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323.この手を放さないために


 竜牙山(りゅうがざん)の登山は、本当に危険と隣り合わせだった。

 何しろまず、道と呼べ得る道がない。

 ジェロディたちが一列縦隊を組んで進んでいるのは、地面から垂直にそそり立つ岩板のその上だ。竜牙山と呼ばれる岩山は、こうした岩板が何枚も直立した状態で重なり合い、()()わされたような構造をしている。ゆえにジェロディたちは岩板の上の(へり)を慎重に渡っていくしかない。問題は岩板の厚さによっては、両腕を広げることもできないほど狭い道を通るしかない場合があるということだ。


「お、おい、これ……もはや登山っつーよりほとんど綱渡りだろ! おまけにしっかり雪まで積もってやがるし、マジでどうなってんだ竜牙山ってのは!」

「大丈夫でやんすよ、オーウェンの旦那。足場の雪は先を歩く親びんたちが踏み固めて下さってやすし、何よりこういうときのための氷鉞(ひょうえつ)でさァ。こいつをこう、雪に差し込みながら一歩一歩落ち着いて進めば、まず落ちることはありやせんぜ」

「い、いや、そりゃ理屈の上ではそうかもしれないが、この高さだぞ……!? 落ち着いて進めと言われても、背負ってる荷物の重さで体勢が崩れやすいし……!」

「だったら、左手に氷鉞を持てばいい。そうすりゃ自然と体重が壁側にかかって、素っ転んでも体はそっちに倒れ込むだろ。あとはとにかく前を歩く連中の足跡を正確に辿(たど)ることだけ意識しろ。そうすりゃ雪の下に隠れた裂け目やなんかに足を突っ込む心配もない」

「はあ!? ゆ、雪の下に裂け目が隠れてるなんてこともあるのか……!?」

「だからゲヴラーが先頭を歩いて安全確認してくれてんだろうが。分かったらとっとと進め、後ろが(つか)えてんだぞ」

「せ、せ、せ、急かすなよ! こういうのは安全第一なんだからな……!」


 というオーウェンとジェイクの口論が後列から聞こえてくるが、さすがのジェロディも今回ばかりは後ろを振り向いている余裕がない。

 何しろ現在一行がいる道の幅は十五(アレー)(七十五センチ)足らず。すぐ右手は断崖絶壁で、地上までの高さは既に六(アナフ)(三十メートル)ほどもある。

 仮にここから落下すれば直下に見える岩場に叩きつけられることになり、神子でも命があるかどうか。考えれば考えるほど口の中はカラカラに乾き、ジェロディは震えそうになる足を、杖代わりの氷鉞を握り込むことでどうにか支えた。


「はあ……まあ、気持ちは分からんでもないが、初日からあの調子じゃあ先が思いやられるぜ。今日は運よく無風だからいいものの、これで風が吹き出したら立ち往生して進めなくなるぞ」

「あいつらも山に慣れるまでは仕方ないだろう。最初の二、三日は焦らず練習のつもりでいい。今なら食糧にもまだ余裕があるからな。下手に急いで事故を招くくらいなら、まずは時間をかけてでも安全な山の歩き方を覚えさせるべきだ」


 かと思えば今度は前方からそんな声がする。

 呆れているのは先頭を歩くゲヴラーで、(なだ)めているのは次手のヴィルヘルムだ。

 十二名からなる決死隊は現在、竜牙山をよく知るゲヴラーを先頭に、ヴィルヘルム、カミラ、ジェロディ、イーク、パオロ、オーウェン、ジェイク、加えて末尾にシズネを筆頭とする諜務隊(ちょうむたい)の面々という順で列を組んで進んでいた。


 基本的にはこの順番を崩さないが、安全に休めそうな地点を見つけたら休憩し、その都度先頭をゲヴラーとパオロが交代するという形だ。

 何しろ今回の登山において先頭を歩く者は、後続の仲間のために進路の安全を確かめながら、足首が埋まるほどの高さまで積もった雪を踏み固めつつ進まねばならない。続く仲間は前の仲間の足跡を辿るだけでいいのに対し、先頭者はまず自分で道を作るところから始めなければならないのだ。


 そしてそうした作業は恐ろしく体力と精神力を消耗する。さっきジェイクが言っていたような隠れた裂け目や、(もろ)い足場に当たる可能性が最も高いのもまた先頭を行く者だからだ。ゆえに先頭者は休憩ごとに入れ替える必要がある。

 でないといくら熟練の武闘家として精神(こころ)肉体(からだ)を鍛え上げてきたゲヴラーでも、集中力が続かずに早晩疲弊してしまうだろう。


「おい、嬢ちゃん。十枝(五〇メートル)くらい先によじ登れそうな段差が見えるが、あそこを登っちまって大丈夫か?」

「……ええ、大丈夫。そこを登ると少し道幅が広くなる。その先、左手に山の奥へ続く斜面が見えてくるわ。かなり急な坂道だけど、登り切った先に休憩できそうな開けた場所がある」

「よし。ならまずはそこを目指すとしよう」


 ほどなくゲヴラーに道を尋ねられたカミラが進路を示し、一行は次なる休憩地点を目指して進み始めた。ジェロディの前を行くカミラは白い息を弾ませながら、足もとの地面を一歩一歩確かめるような足取りで進んでいる。何しろ彼女は今、未来の幻と現実の景色を重ね合わせて見ながら歩いているのだ。

 しかもただ未来を()ているわけではなく、仲間が安全かつ確実に山上を目指せる順路を探るため、何通りもの未来を幻の中で試行している。となれば体力と精神の消耗は、恐らく先頭を歩くゲヴラーやパオロに勝るとも劣らないだろう。


「カミラ、大丈夫かい?」


 ゆえにジェロディは彼女の様子が気にかかり、思わずそう声をかける。

 ジェロディがカミラのすぐ後ろを歩いているのはいざというとき、消耗したカミラにすぐさま神力を分け与えられるよう備えるためだ。

 というのもこんな道の途中でカミラの神力が尽き、彼女の意識が途切れたら、間違いなく崖から転がり落ちて大惨事になる。そのため少しでもきついと感じたらすぐに自分を頼るよう事前に言い含めておいたのだが、振り向いたカミラはやや血色の悪い顔をしながらも、にっと気丈に笑ってみせた。


「ありがと、ティノくん。でも今はまだ大丈夫。例の休憩できそうな場所に着いたら、少しだけ神力を分けてもらうかもしれないけど……」

「うん。でも無理だと思ったら、休憩地点に着くのを待たずに教えてほしい」

「ええ、そうするわ。だけど竜の谷(アラニード)を見つけられるまで、こんなのを十四日間も続けたマナさんを尊敬する……当時は神力を回復する手段もなかったはずなのに、よく登り切ったわね」

「マナはお前と違って生まれつき星刻(グリント・エンブレム)が使えたからな。正黄戦争(せいこうせんそう)に参戦する頃には、当然ながら星刻を使いこなしていた。そいつを刻んで一年足らずのお前とは勝手が違って当然だ」

「あ……そっか。マナさんって天授児(ギフテッド)だったんだっけ。じゃあなおさら、私はティノくんがいなきゃ登れっこないわね──きゃっ!?」


 ところが刹那、突如ジェロディの視界が真っ白になり、目の前にいたはずのカミラの姿が掻き消えた。何事かと驚き固まった直後、ザーッと大量の砂が流れ落ちるような音が鼓膜を震わせる──雪だ。カミラの頭上から極小の滝のごとく降り注いだ雪が、にわかに彼女を呑み込んだのだ。


「カミラ……!」


 突然の出来事に不意を()かれた体勢を崩したカミラの体が、瞬間、崖側に傾くのをジェロディは見た。いきなり雪を浴びて驚いた拍子に足を踏み外したのだ。

 が、それを見たジェロディがとっさに手を伸ばすよりも早く、カミラの前を歩いていたヴィルヘルムが互いの腰をつなぎ合った麻綱を思い切り引っ張った。

 おかげでカミラは何とか片足のみで踏み留まり、ビンと張った綱を瞬時に掴んで落ちかけた体を崖上へと引き上げる。かと思えば途端にへなへなと座り込み、足もとの雪に突き立てた氷鉞へと真っ青な顔色で(すが)りついた。


「おいカミラ、大丈夫か!?」

「う、うん……し、し、死ぬかと思ったけど、生きてるっぽいから大丈夫……あ、ありがとう、ヴィル……」

「こういうときのための命綱だ。各々が落ち着いて行動すれば、滑落はまず防げるから安心しろ」

「い、いや、ヴィルは落ち着きすぎだけどね……!? ていうか今の何!? なんで突然上から雪が……!」

塵雪崩(ちりなだれ)だ。水分の少ない乾いた雪が不安定な場所に積もったり風に煽られたりすると、時折ああして降ってくる。冷たいだけで本物の雪崩や落石ほどの脅威はないが、今みたいにいきなり視界を奪われるから気をつけろ」

「ん、んなもん気をつけようがないだろ……」


 というオーウェンのぼやきが後方から聞こえた気がするが、忠告したゲヴラーはカミラの無事を確かめると、再び先を目指して歩き出した。

 カミラもあまりの恐怖体験に膝が笑っているようだったが、見かねたヴィルヘルムが「綱を手繰(たぐ)ってこい」と、互いをつなぐ綱がピンと張るように引いてくれたので、何とかそれを伝って前へと進めたようだ。


「はあぁ……ほんの三刻(三時間)登っただけでこの疲労感かよ。マジで寿命が縮まるというか、命がいくつあっても足りる気がしないというか……竜の谷に着く頃には髪が真っ白になってるか、十歳は老けてそうだぜ」


 そこからさらに進むとカミラの言っていたとおり急峻な斜面が現れて、一行はその坂を登り切った先でしばしの休憩を取ることにした。

 直前の勾配は氷鉞を深く突き刺し、鉄樏(かなかんじき)の歯を雪に食い込ませながら登らなければ転がり落ちてしまいそうな急傾斜だったが、上まで辿り着くと途端に地面がなだらかになり、座って休めそうだと判断されたのだ。

 時刻はじき昼時に差しかかる頃合いだろうか。疲れ切ってへたり込んだオーウェンの傍らで、雪に刺した氷鉞に腰の綱を結んで安全を確保したジェロディは、分厚い雪雲に覆われた空を見上げながらシズネを呼んだ。


「シズネ。次はいつ休めるか分からないから、ここで昼食を取ろう。持ってきた簡易焜炉(こんろ)に火を(おこ)してもらえるかい?」

「ハイ。(かしこ)まりマシタ、ジェロディさま」

「あ……ティノくん、ちょっと火をつけるくらいなら私が……」

「問題ありマセン。ワレワレも忍術でスグに火を熾せマスので、カミラさんは少しデモ神力を温存なさって下サイ」


 寒さで赤らんだ頬ににこりと笑みを乗せてそう言うと、シズネは足取りも軽く()()()のもとへ向かった。

 さすがは並々ならぬ体術の使い手なだけはあり、彼女らはあんな過酷な登山のあとでもまったく疲れた様子なく、きびきびと動き回っている。


「はあ、しかしすげえな、諜務隊のやつら……こっちはビビりまくって身も心もへとへとだってのに、あいつらに恐怖心ってもんはないのかね」

「ま、倭王国(わおうこく)のシノビってのは、ガキの頃から死すれすれの修業を課されて育つっていうからな。そいつに比べりゃこんくらいの山、どうってことないのかもしれねえぜ。おまけにあの島国は領土の七割が山だって話だし」

「へえ。じゃああいつらもほとんど山育ちってわけか。ちなみにジェイク、あんたも皇家の間諜だったってことは、シノビと同じような訓練を受けて育ったのか?」

「まさか。んな過酷な訓練なんざ強要されたら、俺は間諜なんかにゃならずにさっさとトンズラこいてたね。そもそも十七までは普通の貴族のボンボンだったし」

「はあ!? あんたみたいなちゃらんぽらんが貴族のボンボン!?」

「お前にだけは言われたくねえよ、『ドミエッタ食堂』の放蕩息子ならぬ放蕩弟さんよ」

「なっ……な、な、な、なんであんたが兄貴の店の名前を!?」

「そりゃこの任務(しごと)を受けることになったときに、お前らの身辺情報は徹底的に調べさせてもらったからな。何なら昔、お前が入れ込んでた娼婦(おんな)の名前でも列挙してやろうか?」

「わーっ、わーっ、やめろ! つーかなんでそんなことまで調べ上げてんだよ!?」

「ヒヒヒ、なんだぁ、オーウェンの旦那も意外と隅に置けないじゃねえですか。名前を列挙されるほどいい仲の女がいらっしゃったんで?」

「へえ……そうだったんだ。知らなかったよ、オーウェン」

「違います! 違いますよジェロディ様、誤解ですからね!? パオロ、お前も余計なこと言うな!」

「……そこまで大騒ぎすることか? トラモント人の男なんてみんなそうだろ」

「おいイーク、お前それわりとエグめの偏見だからな!?」


 などと騒ぎ立てているところを見るに、どうやらオーウェンも意外とまだ余力を残していそうだ。これなら午後の登山も何とかなるだろうと思いながらジェロディはふと、先程から手を握ったままのカミラを見やった。そうして神力を送り込む先では、カミラが膝を抱えて座りながらじっと目を閉じている。少しでも体力と神力を回復させようと努めているのだろうが、その肩は微かに震えていて寒そうだ。

 通常、神術使いは神力を使いすぎると体温が下がる傾向にあるから、ただでさえ寒い真冬の山上にあってはなおのこと、凍えそうな寒さを感じているのだろう。


「カミラ」


 それを見かねたジェロディはとっさに自らの外套(がいとう)を脱ぎ、カミラの背中へ回しかけた。襟巻(えりま)きもさらに重ねてやれればよかったが、生憎(ハイム)の恩寵に守られたジェロディは寒さを感じない。ゆえにひとりだけ防寒の装備に乏しく、外套も全身をすっぽり覆う革のマントを一枚羽織ってきただけだから、他に貸してやれるもののないことを申し訳なく思った。


「ティノくん……ありがとう。でも、これ……」

「大丈夫、僕は雪除けに着てきただけだから。脱いでも別に寒くないし、休憩の間は遠慮なく使って」

「……うん。ごめんね、神力も分けてもらってるのに……」

「気にしなくていいよ。僕にできることはこのくらいしかないんだから」

「だけど、私……ほんとはティノくんに、あんまりハイムの力を使ってほしくないの。これ以上《神蝕(しんしょく)》が進むのは嫌……なのにティノくんの神力に頼らないと、ひとりで役目もこなせないなんて……」


 そう言って、はあ、と白いため息をつきながら、カミラは再び目を閉じた。

 その表情に浮かぶ失意の色を見て取って、ジェロディはいささか驚く。

 ──これ以上《神蝕》が進むのは嫌。

 カミラの零した小さな本音は、つとジェロディの胸を衝いた。

 そういえばマリステアを失ってからというもの、自分は以前ほど《命神刻(ハイム・エンブレム)》の力を使うことに抵抗を感じなくなったような気がする。


 救世軍を取り巻く戦況がどんどん過酷になることで、否が応にも力を解放しなければならない場面が増えたことも事実だ。されど同時にマリステアを置いていく心配がなくなった今、それを忌避する理由もまた失われたように感じていた。

 つまり自分は神の力を利用して、救世軍を勝利へ導くことができれば他には何も望まない、と、心のどこかで無意識に《新世界(エデン)》の人柱となる未来を受け入れかけていたのだ。


(だけど、カミラは……まだ僕が人であることを望んでくれているのか)


 言われてみれば、先の軍議の席でも彼女は確かに言っていた。

 自分は何があってもジェロディを助けると、マリステアと約束したのだと。

 だとすればカミラは今も守ろうとしてくれているのか。

 救世軍の未来だけでなく、マリステアの夢や想いまで。


 そう思ったら自然、カミラの手を握る指先に力が()もった。

 この手を放したくない。自分も彼女を失いたくない。守りたい。

 そもそもジェロディが今、こうして救世軍と共に在れるのは、黄都(こうと)で路頭に迷っていたところを彼女とウォルドに救われたからだ。そしてジェロディが道に迷うたびいつも支えてくれたのは、いつか彼女から贈られた言葉だったような気がする。


『ティノくんがそう決めたなら、誰にも文句は言わせないわ。そんなやつがいたらぶっ飛ばしてあげる。そういう約束だからね』


 ああ、きっとカミラは知らないのだろう。黄都を出てからというもの、迷ってばかりいたジェロディにとって、あの言葉がどれほど心強かったかなんて。

 おまけにカミラは、自分は選び間違えたのだと血迷って、一度は救世軍から逃げ出したジェロディの罪をも許してくれた。

 彼女はここにいる誰よりも深く救世軍を愛しているはずなのに。


(なのにその救世軍を裏切って背を向けた僕を、カミラは決して責めなかった)


 本当に、自分は今日までどれだけ彼女に救われてきたのだろうと、今更ながらにそう思う。カミラは当たり前のようにそうしてくれるから、分かっているつもりでまったく分かっていなかった。彼女が与え続けてくれたものの大きさに。


(カミラは、どうして……そうまでして僕を守ってくれるんだろう)


 彼女はマリステアやケリーやオーウェンのように、もとから家族として過ごしてきたわけでも、ガルテリオに命じられたわけでもない。


 ならば自分がジェロディをこの戦いに巻き込んだという自責のため?


 あるいは単に救世軍の未来のため?


 いや、それだけならたとえジェロディが神になろうがなるまいが、カミラは気にも留めないはずだ。何しろジェロディが神子に選ばれたことと救世軍には、本来何の関係もない。しかし彼女はマリステアを失う前からずっと変わらず、いつだってジェロディの味方でいてくれた。ならばきっとマリステアとの約束さえも、もとからある彼女の想いの一部でしかない。


(ああ……これを認めたら、カイルの同類に成り下がるみたいで嫌だけど──)


 ──あいつもきっと、カミラのこういうところに(ほだ)されたんだろうな。


 そう思ったら妙にすとんと腑に落ちて、思わず口の端に笑みが滲んだ。

 本当に不思議な少女(ひと)だ。何の打算も下心もなく、ただ無邪気に人を信じて、誰かのために命まで差し出せてしまうだなんて。


「よし、そろそろ出発するぞ。カミラ、行けそうか?」


 ほどなく溶かした雪を沸騰させて作った豆のスープと芋団子(いもだんご)、そして金檬(イルッタ)の砂糖漬けという簡単な昼食を済ませたジェロディたちは、登山再開の支度を整え立ち上がった。ジェロディは食事を必要としないため、煮凝り(ズッパ・ドゥーラ)を戻したスープをほんの少し口にしただけだが、それでも体の芯がいくらか温まったような気がする。


 同じようにカミラも体が温まり、調子を取り戻した様子でヴィルヘルムの呼びかけに頷いた。が、滑落防止のためにつないでいた綱を解き、再び氷鉞を手にした彼女の横顔は妙に暗い。

 食事の最中はいつもどおりに見えたのに一体どうしたのだろうとジェロディが案じていると、やがてカミラはふーっと息をつき、覚悟を決めたように、言った。


「で、次の進路なんだけど……」


 そう前置きした彼女は皆の顔を見回したのち、ある一点に指を向ける。つられて振り向き、カミラの示す先にあるものを確かめた一同は図らずも絶句した。


「……何通りか試してみた結果、あそこを登った先にある道を通るのが一番安全みたい……なんだけど……シズネ、あなたたちなら登れる?」


 その段になって、ジェロディはようやくカミラの異変の理由を理解した。

 何故なら彼女が()()()()()()()として指し示したのは、ほとんど垂直に切り立つ岩の壁。そこに階段(みち)などあるはずもなく、あの上へ行こうというのなら、壁面のわずかな凹凸(おうとつ)を頼りによじ登っていくしかない。

 高さはざっと十枝(五〇メートル)はあるだろうか。

 あれを登れるとしたら、確かに特殊な訓練を積んだ諜務隊を置いて他にはいないだろう……と、ジェロディたちは青ざめながら振り向いた。が、意外にも皆の視線を浴びたシズネはまったくいつもの調子で、顔色ひとつ変えずに頷いてみせる。


「ハイ。アレくらいの崖デシタら、ワタクシでも登れマス」

「えっ」

「デハ、少々お待ち下サイ。ワレワレが先に上マデ行って、皆サンを引き上げる準備を致しマスネ」


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