345.招かれざる客人たち
カミラたちが急いで城門に駆けつけたとき、現場は既に大騒ぎになっていた。辺りには仲間の怒号と異形の咆吼が轟き渡り、ひと目で一触即発の状況だと分かる。
「ええい、だからそこを退けと言っている! これ以上我らの同胞に危害を加えるならば、いくら他国の王子とて容赦はせぬぞ!」
と人垣の向こうから聞こえるのは、アビエス連合国軍を率いる半狼、デュランの怒声だ。騒ぎを聞きつけて集まったらしい仲間の壁が立ち塞がり、カミラたちの位置からはその先で何が起きているのか、すぐには把握できなかった。
ゆえに「ごめん、通して!」と声をかけ合い、人だかりを割るようにしてどうにかこうにか城門まで到達する。直後に言葉を失った。
何故なら視界に飛び込んできたのは優に百人を超えているであろう凶悪なトカゲの獣人の群と、毛を逆立てて彼らを威嚇するデュラン、そして彼に牙を剥かれても微動だにせず、むしろ余裕綽々といった様子で地面に──否、地面に組み敷いたコラードの背中に腰かけた、見知らぬ男の姿だったためだ。
「おーおー、そう吠えるなって、ワン公。さっきも言ったが、このガキは骨格、肌の色、目つきに喋り方、どこを取っても砂王国の元奴隷だろ。でもって逃亡奴隷は見つけ次第エサとして竜人にくれてやれってのが、砂王国人の暗黙のルールなのさ。つまりこいつをここで見逃しちゃあ、王子の沽券に関わるんだわ」
「コラード……!」
刹那、カミラとジェロディから少し遅れて追いついてきたメイベルも、コラードが男の下敷きにされているさまを見て悲鳴に似た声を上げた。当のコラードは意識こそあるようだが、ひどく殴られたのか苦痛に顔を歪めている。しかも彼の身柄は現在、男の座椅子代わりにされているだけではない。男の他にもうひとり、黒くずんぐりとした巨大な人影が、覆い被さるようにして彼を押さえつけていた。
──竜人。シャムシール砂王国が領有を主張するラムルバハル砂漠、その南に広がる死の谷を棲み処とする人食い獣人だ。亜竜と人間が融合したような姿の彼らの身の丈はいずれも四十葉(二メートル)を超えていて、唯一の弱点である胸部から腹にかけては鋼の鎧を、腰には分厚い肉切り包丁じみた刀を身につけている。
カミラも以前、兄を探してラムルバハル砂漠を横断した際に遭遇したことがあるのだが、竜人は一人につき人間の兵士五十人分にも匹敵する強さを誇ると謳われる生粋の戦闘種族だった。人間が彼らに太刀打ちするには神術を駆使する他ないと言われ、だからこそカミラも当時駆け出しの傭兵でありながら、神術を使えるという理由で砂漠を渡る隊商に護衛として雇ってもらうことができたのだ。
そんな竜人が優に百人以上。人数的には決して大した数ではないものの、いざ戦闘となれば間違いなくこちらも無傷では済まない。
それでなくとも男の後ろに待機する竜人たちは、早く目の前の人間に食らいつきたいと言わんばかりに牙の間から涎を垂らし、眼をギラギラさせているのだ。
(だ、だけど竜人は、昔からシャムシール砂王国と同盟を結んでて……その砂王国もトリエステさんの独断とはいえ、救世軍と一時的な協力関係を結ぶことになってたはず。ってことは今は一応味方なのに、なんでこんなことになってるの?)
まさか共通の敵だったガルテリオ亡き今、救世軍との協力関係はここまでだとでも宣告しに来たのだろうか。ついでに竜人の大群をけしかけて、今度は第三軍との戦闘で疲弊し切った救世軍を潰しにかかるつもりだとでも?
だとすれば──とカミラは腰の剣を掴みかけたが、寸前、隣から不意にジェロディが進み出て、臆する様子もなく口を開いた。
「一体どういうおつもりですか、ファリド=ヤウズ=ジャハンギル王子。あなた方はつい先日まで、僕たち救世軍との密約により、対トラモント黄皇国の共同戦線を張っていたはずです。だのにわざわざ僕らの城に現れて仲間に狼藉を働くということは、シャムシール人お得意の裏切りで同盟関係を反故にすることにした、という意思表示でしょうか」
「じ、ジェロディ殿……!」
とそこでようやくジェロディが駆けつけたことに気がついたらしいデュランが、傍らで短希銃を構えようとしていた副官のテレシアを押さえつつ、緊迫した眼差しを向けてきた。けれどもカミラは、ジェロディが男に向かって「王子」と呼びかけたことに驚き、思わず彼と男とを見比べてしまう。
(王子? あの見るからに不潔で素行の悪そうな男が?)
と、カミラが見やった先でなおもニヤけ面を引っ提げている男は、齢三十がらみの、どう見ても王族とは思えない風貌の持ち主だった。何しろ身につけている衣服は粗末で薄汚れているし、顎髭はもみあげまでつながって、うなじで結われた髪も冬だというのにベタついている。恐らくはここまで野宿を繰り返しながらやってきたせいなのだろうが、それにしたところで清潔感というものがかけらもないのだ。
まあ、そもそも公衆衛生という概念を持たないシャムシール人にそんなものを求める方がナンセンスなのかもしれないが、だとしても身なりも柄も悪すぎる。
あんなのはどう見ても王族ではなくただのゴロツキだ。
確かにさっきメイベルも、竜人を率いてきたのは砂王国の王子らしいと言っていたものの、カミラはやはりにわかには信じられない気持ちでいっぱいだった。
「へえ……こいつは驚いたな。〝ジェロディ〟ってことは、お前が噂のガルテリオの倅かい。ヴィンツェンツィオ家のお坊ちゃんが黄皇国で火遊びしてるとは聞いてたが、思った以上にガキじゃねえか」
「ええ。お見込みのとおり、僕がジェロディ・ヴィンツェンツィオですが、今はこちらの質問に答えて下さい。あなたがここへ来たのは、次は僕たちと戦争をするためですか?」
「ハッ……なるほど、そのイケ好かねえ目つきは父親にそっくりだ。だが残念ながら、俺ァてめえみてえなガキんちょにゃ興味がなくてな。西から遥々訪ねてきたのは、約束の報酬を受け取るためさ」
「報酬?」
「おうよ。ここにトリエステって女がいるだろ。まずはそいつと話を……」
とトリエステの名を上げて、男──名はファリドというらしい──は何か言いかけた。が、そこでジェロディの傍らに佇むカミラに気がつくや、彼はやや垂れた両目を見開いて面食らった様子を見せる。
そうしてしばし呆然としたのち、ファリドはすっくと立ち上がり、コラードのことなど忘れたようにつかつかと歩み寄ってきた。彼の足が迷いなく自分に向いていると察したカミラは、当惑と共にあとずさろうとする。
ところがこちらが距離を置こうとしたのを見抜いたのか、ファリドはすかさず踏み込むやカミラの腕を掴み上げた。直後、思いがけないほど強い力で引き寄せられて思わず「いたっ……!」と声を上げる。
それでもファリドは手を放すことなく、まじまじとカミラを観察してきた。そしてジェロディたちが色めき立つのも意に介さずに、獰悪な笑みを浮かべてみせる。
「よお、女。兄貴は息災か?」
「えっ……」
「エリク・ビルト・バルサミナ・セル・デル・シエロ。お前の兄貴だろ? イトコって線も考えたが、にしては野郎に似すぎてる」
「な……なんで──」
──砂王国の王子が、どうして兄を知っている?
思わずそう尋ねそうになって、しかしすぐに気がついた。そうだ。そういえば以前マティルダが、エリクが黄皇国軍に入ったのはシャムシール砂王国との戦で功績を上げ、ガルテリオの目に留まったのがきっかけだと言っていた。加えて当時、その戦で砂王国軍を指揮していたのがこのファリドなる王子であったらしい。
だから戦場でもよく目立つ兄の赤髪を彼も覚えていて、かつて辛酸を舐めさせられた件を今も根に持っているのかと思った。けれども、
「実は俺ァ、てめえの兄貴にゃ借りがあってな。何年か前に砂都で野郎に殺されかけたんだよ。しかも俺が大枚叩いて買った奴隷まで連れて逃げやがって……ってまあ、あんときゃ俺が興醒めして、もういいかと逃がしちまったんだけどよ」
「は……お、お兄ちゃんが、砂王国の王子を……!?」
「おう。信じられねえってんなら、ほらよ」
依然としてカミラの腕はしっかりと捕まえたまま、ファリドはくたびれた外套の前をはだけて、中に着込んだ上衣の襟をぐいと引き下ろしてみせた。
途端にあらわとなったファリドの胸もとは濃い胸毛に覆われていてすぐには気がつかなかったが、よくよく目を凝らしてみると、左肩から右脇腹にかけてを袈裟斬りにされたような傷痕がある。傷の大きさから見て十中八九致命傷だったと思われるが、まさかこれを兄がやったというのだろうか?
魔窟とでも呼ぶべき砂賊どもの根城、砂都シェイタンで?
「ハッ、しっかしヒーゼルの野郎、倅だけじゃなく娘まで作ってやがったとはな。てめえら父子にゃほとほと世話になりっぱなしでよ、ちょうど礼がしてえと思ってたとこなんだ。つーわけでお前、俺の女になれ」
「は……!?」
「安心しろ。砂王国は一夫多妻制というか、まあそもそも夫婦って概念自体存在しねえわけだが、とにかく女は何人いても困らねえからよ。まだガキとはいえ母親に似て上玉だし、存分にかわいがってやる──」
と、ついにはファリドに顎まで掴まれ、カミラは激しい危機感を覚えた。
欲望でギラついた眼は彼の言葉が冗談などではないことを物語っているし、何より砂王国での女の扱いはカミラも砂漠を渡ったときに嫌というほど理解している。
あの国では、女は性処理のための道具でしかないのだ。しかも消耗品として次々に使い捨てられ、奴隷以上の地位が与えられることは決してない。
ゆえにカミラは身をよじり、すぐにでも逃げ出そうとしたが、多少もがいたくらいではどうにもできないほどファリドの力は強かった。
それでも何とか抵抗し、彼の一方的すぎる提案を拒絶しようとした刹那、
「──王子、何度も同じことを言わせないで下さい。これ以上の仲間への狼藉は、救世軍に対する宣戦布告と取らせていただきますよ」
突然、カミラとファリドの間を隔てるように一本の剣が差し込まれ、その刃がぴたりとファリドの首に当てられた。ぎょっとして目をやれば、そこにはカミラでさえも見たことがないほど殺気立ったジェロディがいて、今にも本気で喉を切り裂くのではと思わせる眼差しでファリドを睨み据えている。
対するファリドはなおも薄ら笑いを浮かべているものの、ことを荒立てるのは得策ではないと判断したのか、ぱっとカミラの顎から手を放した。
が、そうと知ったジェロディが一瞬気を緩めた隙を衝き、ファリドは再びカミラをぐいと引き寄せる。おかげでたたらを踏んだカミラは剣に向かって倒れ込みそうになり、気づいたジェロディがとっさに刃を引いた。
すると、ファリドは最初からそうなることを見越していたかのようにニヤリと笑い、体勢を崩しかけたカミラを腕の中に抱き留める。
「ちょ……ちょっと、いい加減にして! 放してってば!」
「バカ言え。〝欲しいもんは腕づくで奪え〟が砂王国人のモットーだぜ? こんな犯し甲斐のある女、簡単に手放すわけねえだろ」
「ファリド王子……!」
「言ったはずだぞ、お坊ちゃん。俺らは約束の報酬を受け取りに来たってな。そもそも俺らの働きがなきゃ、てめえらはとっくの昔に黄皇国軍に拈り潰されてたはずだ。その対価が女ふたりで済むってんなら安いもんだろ?」
「……女ふたり? まさか……!」
瞬間、含みのあるファリドの発言を聞いたジェロディがますます血相を変えた。
そう、この男はいま確かにふたりと言ったのだ。そしてファリドは先刻、トリエステを名指しして「話をさせろ」と言っていた。ということは、つまり──
「ファリド」
ところがカミラがそんな一抹の予感に立ち竦んだ直後、にわかにファリドの名を呼ばわり、彼の肩に手を置いた者がいた。
それに気づいたカミラもつられて後ろを振り返り、途端にぎょっと息を飲む。
何故なら、つい先程までコラードを押さえ込んでいたはずの黒い竜人がそこにいて、六葉(三十センチ)以上も高い位置からこちらを見下ろしていたためだ。
「ファリド。ソノニンゲン、放セ。シナイト、オレ、オマエ、喰ウ」
「……はあ? いきなり何言い出してんだ、グニク。てめえら竜人にとっちゃ人間は、男も女も関係なく全員ただの肉のはずだろ?」
「否。赤イ鬣ノ、人間ノ戦士……オレモ、昔、世話ニナッタ」
「何?」
「赤イ鬣ハ、女王ノ同胞ダ。ダカラ、放セ」
「おい、何をわけの分からねえことを……」
と、直前まで余裕ぶっていたはずのファリドが、いよいよ苛立った様子で声を荒らげかけたときだった。これ以上は話すだけ無駄だと思ったのか──というかカミラはそもそもハノーク語が通じる竜人がいるとは思わなかった──瞬間、グニクと呼ばれた竜人はぐわっと口を開き、鼓膜が悲鳴を上げるほどの声量で咆吼する。
さすがのファリドもこうなると身の危険を感じたようで、とっさにカミラの腕を放すやその場から跳びのいた。するとグニクはカミラを守るように前へ出て、ファリドの眼前に立ち塞がる。同時に黒い鱗で覆われた彼の尻尾が別の意思を持った生き物のごとくうねり、そっとカミラに巻きついた。グニクの頭部から背中にかけて生える緋色の鬣は、なおもファリドを威嚇するように逆立っているのに、カミラに触れる尻尾の動きはとても優しい。おかげでカミラは竜人に対する恐怖でこわばっていた全身の緊張が、ゆっくりとほどけてゆくのを感じた。
「ムウ……スマン。大丈夫カ?」
「えっ……え、ええ……あ、ありが、とう……?」
「ウム。オレ、ドラウグ族ノ、戦士。名前、グニクセヴァク。皆、〝グニク〟ト呼ブ。オマエ、エリクノ、家族カ?」
「……! ま、まさかあなたもお兄ちゃんを知ってるの……!?」
「オニイチャン……ハ、ワカランガ、エリクハ、トテモ世話ニナッタ。昔、オレタチト、ニンゲン、戦ウコト、ナクナッタ、アル。エリクノオカゲ、ダ」
正確にはグニクセヴァクという名前らしい竜人のハノーク語は片言で、しかも発音も極めて独特なために、カミラは彼が何を伝えようとしているのか聞き取るのに難儀した。が、そのときファリドとグニクから解放され、メイベルに助け起こされたコラードが、ゴホゴホとひとしきり咳き込んだのちに言う。
「カミラ……彼は恐らく、アンゼルム殿……いや、エリク殿が以前砂漠を横断した際に出会ったと言っていた竜人だ。エリク殿は竜人語が話せるから、隊商を襲おうとしていた竜人を説得して、生きた家畜と引き替えに無事に通してもらえるよう、交渉したことがあると……」
「は……お、お兄ちゃんが竜人語を……!? そ、それ、私も初耳ですけど……!」
「エリク殿は幼い頃、ルエダ・デラ・ラソ列侯国で竜人に育てられた人間の子供と暮らしていた時期があって、そこで竜人語を習ったと……当時のことを、君は何も聞いていないのか?」
「ど……竜人に育てられた子供……? そんな話、私は一度も……確かにお兄ちゃんは五歳まで列侯国で暮らしてたってことは知ってるけど──」
「──コラードの話は本当だ。何せ当時は俺もその〝竜人に育てられた子供〟とよくつるんでたからな。だがエリクの野郎が今もまだ竜人語を喋れるってのは、正直想定外というか……記憶力がいいとかいう次元を超えてやがるな。マジであいつの頭の構造はどうなってんだか、一遍派手に搗ち割って中を覗いてやりてえぜ」
「……ウォルド!」
と、そこへさらに会話に割り込んできた声があり、振り向けば仲間の壁の向こうからトリエステを連れたウォルドがやってくるのが見えた。どうやらこの騒ぎの知らせが城館にいた彼らのもとにも飛んだらしく、トリエステの傍にはライリー一味やユカルの姿もある。加えて歩兵希銃を携えた連合国兵も続々と集まり、城壁の上に整列して、ファリドに銃口を向けるのが見えた。これにて形勢逆転だ。
が、そもそもグニクという竜人の反応を見る限り、彼らは救世軍に対して敵対的な立場を取るつもりはないらしい。ハノーク語を話せるだけでなく分別もあり、場合によっては同盟相手と対立することも辞さないつもりのようだ。
「……ですが驚きましたね。竜人は谷の外で人間と交わることは滅多になく、それゆえに独自の文化を形成し、言葉も通じないと聞いていましたが」
「おう。俺もハノーク語を話せるやつと会うのは二十年ぶりだ。しかしこいつ……鱗の色は違うが、鬣の色や顔つきはあいつにそっくりだな」
「あいつ?」
「ああ。グニドナトス──俺やエリクが列侯国にいた頃、世話になった竜人だ」
「……! オマエ、大竜父、知ッテルカ?」
「ドナルグ・レドル?」
「噫。大竜父……グニドナトスハ、オレノ、父ダ」
尻尾の先をブンブンと振りながらグニクがそう告げたのを聞くや、たちまちウォルドの顔色が変わった。
同時に何故かコラードまでもが目を見張り、唖然とした様子で口を開く。
「グニドナトス……というとアンゼルム殿が言っていた、世界で初めてエマニュエルを旅した竜人……彼は、その子孫なのか」
カミラはまるで話が見えなかったが、ウォルドやコラードの反応を見る限り、どうやらこのグニクという竜人はエリクと関わりの深い特別な個体らしかった。
すると直後、ニッと口の端を持ち上げたウォルドが大股に歩み寄ってきて、まったくの無遠慮にグニクの背中をバシバシと叩く。それを見たトラモント人の仲間たちはヒィッと竦み上がっていたものの、ウォルドはまったく平気そうだ。
何よりグニクも心なしか、人間から親しげに接されて喜んでいるように見える。
「そうか。グニドのやつ、あれから正真正銘の父親になってやがったんだな。おいトリエステ、こいつは信用しても大丈夫だぜ。砂漠にいる竜人と違って、むやみやたらに人間を襲ったりはしねえよ。そいつは俺が保証する」
「……そうですか。では今はあなたの言葉を信じましょう。お初にお目にかかります、ファリド王子。本日は遠路遥々ご足労いただいたようですが、応接室と独房、どちらでの接遇がお好みですか?」
と、ウォルドの言葉で竜人は敵ではないと理解したらしいトリエステが、ようやくファリドへ向き直って声をかけた。
頼みにしていた同盟相手の後ろ楯を失い、完全に孤立したファリドは彼女の容赦ない質問に乾いた笑みを浮かべるや、やれやれと肩を竦めてみせる。
「はあ……ったく、マジで赤い髪の連中と関わるとロクなことがねえな。だが俺らがこうして現れなきゃ、お前らも無事じゃ済まなかったはずだろ。なら賓客としてもてなされるくらいの資格はあるはずだぜ」
「賓客……とお呼びできるかどうかはあなたの態度次第ですが、畏まりました。では、ひとまず応接室へお通ししましょう。よろしいですか、ジェロディ殿?」
「……ああ。君が王子とどういう取り引きをしたのか、ちょうど気になってたところだしね。僕もぜひ同席させてもらうよ、トリエ」
とジェロディが剣を鞘へ戻しながらそう答えれば、トリエステはほんの少し気まずそうに彼から目を逸らした……ような気がした。そんなトリエステの反応含め、カミラも気になることばかりだ。ゆえに叶うことなら金輪際ファリドとは目も合わせたくなかったが、会談の席にはカミラも同席させてもらうことにした。
自分が知らない兄の過去への、疑問と困惑に揺れながら。




