334.黄金竜と金色王
鳥来祭とは、世界の《始まりの鳥》である神鳥ネスが初めてエマニュエルへやってきて、天樹エッツァードの種を撒いた日を言祝ぐ祭日だ。
一年の始まりを世界の始まりに見立てて祝福し、神鳥ネスへの感謝を表する。
そうして始まった黄暦三三七年最初の日が暮れようとしている。
新しい年の到来に浮かれ騒ぐ民の声を遠く聞きながら、竜宮砦の最上階に位置する閨で窓辺に腰を下ろした竜父はひとり、沈みゆく夕日を眺めていた。
このところずっと悪天候の日が続いていたから、鋭き峰々の彼方で眠りに就く太陽をこうして見送るのも、ずいぶん久しぶりのように感じる。
『ハーヴェル』
そうして世界を金色に彩る太陽を見ていると、いつも脳裏で自分を呼ぶ声を聞くのだ。
『ハーヴェル。我が無二なる友よ。どうかガルテリオの倅を頼んだぞ』
昨年のちょうど今頃、なつかしき黄昏の都で聞いた彼の声が頭の中で反響する。
あの日目にした旧友の笑顔は、竜父が知るそれと何ら変わってはいなかった。世界から隔絶された谷の王として君臨しなければならない竜父にとって、唯一対等に言葉を交わせるよき友、よき理解者、そしてよき名づけ親、オルランド・レ・バルダッサーレ。彼が自分をハーヴェルと呼んでくれた日から、この友情は血の契約よりも濃い約束として魂に刻まれ、未来永劫に渡って続くのだろうと信じていた。
「……けれどいよいよこのときが来てしまったのだね、オルランド」
やがて闇へと没していく黄昏色の日を名残惜しく見送りながら、竜父は寂しげに微笑する。
「やはり人間の一生は短すぎるな。……短すぎるよ」
誰にともなくそう呟きながら、黄金の睫毛に縁取られた瞼を閉じた。
下界の争乱とはまったく無縁の谷ではまるで時間が止まったような日々が過ぎてゆくというのに、地上の人間たちはほんの瞬きのごとき生を生き急ぐ。
オルランドと出会うまで毎日が退屈で色褪せて見えた竜父にとって、どちらがより幸福な生き様なのかは分からない。されどきっと分からないからこそ迷うのだ。
今宵自分が選ばねばならない、大切な約束の行方を。
◯ ● ◯
その日、仲間と共に『天の座』と呼ばれる広間へ呼び出されたジェロディは、信じられない思いで聞き返した。
「そ……そんな……竜父様、本気でおっしゃっているのですか?」
「ああ、もちろん本気だとも。トラモント黄皇国の民のために立ち上がり、人の身でこの竜牙山を越えてきた君たちの並々ならぬ熱意には心から敬意を表するが──今は君たちと同盟を結ぶことはできない。申し訳ないが、しばらく考えるための猶予をもらおう」
と、ソルレカランテ城の玉座を模したような椅子にゆったりと腰を下ろした竜父の答えを聞いて、一同はますます愕然とした。
無論、これは同盟を申し入れにやってきた救世軍の面々ばかりではない。
竜父の最側近として謁見の場に同席した『翼と牙の騎士団』団長のアマリアもまた、蒼穹を閉じ込めたような瞳を驚愕に見開いている。
「お……お待ち下さい、竜父様。現在トラモント黄皇国の民草が置かれた窮状については、我ら『翼と牙の騎士団』も既に知るところです。だというのに彼らを捨て置き、黄皇国との同盟関係を維持するとおっしゃるのですか?」
「おや、ずいぶんと妙なことを言うのだね、アマリア。確かに下界との行き来がある騎士の中には君のように、黄皇国が抱える問題について認識している者もいる。けれど君たちは今日までただの一度も、黄皇国との関係を見直すべきだとは進言してこなかったじゃないか」
「そ、それは竜父様がバルダッサーレ陛下と既に話し合われたとおっしゃっていたからで……! 現に地上の動乱が治まるまでは、エレツエル神領国が武力介入の動きを見せた場合を除いて、我ら竜騎士領は黄皇国軍に与しないと口約を交わされたのでしょう? ですから今は事態を静観し、黄皇国の出方を見守るべきと思って私も騎士たちを宥めてきましたが、生命神の神子たるジェロディ殿がこうして救援を求めてきたからには……」
と、当惑気味に竜父とジェロディとを見比べながら、今日も今日とて竜の鱗から作られた鎧に身を包んだアマリアは言葉を濁した。
彼女の傍らではすらりとした肢体を惜しげもなく晒した竜母ビアンカも腕組みをして、ことの成り行きを見守っている。ジェロディが単身竜の谷へ到着し、山中で別れた仲間たちと無事再会を果たしてから三日目の朝。神話の時代、神々の争いを嘆いた《母なるイマ》が天界から身を投げたことを悼み、死者への祈りを捧げる祭日に、まさかこんな話を聞かされるだなんて思わなかった。
『天の座』と呼ばれるその広間は、歴代竜父の鱗によって飾られる絢爛な玉座が一段高い床の上に据え置かれている以外、特に目を引く装飾もないがらんどうの空間だ。四方を灰色の壁で囲まれた景色はどうにも冷たく重苦しく、まるで今のジェロディたちが置かれた状況を具現化しているかのようにさえ感じる。
無論、この質素さが、華美な装飾や贅沢によって自らの権威を主張する必要のない、竜族という生き物の性質を表すものであることは分かっていた。
けれども左右の壁に並んだ刳り抜き窓の外の景色もまた降り積もった雪で白く凍りついている今、寒さを感じないはずのジェロディでさえ震えるほど張り詰めた冬の気配がそこにはある。より具体的に言い表すならば、玉座に座る竜父との間に下りた、見えざる氷の壁のごとき隔たりが。
「そう、そのとおりだよ、アマリア。私とて今の黄皇国が抱える問題を座して見ていたわけではない。ゆえにオルランドとも、我が竜騎士領は内乱の鎮圧に関わる要請には応じないという方向で話し合った。そしてオルランドもそれを了承し、以来一度たりとも我々に協力を求めてきてはいないだろう? 彼がそうして盟約を守ってくれているというのに、三百年にも渡る同盟をこちらの都合で一方的に破棄するのは、いささか信義に悖るのではないかな」
「で、では竜父様は、ハイムに選ばれしジェロディ殿の要請を無視されると? 救世軍にはジェロディ殿の他にも数名の神子が集っているのですよ。だというのに天界に忠誠を誓う我ら谷の民が、神々の意思に背いて人間の過ちに手を貸すというのですか」
「人間の過ち……か。確かに私も今のオルランドには賛同しかねる部分がある。だからもう一度説得してみるよ、彼を。やはり考えを改めるつもりはないかとね」
「説得ですって?」
「ああ。今年も六聖日が明けたら例年どおり、新年を祝う年賀使節団をソルレカランテへ送るだろう? そこに私自ら参加するのはどうかと思うんだ。去年だってそうしたわけだし……」
「な、なりません! 昨年は事前にバルダッサーレ陛下から遺跡調査の協力依頼が来ていたから、例外的に竜父様自らソルレカランテへ赴くことができましたが、何の予告もなくいきなり訪問するとなれば一体どんな騒ぎになるか……!」
「けれど今は黄皇国と救世軍の戦いを止めるのが急務なのだろう? なら年賀使節団を経由してオルランドに会談の申し入れをするよりも、最初から私が直接会った方が早いじゃないか。で、彼が停戦に応じてくれれば、ジェロディもこれ以上父親と争わずに済むわけで──」
「──竜父殿。それじゃあ約束が違いますよ」
刹那、不遜にも竜父の言葉を遮ってそう発言した者がいた。ぎょっとしたジェロディたちが振り向いた先にいたのは、もちろんアマリアや他の竜騎士ではない。
ジェイクだ。驚くべきことに、彼は黄金の竜眼に見つめられたところで怯みもせず、むしろ何か殺気立った様子で竜父を睨み据えていた。
あの事勿れ主義で、決死隊への同行も最後まで拒否していたはずのジェイクが、だ。いや、そもそも彼がいま口にした「約束が違う」とはどういう意味だ?
想定外の事態の連続に、ジェロディはまるで状況が呑み込めなかった。が、竜父の方はなおも微笑して眼を細めると、玉座にゆるりと頬杖をついて言う。
「これは困ったことを言うね、ロベルト。ここにいる皆の中で、唯一君だけは私の気持ちに同調してくれると思っていたのだけれど」
「もちろん竜父殿のおっしゃりたいことは分かりますがね。あんたのそのわがままが通るなら、俺だって生涯二度と登るまいと天に誓ったこの山を、命懸けでまた登るなんて苦行を強いられずに済んだんですよ。おかげで性懲りもなく死にかけながら、やっとの思いでここまで辿り着いたってのに、あんたの答えがそれじゃあ俺は雇い主に会わせる顔がありません」
「ど……どういうことだい、ジェイク? というか竜父様も今、彼のことを〝ロベルト〟と……」
「ああ、うん、すまないね、ジェロディ。彼と共にいるということは、事情は既に聞いたと思うが、去年我々も参加したクアルト遺跡調査隊の裏側には、諸々の駆け引きというやつがあったんだ。で、私も旧知の仲であるロベルトが考古学者を騙って隊に潜り込むのを黙認したひとりでね。君を騙すのは本意ではなかったが、私も彼の雇い主から頼み込まれてしまったものだから」
「つ、つまり……僕を反乱の旗頭にするよう命じたジェイクの雇い主と、竜父様もつながりがあるということですか? その人物とは、一体──」
「黄金の雄鶏の飼い主だ。これ以上は今は言えねえ」
「お、黄金の雄鶏?」
「んなことより、今は竜騎士領との同盟が先決だろ。竜父殿、俺は雇い主からこう言われたんですよ。〝トラモント黄皇国の解体こそが、オルランド・レ・バルダッサーレにとっての救いになる〟とね。だから今回の話も渋々飲んだんです。あんたもあの人に……陛下に惚れ込んだなら分かるだろ、その言葉の意味が」
「……ああ、分かるよ。分かった上で言っているのさ」
「竜父殿!」
「それでも私はオルランドを……彼を失いたくないと思ってしまうんだ。彼にとっての真の救いとは、本当にトラモント黄皇国という腐蝕した軛から解き放ってやることだけなのか? もっと別の方法があるんじゃないか? 私は、彼にこそ……彼のような者にこそ報われてほしいと願ってしまう。だって誰よりも国や民を愛し、守ろうとしてきたオルランドが、あんなにたくさんの血を流してようやく手に入れたものがひとりぼっちで死ぬ未来だけなんて……そんなのは、あまりに寂しいじゃないか」
瞬間、そう言って静かに目を伏せた竜父の表情は、ジェイクはもちろん、ジェロディからも反論の言葉を奪った。人の姿を借りた黄金竜は、玉座の上で相変わらず微笑んでいる。けれど彼の穏やかな笑みが何よりも雄弁に物語るのは、友であるオルランドへ向かう親愛。寂寥。そして、悲哀──
(竜父様にとって、陛下は……本当にかけがえのない存在なんだな)
たとえば自分にとっての救世軍のように。そう思ったとき、ジェロディの胸は得も言われぬ軋みを上げた。何故なら今、トラクア城の麓で戦う父もまた、竜父と同じ気持ちで戦場に立っていることを痛いほどよく分かっているからだ。
道理や理屈を超えて守りたいと願うもの。自分の命と引き換えにしてでも失いたくないと祈るもの。それは数日前、ジェロディにたったひとりであの崖を登らせたものときっと同じだ。されどそうと知りながら、自分はなおも乞わねばならない。
どうか友を裏切ってくれと、他でもない自分の愛するもののために。
(ああ、僕は……とんでもなく身勝手な偽善者だな)
──僕の宝物を守るために、あなたの宝物を捨てて下さい。
そう言って頭を下げねばならない自分の無力さと傲慢さに眩暈がした。
しかし他に道はない。救世軍を救うためには、竜たちに縋らなければ。
一騎当千という言葉の由来にもなった彼らの力を借りる以外に『常勝の獅子』の軍勢を退ける手立ては、もう、
「分かりました」
ところが不意に、がらんどうの『天の座』に響き渡った声があった。
驚いたジェロディは思わず息を飲み、隣の彼女を凝視する。
そう、まっすぐに竜父を見つめて口を開いたカミラの横顔を。
「そういうことならお願いします。ぜひ黄帝を説得して、戦いを止めて下さい」
「お、おいカミラ、お前、何言って……!」
「ガルテリオ将軍の覚悟や竜父様の気持ちに触れて、黄帝が考えを改めてくれるならそれが一番じゃないですか。黄皇国が抱える問題を平和的に解決できる可能性が少しでもあるのなら、賭けてみても損はないでしょ?」
「……へえ、意外と話が分かるのだね。けれど仮にオルランドが説得に耳を傾けてくれたとして、本当に停戦が実現したら君たちはどうするんだい?」
「もちろん黄皇国の政治や軍事に参加します。だから黄帝を説得して全部丸く治めたいとおっしゃるのなら、黄皇国側にその条件を飲ませて下さい。停戦したら救世軍がこれまで犯した諸々の罪は全部許して、政治に口出しすることも容認するし、民衆の意見を尊重する仕組みも作るって」
「お、おいおい……そんなぶっ飛んだ話、今更国が飲むわけねえだろ。仮に陛下個人が承諾したとしても、貴族連中が許すわけがねえ。最悪一度は了承したふりをして、講和が成立したあとに油断した救世軍関係者を全員抹殺、なんてことも平気でやってのけるやつらだぞ」
「なら講和のあとに救世軍の関係者が迫害を受けたり、不審死したりするようなことがあれば竜騎士領が介入して、世直しの邪魔をするやつらは全員食い殺しますって条約を作っちゃえば?」
「発想がバイオレンス!」
「でも国の中の誰かじゃなくて、第三者である竜騎士領が同盟国の不正に目を光らせるってなれば公平性もあるし、頭が腐った連中もさすがに大人しくなるんじゃない? 竜はお金やなんかじゃ懐柔できないし、そもそも嘘をついたり誤魔化したりしても、魂のにおいを嗅ぎ分けるっていう竜の嗅覚でバレるわけだから下手な真似もできないし」
「……だが他にも問題はある。以前ハーマンから聞いた話によれば、オルランド殿には現在憑魔が憑いているのだろう? まずはそいつを何とかしない限り、説得など不可能なはずだ」
「ああ……その件なら我ら竜族の力があれば何とかなるよ」
「えっ。ほ、本当ですか!?」
「うん。まあ、ほら、我々竜族には神と同じ青い血が流れているからね? この血は使い方次第では聖水同様の役割を果たすんだ。よって憑魔の話が事実ならば、軽く祓えるのではないかな」
「ほら。だったらむしろ竜父様にソルレカランテ城へ乗り込んでもらった方が得策じゃない?」
と、カミラが終始けろっとした様子でそんなことを話すので、ジェロディたちは揃って呆気に取られてしまった。とはいえカミラの言い分は、まったくの荒唐無稽というわけでもない。もしも実現すれば、黄皇国はツァンナーラ竜騎士領との共同統治のような形にはなるものの、ほとんど貴族が独占していた国政に民衆が参加できる契機となる──しかも、父や竜父が守りたがっている帝政を維持したまま。
「……なるほど、なかなか魅力的かつ面白い提案だね。だが、ただ停戦を促すだけでなく、救世軍の特赦と政治参加まで説得に盛り込むとなると、黄皇国側の議論は紛糾するだろう。当然、オルランドの竜声一下で即決できる話ではなくなる。とすると結論が出るまでの間、ガルテリオと交戦している君たちはどうするんだい?」
「もちろん、ガルテリオ将軍のことも竜父様が責任を持って止めて下さい。これ以上救世軍と戦わなくて済むように黄帝を説得するから、話し合いが終わるまで攻撃をやめてくれって」
「ハ……ハハハハハハハ! 君は本当に面白いことを言うね、カミラ。しかし私から言い出しておいて何だけれど、オルランドやガルテリオがその要請を承諾すると本気で思っているのかな?」
「分かりません。だって私は黄帝や将軍とは直接話したことがありませんから。でも竜父様はもしかしたら聞いてくれるかもって、ふたりを信じていらっしゃるんですよね?」
「……そうだね。けれどもし私の言葉がオルランドに届かなかったら?」
「そうなったときは……残念ですけど、諦めて私たちに協力してほしいです。竜父様が、黄帝のしてきたことは全部無駄だった、なんて思いたくないのと同じように──私たちにも、彼女の人生には何の意味もなかったなんて言われたくない、大切な人がいるので」
再び竜父を見つめてそう告げたカミラの声はあまりにも透徹でまっすぐで、はっとジェロディの胸を衝いた。
もちろんジェロディは知らない。このときの彼女の言葉に込められた、あまりにも切実な願いの深さと理由を。されどそれでもカミラの想いはジェロディの魂を揺らし、また竜父にも何かを与えたようだった。そこで彼は初めて頬杖を解くや、玉座の上で居住まいを正し、改めてカミラを正視する。
「……そうか。分かったよ。そういうことなら君が提示した条件を飲もう。私は六聖日が明けたらすぐにソルレカランテへ向かい、オルランドの説得を試みる。そしてもし彼が私と袂を分かち、君たちとの和解も拒むと言うのなら、そのときは我が身に流れる青き血に懸けて、救世軍を助けると約束しよう」
「竜父様……!」
ところが刹那、谷の王たる竜父が自ら黄都へ向かうという無謀を諫めようとしたアマリアを、傍らに立つビアンカが無言で制した。が、肩を引かれたアマリアは、ビアンカが黙って首を振るのを見るや、さらに当惑した様子で口を開く。
「ビアンカ、どうして……!」
「確かに今のソルレカランテは、一年前よりもさらに危険を伴う土地となっておるじゃろう。されどのう……すまぬ、アマリア。結局のところ、わらわもひとりの母なのじゃ。ゆえにときには我が子のわがままを許してやりたい。オルランド殿は竜父の初めての友となり、また王の何たるかを見本となって示してくれた恩人でもあるほどにの」
ビアンカがそう言って困ったように微笑すれば、アマリアもついに返す言葉を失くしたようだった。無論、ジェロディも彼女の心配は分かる。
ビアンカの言うとおり、現在のソルレカランテは文字どおりの魔境だ。
オルランドの傍には彼を操る魔女ルシーンや、マリステアを殺した魔人のハクリルートがいて、貴族たちの腐敗も一年前よりさらに進んでいるはず。しかし自分の宝と父や竜父の宝、そのどちらも捨てずに済む道があるのなら……。
(たとえどんなにか細い希望でも、可能性があるのなら信じてみたい。僕らが今、こうしてここにいるのだって、そんな希望を何度も信じて手を伸ばし続けた結果なんだから──)
今日まで救世軍が戦ってきた意味も、かつてのオルランドたちの戦いの意味も。
カミラの提案が実現すれば、きっとどちらも守られる。無論、いずれの勢力からもそれを善しとしない者は現れるだろうが、本当に国を憂える心があるのなら、彼らもこのまま内乱によって国家が衰退することを望みはしないはずだ。
なれどそう道理を説かれてもなおどちらか一方を排除すべきだと吠え立てる者が現れたなら、恐らくはそいつこそがジェロディたちの倒すべき真の敵。
すなわち今回の提言は御為顔で愛想を振り撒きながら、本心では保身や権力にしか興味のない連中を炙り出す絶好の機会になり得るだろう。
「ではアマリア、早速騎士たちを召集してくれ。六聖日が明けると同時に、共にソルレカランテへ赴く者を選定する。ついでに何名かを下界に送って、竜二頭が運べるくらいの食糧を集めてきてくれ。オルランドの説得が成る前に、救世軍が飢えて滅んでしまってはもとも子もないからね」
「……畏まりました」
完全には納得できていない様子ではあるものの、アマリアは竜父の指示にそう答えるや、竜鱗で覆われた鎧の上から胸を叩いた。
あれが竜騎士流の敬礼だと知るジェロディは、それだけで胸が熱くなる。
──本当にこの戦いが、これで終わってくれたなら。
そう祈りながらジェロディは竜父の心遣いに礼を述べた。黄金竜はそんなジェロディに頷き返しながら、心なしかまぶしそうに瞳を細めて微笑んでいる。




