表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【side:A】エマニュエル・サーガ―黄昏の国と救世軍―  作者: 長谷川
第0章 それぞれのプロローグ
4/350

03.有漏路に惑う


「何度も言ったはずよ、フィロメーナ。私があなたのためにしてあげられることは何もない。トリエステ・オーロリーは正黄戦争(せいこうせんそう)の終わりに死んだの。死人にできることなど何もないわ」


 突き放すように言ったトリエステの声が、小さな家の中に響いた。壁際に佇んだフィロメーナは、そんなトリエステを睨むように見据えている。

 数年顔を見ない間に、妹はすっかり変わってしまった。トリエステはそう思った。以前のフィロメーナなら決してこんな目はしなかったはずだ。

 誰からも花のようだと褒めそやされ、愛されていた妹は、いかなる場所でも笑顔を振り撒き、笑うと本当に花が咲いたようだった。されど今の彼女はにこりとも笑わず、手負いの獣にも似た危うさを漂わせている。


「姉さん。姉さんはいつまでそうして屁理屈を()ねているつもりなの? 姉さんにも見えているでしょう、黄皇国(おうこうこく)の腐敗に苦しむ人々の姿が。なのに見ないふり、聞こえないふりを続けるのは彼らを見殺しにしているのと同じことよ。姉さんには彼らを救う力があるのに、それを振るわないのだから」

「私は敗軍の将なのよ、フィロ。六年前の戦いで私は多くの人を死なせた。私には誰も救えなかった。そんな人間に一体何を期待しているの?」

「いいえ、姉さんはそうやって逃げているだけよ。これ以上傷つくのが嫌だから。だから自分を守るために他者に犠牲を強いている。自分が死なせた人々を言い訳にして」

「フィロ。私は」

「やっぱり父さんの言ったとおりだわ。姉さんは口先で正義を語るだけの卑怯者だって。あの人は残酷だけどいつも正しい。だから六年前も──」

「──あの人の話はしないで」


 父の話をされた途端、トリエステは思わずカッとなって言った。思ったよりもきつい口調になってしまい、すぐに後悔と自己嫌悪の波がやってくる。けれども一応の効果はあったようで、あれほど語気鋭かった妹がついに押し黙った。トリエステはそんな妹と目を合わせるのも億劫(おっくう)になり、額に手を(かざ)しながら言う。


「悪いけれど、何を言われようとあなたに協力するつもりはないわ。もう帰ってちょうだい」

「……分かった。そうするわ。安心して、もう二度とここへは来ないから」


 フィロメーナがきっぱりと告げたそのひと言が、トリエステの胸を()いた。

 本当にもう彼女と会うことはないのだろうか。

 そう思うとトリエステの心は騒ぎ出す。

 二度と会わない覚悟なら、六年前、すべてを捨てたあの日に決めたはずなのに。

 これが(かのじょ)との今生の別れになるのなら──自分は。


「フィロメーナ。あなたは」

「姉さん。姉さんが何と言おうと私は知ってるわ。六年前、姉さんが何のために戦い、何を守ったのか。あれを敗北と呼ぶのなら、今まで姉さんに感謝してきた私が馬鹿みたい。だったらいっそあのときに大人しく殺されてしまえば良かった」


 そうすればこんなことにはならなかったのに。

 フィロメーナがぽつりと零したひと言が、トリエステの胸を(えぐ)った。

 今にも部屋を出ていこうとしていたフィロメーナが足を止め、顔を上げる。

 そうして彼女は振り返り、最後に一度だけ笑った。


「さようなら、姉さん」


 呼び止める言葉が出てこなかった。

 トリエステは座り込んだまま遠のいていく足音を聞いているしかない。

 泣いているようなフィロメーナの笑顔が(まぶた)から離れなかった。


 トリエステはこのときの選択を、それから一生悔やみ続けることになる。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ