336.真実の語り部たち
「うわーん、カミラ、会いたかった! 絶対無事に帰ってくるって信じてたよ!」
「うわーん、カミラ、オレも会いたかったぁ~! あと少し帰りが遅かったら、カミラ不足で死に至るところだったよ! というわけでオレにも再会のハグとキスを──へぶぅっ!」
と、ビアンカの背中からトラクア城内へ降り立つなり、例によって抱きついてきたメイベルと、彼女に便乗しようとした結果イークに蹴り転がされたカイルに迎えられ、ああ、よかった、みんなも無事だったとカミラはひどく安堵した。
およそひと月半ぶりの帰還。しかし出迎えに集まった皆は変わりなく、くたびれてはいるものの大きな怪我を負った様子もない──やっと、帰ってこられた。
されどカミラたちが竜の背に運ばれて悠然と空から舞い降りたのを皆が目撃したために、城内はもう大騒ぎだ。あたりには総帥の帰還を祝い、また伝説の生き物をひと目見ようと詰めかけた大勢の兵士がひしめき合って大きな人垣を作っている。
が、ビアンカとアイーダはカミラたちを下ろすとすぐに人型へ戻ってしまったので、遅れて駆けつけた者は状況が呑み込めず竜はどこだときょろきょろしていた。
まあ、人間を六人も乗せてなお悠々と空を飛べるほど巨大な生物が、まさか自在に人間ほどの大きさになれるだなんて想像もつかなくて当然だろう。
「おかえりなさい、ジェロディ殿。救世軍一同、首を長くしてご帰還をお待ちしておりました」
「うん。ただいま、トリエ。みんなも待たせたね。遅くなってごめん。けど、本題に入る前に……何だか城中の兵士が詰めかけてるみたいだけど、城の守りは大丈夫なのかい?」
「はい。一応要所に見張りは残してありますが、攻め寄せていた敵軍は竜の飛来を確認すると同時に退却しました。ですので当面の間は安全かと」
そう答えたトリエステもほっとするほどいつもどおりで、けれど最後に会ったときより少し痩せたなと、カミラは自分たちが不在の間の彼女の苦労を偲んだ。
もともと小食で線の細い女性ではあったものの、このひと月あまり、彼女がいかに身を削ってトラクア城の防衛に腐心してくれていたのかがひと目で分かる。
けれどおかげでカミラたちは間に合った。もっとものちほど諸々の報告をする際に、トリエステの父でもあるエルネスト・オーロリーと竜牙山で邂逅した事実を彼女にも打ち明けなければならないのだと思うと、正直気が重たかったが。
「そうか……じゃあ、まずはこちらのふたりを紹介するよ。今回、竜父様の名代としてツァンナーラ竜騎士領から僕たちを運んでくれた竜母ビアンカ様と、彼女の騎士で『翼と牙の騎士団』団長でもあるアマリアさんだ。後ろのふたりは同じく騎士のエラルドさんと、騎竜のアイーダ。四人とも、去年僕らがクアルト遺跡の調査へ向かったときに同行してくれた面々だよ」
「お久しぶりです、竜母様、ビアンカ殿。このたびは遠路遥々、我が主を送り届けて下さりありがとうございます」
「うむ、ケリーか。おんしも息災そうじゃな。でもってそちらにいるのはロクサーナとトビアスではないか? おんしらの顔を見るのも久しぶりじゃのう……しかしトビアス、おんしは何故左様に顔を覆っておるのじゃ?」
「あああああああ、おっ、お久しぶりです、竜母様……! ですが相も変わらず、服装が大変破廉恥でいらっしゃいますね! おかげで目が潰れそうなんです!」
「ビアンカ。そもじ、二十年前からまるで身なりが変わっとらんが、もそっと修道士の目にも優しい服装はできんのきゃえ?」
「そう言うおんしも相変わらずのちんちくりんではないか、ロクサーナ。我ら長命の一族は、二十年やそこらではそう様変わりせんということよ。なれど、おんしらとの積もる話はまたのちほどにするとして──ティノ坊」
「はい。みんな、聞いてほしい話があるんだ。実は……」
と、ビアンカに促される形で、ジェロディは皆に竜牙山決死隊の顛末を語り始めた。すなわち、現状ではまだツァンナーラ竜騎士領との同盟は結べていないこと。
カミラたちがトラクア城を目指して谷を飛び立つのと同時に、竜父もまたソルレカランテへ向かったこと。彼は黄帝を説得し、黄皇国と救世軍の仲立ちをするつもりだということ。そして黄帝が結論を出すまでの間、同様の経緯をガルテリオにも説明し、竜母から彼に一時休戦を持ちかけるということ……。
「で……では竜母様は、そのために遥々当城までいらして下さったのですか。竜父様の名代として、ガルテリオ将軍との交渉を請け負って下さると?」
「うむ。オルランドの盟友たる竜父の頼みとあらば、さしものガルテリオも無視はできんじゃろう。というわけで、わらわはアマリアと共に早速ガルテリオのもとへ行ってくる。アイーダ、エラルド、おんしらは有事に備えてティノ坊の傍に控えておれ。あのガルテリオが我々に危害を加えるとは思えんが、念のためにな」
とビアンカが告げれば、仲間のひとりと一匹は神妙な顔つきで頷いた。
彼らは万一ビアンカやアマリアの身に何かあったとき、即座にソルレカランテへ飛び、竜父に事態を知らせる役割を負ってここにいる。
そういうことならもう少し供の数を増やした方が安心なのではとカミラたちは谷を発つ前に進言したのだが、結局竜父は首を縦には振らなかった。
曰く、確かにビアンカやアマリアのことは心配ではあるものの、大勢の竜が一度に飛来すればガルテリオは警戒を強めてしまう。そうなれば救世軍の言行は竜族の力を盾にした〝威圧〟と受け取られ、対等な話し合いの妨げになるだろう、と。
(それでなくとも将軍の傍には、ルシーンの息がかかった監視役がいるっていうしね。そいつが竜の大群にビビり散らかせば、何をしでかすか分からないっていうのは確かにそうだし……今はとにかく、ガルテリオ将軍を信じるしかないわ)
と、やがて再び麗しき銀竜の姿となり、アマリアを乗せて飛び立ったビアンカを見送りながら、カミラは内心そう祈った。救世軍をここまで追い込んだ敵将を信じるなんておかしな話だが、本来ガルテリオは自分たちの敵ではない。
少なくともカミラはそう思う。そしてきっと竜父やかつての真帝軍の話を聞く限り、オルランドもまた信じるに値するはずの相手なのだ。されどルシーンなる魔女が欲望のままに彼を操り、すべてをめちゃくちゃにしてしまった。
ならば今はただ、その狂瀾が可能な限り平和的に正されることを祈りたい。
「しっかし、黄皇国との講和ねえ……今更そんな夢物語が実現すんのか? だったら最初から黄帝がしっかりしてりゃ、こんな大乱は起こらなかったはずだって責任問題になりそうだけどな。第一、今の黄帝の傍にはルシーンがいる。あの女はたとえ竜族だろうと、自分の邪魔をする相手には容赦しねえぞ」
「確かにルシーンの存在は目下最大の懸念事項だが、竜族の協力の下、オルランド殿が正気を取り戻せれば決して不可能な話ではない。さすがのルシーンも黄皇国が丸ごと敵になれば、そう易々と国を奪えはしないだろうからな」
「……とにかく今は、ソルレカランテからの知らせを待つ他ありませんね。事情を知ったガルテリオ殿がどう出るか、気がかりではありますが……ときに、カミラ」
「はい?」
「登山から戻ったばかりでお疲れのところ申し訳ないのですが、実は先日、とある客人があなたを訪ねてきたのです。ところがあなたが不在にしていることを伝えると〝ではカミラが戻るまで用件は話さない〟と言われてしまい……」
「え……え? そんな変な客なんて、まったく身に覚えがないんですけど……誰かしら?」
と思わず眉をひそめて、カミラはイークと顔を見合わせた。
自分の知り合いならイークの知り合いでもある可能性が高いだろうと思ってのことだが、しかしイークも特に思い当たる節がないようで、無言で首を振っている。
ならば直接その客人とやらに会ってみる他ないかと思い、カミラはトリエステの案内で、早速彼らを待たせているという本丸城館の客室へと足を運んだ。
が、驚いたのは、問題の客室がある三階の廊下に、見覚えのある大きな人影が座り込んでいるのを見つけたときだ。
「えっ……!? あ、あなた、もしかして、ウー!?」
と、人影の正体に気づいたカミラが素っ頓狂な声を上げれば、それに気づいた相手もニッと白い犬歯を見せて「よう」と長く毛むくじゃらな腕を挙げた。
そう、そこにいたのは他でもない、獣人居住区の防衛に向かっていたはずの猿人族の長、ウー=シェンだ。
「久しぶりだなァ、オメエら。何でも竜を口説きに竜牙山くんだりまで行ってたンだって? そいつァ惜しいことをしたな。猿人がいりゃアあんな山、楽勝だったってェのによ」
「えっ……い、いや、相変わらず元気そうで何よりだけど、どうしてここに!? 城の前には官軍が張りついてて、誰も出入りできなかったはず……」
「おいおい。去年、ワシらがオメエらをフォルテッツァ大監獄まで運んでやったのをもう忘れたのかよ。あンくらいの崖を登って城に入り込むなんざ、ワシらにかかりゃあ氷甘蕉の皮を剥くより簡単だってェの」
「あっ……そ、そっか……そうだった……!」
と、言われてカミラもようやく思い出した。そうだ。去年の夏、官軍に捕らえられたコラードを救い出すべく乗り込んだオディオ地方のフォルテッツァ大監獄はトラクア城と同じ、切り立った崖の上に建つ難攻不落の要塞だった。
いや、実際には要塞でも監獄でもなく複雑怪奇な造りの古代の遺跡だったわけだが、ともあれカミラたちはあの監獄へ潜入するに当たって崖登りが得意な猿人族を頼り、上まで運んでもらったのだ。とすればウーたちは今回もまったく同じ要領で味方の城へ駆けつけたのだろう。まったくもって盲点だった。
確かに彼らがいれば、竜牙山ももっと安全かつ迅速に登れたかもしれないのに。
「だ、だけど、どうしてウーたちがここに? ビースティアの安全が確保されたから、蛙人族がライリー一味と協力して第三軍の兵站を断ってくれてるって話は聞いてたけど……ひょっとして私を訪ねてきた客ってあなたたちのこと?」
「いンや。ワシらは客人をここまで連れてきただけの案内人よ。オメエさんに会いたがってる連中は、こン中だ」
とカミラの疑問に答えながら、狼牙棒を抱えるようにして床に胡座をかいたウーが、自身の真後ろにある部屋の扉を親指で指し示した。どうやらウーは連れてきた仲間と共に例の客の護衛についていたらしく、今も部屋の前で見張り役をしていたようだ。彼らがそこまで鄭重に扱う客人とは、一体どこの誰なのだろう?
ますます謎は深まり、カミラは傍らにいるトリエステと、何故か流れでついてきたイークとを見比べた。
「え、えっと、トリエステさん……」
「大丈夫、あなたも会えば分かりますよ。というより、あなたでなければ分からないでしょうね。行きましょう」
そう促されるがまま、カミラは頭を疑問符でいっぱいにしながらトリエステに続いた。かくて部屋の前を陣取っていたウーたちが立ち退くや否や、今度はトリエステが扉の前に立ち、コンコンと軽快なノックを鳴らす。
「失礼します、先日ご挨拶しましたトリエステです。大変お待たせしてしまいましたが、あなた方が面会をお望みの者を連れてきました」
次いで彼女がそう声をかけても、部屋はしんと静まり返り、物音ひとつ聞こえなかった。が、トリエステはまったく頓着する素振りもなく扉に手をかけるや、迷わずぐいと把手を引く。
そうして開いた扉の向こうへ、彼女は視線と手振りだけでカミラを促した。ゆえにカミラも恐る恐る、まずは開いた扉から中へ向かって顔だけを覗かせてみる。
「あっ……!?」
瞬間、思わず息を飲んだ。何故ならまだ昼間だというのに窓掛けが引かれ、薄暗い部屋の真ん中に、爛々と輝きながらこちらを見ているいくつかの黒い眼がある。
無論比喩でも何でもなく、まさに白目のない真っ黒な瞳だ。カミラはその瞳に見覚えがある。痩せっぽちで、子供のように小さな体を寄せ合いながらカミラを凝視している彼らは、かつて救世軍がルシーンの魔の手から救い出した──角人族だ。
「も、もしかしてあなた、テレル……!? それにルエラも!」
《カミラ……! よかった、本当に帰ってきたのね!》
直後、カミラの脳内に直接響き渡った可憐な声は、以前、コラードと共にフォルテッツァ大監獄から救出された角人の少女ルエラの声。そして身を乗り出した彼女の隣でふんっと不機嫌そうにそっぽを向いてみせたのは、ルエラの恋人であるテレルだ。室内には彼らの他にもあのとき共に助けた数人の角人がいて、カミラを見るや「ヒュウッ、ヒュウッ!」と独特な鳴き声を上げて喜んだ。が、逆に彼らの姿を見るや「げっ……」と顔色を変えたのは、一拍遅れて部屋の前に立ったイークだ。
「な、何だこいつら……まさか亜人か!?」
「あ、そっか、イークはテレルたちと会うのはこれが初めてよね。そうよ、彼らが前に話した角人族。だけど驚いたわ、まさか来客があなたたちだったなんて!」
と、再会の喜びに声を弾ませたカミラは早速彼らへと駆け寄って、繊細な銀髪を揺らして笑うルエラと手を取り合った。他方、彼女とは対照的な金茶色の髪の間から横に突き出る長い耳を覗かせたテレルは、依然ムスッとしていて目を合わせようともしない。せっかくの再会だというのに可愛いげのなさは相変わらずのようだ。
「テレルも久しぶり! ねえ、おかえりのハグは?」
《……はあ!? そんなことするわけないだろ! ていうかおまえら、竜と会うためにツァンナーラ竜騎士領へ行ってたんだって? まったく、ぼくたちが危険を冒して会いにきてやったっていうのに、半月も待たせるなんて……》
「ってことはあなたたち、年が明ける直前くらいにここへ来たってこと? あれからどこで何してたの? 行き先も告げずにいなくなっちゃうから心配してたのよ」
《ふん。おまえらに心配される筋合いなんかない。そもそもどこへ行っても人間に狙われるぼくたちが、不用意に行き先を教えるわけないだろ》
《もう、テレルったら。カミラさんたちが竜牙山へ向かったって聞いた直後はあんなに心配してたくせに、素直じゃないのね》
《ぼ、ぼくはこいつらの心配なんかしてないよ、ルエラ! ただ、カミラが山から戻ってこなかったら、わざわざ危ない橋を渡った意味がなくなると思って……!》
と、ルエラのからかいに額から小さく突き出した角まで真っ赤にしたテレルは、ムキになって反論した。
が、ルエラや他の仲間はそんなテレルを見てくすくす笑っているし、角人も照れたり焦ったりすると赤面するんだ、と知ったカミラも思わず笑ってしまう。
「……おい、トリエステ」
「何です、イーク?」
「あいつは……カミラは一体誰と話してるんだ? 俺には角人がただヒュウヒュウ鳴いてるようにしか聞こえないんだが……」
「ええ、そうでしょうね。私もです」
「は?」
「聞いたところによると角人族の言葉というのは、彼らの仲間と大神刻に選ばれた神子にしか聞こえないそうです。しかしどういうわけだかカミラにもまた、彼らの声が聞こえるらしいのですよ」
「……何だって?」
「理由はまったくの不明ですが、今にして思えば彼女が刻む星刻と何らかの関係があるのかもしれませんね。星刻は一部に古代ハノーク文字が刻まれており、また彼ら角人族は、古代ハノーク人の叡智を今に受け継ぐ種族だといいますから」
「……また星刻か」
ところがその頃、笑い合う自分たちの背後でそんな会話が交わされていることにカミラはまるで気づかなかった。トリエステから話を聞いたイークは、まるで親の仇でも睨むようにカミラの左手を凝視していたが、当のカミラはテレルたちと話すのに夢中でそれさえ目に入らない。
「だけどあなたたち、どうしてまた戻ってきたの? しかもこんな戦場の真っ只中に、官軍に捕まる危険を冒してまで……」
《ああ……そうだ。ぼくたちはおまえらが黄皇国軍を相手に苦戦してるって話を聞きつけて来たんだ》
「え? どういうこと?」
《つまり借りを返しに来たって言ってるんだよ、相変わらずにぶいやつだな》
「え? 今、けなすところだった?」
《こら、テレル。恩人に対して失礼でしょ? ごめんなさい、カミラさん。でもテレルの言うとおりなんです。あなた方救世軍は以前、強大な敵を前にしても怯まずにわたしたちを助けて下さいました。だから今度は、わたしたちがあなた方を助ける番だと思ったんです》
そう言ってこちらを見上げたルエラの眼差しはひどく真剣で、カミラは図らずも目を丸くした。見れば他の角人たちも同じように覚悟を決めた表情でじっとカミラを見つめている──まさか彼らが私たちを助けるために駆けつけてくれたなんて。
その事実に驚いたのと嬉しいのと戸惑ったのとで、カミラは唇を引き結んだ。
そうして二十四葉(一二〇センチ)程度しか背丈のない彼らの目線に合わせるべく、そっと床に立ち膝になって言う。
「そう……そうだったの。わざわざ私たちのために……」
《はい。でも、みんなで色々相談している間に出遅れてしまいました。カミラさんがこうして無事に戻られたということは、ツァンナーラ竜騎士領との同盟が成立したんですよね?》
「……いいえ。それがそう簡単な話じゃなかったの。一応竜騎士領は救世軍に協力してくれることにはなったんだけど、同時に黄皇国との同盟関係も守りたいって。だから今、竜父様が直接黄帝のところへ行って説得してくれてるわ。官軍と救世軍がこれ以上殺し合わなくていいように、何とか和解の道を探ろうと……」
「ヒュウッ……!?」
ところが刹那、カミラの話を聞いたテレルたちの口からは、言葉を成さない驚きの声が上がった。かと思えば彼らは血相を変えて顔を見合わせ、まるで心の動揺を表すように、先端に房のついた尻尾を激しく揺らしている。
《馬鹿な、そんなことをしたって無駄に決まってる……! ここは《碰》だぞ。天脈と地脈、どちらかがどちらかを食い破るまで、戦いが止まるわけがない!》
「え……じ、《碰》……? って、何のこと?」
《天界の干渉が強まり、それに反発する原初の精霊たちが大地に溢れる地点のことさ! 神子が現れた土地ではよくこういう現象が起きるんだ。で、天霊と地霊の目には見えない衝突がその土地の人間や自然界にも作用して、争いや天変地異がとても起こりやすくなる……いや、だけど、そうか。思えば竜は神々に都合のいいように設計された生き物だものな。だとすれば和解を促しにっていうのは建前で、本当は何か、もっと別の目的があるのか……?》
と真剣な顔つきで考え込み始めたテレルを見やり、カミラはますます困惑した。
《碰》だの天霊だの地霊だの、彼の発する言葉はカミラの理解が及ばないものばかりだ。けれど彼らが、竜父が講和を呼びかけたところで無駄だと確信している様子なのは何故だろう。そして仮にテレルの言葉を真とするならば、竜父は黄帝を説き伏せるために黄都へ飛んだわけではない……?
「あ、あの、テレル……あなたが何を言ってるのかよく分からないんだけど、とにかく黄皇国との講和の実現は難しいってこと?」
《……可能性はまったくのゼロじゃないとはいえ、正直ほとんど無理だと思った方がいい。矛盾してるように聞こえるかもしれないけど、それこそ黄帝と救世軍が結託して、神意に抗ってでも戦いを止めようとしない限り不可能だ》
「神意に抗うって……つまりこの戦争は、神々の意思によって引き起こされてるって言いたいの?」
《そうだよ。神子の関わる戦争はいつだって、テヒナが人を操って起こすものだ。神子による支配を地上にあまねくして、人の手からエマニュエルを取り戻すための計画……要するにやつらには最初から、人間を救い導くつもりなんてないんだよ。現代の人類が信じてる神話や教義なんてものは全部、やつらが世界を自分たちのいいように造り変えるための方便さ》
と、テレルがまるで当然のように──そう、あたかも普遍的で不動の事実を語るかのように話すので、カミラは愕然と座り込んだ。
……神々は人類の味方ではない? そんな馬鹿な。
確かにカミラも《新世界》のために神子を人柱にしようとする彼らのやり方には反発を覚えていたけれど、それは自分ひとりのわがままであって、ゆえに神々は今も昔も変わることなく人を愛し、守り導いてくれるものだと信じていた。だって現に神々と人類は神話の時代から共に生き、互いに手を携えてきたはずではないか。
なのに──
《……まあ、とはいえぼくらが一千年以上の時間をかけて集めた真実を、今ここで全部教えるなんて不可能だし、おまえもすぐには信じられないだろう。だからその話は今はいいよ。でもとにかくそういうわけで、ぼくらはカミラ、おまえに話をしに来たんだ》
「……どういうこと?」
《さっきテレルが言ったように、残念ながら神々は人類にとって友好的な存在ではありません。だから神を身に宿した神子たちにこの話をするのは憚られて……》
《……うん。だけどカミラ、おまえの持つ赤髪は、エマニュエルでは特別な意味を持つんだ。去年、キュンガ遺跡へルエラを助けに行ったときに確信した。おまえはやっぱり守護者の血を引いてるんだよ》
「し、守護者?」
《そう。かつてエオネス……いや、ハノーク大帝国には、テヒナの魔の手から人類を守ろうと立ち上がった十人の賢者がいた。彼らは偉大なる帝国の守り人として、ハノーク人の間では『十賢者』とか『守護者』とか呼ばれていた》
《そして守護者たちはとある理由で、全員が赤い髪を持っていたんですよ。今のエマニュエルでは彼らや彼らの血を引く者の他に、赤い髪を持つ人間はいません……もっとも、大いなる宿命を背負った守護者が子孫を残していたなんて、わたしたちもカミラさんと出会うまで想像もしていませんでしたけど》
そう告げたルエラの言葉は、カミラに再びの衝撃をもたらした。
自分がかつてハノーク大帝国で『賢者』と呼ばれた者の末裔?
そんなことが──
《……信じられないかもしれないけど、キュンガ遺跡が血の認証でおまえを守護者と認めたのが何よりの証拠だ。だからぼくらは、おまえになら話してもいいと思ってここへ来た。あの竜騎兵団とかいうのを倒せるかもしれない秘策について、な》




