼らは父と同じ叩き上げの軍人で、シグムンドは下級貴族の出身、ファーガスに至っては商人の息子だ。


 しかし彼らもまた正黄戦争では迷わずオルランドの下へ馳せ参じ、命も惜しまず戦った。そのときの軍功を評価されて今、それぞれ一軍を任されるほどの人材になっている。

 それでいて虚飾にまみれた他の貴族たちとは違い、誠実で気さくに接してくれるその人柄が親しみやすかった。二人も戦友の子であるティノをいつも我が子のように可愛がってくれて――こんな言い方は失礼かもしれないが――ティノにとっては気のいい親戚の小父さんみたいな存在だ。


「だが、一体どうした? お前らときたら陛下との謁見のあとだというのに、さっきまで父子揃って葬式のような顔をしていたぞ。ティノも陛下から祝いのお言葉を賜ったのだろう?」

「それは……」


 そうなんですが、と言葉を濁し、ティノはちらりと父の方を窺った。

 現在ティノはガルテリオの斜め後ろに控えているので、彼の表情は分からない。けれども口を閉ざして答えようともしないところを見ると、未だ心にわだかまりを抱えていることは一目瞭然だ。


「さては謁見の席で何事かありましたかな。たとえば――せっかくの祝いの席を台なしにする無粋な者が現れたとか」


 と、ときに細い顎へ手をやりながら、こともなげにそう言ったのはシグムンドの方だった。

 ティノはそれを聞いて一瞬ぎょっとしてしまったが、父の方は一拍置いて深々と大息をつく。


「相変わらずお前は鋭いな、シグ」

「何の。少し前まで、私の仕事はガルテリオ様の顔色を窺うことでしたからな。それができねば統帥の副官など務まりますまい」

「確かに、それもそうだ。だが気にするな、別に大したことではない。ただいつものようにルシーン様のご勘気を被っただけだ」

「またあの女とやり合ったのか」


 と、今度はファーガスの方がとんでもないことを言い出して、ティノは立て続けに面食らった。

 だって仮にも黄帝の寵姫であるルシーンを、堂々と〝あの女〟呼ばわりするとは豪胆にも程がある。ファーガスが元々裏表ない性格なのはティノも知っているものの、ここはその黄帝が暮らす城の中だ。

 もしもこの会話を誰かが聞いていたら――そんな不安に駆られ、ティノはとっさにあたりを見渡した。

 幸い周囲に人影はないが、心臓に悪い。しかしティノがそうしてドキドキしている間にも、ファーガスは呆れ顔でため息をついている。


「だからあの女には関わるなと、あれほど口を酸っぱくして言っただろうが。今や陛下ばかりかこの城中の人間があの女に靡いているのだぞ」

「ファーガス殿、ティノが怯えております。もう少し言葉を選ばれては?」

「ふん、こいつだってもう大人だ。子供扱いする必要はない。だいたい俺は事実を言っているまでだ。聞かれて困るようなことは何も言っとらん」


 腕組みをしながらそう言って、ファーガスはツンとそっぽを向いた。その態度はまるで機嫌を損ねた子供のようで、今度はシグムンドの方が呆れている。


「まあ、しかしそれは災難だったな、ティノ。せっかくのめでたい席に水を差されて、さぞや不愉快な思いをしたことだろう」

「い、いえ、僕は……」

「だがファーガス殿の言うとおり、ルシーン様にはあまり関わるな。あの方は陛下の寵愛を笠に着て、近頃宮中で派閥を築きつつあるのだ。下手に関わると、足元を掬われかねん」


 さすがはこの中で唯一の貴族出身者といったところか。シグムンドはあくまで紳士的な態度で、冷静にそう諭してくれた。

 それを聞いたファーガスが「ハッ」と失笑して、


「向こうがルシーン党なら、俺たちはガルテリオ党か?」


 などと皮肉を零しているが、たぶんシグムンドは慣れているのだろう、まったく相手にしていない。


(だけど、それにしても……)


 と、目の前で将軍たちが難しい話をしているのを聞きながら、ティノはじっと考え込んだ。そもそも八年前には英雄とまで呼ばれていたあのオルランドが、ルシーンのような女を傍に置いているのは何故なのだろう?

 黄皇国には古くから〝英雄色を好む〟という言葉があるが、もしそのとおりだとしたら父はとっくに再婚している。同じくティノが英雄だと思っているファーガスやシグムンドはまったく女っ気がないし、そもそもオルランドが好色だなどという話は噂でも聞いたことがない。


 それどころか彼は妃であったエヴェリーナを大層愛していて、歴代黄帝の中でも屈指の愛妻家だと言われていた。

 皇族を始め、上流階級の人間の中には正妻の他に妾を持つ者も少なくないが、オルランドは皇太子時代から一途にエヴェリーナを愛し、他に女は持たなかったと聞いている。


 そのオルランドが、どうして――。

 別に彼が亡き妻以外の異性を愛したことについてとやかく言うつもりはないが、それにしたってあのルシーンという女のどこに惹かれたのか、ティノには理解できなかった。

 そりゃあ確かに彼女は美しいが、ティノにはあの美貌が何だか氷でできた仮面のように思えて、こちらを覗き込んできた紫色の瞳を思い出す度ぞっとする。


「――ルシーン様はな、亡きエヴェリーナ様によく似ておられる。陛下があの方にお心を傾けている一番の理由はそれだ」

「……え?」


 そのとき不意にシグムンドの声が耳に滑り込んできて、ティノは目を丸くした。

 一瞬自分が話しかけられたのだと分からずきょとんとしてしまったが、この場で彼が敬語を使わない相手はティノしかいない。それにそれまで熱心に議論していたガルテリオやファーガスも、気づけば口を閉ざしてこちらへ視線を向けている。


「あ、あの……僕、もしかして口に出してました?」

「いいや? だが陛下は何故あのような女性を寵愛しているのかと、そう顔に書いてあった」


 そう答えたシグムンドから揶揄の眼差しを向けられて、ティノはぎくりとしたあと苦笑した。

 さっきガルテリオも言っていたが、この人は本当に勘が鋭い。物静かだが洞察力に優れていて、ティノは小さい頃から一度だって彼の前で嘘や隠し事を貫き通せたことがないのだ。


 それならこれ以上一人で悶々とするだけ無駄だろうと判断し、ティノは心中白旗を上げた。

 黄皇国第三軍統帥、同じく第四軍統帥、そして第一軍の別働隊である黄都守護隊隊長という錚々たる面々の会話に入っていくのは気が引けたが、今日からはティノも黄皇国軍の一士官だ。ならばこの国の現状を偉大な先輩方にご教授願おうと、姿勢を正して口を開く。


「僕はエヴェリーナ様にお会いしたことがないのでよく分からないのですが、亡き黄妃陛下はルシーン様のようなお方だったのですか? あの方は確かヴィルト家のご出身でしたよね? かつてトラモント三大貴族に数えられていた、詩爵家の……」

「いかにも。だが誤解するな、似ているというのはあくまで外見そとみの話だ。エヴェリーナ様は、それはそれは聡明なお方であられた。御身は常に陛下の一歩後ろで控えながら、影に日向にあの方を支えておられたのだ。惜しむらくは二人の皇子を幼くして亡くしてしまわれたことだが……」

「原因不明の病だったんですよね。エヴェリーナ様が薨去こうきょされたのも、同じ病が原因だったと聞いています」

「ああ。その上あの方がお隠れになったのは、陛下が逆賊フラヴィオを討ち果たし、黄都へお戻りになった日の前夜だった。エヴェリーナ様は正黄戦争以前から病床に臥され、陛下と共に逃げること叶わなかったのだ。だからこそ陛下も全身全霊を賭して黄都奪還のために戦われたのだが……」

「結局、陛下とエヴェリーナ様の再会は叶わなかった。そのことが陛下のお心に穴を開けたのだ」


 シグムンドの言葉を引き取り、最後をそう締め括ったのはガルテリオだった。彼は沈痛の面持ちでするりと白いタイを外すと、それを礼服の懐へ収めながら言う。


「すべては私の至らなさが招いたことだ。あの日、陛下をお救いするべくこの城へ乗り込んだとき、やはりエヴェリーナ様も共に助け出す策を講じるべきだった。だが力及ばず……」

「馬鹿を言うな、ガル。あのときお前はお前にできる限りのことをした。確かにエヴェリーナ様をお助けすることはできなかったが、お前はあの状況で陛下の他にリリアーナ皇女殿下のお命まで救ったのだぞ。己の妻子を犠牲にしてな」


 ――ファーガスの言うとおりだ。十年前のあの日、父は屋敷に残したままのティノやアンジェを救い出すことよりも、オルランドやその姪リリアーナを護って黄都を脱出することを選んだ。

 けれどもティノは、その件で父を恨んではいない。ガルテリオは皇家を護る近衛軍の将校として、最も正しい選択をした。己の命や家族を投げ出し、この国の未来を護るという選択を。


 そのせいで母は命を落とした――と言ってしまえば確かにそうだ。

 しかしティノは知っている。いざというときそのような選択をできる人間が実はそう多くないことも、父が身を切られるような思いでその道を選んだことも。


 だからオルランドがルシーンのような女に取り入られたのは、決して父のせいなんかじゃない。悪いのは野望に駆られてこの国を混乱に陥れた偽帝フラヴィオと、それにくみした奸臣たちだ。

 あの戦いはあまりにも多くの者たちを引き裂き、国を分断し、大地に深い爪痕を残した。誰もが大切なものを失い、憎み、悲しみ、降り積もる死と喪失に打ちのめされた。


 だが黄帝だけは例外だ――なんて、ティノはそうは思わない。いくら竜の血を引いているとか神子の末裔だとか言われていても、オルランドだって人間だ。

 愛する者を失った悲しみは等しく王の胸をも穿ち、彼の心を弱らせた。そしてその隙間にするりと入り込んだのがあのルシーンというわけだ。

 彼女は亡き黄妃と同じ顔でオルランドへ近づき、その耳元で愛を囁く代わりに、彼の瞳を両手で覆い隠している――。


「……だから、僕が近衛軍に?」

「何?」

「だから父さんは僕を近衛軍に配属したの? あのルシーンって人から陛下をお護りするために」


 そのときティノがすっと顔を上げてそう尋ねると、視線の先でガルテリオが目を丸くした。

 かと思えば、隣に佇むファーガスがニヤリと口の端を持ち上げる。そうして彼は軽く右手を振り上げると、ドンッとガルテリオの背中を叩いた。


「おい、聞いたか、ガル。お前の倅はお前が思うよりよっぽど賢いぞ。ちゃんと自分の役割を分かってるじゃないか。おかげで苦しい言い訳をする手間が省けたな」

「言い訳……ってことは、ファーガス将軍も知ってたんですね? 父さんが僕を第三軍じゃなく、近衛軍に入れるつもりだったこと」

「ああ、もちろん知ってたさ、俺もシグもな。だが俺は反対したんだぞ。まだ若いお前を中央の政治・・に巻き込むのは気の毒だとな」


 しかし、それでも父はティノを近衛軍に入れる決断をした。それは何故、とティノが目で問えば、ガルテリオもついに観念した様子で嘆息し、口元に苦笑を滲ませる。


「すまない、ジェロディ。だが私はまずお前に、陛下という人をよく知ってもらいたかったのだ。そのために陛下のお傍で働き、あの方が身命を賭してお仕えするに値するかどうかを見極めてほしいと思った。もちろん、私は陛下が命を捧げるに足るお方だと信じているが、それは私の意志であってお前が出した答えではない。私はお前に、お前自身の手で自らの道を選んでほしいのだ。……と、これがファーガスの言う〝苦しい言い訳〟だ」


 ガルテリオはそう言って眉尻を下げたが、すかさず後ろから「ご立派です」とシグムンドが追従した。

 それをファーガスがじろりと横目で睨んだが、シグムンドはやはり意に介さない。涼しい顔で目も合わせないところを見ると、彼らは本当に友人なのだろうかと首を拈りたくなるが、少なくとも父にとってはどちらも大切な戦友だ。


「だがその結果、お前がやはり祖国のために戦いたいと言うのなら、そのときは喜んで我がグランサッソ城に迎え入れよう。逆に軍人として仕官することに疑問を感じるようならば、そのときはお前が本当にやりたいことを見つけるといい」

「つまり、僕は僕の人生を生きろってこと?」

「そうだ。私はお前が軍人を志してくれたことを誇りに思う。しかし同時に、私の立場がそれを無理強いしたのではないかと不安なのだ」

「そんな、僕は」

「ジェロディ。お前はまだ若い。結論を出すための時間はたっぷりとある。だからそう答えをくな。まずは一年、近衛軍士官として働いて、陛下と己の心を見極めろ。その先にある答えがどんなものでも、私は父としてお前の選択を祝福しよう」


 ティノは、ぐっと唇を結んで拳を握った。

 まっすぐに見つめた先には、穏やかに微笑む父がいる。


 ――父さん。


 僕はそんなあなただからこそ憧れて、軍人になろうと思ったんだよ。

 それを無理強いされたなんて思わない。

 あなたは僕に生きる理由を与えてくれた。

 だから早くあなたの隣に立ちたい。だけど……。


「……分かったよ、父さん。一年だね?」

「ああ、一年だ」

「それくらいなら我慢してあげる。だけど一年後にもしまた僕の期待を裏切ったら、今度こそ怒るからね」


 ティノがきっぱりとそう言えば、「いい答えだ」とファーガスが笑った。

 それにつられてガルテリオとシグムンドも破顔する。三人の将軍たちの笑い声が、それぞれ黄金の城にこだました。


 本音を言えば、ティノは今すぐにでも怒り出したい気分なのだが、事情を知った今ならこらえられる。すべては父が自分のためを思って選んでくれたこと――ならばその先は、父の望みどおり自分で選ぶ。

 そう結論づけたら何だかふっと力が抜けて、ティノも笑った。


 本当は一日も早く父と共に戦いたい。だけど同時に、父が心酔するオルランドというひとをもっと知りたいという思いもある。

 だから、まずは一年。

 かつて父が籍を置いていた近衛軍で、自分も頑張ってみようと思えた。

 たとえ実戦に出ることのない部隊だとしても、軍は軍。それも黄皇国軍の精鋭たちが集まるこの場所でなら、きっと軍人として自分を磨き上げることができるはずだ。


「――ガルテリオ様!」


 そのときだった。広い廊下に突如硝子の音のような声が響き、ティノははっとして息を飲んだ。

 そうして目を向けた先から、一人の女が足早にやってくる。目も眩むようなきらびやかな軍装に、腰まで伸びるゴールデンブロンド。まるで太陽神シェメッシュと光神オールの寵愛を一身に受けて生まれてきたかのような、輝かしい立ち姿――。


「皇女殿下」


 その煌気に当てられたティノが茫然と呟けば、彼女はふっと口元を綻ばせた。


 彼女の名はリリアーナ・エルマンノ。


 当代唯一の正統な皇位継承者にして、ガルテリオらと共にトラモント五黄将に名を連ねる、麗しき女将軍だ。

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