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32.言われなくても

 ゲヴラー一味の砦は、話に聞いていたとおり切り立った崖の上に建っていた。

 竜牙山はそれそのものが巨大な岩の塊で、何枚もの岩板が互い違いに突き出したり引っ込んだりしながら重なり合ってできている。

 一味の砦はその中でも崖の上部だけが迫り出した稀有な地形の上にあって、麓から砦へ至る道は馬一頭がやっと通れるかという崖際の細いそれだけだった。なるほど、これは地方軍が攻めあぐねるわけである。


 砦は全部で三層。まるで灰色の山肌に溶け込むように建てられたそれは言うまでもなく石造で、山のどこかから切り出してきたらしい石材でがっちりと堅牢に組まれていた。

 その三層の建物の上にはちょこんと乗った物見台があり、そこからゲヴラーの門弟と思しい男が龕灯がんどうで山道を照らしている。

 その導きの灯のおかげで、カミラたちはすっかり日の落ちた暗闇の中、細い細い崖際の道を踏み外すことなく登り切ることができた。もっともカミラは少しばかり回復した神力で手の中に火をともし、その明かりを頼りに歩くことができたけど。


「フィロメーナ様のご静養には、こちらの部屋をお使い下さい」


 と、やがてその砦に辿り着いたのち、ゲヴラーが一行を案内したのは三階にあるいっとう広々とした部屋だった。

 どうやらそこは普段ゲヴラーが起居している部屋のようで、あんな戦のあとだというのにどこも綺麗に片づいている。

 恐らく元々必要最低限のものしか置かれていない上に、ゲヴラー自身がかなりの綺麗好きか、あるいは几帳面な性格なのだろう。あるのはちょっと幅広の寝台と壁に向かった机、書棚、衣裳棚、そして壁に掛けられた斧や槍などの武器だけだ。


「幹部の皆様のお部屋については、こことはまた別に用意してあります。お話が済みましたらどうぞ近くの者にお声がけ下さい。各々お部屋までご案内致します」

「その心遣いは有り難く頂戴するが、いいのかい、あんたの寝起きする部屋まで俺たちが借りちまってよ」

「なんの。元々道場で門弟たちと雑魚寝していたような身分の者ですから、その点はお気になさいますな。それに実はそっちの方が、私の性に合っているのです」


 遠慮したというよりはむしろ興味本位で尋ねた様子のウォルドの問いに、ゲヴラーは屈託なく笑って答えた。ギディオンなどはそんなゲヴラーの気骨が気に入ったようで、鷹揚に頷いている。

 部屋にはすぐに灯りがともされ、依然気を失ったままのフィロメーナは寝台の上に寝かされた。ゲヴラーは一連の案内が済むとほどなく部屋を辞し、室内にはカミラ、イーク、ウォルド、そしてギディオンの四人だけが残される。


 こんな草木のない岩山にも、夜鳥が棲んでいるのだろうか。冷たい冬の風が吹き込む突き出し窓からは、ホッホウ、ホッホウ、という老人の笑い声に似た鳴き声が聞こえていた。

 しかしすぐにイークがつっかえ棒を外し、その窓をぱたりと閉じてしまう。血を失い、体温が下がっているフィロメーナに夜風は毒だと判じたのだろう。おかげで部屋には獣油のひどい臭いが満ちることになったが、誰も文句を言う者はいなかった。


「で、これからどうする?」


 その悪臭と共に立ち込めた沈黙を、真っ先に破ったのはウォルドだ。彼はフィロメーナが眠る寝台からつかず離れずといった場所で石造りの壁に背を預け、さして思い詰めた様子もなくボリボリと無精髭を掻いている。


「どうするもこうするもない。まずはフィロの回復を待つ。話はそれからだ」

「そりゃそうだろうけどよ。俺が言ってんのは今後、万が一の事態が起きた場合のことだ」

「万が一?」

「さっきゲヴラーが言ってたとおり、地方軍の敗走を聞いた中央軍が北のエグレッタ城から駆けつける可能性は十分あるだろ。そうなった場合、やつらがボルゴ・ディ・バルカの港を封鎖するまで最短で七日だ。そうなる前に他の連中はトラジェディア地方を出られるよう手を回したが、俺たちはそうもいかねえ。遅くとも五日のうちにフィロが動けるようにならなきゃ、封鎖に捕まる。そうなるとロカンダに帰れるのは、下手すりゃ来月になってからだぜ」

「確かに。そのような事態になれば、当分本部はフィロメーナ様ご不在での活動を余儀なくされます。そうなった場合、気になるのは黄皇国軍の動き。これから冬を迎えることを考えればあまり大きな動きはないと思って良いでしょうが、官軍がこちらのその油断を衝いてこないとも限りません」


 カミラたちがこうしている今も、黄皇国軍は血眼になって救世軍の拠点を探している。こちらもそれを暴かれないようあれこれ工作はしているが、だからと言って絶対に見つからないとは言い切れない。

 ゆえにカミラたちは今後の方針を話し合うべく、こうしてこの地に留まった。

 もっともカミラは幹部ではないので、本来であればアルドたちと共にロカンダへ帰されるはずだったのだが、どうもそのアルドがイークたちに口添えしてくれたらしい。「フィロメーナ様の意識が戻るまで、カミラさんも傍にいさせてあげて下さい」と。


 おかげでカミラは今こうして、眠ったままのフィロメーナの傍に腰を下ろせている。元々陶器のように白いフィロメーナの頬は、今は血の気を失って、ほとんど透き通るようだった。

 そんなフィロメーナの姿を見るなり、カミラはぎゅうっと喉が狭まって苦しくなる。泣きそうなのをこらえ、冷えきった彼女の手を握った。初めからこの話し合いでカミラに発言権はないし、今は黙って成り行きを見守っているしかない。


「要するに、誰が先に戻って本部の指揮を執るかって話か」

「というより、そうなった場合誰がフィロの傍に残るかって話だな。先に戻って指揮を執るのはあんたで決まりだろ?」

「は? 何言ってる。俺はフィロが動けるようになるまで、ここを離れるつもりはないぞ。その間、本部の指揮はギディオンが……」

「しかし貴殿は我が軍の副帥です、イーク殿。総帥であるフィロメーナ様がお倒れになった今このときに、貴殿まで本部を留守にしたのでは兵たちの不安を煽ります」

「いや、だが俺は……」

「副帥ってのはこういうときのためにある肩書きだろ。そのあんたがフィロの代わりに指揮を執んなくてどうすんだよ」


 呆れきったようなウォルドの声に、イークの眉がぴくりと動いた。ウォルドの意見は確かに正論なのだが、その言い方にカチンときたらしい――嫌な予感がする。


「だがもしそうなれば、フィロが動けない間に中央軍がこの砦へ押し寄せる可能性だってあるだろ。そうなったとき、誰がフィロを連れてトラジェディア地方を脱出するんだ? 中央軍を相手にするなら、神術を使える俺が残った方がいざってときに都合がいい」

「だったら代わりにカミラを残しゃいいだろ。せっかくアルドが置いてってくれたんだしよ」

「神術が使えりゃいいって話じゃない。中央軍を相手にするのに、まだ経験の浅いカミラじゃ不安だ。中央軍は地方軍みたいな雑魚の寄せ集めとは違う。何より指揮官は皇族だぞ」

「皇族っつったって、相手は俺らとさして歳の変わらねえお姫サマだろ。実戦の経験もまだほとんどないって話だし、ここが攻められるならそうなる前に逃げるだけだ。正面からり合うわけじゃねえなら、そこまで警戒しなくても何とかなるだろ」

「そんな適当な考えで何とかなるわけあるか! こっちはリーダーの命が懸かってるんだ、もう少し真面目に考えろ!」

「だからあんたは過保護すぎるんだって。どんなに気を揉んだって、物事はなるようにしかならねえんだよ。それにほらアレだ、〝窮すれば通ず〟って言うだろ?」

「だからって何の対策も打たずにフィロを置いていけるか! お前はジャンが死んだときのことを知らないからそんなのんきなことを言ってられるんだ!」


 ――ああ、また始まった。

 そう思いながらカミラは額に手をやった。

 まったくこの二人はどこまでぶつかれば気が済むのか。何もこんなときまで喧嘩しなくたっていいのに。

 カミラは未だ眠ったままのフィロメーナを一瞥したあと、困り顔でギディオンに目をやった。助けを求めたつもりだったのだが、しかしそのギディオンも呆れているのか諦めているのか、こちらを見て肩を竦めただけだ。


 やはり彼にこの二人の仲裁を任せるのは荷が重いか。言っていることはウォルドの方が正しいが、彼を擁護すればイークの立場がなくなる。ギディオンはそれを気にしている。

 それもこれもすべては救世軍内のバランスを保つためだ。組織内最年長であり武勇にも優れたギディオンの言葉は重い。ギディオンにそんなつもりはなくても、やはり皆が彼の言動には一目置いている。ギディオンもそれが分かっているから、迂闊に中立の立場を崩せないのだ。


 ――だったら私がやるしかない。カミラは悲壮な思いで腹を決めた。

 とりあえず今のカミラは単なる一兵卒に過ぎないから、はっきり言って発言力なんてものはない。だけど今はかえってそれがいい。

 ギディオンに下手なことを言わせて幹部たちの関係をよりギスギスさせるくらいなら、カミラがイークに一喝されるだけで済む方がまだ修復のしようがあるというものだろう。


 カミラは後ろで揉めている二人の口論を聞きながらふーっと一度息を吐くと、覚悟を決めて立ち上がった。

 そうしてくるりと振り返り、今にもウォルドに掴みかからんばかりのイークを抑えにかかる。


「はいはい、喧嘩はそこまで! ここで怒鳴り合ってたって何の解決にもならないでしょ? 話し合うならお互い冷静に……」

「俺は至って冷静だけどな。今だってそいつが一人で怒鳴り散らしてるだけだろ」

「ウォルド、火に油を注ぐようなこと言わないでよ! だいたい意見を言うにしても、もうちょっと言い方ってものが……」

「邪魔だ、カミラ。お前は引っ込んでろ。これはこいつと俺の問題だ」

「そうじゃなくて、救世軍全体の問題でしょ? そんなにウォルドと友情を深め合いたいなら別の機会にして。それよりも今は誰がフィロとここに残るのかを……」

「お前が仕切るな。だいたいこんなことになったのは誰のせいだと思ってる? あのときお前が敵兵の前でボサッと突っ立ってたせいだろうが!」


 バシッと叩きつけるように一喝されて、カミラは一瞬言葉に詰まった。


 ――そんなこと、言われなくても分かってる。


 そう言い返したいのをぐっとこらえ、耐える。

 あのとき。

 あのとき自分がどうにかあの敵兵を捩じ伏せてさえいれば、フィロメーナがこんな目に遭うことはなかった。

 そのための隙だって、まったくなかったわけではないのだ。だけど。


「――あの、剣を弾かれる直前」


 と、ときにイークが尖った声で言い、カミラはヒュッと息を飲んだ。


「あのときあの敵兵には馬鹿でかい隙があった。踏み込みから振り上げまでの間、お前が反撃する猶予はたっぷりあったろ。なのにどうしてあそこで斬り返さなかった? 動揺してて隙が見えなかった、なんて言わないだろうな?」

「そ、れは……」

「確かにあの敵兵の斬撃は重かった。それで左手が使い物にならなかったか? だったら右手に持ち替えて反撃すれば良かっただろ。昔、俺とエリクが何のために両手で剣が使えるように鍛えてやったと思ってる」

「……」

「あそこで間違いなく反撃してれば、フィロが代わりに刺されるなんてことはなかった。お前は、自分がしでかしたことの重大さをちゃんと分かって――」

「――分かってる! そんなの、自分が一番よく分かってるわよ。ただ……」


 カミラは声が震えそうになるのを必死でこらえた。それでも言葉尻の方が微かに震えてしまって、情けなさに唇を噛んだ。

 そんなカミラをイークが冷たい眼差しで見下ろしている。カミラの方はイークを直視できずにいるが、この距離だ。それくらい顔を見なくても分かる。


「ただ、何だ?」

「……ただ、あの人が……」

「あの人?」

「あの黄皇国兵が、叫んでたの。自分は帰るんだ、って。兄妹か恋人か、もしくは奥さんか知らないけど、その人のところへ、帰るんだ、って……」

「お前――」

「そ、それを聞いたら、頭の中が真っ白になって……気づいたときには、剣を弾かれてた。すぐに神術で反撃しようとしたけど、でも、森での戦いで神力を使い切ってて……だから、それで、フィロが――」


 パンッと乾いた音が、そのときカミラの弁明を遮った。

 同時に左頬へ衝撃を感じる。――熱い。叩かれたのか。

 瞬間、イークの全身からぶわっと殺気が噴き出すのを感じて、カミラは彼を振り向いた。


 ――ああ、まずい。

 いや、違う。分かってた。こうなることは。

 分かってた。当たり前だ。覚悟していた。


 自分は、イークを本気で怒らせた――。


「カミラ、お前……そんなことでフィロを……!」


 ――違う。フィロを巻き込むつもりなんてなかった。あのとき刺されて死ぬのは私だった。そのはずだったし、それで良かった。でも。

 カミラは怒涛のように駆け抜ける思考を、しかし唇を引き結んで喉の奥に閉じ込める。言い訳はしない。したところで自分の犯した過ちが許されるわけではないし、許されるべきでもない。むしろ立ち直れなくなるまで責めてほしい。


 あのとき、自分のせいで。

 そう思うと涙が溢れそうだった。今更後悔したって遅い。分かっていても、あのとき剣を右手に持ち替えることを躊躇した自分を斬り殺したくなる。

 フィロメーナが血を流して倒れたそのときから、カミラはずっとそればかり考えていた。自分で自分が許せなかった。

 覚悟は決めたはずだったのに。

 それをああも容易く。ああも呆気なく――。


「お前、この四ヶ月救世軍ここで何を見てきたんだ? 俺たちはな、一歩間違えればあっという間に谷底に落ちるようなところで戦ってるんだ! それを、お前は……!」


 ――そうだ。知っている。自分のような覚悟の甘い人間が一人いるだけで、救世軍の未来は閉ざされる。真っ逆さまに奈落へ落ちる。

 この四ヶ月、カミラはそのことを嫌というほどイークたちに叩き込まれた。実際に赴いた簡単な任務でも、ちょっとした油断が命取りになる瞬間を何度も見た。

 救世軍がいかに綱渡りの戦いを仕掛け、紙一重のところで黄皇国と渡り合っているのか、それもこの目で見て、耳で聞いて知っている。


 なのに、自分は――。

 カミラがそう切歯してうつむいた刹那、体がガクンと揺さぶられた。驚いて顔を上げると、イークに胸ぐらを掴まれている。


 ――ああ、今度はグーで殴られるな。


 目の前のイークの剣幕を見て、他人事のようにカミラは思った。

 でも、それでいい。

 どんなに殴られたって、たぶんこの惨めったらしい気持ちから逃れることはできないけれど、それでもイークの気が少しでも晴れるなら――


「おい」


 そのときだった。

 突然カミラの体が後ろに引かれ、そのあまりの力によろめいた瞬間、急に体が軽くなった。

 「え?」と声に出したつもりが声にならず、しかしイークの手がにわかにカミラの胸ぐらを離れ――いや、離されて・・・・、直後、部屋に強烈な殴打音が響く。


 何が起きたのか、すぐには理解が追いつかなかった。

 カミラは茫然と立ち尽くしたまま数瞬を過ごし、しかし何かに弾かれて吹き飛んだイークが書棚に激突する音を聞いて、それでようやく我に返った。


 唖然として見やった先には、見上げるほど大きいウォルドの背中。

 そこでカミラは初めて、ウォルドがイークを殴り飛ばしたのだと理解した。

 先程のカミラと同じく――否、それ以上にキツい一撃を左頬にもらったイークは、バサバサと落ちてくる何冊もの書物を浴びて小さく呻いている。


「え……ちょ、待っ……ウォルド、何してるの!?」

「そりゃこっちの台詞だ。お前、何大人しく殴られようとしてんだよ」

「い、いや、だって、え……!? 今のは私が殴られてめでたしめでたしの流れでしょ……!?」

「なわけあるか。お前ら、揃いも揃ってほんとにアホだな。それじゃ何のためにフィロが体張ってお前を守ったのか分かんねえだろ」


 ――いえ、その前にあなたの行動が分からないんですが?

 とカミラはそう返したかったのだが、呆気に取られすぎてそれ以上は言葉にならなかった。

 視界の端では、ようやくイークが上体を起こしたところだ。彼は肩に乗った何かの書物を乱暴に払いのけると、切れて血の滲んだ唇を手の甲でぐいと拭っている。


「よう、副帥殿。そんなに内輪揉めがしてえなら俺が相手になるけどよ。あんたの目は節穴か? どっからどう見ても責任感じて潰れそうになってるやつを更に追い詰めて何が楽しいんだ? だいたい今のは半分以上八つ当たりだろ」

「……」

「本来フィロとゲヴラーが話し込んでたあの場所には、あんたがいて然るべきだったんじゃねえのか。そうすりゃカミラが敵兵に襲われることもなかった。あのときカミラがあの場にいたのは、てめえがくだらねえことでヘソ曲げてフィロの傍を離れたからだろ。副帥の肩書きが聞いて呆れるぜ」

「ちょ……ちょっとウォルド……」


 カミラは依然ウォルドの言動に戸惑ったまま、ひとまずこの事態を収めようとその腕へ手を伸ばした。

 が、それを横から阻んだ手がある。――白くて細くて、やわらかな手。

 カミラははっとしてその手の主を振り向いた。

 そこではフィロメーナが寝台に身を横たえたまま、カミラの手を取って微笑んでいる。


「だいたい、この際だから言わせてもらうけどな。あんたが俺のことをどう思おうがそれは勝手だ。好きにしろとしか言わねえよ。だが今回の件は話が別だ。てめえの問題にいちいち周りを巻き込むな。てめえがてめえの思いどおりにならねえからって、フィロやこいつに当たるのも大概にしろ」


 ウォルドの口調はいつもと変わりない。怒鳴っているとか、叱責しているとか、そういう響きは微塵もない。

 なのにカミラは何故だか足が竦んで、体が萎縮するような感じを覚えた。これ以上二人が険悪な関係になるのを止めたいのに、声が出ない。


「カミラ」

「はっ……はいっ」

「お前は一旦どっかいけ」

「えっ」

「もう一回、改めて今後の方針を立て直す。その間お前はどっかで先に休んでろ」


 ぼうぼうに伸びた黒髪を無造作に掻きながらウォルドが言い、かくしてカミラは部屋を追い出された。

 せっかくフィロが目を覚ましたのに、と押し出されながら振り向けば、依然横になったままのフィロメーナが微かに唇を動かしてみせる。


「またあとで」


 その口からあの涼やかな声が紡がれることはなかったが、カミラはそう言われたような気がした。

 だから彼女と言葉を交わしたいのを我慢して、こくんとその場で頷いてみせる。


 ホッホウ、ホッホウ、と、岩山のどこかでなおも夜鳥が笑っていた。


 まるでそれにつられるように、夜空で月が微笑んでいる。

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