02.喝采は遠い
「──オルランド黄帝陛下万歳!」
絶え間ない歓声がどこまでもどこまでも広がっていた。
トラモント黄皇国の都ソルレカランテは、人々の喝采で満ち溢れている。
戦で荒れ果てた街並みが、一気に息を吹き返したような光景だった。歓喜に沸く民衆がこぞって手を振る先には、ソルレカランテ城の城壁に登った『金色王』、オルランド・レ・バルダッサーレの姿がある。
この日、正黄戦争を勝ち残り、第十九代黄帝の座に返り咲いたオルランドは集まった民衆の前で高々と『皇竜剣』を掲げた。正統な皇位継承者の証である黄金の剣を目にした民は熱狂し、待ち望んだ平和の到来に喜びの涙を流す。
「ようやく終わったぞ、アンジェ」
その頃、街の片隅にある墓地で、少年は目の前の墓石にそう語りかける父の声を聞いていた。ここは民衆の喝采から遠い。すべてが夢のようだ。
──そう、何もかも夢であったらいいのに。
そんなことを思いながら、少年は母の眠る白亜の牀を見つめ続ける。
「陛下は無事ご復位あそばされた。これでもう黄皇国は安泰だ。ティノもこのとおり元気にしている。すべてお前のおかげだ。ありがとう」
言って、父は傍らに佇む少年の頭に手を置いた。長年戦場で剣を振るってきた父の手は武骨で、握ると小さな岩のようで、けれどいつも温かかった。
その温かさが今は少しだけつらい。父の手の温もりは、それよりもう少し細くてやわらかかったもうひとつの温もりを思い出させるから。
「ティノさま、泣いてもいいんですよ」
と、隣でメイド服の前かけをぎゅっと握り締めた少女が、少年の顔を覗き込んで言った。そう言う少女の方が唇を引き結び、今にも泣き出してしまいそうだった。
しかし少年は首を振り、母の墓を見つめたままで言う。
「ぼくは泣かないよ、マリー。だってぼくは知ってるもの。かあさんが命がけでぼくを守ってくれたのは、ぼくに笑っていてほしかったからだって。だから、ぼくは泣かないよ。そう決めたんだ」
少年がそう告げた途端、マリーと呼ばれた少女が小さな顔をくしゃくしゃにした。そうして泣き出してしまった彼女を見て、少年は言葉に詰まる。
すると大きな父の手が、ぽん、ぽん、と少年の頭を軽く叩いた。その振動で瞳からいくつも涙が零れてしまった。父も少女もそれ以上は何も言わない。
人々の喝采は、やはり墓地からは遠かった。