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【side:A】エマニュエル・サーガ―黄昏の国と救世軍―  作者: 長谷川
第8章 いつか塵となる朝も
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299.うちへ帰ろう


 話は数日前に(さかのぼ)る。そう、すべてはジェロディがシタンら難民を護衛することを決意し、目的地であるポンテ・ピアット城まであと一日というところまで来ていたあの晩のことだ。恐らくこれが最後の野営になるだろうと思われた夜のさなかに、ジェロディたちは魔物の群に襲われた。

 身を守る術を持たぬ難民を救うため、ケリーとたったふたりで出撃したまではよかったものの、多勢に無勢の状況でジェロディは窮地に陥ったのだ。


 かくておぞましき魔物の牙がジェロディの顔面を削ぎ落とすかに見えた、刹那。


 突如として視界いっぱいに漆黒の血が飛沫(しぶ)き、今にも神子の肉を喰らおうとしていた魔物は盛大に斬り飛ばされた。さらに群がろうとしていた後続の魔物も次々と斬り伏せられ、初めは何が起きているのか理解が追いつかなかったというのが正直なところだ。少なくとも唖然と立ち尽くすジェロディの頭上から、一度聞いたら忘れられない()()()()()()()が降ってくるまでは。


「あァら、ボウヤ。お困りみたいねェ?」


 その瞬間、驚愕の気持ちが芽生えるより先に、全身が悪寒に震えたのは言うまでもない。そう、つまりあのときジェロディを危機から救ってくれたのが彼──否、()()ことジュリアーノと、彼女が率いてきた百人の侠客(きょうかく)たちだったのだ。

 (いわ)く、彼らはタリア湖畔の町ボルゴ・ディ・バルカで、ジュリアーノが長年面倒を見てきた舎弟たちだとか。しかしどうして彼……彼女がそんなならず者たちを率いて忽然(こつぜん)と姿を現したのかと言えば、答えは単純明快だった。


「じゅ、ジュリアーノ!? なんであんたがここに!?」


 と、あの晩ジェロディが真っ先に口にしたのと同じ疑問が、はためく救世軍旗の下で(とどろ)(わた)る。立派な虎髭(とらひげ)に覆われた顎がはずれそうなくらいぽかんと口を開け、愕然と疑問を投げかけたのは、他でもないレナードだった。


「あァらレナード、久しぶり~! なかなか島に戻ってこないから、てっきり戦場でくたばったンじゃないかと心配してたんだケド、どうやら五体満足みたいねェ。しかもしばらく見ない間に男前が上がったんじゃなァい? やっぱり男はちょっと返り血にまみれてるくらいが魅力的よね~、ンフフッ」


 ……その価値観にはまったく同意しかねるし理解もできないが、同じく敵の血にまみれた長刀を担いだジュリアーノは至極上機嫌だった。

 そこは敵将マティルダ・オルキデアが籠城(ろうじょう)するトラクア城の城門前。

 神術砲(ヴェルスト)の砲撃によって弾け飛んだ城門の向こうでは、既に突入した仲間たちが激戦を繰り広げており、歩兵希銃(ミーレス)の銃声や喊声(かんせい)が途切れることなく響いていた。


 ジェロディ率いる本隊も、先行部隊の戦況を(うかが)いつつ間もなく突入予定だ。他にもいくつかの部隊が城門前で隊列を組み、進軍の合図を今や遅しと待っていた。

 というのもトリエステの調べによれば、トラクア城は内部が(くるわ)の連なりによって迷路の様相を呈しており、まずは本丸へ至る経路を確保しなければならないとか。

 その任務には先行したウォルド隊、コラード隊、そして『誇り高き鈴の騎士団』を含む連合国軍が当たってくれている。正しい道順と進軍の安全が確保されれば、すぐさま鈴の騎士(リッタリー)が飛んできて、残りの部隊を本丸まで導く手筈(てはず)になっていた。


「い、いや、確かにちょっとばかし島を留守にする期間が長引いちゃいたが……アンタの後ろにいるやつら、もしかしなくてもリトル・イレヴンのゴロツキどもだろ? あの町の連中が何だってこんなところに……」

「決まってるでしょ、アンタたちを助けに来たのよん。島の兵力はカツカツで、もう他に動員できる頭数がないっていうから、今回は()()()()()アタシのカワイイ舎弟どもを連れてきてあげたの。正直こういう荒事はか弱いアタシには向かないんだけどねェ。愛する男に〝頼む〟と言われちゃ、断るワケにもいかないじゃない?」

「愛する男、って……」


 果たしてジュリアーノは()()()のか、という点には一切触れず、レナードはなおも茫然と立ち尽くしていた。どうやら彼は前哨戦(ぜんしょうせん)の間、ヴィルヘルム隊の一員としてユカルと行動を共にしていたらしく、傍には彼らの姿もある。

 うちヴィルヘルムの方はさして動じていないものの、オカマという生き物を初めて目にするらしいユカルは、露骨な不審顔を隠そうともしていなかった。

 いや、ジュリアーノ(いわ)く彼……彼女は〝オカマ〟ではなく〝オネエ〟らしいが。


「ンフフッ、もうっにぶいわねェ。アタシの()()と言ったらアンタたちの兄貴分以外にいないでしょ? アイツにアンタを無事に連れて帰ってこいって頼まれちゃったから、こうしてアタシが直々に迎えに来てあげたってワ・ケ。で、その道中偶然そこのジェロディ(ボウヤ)と行き合ったもんだから、こうして一緒に駆けつけたのよぉ~。ねッ、ボウヤ?」

「う、うん……ジュリアーノには、感謝してるよ……おかげでひとりも死者を出すことなく、シタンたちを城へ届けられたし……」

「シタン、って……誰のこと?」

「ああ、うん……いや、こっちの話」


 ジュリアーノとの会話を隣で聞いていたカイルに尋ねられ、ジェロディは苦笑と共に誤魔化した。どうやらトリエステはジェロディ不在の間、ソウスケを影武者に立てて味方の士気を維持していたらしく、一部の仲間以外はジェロディの離反を知らずにいたようなのだ。


 無論、だからと言って皆に自分の過ちを隠すつもりはない。

 が、ソルン城を離れてからのことは話せばあまりに長くなる。

 ゆえにすべてを打ち明けるのは、この戦いを制してからとそう決めた。

 無事にマティルダを討ち、中央第六軍を降したあとならば、喜んで皆の非難と罵声を浴びよう。けれどそのためには、まず皆で生きて帰らねばならない。


 だから今は、自分の為すべきことだけを見据える。


 皆を裏切ってしまった罪の償いになるのなら、たとえ命と引き替えにしても救世軍を守り抜く覚悟が、ジェロディにはあった。


「い、いや、けど、ライリーは何だってアンタにそんなことを? あの町の顔役を張ってるアンタに万一のことがあれば、リトル・イレヴンの覇権を巡って今度こそ戦争になっちまう。せっかくロドヴィコ一味を抑え込んで、全面戦争を回避したばかりだってのに──」

「もちろんライリーだってそれは承知の上でしょうよ。だけどカレはコルノ島の守りのカナメ。いくら島が攻められる可能性は低いと言っても、救世軍(ボウヤたち)が出払ってる今、残存戦力を束ねるライリーまで島を離れるわけにはいかない。だからわざわざアタシに三つ指ついて頼んだワケよ。(おか)でアンタたちが苦戦してると聞いて、どうにか助けてやってくれないかってね」

「は……三つ指ついて、って……ま、まさかアンタに土下座したのか!? あのライリーが!?」


 ところが刹那、レナードが上げた素っ頓狂などら声で、ジェロディはようやく我に返った。〝土下座〟というのは以前、パオロから聞いたことがある。

 何でもヤクザ者の間では最上級の詫びの作法とされている敬礼だとかで、地面に両手両膝をつき、文字どおり相手に向かって平身低頭するのだとか。

 だがあまりにも卑屈が過ぎるその姿勢は、場合によっては最大級の屈辱を伴うともパオロは話していた。それほどの作法を、ライリーがジュリアーノに?


 少なくとも彼にとってジュリアーノは天敵で、協力関係にはあっても可能な限り関わり合いにはなりたくない人物であるはず……。

 おまけにライリーはジェロディがこれまで出会った人物の中でも、とりわけ自尊心の高い男だ。どう考えても軽々しく他人に頭を下げるようなタイプではないし、むしろ誰彼構わず見下して喧嘩を吹っかけるようなきらいがある。


 そんな男が、よりにもよって天敵相手に、土下座なんてするわけが──


「レナード。アンタだって知ってるでしょ? ライリー・マードックってのはそういう男よ」


 されど理解が及ばないジェロディの思考を遮って、刀を担いだままのジュリアーノは笑った。赤と紫の中間みたいな紅が塗られた唇を不敵に(ほころ)ばせながら。


「だってアンタはライリーの大事な左腕だもの。義兄弟(きょうだい)を守るためなら金も命もプライドも、アイツは何だって差し出すわ。でもってアタシは、ライリーのそういうトコに惚れてンの。アンタだってそうなんじゃなァい?」

「……オレは──」

「ハア~だけど妬けちゃうわよねェ~。ライリーったら、ホントは自分も行きたくて行きたくてたまらないのを隠そうともしないんだもの。ま、マウロを亡くしたときと状況が似てることを思えば、じっとしてらンないのも当然でしょうケド……まったく見せつけてくれちゃって、アタシを修羅神(サーナー)の化身にでもしたいのかしらね?」

「それは……ライリーどころか世界が滅びそうだから、やめてくれ」

「ンフフフッ、やーね、冗談よォ! そもそもアタシたち、今回の件でようやく両想いになれたワケだしィ~!?」

「……両想い? 誰と、誰が?」

「アタシとライリーが、に決まってるでしょ! ンフフッ、ライリーったらね、戦場から無事にアンタを連れて戻ったら何でもひとつ言うことを聞くって約束してくれたのよ~! ってことはアンタさえ連れて帰れば、アタシとライリーは晴れて恋人同士……長かったアタシの恋路がついに実を結ぼうとしてるのよ……ッ!」

「いや……盛り上がってるとこ悪いが、アンタ、そいつはまんまと空約束をされただけじゃ……」

「ンまあ、失礼ね! アタシだってこう見えて商人よ? 当然そんなこともあろうかと──ほぉら、ちゃんと血判入りの証文だって書かせたんだからぁ! これさえあればたとえ逃げられても地の果てまで追い詰めて、今度こそライリーをアタシのモノにできるわァ……! ンフッ、ンフフフフッ……というわけで、レナード。アンタ、アタシの許可なく死んだら殺すわよ?」

「やべえ、この世の終わりだ」


 完全に瞳孔の開いた目を見開いて笑うジュリアーノにライリーの直筆と思われる証文を突きつけられ、レナードは死期を悟ったかのような口調で吐き捨てた。

 これはジュリアーノと初めて共に戦って気づいたのだが、彼……いや、彼女はどうやら刀を握ると人格が変わるらしい。刀身だけで子供の身の丈ほどもある長刀を振り回し、高笑いを振り撒きながらバッサバッサと魔物を斬りまくるジュリアーノの姿は、さながら伝承に語られる悪鬼そのものだった。


 そして今、レナードの肩をがっしりと捕まえたジュリアーノの顔つきはまさしく悪鬼の再来だ。先刻までの戦闘で頭から返り血を浴びているから、なおのこと魔界の住人かと見まがうほどに禍々(まがまが)しい。おかげでジェロディは確信した。ライリーは文字どおり、悪魔に魂を売ったのだと。


(だけどあのライリーが、ジュリアーノの言うことを何でも聞く、なんて)


 それはライリーにとって死を意味すると言っても過言ではない。いや、もちろん肉体的な死ではなく精神的、社会的、あるいは男としての死、だけど。


(……そうまでしても、ライリーは)


 守ろうと、手を尽くしてくれたのだ。島を。レナードを。そして救世軍を。


(ジュリアーノが駆けつけてくれなかったら……僕はあの晩、きっと誰ひとり守れずに死んでいた)


 つまり自分もまた、間接的にライリーに助けられたということか。

 ……レナードの過去を知ったときから、薄々感じてはいたけれど。

 やはり自分は、ライリー・マードックという男を誤解していたみたいだ。


(──島へ帰ったら、お酒の一杯でも奢っておこう)


 心の中でひそかにそう誓い、ジェロディがふっと口角を緩めたときだった。

 突如味方の上空に影が落ち、バサリと大きな羽音が聞こえる。

 見上げた空から漆黒の羽根が舞い落ちた。アーサーを乗せた翼獣(クラウカ)だ。


「ジェロディどの、本丸への道が開けましたぞ!」


 ついに運命を決するときが来た。ジェロディは頭上を舞う空の騎士に頷き返し、次いでトリエステと視線を交わし合う。


「全軍、進軍開始。魔族を警戒しつつ敵本陣へ。救世軍の総力を挙げて、今度こそ敵将マティルダを討つ。──我らに勝利を!」


 ほどなくジェロディが張り上げた号令が、熱狂の渦を呼び起こした。

 我らに勝利を。皆が口々にそう叫びながら、(つるぎ)を天へ掲げたジェロディと共に力強く拳を突き上げる。今、ここにいる誰ひとりとしてジェロディを疑っていないことは明白だった。だから自分も応えたい。

 こんな自分を信じてくれる皆の想いに。信頼に。


「ッしゃあ、行くぜ野郎ども! アタシの純愛のためにテメエらの命を捧げなァ! 異論のあるヤツは今世と別れを告げてもらう! 刀の錆にされたくねえヤツァアタシに続けェ!」

「イエス、マム!!」


 待機していた隊の中で、真っ先に駆け出したのはジュリアーノ率いる百人の侠客たちだった。明らかに人格が豹変しているジュリアーノの狂気などものともせず、完璧に()()された彼らは怒濤のごとく城内へ流れ込んで行く。次いでレナード、ユカルを含むヴィルヘルム隊が。馬を置いたカミラ隊、イーク隊が。そして、彼らのあとを追うように動き出したもうひとつの隊の先頭に、ジェロディは目を据えた。


「オーウェン」


 そこにはジェロディが幼い頃から兄のように慕ってきた男がいる。

 二色の血と煤にまみれたオーウェンは、行く手にジェロディの姿を認めると、まったく表情を変えずに立ち止まった。


「……無事でよかった。君に謝らなきゃいけないことが多すぎて戻ってきたんだ」

「……」

「ごめん。君が正しかった。あのときの僕は……どうかしてたよ。僕がしたことを詫びるには、どれだけ言葉を尽くしても足りない。だから、どうか僕を殴ってくれないか。君の気が済むまで何度でも」


 それが今のジェロディにできる精一杯の償いだった。たとえ一時の気の迷いだったとしても、あの日、自分がオーウェンに投げつけた言葉は到底許されるものではない。彼はマリステアが何のために命を投げ出したのか、誰よりもよく分かっていた。だから彼女が守ろうとしたものを(なげう)つなと、(さと)そうとしてくれたのに。

 自分はそんな彼を憎み、突き放し、裏切った。正常な思考を取り戻した今、考え得る中で最悪の選択をした自分をジェロディは許せそうにない。血がつながっていようがいまいがオーウェンもまた、マリステアが愛した大切な家族なのだから。


「……そいつはお気遣いをどうも。とは言えせっかくのお誘いですが、俺は遠慮させてもらいますよ。今は官軍を叩きのめすのが最優先ですし」

「オーウェン」

「あの日の件なら俺に代わって軍師殿が一発かましてくれたでしょ。何よりこれ以上誰かが傷つくことを、マリーはきっと望みません。あいつならこう言いますよ。〝こんなことになったのも全部自分のせいだから、どうかティノさまを責めないでほしい〟──とね」


 ああ──そうだ。何もかもオーウェンの言うとおりだ。

 家族同士が憎み合い、傷つけ合うことなどマリステアは決して望まない。

 ジェロディが(ガルテリオ)に背を向けて、救世軍と共に歩むことを決めたあとでさえ、いつかまた以前のように皆で暮らせることを願っていた彼女なら、なおさら。


(僕は……そんなことさえ分からなくなっていたんだな)


 ただ、マリステアを永遠に失った事実を受け入れられずに。

 彼女の願いも、皆の想いも、すべてを裏切り当たり散らした。

 けれど今なら分かる。自分が本当に為すべきことは、気に食わない現実を拒み、無力で無知な子供のように駄々をこねることじゃない。

 右手に宿る神の力と、救世軍(なかま)がくれた信念という名の(つるぎ)

 それを振るって世界を変えゆく力が、この手にはあるのだから。


「ジェロディ様」


 ならば自分はただ、マリステアの願いを叶えるために。

 彼女が望んだ未来を、救世軍の勝利を、何が何でも掴むと誓った。

 その誓いを再び胸に刻みつけた刹那、オーウェンに名前を呼ばれる。

 顔を上げると、そこには彼から注がれるまっすぐな眼差しがあった。


「ひとつ、これだけは言っておきます。マリーの願いを踏みつけたのは俺も同じです。俺はジェロディ様のお気持ちに寄り添うよりも、自分の中の憎しみを選んだ。死んだ仲間の想いに報いるため……なんてもっともらしいことを言いながら、本当はただ報復したかっただけなんですよ。マリーを殺した連中に」

「オーウェン」

「だけどジェロディ様がいなくなって、ようやく気づきました。マリーの一番の願いは他でもない、あなたの幸せだったはずだと。なのに俺は主人であるあなたを言葉で殴りつけ、放り出した……臣下としてあるまじき失態だったと思います」

「違う。それでも、君は」

「ジェロディ様。あなたは今や何千人もの兵の上に立つ軍主です。なら間違いを犯した人間を私情や身贔屓(みびいき)で安易に許すべきじゃない。ですがそいつを承知の上で、恥を忍んで申し上げます。今は……今だけは、あなたと共に戦うことを許してもらえませんか。マリーが守ったあなたの居場所を失わないために」


 瞬間、遠くで轟く味方の喊声が、ジェロディの血を沸騰させた。

 おかげでみるみる視界が熱を帯び、唇を噛み締める。

 けれどもすぐに、自然と笑みが浮かんできた。

 ……まったく本当に敵わないや。

 どんなときも、何があっても自分を投げ出さずにいてくれるこの家族には。


「……許すも何もないよ、オーウェン。今回の件はお相子だ。僕も君も間違えたなら、どちらか一方だけを責めるなんてフェアじゃない。そうだろ?」

「なら……喧嘩両成敗ってことで?」

「ああ。今回の戦に決着がついたら、ふたりでケリーに叱ってもらおう。それなら公平だし、マリーも笑って許してくれる」

「いや、公平かどうかはケリー次第ですよ。だってこいつ、どう考えても俺にだけは手心を加えませんから」

「ああ、よく分かってるじゃないか、オーウェン。私はジェロディ様ほど寛大じゃないからね。全部綺麗に片がついたら、そのときは臣下としての心構えをもう一度イチから叩き込んでやるから覚悟しておきな」

「ほらね!? ひと月ぶりに会ってもこれですからね!?」


 笑顔の裏にそこはかとなく殺意をにおわせたケリーと早くも顔面蒼白なオーウェン。あんな別れ方をしたあとだというのに、ふたりの関係は以前と何も変わらないように見えた。そんな彼らの様子が可笑しいやら頼もしいやらで、ジェロディは思わず笑ってしまう。


 ──マリー。君が何より家族を愛した理由が、今なら分かるよ。


「とにかく。最終的な審判はケリーの気分に委ねるとして、今、ひとつだけ言えることは、僕らが本当に和解するには、この戦いを全員で生き残らなきゃならないってことだ。だから……ケリー、オーウェン」

「はい」

「ヴィンツェンツィオ家の嫡子として命じる。ふたりとも、絶対に死ぬな。君たちが欠けた未来に僕の幸せなんかない。だから、どうかマリーのためにも……生き延びてほしい。そしていつかまた三人で、(うち)へ帰ろう」


 そう告げたジェロディの脳裏では、世界のどこよりもたくさんの思い出が詰まった屋敷の記憶が星屑のごとく輝いていた。そしてそれはケリーとオーウェンも同じだったようだ。ふたりは共にジェロディを見つめ、頷いた。

 必ず帰ろう。互いの視線を小指に代えて、確かにそう約束する。

 その誓いが胸にある限り、マリステアも傍にいてくれるような気がした。


 ゆえにジェロディはもう、迷わない。


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