338.終わりの始まり
カミラが急いで兵舎へ戻り、とりあえず胸当てだけを身につけて本丸の広場へ駆けつけると、既に戦闘が始まっていた。その証拠に城門の方角から、第三軍の強襲に応戦する歩兵希銃の銃声が轟いている。
城館前の広場に集まっているのはジェロディを筆頭にトリエステ、ケリー、オーウェン、イーク、ウォルドの六名のみ。他の仲間は今まさに戦闘の準備に向かっているか、あるいは既に城門の防衛に走ったかのどちらかのようだった。
「トリエステさん……!」
「カミラ、あなたも来て下さいましたか」
「ひ、ひとまず装備は整えてきたんですけど、一体何がどうなってるんです? 竜父様が救世軍に襲われたって……!?」
と息せき切らせながら尋ねたところで、しかしカミラはふと気がついた。
そういえば、こんな状況だというのに竜母やアマリアの姿がない。
彼女たちの供として来ていたふたりも、黄都から竜父の危急を知らせに来たという竜騎士もだ。ここへ来れば彼らから直接話が聞けると思っていたのに、一体どこへ行ってしまったのだろう。既に第三軍との交戦が始まっているということは、ガルテリオと話をするために敵陣へ飛んだわけでもなさそうだが……とカミラがきょろきょろしていると、誰を探しているのか察したらしいウォルドが、決死隊の留守中に完治したという腕を組んで嘆息をついた。
「竜と竜騎士なら全員揃って、竜父が行方知れずだと知るや否やさっさと飛んでっちまったぜ。俺たちが止めるのも聞かずにな」
「えっ……そ、それって竜母様もアマリアさんも黄都へ行っちゃったってこと!?」
「竜父様が何者かに襲撃されたと聞いて、アマリア殿はかなり取り乱しておられたからね。竜と竜騎士は血の契約によって互いの感情が同期するから、さすがの竜母様も冷静じゃいられなかったんだろうさ」
「そ、そんな……!」
たとえ黄皇国との講和は望み薄でも、せめてビアンカとアマリアが城に留まってくれさえすれば、まだガルテリオと交渉する余地はあると思っていたのに。
頼みの綱が一度に断ち切られ、突然谷底へ突き落とされたような状況に、カミラは愕然と立ち竦んだ。ちなみにシヴォロ台地の麓に陣を張って待機していたガルテリオは、その竜母たちが連れ立ってトラクア城から飛び去ったのを見て黄帝と竜父の交渉が決裂したのだと察し、即座に兵を差し向けてきたのだという。
「けど、一体何がどうなってんだ……! 救世軍がわざわざ竜父様を追いかけて、黄都で奇襲するなんて真似するわけないってのに……!」
「うん……恐らくは竜父様と陛下の接触を快く思わなかった何者かが、救世軍の名を騙って襲撃したんだろうけど……」
「で、でも、竜父様は私たちに頼まれて和平交渉に行ったのに、どうしてそれを救世軍が妨害したなんて話になるの?」
「これはあくまで推測ですが、恐らく竜父殿は、表向きには新年を祝賀するための訪問という体裁を崩さずに陛下と接触されたのだと思います。いきなり表立って救世軍との和平など持ちかければ、無用の混乱を招きかねませんから」
「……つまりまず黄帝を説得してから、段階的にことを進めていくつもりだったってわけか。だから襲撃犯も表向きには、ツァンナーラ竜騎士領の脅威を排除するために救世軍が竜父を襲ったって筋書きを組んだ……世間の目を欺いて、下手人が特定されるのを避けるために」
「ええ、私もそう考えていました。ただ、公式的には友好のための使節を装っていた竜父殿をわざわざ襲ったということは、首謀者は彼の本当の目的を知った上で妨害に動いた可能性が高い……」
「要は救世軍と和解なんかされちゃ困るやつが、黄帝を口説き落とそうとする竜父を消しにかかったってことだろ。で、現状そんな真似が可能な相手がいるとすりゃあ──やっぱり、ルシーンだろうな」
刹那、ウォルドが眉間に皺を寄せながら吐き捨てた言葉が、ぞっとカミラの背筋を舐めた。ルシーン。またルシーンなのか。だが憑魔によって黄帝を操り、国を思いどおりに動かしていたルシーンならば、確かに憑魔が消滅すればすぐに異変に気がついたはず。そしてその異変が竜父と黄帝の接触直後に起きたとなれば、竜父が憑魔を祓ったのだと嫌でも察しがついただろう。
ゆえに彼女は、自らの計画を乱す竜父を邪魔者として排除した。わざわざ救世軍の名前を使ったのは、ツァンナーラ竜騎士領とトラモント黄皇国の同盟は、海の向こうのエレツエル神領国を牽制するために欠かせないものであるからだ。
だから両国の同盟関係だけは維持するために、罪の所在を救世軍に押しつけた。
何とも魔界の住人らしい、姑息で卑劣なやり方だった。
「そ、そんな……竜父様も、ルシーンやハクリルートのことは充分警戒して動くって言ってたのに……でも暗殺されたとかじゃなくて、消息不明っていうのはどういうことなんですか? 敵に襲われて逃げたんだとしたら、竜父様も真っ先にトラクア城を目指すと思うんですけど……」
「それが、先程黄都から来た騎士の話によれば、竜父殿は馬車に乗って移動していたところを神術によっていきなり襲われたそうです。ですが事件後の現場からは、竜父殿のご遺体は発見されなかったと……」
「な、なら何とか敵の手を逃れて、今も黄都に身を潜めてるとか?」
「……あるいは命は助かったが、重傷を負ってどこかで動けずにいるかだな。そうだとすれば、早く見つけてやらないと命に関わる可能性が……」
「ええ……ですがそちらについては、今は黄都へ急行された竜母殿やアマリア殿に託す他ありません。問題は今回の事件の真相がどうであれ、我が軍と黄皇国の講和の実現は、もはや絶望的だということです」
目を伏せたトリエステが絞り出すように告げた現実が、またもガツンとカミラの魂を打ち据えた。が、そうして思わずジェロディの顔色を窺ったところではっとして、反射的に目を逸らす──これでガルテリオと戦わずに済む道は断たれた。
そう思ったとき、カミラは無意識のうちにジェロディを案じたが、そんな自身の心の動きにも戸惑いを感じた。先刻のテレルの話が脳裏をよぎり、果たしてこの想いは嘘偽りのない自分の感情なのだろうか、と。
「で、どうする。連合国軍の話じゃ、歩兵希銃の在庫は持って四、五日ってところなんだろ? 今のままじゃ早晩、城は陥ちるぜ」
「……ええ、そうですね。竜族の助力も見込めなくなった今、何も手を打たなければ落城は免れないでしょう。ですので、ジェロディ殿──どうかご決断を」
ところが直後、ウォルドの発言を受けたトリエステがジェロディにそう促すのを聞いたところで、カミラはにわかに現実へと引き戻された。集まった仲間のうち数名は、トリエステがジェロディに何の話を振ったのか分からずにいるようだがカミラには分かる。テレルら角人族が持ち込んだ、最後の切り札。
それを使うか否かと、トリエステはジェロディに決断を迫っているのだった。確かにテレルたちがもたらしてくれた秘策を使えば、救世軍にもまだ勝機はある。
乾坤一擲の賭けにはなるものの、大人しく落城を待つよりはいい。けれど──
「……やろう」
やがてジェロディが足もとに視線を落としたまま零した言葉が、カミラの心臓を打擲した。
「……本当によろしいのですね、ジェロディ殿」
「ああ。講和の望みが断たれた以上、僕たちのやるべきことはひとつだ。『護国の英雄』であるガルテリオ将軍を倒し、僕ら自身の手でこの戦いを終わらせる。僕たちはいつだって、そのために最善を尽くしてきたんだから」
そう告げて顔を上げたとき、ジェロディの瞳にはもう迷いはなかった。
あるのはただ、ただ、悲しいほどにまっすぐな覚悟だけ。途端にカミラは胸が震えて、急速に滲む視界をぎゅっと閉ざした。そして気づく。
(ああ、そうか。テレルの言うとおりだ)
今までずっと自分の心に蓋をして、気づかないようにしてきたけれど。
(私は、ティノくんが好き)
そう、好きだ。たとえ神によって植えつけられたまやかしの感情だとしても構わないと思えるほどに、彼の強さが、優しさが、まっすぐさが。
(だから私が何者で、何のためにここにいるかなんて関係ない)
そうだ。たとえば神が急に掌を返し、神子を殺せと命じてきたとしても知ったことか。自分はただジェロディを守る。何ものにも奪わせはしない。
この偽りだらけの世界にも、真実と呼べるものがあるのならきっとそれだけ。
それだけだ。
◯ ● ◯
救世軍との交戦を再開してから四日が過ぎた。
ひと月以上にも渡って壁上から降り注いでいた、炎弾による応酬はもはやない。
どうやらガルテリオの読みどおり、あの神術銃に似た兵器は魔石を動力源としており、石に蓄積された魔力が尽きると使えなくなる代物だったようだ。
『まあ、現代では〝魔石〟だとか〝魔導石〟だとか呼ばれてるけど、あれらの兵器を動かしていた核石は、実は魔界とは何の関係もないの。アビエス連合国なんかでは同様の仕組みを持つ石を〝希石〟と呼んでるみたい。〝希えば何でも叶う石〟なんて、ほんとなら神術以上の奇跡じゃない? だから後期ハノーク大帝国では神術より神理学の方が発展してたのにも納得で……』
と、いつだったか屋敷の地下に作った研究室で、子供のように目を輝かせながら古代の浪漫を語っていた妻の笑顔を思い出す。
彼女との記憶がガルテリオに未知なる兵器へ立ち向かう術を与えてくれた。
もっとも妻は自分がもたらした古代の知識が、我が子を追い詰める最大の武器になってしまうだなんて夢にも思わなかっただろうが。
「ガル様。やはり竜母様方が戻る気配はありませんね」
「うむ……」
と、前線で果敢に戦う自軍の兵を見守りながら、戦況を分析していたガルテリオにウィルが馬を寄せてきて呟いた。
四日前の午前中に、竜母ビアンカを始めとする竜騎士領の面々が一斉にトラクア城から飛び立っていったことは、多くの兵の目撃談によって確定している。
またその直前に黄都からやってきたと思しい別の竜騎士が一騎、城内へ降り立っていた事実も考え併せると、恐らくは竜父の身に何らかの変事があったのだろう。
(でなければアマリアが竜父殿の厳命を無視し、ジェロディらを放って城を離れるなどありえぬ。開戦前に〝竜父殿に何かあったのか〟と尋ねても、救世軍側は言葉を濁すばかりで返答に窮していたし……とはいえ陛下が、ご親友であらせられる竜父殿に危害を加えるはずがない。とすれば……)
他に考えられる可能性としては──ルシーンか。トラモント黄皇国の掌握をもくろむ彼女ならば、救世軍との和解を勧める竜父を目障りに思い、何らかの策動を見せたとしてもおかしくはない。無論、オルランドもそんなルシーンの行動を先読みし、いざというときのために竜父を守る手段は講じていたはずだが……。
(……まったくあの女は、どこまで陛下のご慈心を踏み躙れば気が済むのか)
ふつふつと腹の底から沸き上がる怒りは、やり場のない嘆息となって零れた。
が、一度オルランドの決断に従うと決めたからには、今更文句を言ったところで詮がない。竜父の身に万一のことが起きたというのなら、それはルシーンを排斥する機会に幾度となく恵まれながら、結局そうしなかった自分の罪でもあるのだ。
ゆえにもはや後戻りは許されない。自分は自分の犯してきた罪のために戦う。
その戦いがオルランドの目指す未来の礎となるのなら、これほど名誉なことはない。そう強く信じたからこそ、ガルテリオは今もここにいる。
「どうなさいますか、ガル様。もうしばらく様子を見て、ビアンカ様のご帰還を待つこともできますが……しかし救世軍が兵器による応戦をやめた以上、攻勢に出なければ軍監がまた騒ぐでしょう。……いっそやつらの方を始末しますか?」
「お、おい、リナルド。いきなり物騒なこと言うなよ、シグ様じゃあるまいし」
「だがもう数日待てば、また状況が変わるかもしれないだろう。もしも竜父様がご無事なら、まだ和睦の芽も……」
「……いや。仮に我々の推測どおり、竜父殿の身に何らかの危難が降りかかったのだとすれば、仕掛けたのは恐らくルシーンか、あの女の言いなりになっている保守派の連中だろう。であればたとえ竜父殿がご無事であったところで、我が国の人間が竜騎士領に対し、事実上の宣戦布告を行ったことには変わりない。とすれば、竜騎士領を間に立てた講和の実現は既に望み薄だろう」
「そ、そんな……」
「……ふたりとも、和平交渉にはあまり期待するなと言っておいたはずだぞ。とにかく、あと一日だ。今日一日様子を見て、竜母殿がお戻りにならなければ本腰を入れて城門を破る。ゆえに今日は瀬踏みをしておけ。救世軍も兵器の動力が尽きたと見せかけて我々を油断させ、誘き寄せたところへまた銃撃を浴びせるつもりかもしれんからな」
「はっ……畏まりました!」
と、ふたりの青年将校が敬礼し、前線に指示を伝えるべく駆け出してゆくのを見送って、ガルテリオは天を仰いだ。アビエス連合国軍が歩兵希銃と呼んでいるらしい兵器が底をつき、今度は弓や神術を駆使して防戦を続ける救世軍の頭上では、自由と希望を謳う青い旗がなおも蒼天に翻っている。
結局その日は一日、救世軍の希銃による反抗は確認されなかった。潮時だ。
翌朝、かつて妻と揃いで身につけていた赤暉石の指輪をしばらく眺め、鎖で首から下げたそれを鎧下へ収めたガルテリオは、ひとり静かに席を立つ。
「馬を」
かくて寝所代わりの幕舎を出ると、待機していた従者に指示を出し、厩舎から愛馬を曳いてこさせた。
彼の到着を待つ間、ガルテリオは腰に佩いた黄金の剣の柄に指を這わせる。
『皇帝』。これを賜った日の情景は、今でも昨日のことのように覚えていた。
(……陛下。いって参ります)
ここにはいない主君に胸中でそう告げて、連れられてきた白馬に跨がる。
長年戦場で苦楽を共にしてきた彼の首筋を労るように軽く叩いてやってから、部下たちの待つ陣の外へと向かった。
「諸君。昨日の戦果から既に明らかなように、長らく我が軍を苦しめていた敵の兵器はついに尽きた。いよいよ総攻撃をかけるときだ。総員、奮起せよ。偉大なるトラモント黄皇国の威光を再び天下へ知らしめるのだ!」
ほどなく整然と陣列を組んだ将士の前で『皇帝』を抜き放ち、天高く掲げたガルテリオが咆吼すれば、熱狂が原野を覆った。獅子の激励に奮い立った兵士たちは、勇んでトラクア城への前進を開始する。ところが盾兵と弓兵を中心とした先鋒が台地の中腹に差しかかったところで異変が起きた。
というのも、半月ほどの休戦期間中に修復された城門がにわかに開き、ガルテリオにも馴染み深い『蘭捧ぐ大鷹』の旗を掲げた騎馬隊が駆け出してきたのだ。
「……ほう」
それを全軍の後方から確認したガルテリオは、思わず感嘆の声を漏らして目を細めた。なるほど。防衛の要であった歩兵希銃が尽きたことで、救世軍側も次は野戦に打って出る決断を下したようだ。とはいえ緒戦であれほどの大敗を喫しておきながら、まったくの無策で野戦を選ぶはずもあるまい。
少なくとも起死回生の一手としてツァンナーラ竜騎士領との同盟まで模索した彼らが、こんなところで破れかぶれになるとは思えない。
(少なくとも、ジェロディやトリエステなら──)
そう予測したガルテリオは即座に伝令を発し、先鋒の進軍を停止させた。
代わりに発進させたのは、ひと月あまりの攻城戦で戦闘に飢えた竜騎兵団だ。
台地の中腹に盾を敷き詰め、即席の防衛線を築いた味方の間から飛び出して銀のけものと化した亜竜の群が、逆落としの勢いを駆って馳せてくるマティルダの騎馬隊目がけて突撃した。が、竜騎兵団はあくまで陽動だ。
七百騎からなる亜竜の群があと数瞬で敵軍の先頭へ食らいつくかに見えた刹那、案の定マティルダは馬首を返し、すぐそこに迫った竜騎兵団に対して横腹を見せるように駆けた。それを合図に、彼女に続いて斜面を駆け下りてきた騎馬隊の先頭集団が鮮やかに左右に割れる。かと思えば、そうして生まれた空隙から飛び出してきた後続の騎兵が、迫り来る亜竜に向けて何かを構えた──歩兵希銃だ。
「……やはりな」
ガルテリオが馬上でそう呟いたのとほぼ同時に、台地に銃声が轟いた。
どうやら救世軍はまだ使える希銃を温存し、動力が尽きたと見せかけて、奇襲に使う算段でいたようだ。されどマティルダの育てた騎馬隊が、騎乗しながらの銃撃も難なくこなしてみせるさまは、あのカミラという少女とぶつかったときに既に見た。ゆえにガルテリオも警戒していたのだ。
おかげで竜騎兵団は、二度も同じ手は食わなかった。敵の騎馬隊の後続が希銃を構えて現れた途端、彼らもまたマティルダの動きを真似るように左右へ分かれ、巧みに銃撃を回避する。そしてこちらの動きに虚を衝かれた敵銃騎兵が惑った一瞬の隙に、竜騎兵団から一拍遅れて駆け出したウィルの騎馬隊が突っ込んだ。
「火神の怒り!」
敵に希銃を構え直す暇も与えず、味方の先頭を馳せるウィルが強力な神術を叩き込む。直後、広範囲を巻き込む爆発によって銃騎兵は悉く吹き飛び、敵が混乱したところへ騎馬隊が襲いかかった。
「よし、さらに敵に圧力をかけるぞ。盾兵隊前進。合わせて長槍隊も前に出よ。敵騎馬隊の逆落としを許すな。リナルドは投石部隊の指揮に回れ。城壁への攻撃を開始し、敵神術部隊を釣り出すぞ」
そこからさらに次々と下知を飛ばせば、兵はガルテリオの手足のごとく自在に動いた。おかげでマティルダは盾の間から突き出た長槍に牽制されて攻めあぐね、その隙にリナルドの指揮の下、数台の投石機が一斉に投石を開始する。前線を押し上げ、充分に間合いを詰めたおかげで、投石機が放つ砲岩は見事に城壁へ直撃した。
壁上で守りについていた敵兵が、投石を浴びるたびに為す術もなく吹き飛んでいく。城門と同じく、休戦期間中に修繕されたはずの城壁もあちこちが崩れ始める。
この事態を重く見た救世軍はまず間違いなく神術兵を押し出して投石機の破壊を試みるはずだ。そうしなければやがて城壁が完全に崩落し、城内への侵入口ができてしまう。果たしてガルテリオの読みどおり、騎馬隊同士の乱戦を迂回するようにして敵歩兵部隊が現れた。あの中に投石機を狙う神術兵が紛れているに違いない。
「弓兵隊、位置につけ。敵兵を充分に引きつけて──放て」
対するガルテリオはすかさず弓兵隊を盾兵隊の真後ろに展開し、敵兵が殺到してきたところへ容赦なく矢の雨を降らせた。これを受けた敵軍が算を乱し、動きがにぶったと見るやこちらも歩兵をぶつけて白兵戦へと雪崩れ込む。ときは満ちた。
機動力の上では互角の敵騎馬隊も、唯一の脅威である敵神術兵も、主力はこの場に釘づけだ。おまけに城壁を守る弓兵たちは投石によって機能せず、懸念事項だった歩兵希銃も、もはや彼らを止め得るほどの量はない。
「竜騎兵団へ伝令。ただちにトラクア城城門を突破せよ。ここから一気に敵拠点を制圧する」
「はっ!」
勇ましい返事が上がり、命令を復唱した伝令が瞳に闘志を燃やして走り去った。
ほどなく中軍に戻ってきていた竜騎兵団が再び駆け出し、主戦場を迂回してトラクア城の城門を目指す。もはや彼らを止められる者はいなかった。最前線で敵を引きつけているウィルの伝令によれば、城門前には救世軍の牙旗を掲げた槍兵隊が横陣を組み、槍を並べて道を塞いでいるらしい。が、全身を硬い鱗と鋼鉄で鎧った上に、馬をも超える跳躍力を持つ亜竜の前では、槍衾などまったくの無意味だ。
(……そこにいるのか。ケリー、オーウェン、トリエ──ジェロディ)
そう念じ、瞑目したガルテリオの瞼の裏に去来したのは、かつて彼らと共に過ごした温かな日々の記憶だった。
されど次の瞬間、その幻影は戦場に轟き渡ったすさまじい咆吼に掻き消される。
「……何?」
いや、違う。それは咆吼ではなく、亜竜たちの上げる絶叫だった。
刹那、顔を上げたガルテリオの視界が真っ赤に燃え上がる。
「し、将軍、大変です! 城門の突破を試みた竜騎兵団が──」
ほどなく血相を変えて報告に駆けつけた伝令の声もまた、味方の上げる悲鳴に掻き消された。一体何が起きたというのだろう。
次にガルテリオが目にしたものは、炎に追われて我を失った亜竜の群が味方を跳ね飛ばしながら、銀色の雪崩となって押し寄せる光景だった。




